十五話〜最終関門〜
*1*
まだ夜明け前の薄暗い中、僕はソファの上で目を覚ました。
もうすぐ日の出だろうか、部屋の窓から見える山々の向こうの空が、薄い黄色がかった色と濃い紺色のグラデーションを鮮やかに描いているのが見える。
僕はボーッと窓の外を見つめながら、昨夜の事を思い返していた。
久しぶりの楽しい雰囲気で、みんな酔っていた。生きている頃には味わった事のない楽しさだったので、記憶の中に強く印象付いてる。
だが、そんな楽しいひと時は昨日で終わりだ。こうして目覚めたという事は、これからまた今までの様な試練を越えなければならない。
そして次の試練が、とうとう最終関門なのである。
「今日で最後になるのかな…。」
僕はソファから起き上がり、一度シャワーを浴びに行く事にした。
部屋を出ると人気はなく、やはりまだ誰も起きていない様だった。
カミヤの家のリビングを通り、バスルームへと静かに歩いて向かう。
薄暗い部屋の所々には間接照明が設置してあり、その明かりを頼りに廊下の突き当たりのバスルームに辿り着いた。そのバスルームは、一つの部屋程の広さがあり、いかにも高級な装飾で施工されていた。
僕は脱衣所で服を脱ぎ、バスルームへと入る。そして久しぶりの熱いシャワーを全身に浴びた。これも久しぶりの感覚だ。
その後しばらくして、バスルームを出て脱衣所にあるパリッと乾いたタオルで全身を拭いた。
ふと脱衣所の隅に目をやると、そこには3つのカゴが置いてあり、それぞれにメモ書きが貼ってあった。
そのメモ書きには、『イイロクちゃん』・『ジュン様』・『ごんざえもん』となぜか権左ェ門だけ平仮名で書いてあった。
その僕の名前の貼ってあるカゴの中を見ると、まだビニールに入ったままの新品の下着と靴下が入っていた。
そう、それはカミヤが用意してくれた物だった。
「カミヤさん…。そう言えばこの服も靴も、カミヤさんが買ってくれたんだったな。」
僕はそんなカミヤの心遣いに、深い感謝をした。そして、カミヤとの別れに寂しい気持ちになった。
「ありがとうございます、カミヤさん。」
そしてビニールを開け、新品の下着と靴下を取り出して着替えをした。
その時ふと、『ジュン様』と書かれたカゴに目をやってしまった。
「あっ…。」
その『ジュン様』のカゴにはビニールに入った新品の女性用の下着が入っていたのだ。しかも色は黒だ。
僕は咄嗟に目を逸らし、そそくさと着替えを済ませた。
「危ない危ない…。」
ジュン用の物だとは言え、まだビニールに入った新品の下着なのだから特に問題はないのだが、僕は何故かとてつもなくいけない物を見てしまったかの様に急いでその脱衣所を出た。
脱衣所を出ると、もう部屋の中は朝日で明るくなっていた。
そしてリビングへと向かい静かに歩いていると、ほんのりとコーヒーの香りがして来た。
「おっ!ずいぶん早いねイイロクちゃん!」
そこにはコーヒーを淹れているカミヤの姿があった。
「あ、おはようございます。カミヤさん。あの、シャワー浴びさせてもらいました。あと、新しい下着を用意してくれてありがとうございます。」
僕はカミヤに感謝の意を告げると、カミヤはニッコリと笑って返してくれた。
「あ、わかったかな?言うの忘れちまったけど、気がついてくれて良かったよ。まぁ気にしないでくれな!少しばかりの餞別だと思ってくれ。」
そう言って、カミヤは自分のコーヒーカップともう一つのコーヒーカップを持って来てくれた。
「コーヒー、飲めるよな?ちょっとだけゆっくりしようぜ。」
カミヤは僕の分のコーヒーを用意してくれて、それを持ってリビングのソファに腰を下ろした。
僕もそのソファに腰を下ろし、カミヤと二人で朝のコーヒーを飲んだ。
「あ、いただきます。いい香りですね。」
「だろ?実はこれ、天国で栽培してるコーヒー豆を使ってるんだよ。それを俺が焙煎して挽いたんだ。」
確かにカミヤの挽いたコーヒーは凄く美味しかった。自家栽培のコーヒーなんて聞いた事も無い。
「そうなんですか、すごく美味しいです。」
カミヤは満足気に笑みを浮かべ、自分のコーヒーを味わって啜っていた。
「カミヤさん。本当は僕、少し寂しいです…。」
僕の言葉に、カミヤは少しの間口を開かなかった。そして二、三度コーヒーを啜った後、静かに言った。
「まぁ、俺もだよ。」
そのカミヤの言葉に、僕の目が熱くなり薄っすらと涙が浮かんで来た。
「せっかく仲良くなれたのに、こんなにも早く別れが来るなんて…。」
僕の言葉を聞いたカミヤは、ゆっくりとソファにもたれかかって言った。
「でも、良かったんじゃないか?これで。ほら、イイロクちゃんさ、今までにこんな気持ちになった事無かったでしょ。こうしてこのゲームを通して、大切な仲間が出来てさ、なんて言うか、初めて自分の素直な気持ちに気づけたんじゃないかな。」
カミヤの言葉にハッとした。確かに誰かとの別れで、こんなに寂しい気持ちになった事は一度もなかった。
学生の頃だって、卒業式で寂しいと思った事や泣いた事など無かった。同じ教室で何年も共に過ごしたと言うのに。
だがジュンや権左ェ門、そしてカミヤとはほんの数日の付き合いだけなのに、こんなにも寂しい気持ちになるのだ。
それは付き合いの長さなどでは無く、自分自身が相手の事をどれ程想っているかの大きさによって、感情が変化して行く物なのであろう。たった数日の事だが、初めて仲間と呼べる人間と出会い、共に行動し、力を合わせた。
それが僕にとって、どれ程大きな事なのかと言うのは、今なら分かる。
ただ、大切な仲間を失いたくないのだ。
ジュンや権左ェ門やカミヤは、僕の初めて出来た友達だ。
泣いたり笑ったり、怒ったり怒られたり。そんなごく普通の事がこんなにも嬉しい。
それに気づけただけでも、このゲームに参加した甲斐があったと今なら思う。
出会いや別れは必ずある。だが、大切な物は姿や形が無くなったとしても、想いになって存在し続ける。
そう信じれば、僕も今よりもっと強くなれる気がした。
「カミヤさん。僕、頑張ります。」
「あぁ、頑張れよ。イイロクちゃん。」
*2*
しばらくして、リビングの奥の方から寝起きでうつらうつらしているジュンがやって来た。
「あら、アンタ達早いわね。二人で秘密の相談でもしてたの?」
それに気がついた僕とカミヤは、ジュンに朝の挨拶をした。
「あ、ジュンさん。おはようございます。ちょっと早起きしちゃって。」
「おはようございます、ジュンさん。寝起き姿も美しい。」
ジュンは小さく溜息をついて、話しかけてきた。
「はぁ、はいはい。ありがとございます。あ、ちょっとシャワー借りていいかしら?」
「どーぞどーぞ!そこを曲がった先にありますから。あ、新しい下着も用意しておいたので、どうぞお使い下さい。」
そのカミヤの言葉に、ジュンはピクリと反応した。
「それはありがたいけど、なんでアタシの下着のサイズ知ってんのよ?」
目を細め疑いの眼差しをしたジュンに対し、カミヤは満面の笑みで思いもよらぬ事を口走った。
「アハハハ!このイイロクちゃんが教えてくれたんです。」
そのカミヤの発言に、僕は啜っていたコーヒーをブッと吐き出した。
「…なななっ、なんで僕が!?ちち、違いますよっ!ジュンさん!本当です!命かけます!」
僕の慌てっぷりに、カミヤは笑いを堪えながら肩を震わせていた。そしてジュンは、また溜息をついて呆れたように言葉を吐いた。
「はぁぁ、ったく。命かけますって、もう死んでるじゃない。アンタ、バカなの?まぁいいわ。とにかく、シャワー浴びてくるから。…覗いたら殺すわよ。」
僕は言いたかった。
もう、既に死んでいる相手に対して”殺すわよ”と言ったジュンに。だが、本当に危険そうだったので、何も言わずにぐっと堪えた。
そしてジュンがバスルームに向かったのを確認し、すぐさまカミヤに言い寄った。
「ちょっとカミヤさん!冗談キツイですよ…。ジュンさんの下着のサイズなんて知らないです。」
カミヤはまだ笑っていた。
「クククっ。ゴメンゴメン!ちょっと慌てたイイロクちゃんが見たくてね。」
全く反省していないカミヤに対し、僕はふて腐れた。だが、何故かつい笑ってしまった。
「ふふっ。もう、本当に殺されるところだったじゃないですか。」
「死んでるけどね!アハハハっ!」
何だろう。凄く楽しい気分だ。これからこのカミヤとの別れが待っていると言うのに、寂しさはおろか不安も大分和らいだ。きっと、カミヤが気を利かせてくれたのだろう。
別れの前に、沈んだ気持ちのままじゃ前に進めない。カミヤはこういう男だ。よく気が利き、頭の回転も速い。だが何より、人を想う心が大きく備わっている優しい人間なのだ。常に明るく、時に冗談も交えた会話をして心を和ませてくれる。
出来るなら、生き返る事が叶った時にもう一度会いたい。もしくは、カミヤの様な人間と友達になりたい。そう、強く思った。
しばらくして、ジュンがシャワーを浴び終えタオルで髪を拭きながら二人の元へやって来た。
「シャワーありがとね。お陰様で生き返った気分だわ。」
「いえいえ、どういたしまして!濡れ髪のジュンさんも、これまた美しい。」
カミヤのいつも通りの言葉に、僕も共感した。濡れた黒く長い髪が細く束になっていて、真っ白な肌に幾つかへばりついているのがとても色っぽいのだ。
だが、僕はそのジュンの姿を見て違和感を感じた。
「あっ…ジュンさん。お、お化粧してませんね。」
そう、いつもの赤いリップと真っ黒なアイシャドウがスッキリと洗い落とされ本来のジュンの素顔が露わになっていたのだ。
「そりゃシャワー浴びたばっかりだしメイクくらい落とすわよ。なに?素っぴんも綺麗だって?」
ジュンは悪戯な笑みをこぼし、その長い黒髪をタオルで拭いていた。
だが、確かに綺麗だ。普段は威圧感のあるメイクをしていたが、こうして素顔を見るとまだどこか幼いような愛らしさもあり、奥二重のくりっとした目をしている。肌は透き通る様な白さで、あのいつものジュンとは思えない程清楚な顔立ちだ。
「あ、はい。すごく綺麗です。あ、で…でも僕はいつものジュンさんの方がいいです。」
そう言うとジュンはニッと笑い、また悪戯な笑みを浮かべて言った。
「さてはアンタ、以外とそっちのタイプね。それじゃあ可愛いイイロク君のお望み通りまたメイクして来るわね。あ、終わったらアタシにもその美味しそうなコーヒーをちょうだい。」
そう言ってジュンはまた部屋に戻っていった。
それと同時に、今度は権左ェ門がドタバタと起きて来た。
「おぉぉ!すまんすまん!すっかり寝坊してしまったぞ!いや何、なかなか良い布団だったものでな!ガハハハっ!」
権左ェ門は相変わらず元気だ。だがそれも権左ェ門の良いところ。彼が明るく振舞ってくれる事で今まで幾度も救われたのだ。
「おはようございます、権左ェ門さん。まだ大丈夫ですよ。僕がちょっと早起きしただけですから。」
その言葉に権左ェ門はホッとした表情を浮かべ、頭をぽりぽりと掻いて笑みをこぼした。
「さ、権左ェ門さんもシャワーをどうぞ。一度サッパリしてくると良いですよ。」
カミヤの言葉に権左ェ門は軽く頷き、そのままバスルームへ向かった。
「あれ?権左ェ門さんはバスルームの場所知ってるんですね。」
カミヤは一瞬ピクリとしたが、笑顔で答えた。
「多分、昨日とかにこの家の中をうろちょろして見つけたんだろね。まったく、勝手に人ン家を探検しちゃうんだから、あの人は。アハハハっ。」
そう言ってカミヤは戯けて見せた。その後すぐに、バッチリとメイクをしたジュンが部屋から出てきて僕たちのいるリビングにやって来るなりソファに腰をかけた。
「お待たせ。あ、アタシもコーヒー貰える?」
「はいはい!喜んで!」
カミヤはそそくさとキッチンへ赴き挽きたてのコーヒーを淹れ、それをジュンの元へ持ってきた。
「さ、どうぞ。自家栽培のコーヒー豆ですが、味は保証しますよ。」
「ありがと。」
ジュンは一言だけ礼を言ってカミヤの淹れたコーヒーを啜った。
「あら、美味しい。アンタ、なかなかやるわね。」
ジュンは小さく目を見開き、満足気にもう一度コーヒーを啜った。
「アハハハ。ジュンさんにそう言われると苦労して栽培した甲斐がありますよ。お代わりはいくらでもあるので気兼ね無くお申し付け下さい。」
満面の笑みを浮かべ、カミヤは自分の淹れたコーヒーを啜るジュンを見ていた。
「それじゃあ、ごん…ざえもんさんがきたら皆で朝食としましょうかね。昨日のバーベキューで残ったのもあるので、済みませんがそれも食べましょう。」
カミヤは一度ニッと笑い、再びキッチンへと向かった。
リビングのソファには僕とジュンが残されていたが、この日、最終チェックポイントを前にして僕は何を話せば良いのか迷っていた。
そんな時、コーヒーカップを片手にジュンがゆっくりと口を開いた。
「何か、嫌な予感がするわね。」
そのジュンの言葉に、僕は胸の奥をツンと突かれた様な感覚がした。
そう、僕も同じ気持ちだったのだ。
「…はい。確かに僕もそんな感じがしてます。何かこう、上手く行き過ぎている様な…そんな感じが。」
「そうね。今まで色々あったけど、どうもアタシ達のチームだけがバランス良く上手く行っている感じ。まぁ、気のせいなら良いんだけど。」
しばらく僕とジュンは黙り込んでコーヒーを啜った。
その沈黙を破るかの様にシャワーを浴び終えた権左ェ門がやって来た。
「おぅおぅ!待たせたのぉ。おや?どうした二人とも冴えない顔をして。」
権左ェ門はいつもの様な振舞いで話しかけて来た。
「あ、権左ェ門さん。いえ、なんでもありませんよ。ただ少し、最終チェックポイントの事を考えて緊張しちゃって。」
僕は咄嗟に表情を作り、権左ェ門に向けてニッコリと微笑んだ。だが、権左ェ門はすぐに僕らの様子を感じ取ったようだ。
「拙者も不安ぞ。だがな、それは一人きりで考えた時だけだ。今こうして拙者の目の前には仲間がおる。イイロクとジュンだ。そなたらの姿を見れば、自然と不安や迷いも消え失せてくる。それが本当の仲間と言うものの力なのだからな!ガハハハっ!」
権左ェ門の言葉は力強く、自信に満ちていた。その一言だけで、思い詰めた心の枷を全て拭い去る様な力を持っているのだ。
「そうですね…そうですよね!僕たちみんな居ますもんね!」
「まぁ、そうよね。今までも三人でこうしてやって来たんだし、次も何とかなるわよね。」
僕とジュンに笑顔が戻り、またいつもの様な三人の和やかな雰囲気に戻った。それを見計らってか、カミヤが気前よく話しかけて来た。
「君達はやっぱりそうでなくちゃね!さっ、朝食も出来たから”四人”で美味しくいただきましょうか!」
「はい!もちろん”四人”で一緒に!」
こうして僕ら四人は、旅立ちの前の朝食を笑顔で食べ始める事が出来た。
*3*
カミヤの作った朝食を食べ終え、僕達三人は最終チェックポイントへ向かう為に準備をした。
カミヤに買ってもらったリュックには、中国のタジマに貰ったランタンやホテルのロゴ入りのメモ帳とペンが入っていた。
「これは…もう使わないかな。」
僕はタジマにもらったランタンをリュックから取り出し、カミヤへ渡しに行った。
「あの、カミヤさん。コレ、ちょっと重いんでここに置いていってもいいですか?」
カミヤはキョトンとして、そのランタンを見ていた。
「お?このランタン、俺が昔タジマにあげたやつだ。またこうして戻ってくるとは何かの縁かな!アハハハ。いいよ!そこに置いときな。」
「そうだったんですか、コレ。じゃあ、もう一度主人の元に帰って来たわけですね。」
そう言って、僕はそのランタンをリビングに置いてあるギターの隣にそっと置いた。
そしてジュンと権左ェ門も支度を終え、リビングに集まった。
「お待たせ。さぁ、それじゃあ行こうかしらね。」
「さよう、行くでござるか!」
するとカミヤが僕たちの方へやって来て、前に立った。
「もう、君達には必要無いみたいだね。」
カミヤは僕の腕を取り、ポイントウォッチを外した。そして順番にジュンや権左ェ門のポイントウォッチも外して行った。
「えっ?いいんですか?こんな事しちゃって。」
カミヤはニッコリと笑い、答えてくれた。
「これはね、ポイントばかりを気にして仲間との関係を育もうとしない様な奴らを落とす為の物なんだよ。人生やこのゲームには様々な壁や困難がある。いい事だけじゃ無いし、時には誰かを傷つけたり悪事を働く事もある。そうなればもちろんポイントは減る。だけどね、それは仕方のない事だし、完璧な奴なんてもちろんいない。それを分かっていない奴らは、ポイントばかりを気にして周りを見なくなる。仲間の存在も、見えなくなる。」
カミヤは少しの沈黙の後、また口を開いた。
「だけど、君達三人は違った。常に仲間を意識し、自身の足りない物を受け入れ、そしてそれを補う為に仲間を信じ頼る事が出来た。そして、ここまで来た。だからね、もうこんな物は君達には必要無いんだよ。後は、君達の想い次第って事さ!」
そう言ってカミヤは僕の肩に軽く手を乗せ、小さく笑った。
「それじゃあ皆さん、これでお別れです。楽しい時間を、ありがとう御座いました。」
すると突然、カミヤの姿が煙の様にフワッとなって消えた。
「カ、カミヤさん!?」
「ウソっ…一瞬で消えたわ。」
驚いた僕たちの前に、ヒラヒラと一枚の紙切れが落ちて来た。その紙切れを手に取り、何か書いてあるのが見えた。
それは第四チェックポイント、すなわち最終関門のある場所だった。
その紙切れにはこう書かれてあった。
”北の森の泉の向こう 三本杉の真ん中”
「北の森って、あのさっきの森ですよ?」
「えぇ…またあの森ぃ?って言うか、わざわざ森を抜けてここまで来たのに、また戻るの?ったく、もう。」
「ガハハハっ!まぁ良いではないか!バーベキューも風呂も入れたのだしな!拙者は楽しかったぞ!」
権左ェ門のその言葉に、僕とジュンは顔を見合わせ思わず笑みがこぼれた。
「ま、そうですね。」
「確かに。フフッ。」
そして僕達三人はもう一度あの森へ向かう為に、揃って玄関出てカミヤの家を後にした。
*4*
まだ朝の肌寒い風を浴び、僕達三人は砂利道を歩く。
それぞれの歩く歩幅に合わせ、砂利を踏む音だけがこの静かな空間にこだましていた。
しばらく黙ったまま歩き続けて田んぼの畦道に差し掛かった所で、ジュンが口を開いた。
「アイツ、チャラくて変な奴だったけど…まぁ、いい奴だったわね。」
そのジュンの言葉に僕の心が一瞬熱くなるのを覚えた。
「はい、面白くていい人でした。何ていうか、”男友達”ってこんな感じなんだなぁって思いましたよ。」
僕は微笑みながらジュンの方へ顔を向けた。そのジュンも、いくらか優しげな笑みを返してくれた。
「アンタには初めての男友達だったワケね。でも、すぐにお別れだなんて…少しだけ同情するわ。」
ジュンは僕の事を気遣ってくれている様で、ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちが混同した。
「確かに、少しだけ寂しいです。でも、僕分かったんです。例えもう会えなくても、カミヤさんと過ごした時間や思い出がある限り、ずっとカミヤさんは近くにいる感じがするんです。」
遠くに見える森の方を見つめながら言う僕を見て、ジュンは僕の背中をバシッと叩いた。
「今のアンタ、すごくいい顔してたわよ。」
びっくりした僕を見て、ジュンがニッと笑っていた。
その笑顔に、僕もニッコリと笑って応えた。
そして僕とジュンの少し後ろを歩いている権左ェ門が割って入って来た。
「お主ら、拙者の事を忘れておらぬか?なんだか良い雰囲気だが、少し寂しいのぉ。シクシク。」
権左ェ門が冗談混じりで話しに入って来たが、やはり彼がいると心が落ち着くのである。
僕からすれば、困った時に助けてくれる頼もしい先輩の様な存在だ。…歳は離れているけど。
「もちろん忘れてなんかいませんよ!権左ェ門さんも大切な仲間です!ねっ、ジュンさん。」
そしてジュンは戯けた様に言う。
「あ、すっかり忘れてたわ。ゴメンなさいねぇ。」
「ふぬぬっ!此れ程濃いキャラの拙者を忘れただと!?」
僕たち三人はその場で笑い合った。これから最後のチェックポイントへと向かっているのにも関わらず、まるで緊張感も無く和やかな雰囲気だった。
そうこうしてるうちに、また森の入り口へと辿り着いた。
「また、この森に来ちゃいましたね。」
森の入り口は薄暗く、奥へと続く石畳の道だけが蛇の様にうねりながら続いていた。
時折森から吹く風が針葉樹の香りを乗せてやって来る。
「さ、行きましょう。ジュンさん、権左ェ門さん。」
そして僕たち三人は森の中へと足を踏み入れた。
森の中は動物達が相変わらずのびのびと暮らしているのが伺え、特に以前と変化は無い様だった。
木漏れ日が差し込む石畳の道をゆっくりと歩いて行き、しばらくして先の泉の広場へと辿り着いた。
「えっと、この泉の先の三本杉の…真ん中ですよね。」
僕たちは周りを見渡し、木々に囲まれた泉の奥に人が通れる程の小さな道があるのを見つけた。
「あ、きっとあそこの道ですよ!」
僕は足早に泉を迂回し、その小さな道の前に立った。
その道の中は更に薄暗く、木々が生い茂り光が差し込む隙間すら無い程であった。
「ちょっと気味悪いわね…。」
ジュンが少し低いトーンで話したが、やはり彼はこう言う時に力を発するのだ。
「ガハハハっ!珍しく怖気付いておるのか?らしくないのぉ、ジュン殿。ガハハハっ!」
「ったく、うるさい!このバカ侍!さぁ、行きましょう。」
権左ェ門のチクリとささる冗談に、ジュンは少しムキになってズカズカとその小道へと足を踏み入れた。
「ちょっと権左ェ門さん、ジュンさん怒らせちゃダメですよぉ。僕にもとばっちり受けちゃうじゃないですかぁ。」
「ガハハハっ!すまんすまん!さぁ、拙者らも行くとするか!」
全く気にしていない権左ェ門に続き、僕もその小道へと足を踏み入れた。
その小道はまっすぐと一直線に続いていて、特に迷う事も無さそうだった。
しばらく歩くと、道の先の方が少し明るくなっていて、また先ほどの泉の広場の様に開けた空間があった。
先を行くジュンがその広場の前で足を止め、こちらに振り向き手招きしている。
「ホラ、アンタ達!早くこっち来なさい!」
ツンツンした口調で僕と権左ェ門を呼んでいたので、早足でジュンの元へと歩いて行った。
そしてその広場の真正面に、大きな杉の木が三本並んでそびえ立っていた。
「こ、これですね。それにしても、大きな杉の木だなぁ。」
ポカンと上を見上げで言った僕に対し、ジュンは溜息混じりに口を開いた。
「大きな杉の木だなぁ…とか言ってないでもっと緊張感持ちなさいよ。ったく。」
「あ、ご、ごめんなさい。」
「ガハハハっ!イイロク殿はその感じが良いのだな!ガハハハっ!」
またいつもの様な三人のコミュニケーションがここに生まれた。
そしてカミヤのメモ書きにあった”三本杉の真ん中”を調べてみる事にした。
その杉の木の幹は直径で約一メートル以上あり、高さは三十メートル以上ある様だ。それはまるで塔の様にも見えた。
僕がその幹の周囲をゆっくり歩いて観察していると、おかしな物を見つけた。
「な、なんだ?これ?」
それは杉の木の幹に埋め込まれている小さな赤いボタンだった。
「ちょっと、ジュンさん!権左ェ門さん!コレ見て下さい!」
その声にすぐさま二人は駆け寄ってきた
。
「あら、すごく分かりやすい。」
「ガハハハっ!まるで押してくれと言わんばかりのボタンではないか!それ、ポチッとな!」
そう言って権左ェ門が何の躊躇いも無くその小さな赤いボタンを押した。
「ちょちょちょ、権左ェ門さん!?」
そう言ってる間に、杉の木の幹の一部が扉の様にパカンと開いた。
「ワォ!ベタな仕掛けね。」
「さて、この中へ入るとするか!ガハハハっ!」
その扉の中は真っ暗で何も見えないが、もうここまで来たのなら入らないと言う選択肢は無い。
そうして、僕たち三人はその扉の中へと入って行った。
最後の僕がその中へ入った途端、幹の扉がバタンと閉まり一瞬だけ暗闇に覆われたが、すぐに眩しい程の明るさになった。
「な、なんだ?一体どうなってるんだ?」
「ここ、どういう事?」
「こ、これは一体…何なんだ?」
杉の木の幹の中はドーム状の部屋になっていた。そのドームは石器時代に造られた様な大きな石を積み上げて造られており、入り口はおろか窓や出口などは無く、天井から眩く光る無数の水銀灯がぶら下げてあるだけであった。
「な、何もありませんね…。」
「何もないって言うか、まるで閉じ込められたみたい。」
そう、まるで僕たちがそのドーム内に閉じ込められた様になっていたのだ。
以前のチェックポイントの様にモニターも無ければテーブルや椅子なども無い。
ただただ、石の壁が覆い被さる様に僕たちを囲うだけだった。
だがこのままではどうする事も出来ないので、僕たちはそのドームの石壁を調べる事にした。
三人はそれぞれ石壁に触れたり辺りを見渡したりして、手掛かりとなる物がないか調べていた。
そして僕は、石壁沿いにゆっくり歩いている時に拳一つが入るほどの小さな穴を見つけたのだ。
「なんだろう、この穴…。」
その僕の様子に気付いた権左ェ門がゆっくりと近づいて来た。
「どうした?イイロク殿。何か見つけたか?」
僕は振り返り、見つけた穴を権左ェ門に見せた。
「あ、コレなんですけど。なんでしょうかね?」
「ふむ…ただの穴だのぉ。どれ、手を入れてみるか!」
そう言って権左ェ門は何の躊躇いも無くその穴の中に手を入れだした。
「ちょ、権左ェ門さん!危ないですよ!」
権左ェ門は”大丈夫”と言うようなジェスチャーをして僕の前に手を出して制止した。
「アンタ達、何やってんの?何かあったならちゃんとアタシにも教えなさいよ。ったく。」
少し心配そうな表情をしてジュンがやって来た。
「あ、ごめんなさい。何か、変な穴を見つけたんです。」
すると権左ェ門がピクッと動いた。
「おぉっ!何かあるぞ!コレは…取っ手の様な感じがするのぉ。ソレ、グイッとな。」
権左ェ門が穴の奥にある取っ手の様な物を引っ張った瞬間、その穴のある壁の真後ろの壁の方から重たい音がしたのに気付き、咄嗟に振り返った。
「あっ!向こうの壁が開いた!」
「あらま、意外と簡単だったわね。」
僕とジュンは安堵の表情を浮かべ、顔を見合わせた。
「ガハハハっ!何の問題も無く見つかったな!実に簡単な仕掛けだ!ガハハハっ!」
そう言って権左ェ門が穴の奥にある取っ手から手を離した瞬間、再度重たい音を立ててその開いた壁が勢い良く閉まった。
「えっ…そんな…。」
「ウソ…コレって…。」
僕とジュンの表情が一気に不安気になり、何かを悟ってしまった。
しかし権左ェ門は落ち着いた様子で全ての事を受け入れたかの様な素振りを見せていた。
「…ふむ。なるほどな。」
そう、この仕掛けは誰か一人が穴の取っ手を引いたままでないとならないのだ。
従って、この場で必ず一人が取り残される事になる。
僕達三人は一度顔を見合わせ、しばらく口を開かず沈黙を貫いていた。
あの扉を三人で通る事の出来る、何か他の手はないか考えていた。
だがしかし、何も思い付かず不安と焦りが僕の顔に現れていた。
その様子を見ていた権左ェ門が、いつもの様にニッコリと笑い、優しく声をかけて来た。
「なぁに、案ずるでない!イイロク殿。この役目、拙者が請け負う事にするぞ。
」
僕はその言葉に強く反応し、権左ェ門を見つめた。
「ダメです…ダメですよ。そんなの。ここまでみんなで来たじゃないですか…。もう少し落ち着いて考えれば、きっと何かいい方法が…。」
その僕の言葉を遮る様に、権左ェ門はゆっくりと話し始めた。
「イイロク殿、これは紛れも無い試練だ。ここにいる皆にとってのな。確かに力を合わせて三人で乗り越える事は今までにあった。だが、今回ばかりはそうもいかない様だ。この仕掛け…必ず誰か一人を脱落させる為の物と見る。つまり、別れを乗り越えろと言う意味合いをも持ち合わせておるのだ。」
その言葉に対し、僕は強い口調で言い返した。
「じゃ、じゃあ僕が残ります!僕はみんなにたくさん助けて貰ったし、それに…。」
僕の話しの途中で権左ェ門は声を上げた。
「イイロクっ!!」
「…。」
僕は黙り込んで、俯くことしか出来なかった。
「ガハハハっ!そうしけた顔をするで無いぞ!なぁに、仮に拙者が生き返れたとしても時は戦国時代、いつぞや命を落とすかも分からん。それに、拙者は多くの者から命を狙われておる身だからのぉ。ガハハハっ!それならばいっそ、ここでこの身を捨てて大樹となり長い年月をかけてそなたらを見守る事にしよう。」
僕はとうとう涙を流してしまった。権左ェ門との別れを受け入れたく無い。だが、権左ェ門の揺るぎない決心を無駄にする事も出来ない。
そんな葛藤が、僕の心を右往左往していたのだ。
「権左ェ門…アンタ、もしかして…。」
ずっと黙っていたジュンが口を開いたが、権左ェ門はそれを目で制止し、ゆっくりと首を横に振った。
「ジュン殿、それ以上は何も口にするで無いぞ。」
それ以降、ジュンはまた黙り込んでしまった。
その沈黙を破る様に、権左ェ門が元気に話出した。表情はいつもと変わらずニッコリとしている。それは彼なりの別れの合図なのであった。
「さぁて、そろそろ別れの時間だ!拙者がこの取っ手を引いておるから、そなたらはその間に扉を抜けるが良い。…良いな?イイロク、ジュン。」
そう言って権左ェ門は穴の奥にある取っ手を引いた。再度、真後ろの石壁が音を立てて扉の様に開いた。
だが、僕はその場から一歩も動く事が出来ず、涙を拭き鼻をすすっている。
その様子を見かねたジュンが、僕の腕を強く引っ張って扉の方へと向かった。
「…まって、まだ…ジュンさん…。」
ジュンは立ち止まり、クルッと振り返り僕の頬へ勢いよく平手を打った。
「アンタいい加減にしなさいっ!いつまでグズってんのよ!男の子でしょ!」
その頬はすぐにジンジンと痺れてきて、僕はびっくりして思わずジュンを見つめた。
そのジュンの目には、涙をいっぱいに浮かべて今にもこぼれ落ちそうだった。
「アンタだけじゃない…アタシだってね…辛いわよ。」
その一言で、僕の中の何かがズンと重くなった。言葉にするならば、”決心”と言えるものだろう。
ジュンが浮かべた涙には、彼女なりの決心もあった。そして、何よりも権左ェ門の揺るぎない決心を受け取る事が今の僕らに出来ることだった。
僕は一度深呼吸をして、ゆっくりとジュンと共に開いた扉へと歩き始める。
「…行きましょう。」
そしてその扉の前に来た所で、権左ェ門の方へと振り返った。
「権左ェ門さん…。」
僕はその時、涙が溢れ出てきた。
何故なら、こちらを見て笑っている権左ェ門が大きく片腕を上げ、お揃いのブレスレットをかざしていたのだ。
言葉は無いが、それだけで全てを感じる事が出来る。離れてしまっても、もう二度と会え無いとしても、そのブレスレットがある限り仲間…いや、友情の証なのだから。
僕とジュンは、そんな権左ェ門に応えるかのようにブレスレットのしてある腕をかざして見せた。
権左ェ門はニッコリ笑っている。
僕とジュンは、涙を流して笑っていた。
そして僕とジュンは、それ以降振り返る事もせず薄暗い扉の向こうへと足を運び入れた。
二人の姿が消えるのを見送った権左ェ門は、ゆっくりと取っ手を握る手を離し、安堵の表情を浮かべる。
「達者でな。イイロク、ジュン。」
その権左ェ門の目から、一筋の涙が頬をつたって地面に落ちた。




