十四話〜天の階、ふたたび〜
*1*
僕たち三人は、第三チェックポイントの試練を見事にクリアすることが出来た。
そして塔内の広い空間に現れた扉を抜け、先へと進んで行くのであった。
「えぇ…またぁ?」
扉の向こう側に出た時、ジュンががっかりした様な声を出した。
それもそのはず、扉の向こうにはまた上へと続く螺旋階段があったのだ。そう、螺旋階段だけしかなかった。
「ったく、なんでこうも山登りとか階段とかばっかりなのよ。」
相変わらず愚痴をこぼすジュンだが、その様子をみたイイロクと権左ェ門は安堵の表情を浮かべていた。
「まぁまぁ、ジュンさん。そう言わずに頑張りましょう、ね?」
ジュンが愚痴をこぼせるくらいなら、またいつもの様に余裕が出てきた証拠だ。
「はいはい、分かりましたよ、ったく。」
そう言いつつも、ジュンはひょいひょいと階段を登っていく。それに続き、僕と権左ェ門も軽やかな足取りでこの螺旋階段を登り続けた。
しばらく登り続けると、頭上に塔の天井が見えて来た。螺旋階段はぐるりと天井まで続いており、その先に屋上へ出る為の小さな戸が天井にへばりついている様に取り付けられていた。
「あそこの戸から外に出られそうね。」
そう言って、ジュンは駆け足で階段を登りその天井の戸に手を掛けた。
「お…重い…。」
その戸はやたらと重かったらしく、女性のジュン一人の力では開かなかった様だ。
その様子を見て、僕と権左ェ門は急いで階段を掛け登りジュンに力を貸した。
そして、その重たい戸を三人の力でグッと押し開けた時、パラパラと砂や小石が降ってきた。
「う、うわっ!なんだ?」
「ちょっと、何よぉっ!これ!」
「ぐあっ!目に入った!あたたたっ!」
三人は砂や小石を浴びてしまい、埃だらけになった。だが、その三人の姿に自然と笑みがこぼれた。
そしてその開いた戸からは、当たり前だが空が見えた。真っ青な空に白い雲。ずっと暗い塔の中にいたので、その外の光が眩しかった。
やがて三人は、その戸から一人ずつ塔の屋上へと出て行った。
しかし、三人はその思いもよらぬ光景にただ呆然と立ち尽くすだけであった。
「ど、どういう事よ?なんでこんな所に出ちゃったわけ?」
そこは塔の屋上では無く、周りは木々て囲われた森の中の袋小路の様な場所だった。
塔の天井にあった戸は森の地面にあり、まるで地下から這い出てきた様であった。
そしてその地面の戸の側には、小さな泉があったのだ。それを見たイイロクは、何かを思い出した様に声を上げた。
「あっ!ここ、知ってます!天国ですよ!僕が最初にいた場所です。この泉に来てしまったから、僕は生き返りゲームに参加する事になったみたいです。」
そう、ここは天国である。イイロクが森の中に入って行き、この泉に触れて断片的に記憶を取り戻し、そして気を失った場所だ。
中国にある塔の頂上が、この泉と繋がっていたのだ。つまりこの天国にある泉の不思議な力は、記憶を取り戻す力がある塔の影響を受けた泉なのである。
そして、塔は中国と天国を繋ぐバイパスの様な役目も果たしているので、天国の住人はここへ近づけない様にしていたのだ。
「ここが、天国?なんか森ばっかで、思っていた場所とは違うわね。でもまぁ、たまにはこういう場所もいいわね。」
「ほほぅ、まさか天国に来れるとはな!空気が綺麗で良い場所ではないか!ガハハハっ!」
二人とも天国は初めてだったので、少しだけ浮かれている様だった。
「あ、じゃあ僕が案内しますよ。一応、ここの住人だったんで、森の抜け方やある程度の場所なら知ってますから。」
そう言って、僕は二人の先を歩きこの森の出口へと向かう事にした。
この森は以前と変わらず、小動物などがのびのびと暮らしている姿が見えた。
そして森の中をくねくねと続く石畳の道を三人でゆっくり歩いた。
やがて森の出口が見えて来て、あのひらがなで書かれた看板も姿を現した。
その看板を見て立ち止まったたジュンが僕に問いかけて来た。
「アンタさ、もしかして入るなって書いてある所にわざわざ入って行ったの?」
僕はその問いに、少しだけバツが悪そうに申し訳ない気分で答えた。
「え、えぇ…まぁ。あんまり覚えてないんですが。」
そう答えると、ジュンはニヤリと怪しい笑みを浮かべた。
「アンタ、結構バカなのね。あ、一応褒めてるのよ?フフッ。」
何が言いたいのかよく分からなかったが、この森へ入った事が全ての始まりで、こうしてジュンや権左ェ門と出会う事が出来たのだから、結果的に良かったと思う。僕はそう感じていた。
そして三人は、天国の広場にある東屋でひと休憩を入れる事にした。
そんな三人の事に気がついた天国の住人の老婆が、僕たちの方へニッコリと笑いながら近づいて来た。
「あらあら、見かけない顔だね。でもみんな良い人そう。ここにいる人に悪い人はいませんからね。良かったらこれ、皆さんで召し上がってくださいな。」
そう言ってその老婆は、ポットに入った紅茶と自家製のパンをくれた。
「あっ、ありがとうございます!すごく美味しそうですね。」
「おばぁちゃん、ありがとね。アタシお腹減ってたから素直に嬉しいわ。」
「おぉ、わざわざ済まぬのぉ。何かお返しが出来れば良いのだが、拙者は何も持っておらんかった。ガハハハっ!もし力になれる事があれば何でも申すと良い!すぐに駆けつけるぞ!」
三人はその老婆の心遣いに感謝を表し、仲良くお茶とパンをいただく事にした。
この天国の影響もあってか、三人は以前より穏やかな気持ちになっていた。
大きな青い空、小川のせせらぎ、森の方から流れてくる良い香りのするそよ風。
まるで心が洗われる様であった。
三人はしばらくの間、この天国の広場でのびのびと過ごしていた。
権左ェ門は芝生に寝転び、ジュンは紅茶を啜りながら美味しい空気と素晴らしい景色に見とれてボーッとしている。だが何か物足りなさそうな様子だった。そんな僕は久しぶりの故郷に戻って来た様な感じがして、穏やかないい気分で他の二人の様子を眺めていた。
今までとは違い、何もしないこの時間が非常に心地よい物だと感じる。この天国で、三人とずっと一緒にいられるならそれでも良いと思える程だった。
「ジュンさん。ここ、すごくいい所ですよね。みんながのびのびと過ごせるし、嫌な事も辛い事もありませんし。ほんと、言葉通りの天国ですよ。みんなでここで暮らせればいいですね。」
その言葉を聞いたジュンの表情が急に険しくなった。
「アンタ…どうしたの?それ、本気?」
僕はジュンの言葉の意味を理解するのに多少の時間を使った。
「…あ、いや。じょ、冗談ですよ!き、気にしないで下さい…。」
何故だか分からないが、天国にいると自分に課せられた使命や目的の重荷がスッと無くなったようにも感じたのだ。そして、このゲームをクリアして生き返ると言う本来の目的すら霞む程であった。
「…マズイわね。ちょっと権左ェ門!起きなさい!早くここを移動するわよ!」
ジュンはいち早く異変に気付き、対策を取った。そして、天国の不思議な感覚さえも感じ取っていたのだ。
「まぁまぁ、そう急がなくても良かろう。ここの空気は美味いし、誠に居心地がよろしい。もう少しゆっくりと…。」
権左ェ門もすでにこの不思議な感覚に魅力されてしまっていた。
だがジュンはそんな権左ェ門の事などお構いなしと言わんばかりに声を上げた。
「いいから来なさい!来ないと引っ叩くわよ?ったく、この二人はだらしないんだから。」
そのジュンの言葉に権左ェ門は広場の芝生から渋々と起き上がり、ジュンとイイロクの元へトボトボとやって来た。
「一体何事だ?せっかく気持ち良くしていたのに、ここを離れるとはいかなる事か?」
権左ェ門はこの状況を全く理解出来ていない様だった。
それもそのはず、ここは天国。憎しみや怒りは以ての外、邪念や争いなどといった感情や物もない。だがそれと同時に、希望や夢すらないのだ。何かを思えばそれと相反する思いも生まれてしまう。そう言った全ての物を排除し、”無”とする事でこの永遠に平穏な天国を維持しているのだ。
そしてこの天国は、そんな平穏な暮らしを維持する為に外部の人間を取り込もうとする力が働くのである。イイロクや権左ェ門の様に、目的や希望を強く持った人間に対しては尚更その力の影響を強く受けてしまうのであった。
「とにかく、こののんびりとした雰囲気が危険ね。アタシまで変になりそう。」
ジュンはこの天国の力に気付きはしたが、その力に対抗する術を持ってはいなかった。
だが、機転の利くジュンは何とかしてこの天国の力の及ばない場所を考えていた。
「ちょっとイイロク。アンタ元々ここの住人でしょ?どこかにこの平穏な雰囲気とは違う様な場所知らない?ほら、もっと近代的って言うか、人工的って言う感じの。」
ジュンの言葉にイイロクは何か思いついた様な素振りを見せた。
「あっ、知ってます!この天国とは全然合わない場所!僕が案内しますよ。あの人、いると良いんだけどな。」
そう言って僕たち三人はとある場所に向かう為、この広場を離れる事にした。
*2*
心地よいそよ風が吹き、澄んだ空気に小川のせせらぎが陽の光を反射してキラキラと輝いて見える。
時折、向こうの森から風に乗ってくる木々の香りが心と体を癒す。
三人はこの美しい自然に囲まれた天国の中をゆっくりと歩いている。田んぼの畦道を抜け、2メートル幅程の砂利道に出た。その砂利道には、二本の轍がずっと先の方まで続いている。
「あっ、あった。これを辿っていけばあそこに着くんだな。」
僕はその轍を見つけ、後ろの二人に声をかけた。
「これ、わかります?」
ジュンは馬鹿にするなと言わんばかりに言葉を発した。
「わかります?って、どう見ても車の轍でしょ?それがどう…って、天国にも車があるの?」
驚いたジュンの表情を見て、僕はニッコリと笑いかけた。
「そうなんですよ。しかも凄い車が。さ、これを辿って行けば着くので急ぎましょう。」
少し勿体振る素振りを見せた僕に、ジュンは何やら不満気にしていた。だが、実際は何があるのか楽しみでもあったので、そのまま黙ってイイロクの後を付いて行く事にした。
その一方で、権左ェ門は何やら落ち着かない様子をし、普段の彼の態度とは違いあまり口を開かず周りをキョロキョロとしながら後を付いてきていた。
そしてその砂利道の轍を辿り、しばらく歩いた所でその家を見つけた。
「あれだ!ほら、あの家です。」
僕は向こうに見える、大きな立派な家を
指差しジュンと権左ェ門の方を振り返った。
すると、その家を見たジュンは思い掛け無い光景に目を丸くして驚いていた。
「あらま!ホントに凄い家ね。しかもここの雰囲気とは全然合ってないし。よっぽどの金持ちなのかしら。」
そう、その家はカミヤの家だった。長閑な田舎風景には全くと言って良い程のモダンな造りをしている。
家の周りには真っ白なブロックで作られた塀があり、人が通る為の門と車の出入り口の自動シャッターがある。そしてこの砂利道の轍は緩いカーブを描き、その自動シャッターの出入り口へと繋がっていた。
「あそこ、カミヤさんの家なんですよ。ほら、中国で会ったあのチャラチャラした人。覚えてます?」
僕のその言葉に、ジュンは思い出したと言う表情をし、すぐにため息をついた。
「あぁ、あのチャラい奴ね。覚えてる覚えてる。まさかあんな奴がこんな良い暮らしをしてるなんて、ちょっと納得行かないわね。ったく。」
そう言いながらも、この何もない長閑な田舎で、現代建築物を目にしたジュンは少し安心した様子を見せた。
「まぁ、とりあえずあそこに行けば何とか安心してこの場をやり過ごす事が出来そうね。」
この天国の不思議な力に惑わされない為にも、カミヤの豪邸は唯一の助け船の様でもあった。
そして僕達三人はカミヤの豪邸の前に辿り着き、入り口の門の側にあるインターホンを鳴らした。
「……。」
「あ、あれ?いないのかな?」
するとその時、カミヤ邸からではなく歩いてきた砂利道の向こうから甲高いエンジン音と砂埃を巻き上げて近づいてくる真っ赤なスポーツカーがこちらにやって来た。
「あ!あれカミヤさんの車だ!」
カミヤもこの三人に気付いたらしく、軽く二回ほどクラクションを鳴らして合図をして来た。
そしてカミヤの車が僕たちの前に到着し、低い車高のウインドゥから顔を覗かせた。
「おぉ!イイロクちゃん!どした?こんな所まで来て。とりあえず、中でゆっくりしてきなよ!あ、ジュンさんご無沙汰です。相変わらず美しい。それと、そっちのお侍さんは…。」
「権左ェ門だ!よろしくな!」
権左ェ門は間髪入れる間も無く自己紹介をした。だが少し慌てた様子が垣間見えた。
「あ、そそそ、そうそう!権左ェ門さんでしたね!」
カミヤも何か慌てた素振りをみせたが、直ぐに気丈に振る舞って見せた。
そのカミヤは相変わらずの性格だったので特に気にすることもなく、ましてや僕たちはそのカミヤの明るさに救われた気もした。
そしてカミヤの車が自動シャッターの入り口へとゆっくり向かい、その中へ入っていった。しばらくして、出入り口の門が開き、カミヤが家の中へと招き入れてくれた。
「お待たせ〜。さ、入りなよ。広い家だけど!」
「…なんかムカつくわね。」
少しイラっとしたジュンだったが、僕たち三人にはありがたくカミヤ邸へと足を踏み入れた。
カミヤの後に続き、中庭を歩いているとその敷地内に目新しい見慣れない車があった。
「あれ?カミヤさん。あんな車も持ってたんですか?」
それはカラシ色の古いドイツ製のツードアクーペだった。フロントグリルにはそのドイツ車のエンブレムが大きく主張している様に見える。
「あぁ、これか?良い車だろ?最近手に入れたんだ。もう何十年も前の車でな、最近こっちにやって来たんだ。」
「こっちにやって来た?って、どう言う意味ですか?」
僕はカミヤの意味深な言葉が気になり、問いかけた。そしてカミヤの口からは思いもよらぬ言葉が発せられた。
「ん?こっちに来たんだよ。つまり、この車も死んじまったのさ。現世でスクラップになったんで、車としての命がそこで終わった訳さ。で、こうして死後の世界に来たわけ。他の車も一緒だぜ?みんな事故とか故障でスクラップになった車なんだよ。」
驚きだ。まさか車にまで死後の世界があるなんて思いもしなかった。
「車にだって命はある。だけど、こうしてこっちに来れる車はそうも無い。以前の所有者が愛情を注ぎ込んでいた車だけがこうしてこっちに来れるんだよ。もちろん、車だけじゃ無いぜ。見せてやるから早く中へ入りなよ!」
そう言ってカミヤと僕たち三人は家の中へ入っていった。
広い玄関に高い天井。ピカピカのフローリングでモダンな雰囲気のリビングが僕たちの目を奪う。
「アンタ、ほんとにいい暮らししてるわね。」
ジュンが嫌味っぽい口調でカミヤに話しかけた。だがカミヤは全く気にせず言葉を返した。
「そうっすか?でもまぁ、この仕事してると結構良い待遇してもらえちゃうんでね。アハハハ。」
カミヤはニコっと笑い、ジュンに返事をした。そして何かを思い出したように、カミヤはリビングの奥へと向かった。
戻ってきたカミヤの手には、また目新しい真っ白な見慣れないエレキギターが握られていた。
「ほら、これも現世で死んじまったギターだ。グレッチのホワイトファルコンって言う名機だぞ。」
車の他にも、カミヤの家にはギターが幾つもあった。よく見ると他のギターもどれも年代物のビンテージギターばかりだった。
「へぇ、凄いですね。でも一体、どこで手に入れるんですか?」
その僕の言葉にカミヤは言葉を濁らせて答えた。
「ま、まぁ、なんと言うか。下の階の…闇市みたいな所かな!アハハハ。」
なんだか怪しい感じだ。僕はそう思ったが、あまり深くは追求し無いことにした。
「まぁ、せっかく来たんだし今日はゆっくりしてきなよ!部屋はいっぱいあるから好きなとこ使っていいぜ。」
そのカミヤの言葉に甘えて、僕たちはそれぞれ別の部屋でしばしの休息をとる事にした。
山登りや塔の階段を登り続けて来たので体は思いの外疲れが溜まっていた。
三人はカミヤに部屋を案内され、僕は六畳程の部屋を借りる事にした。そこには本棚とソファが置いてあるだけで、他には何も無かった。
僕はそのソファに横たわると、どっと疲れが出てきた。
「なんか、疲れたなぁ…。」
そう呟いて、ゆっくりと目を閉じた。
今日あった事やもう一人の自分との対峙、そして決別をしたあの時の事が鮮明に思い出せる。
一瞬、左手首の辺りが痒くなり少し目を開けてその方を見た。
そして目に入ったのは、三人でお揃いのブレスレットだった。
「みんなと一緒だ。」
そのブレスレットを見ると、どんな不安も消えていく様な気がした。露店で売っていた安物だったが、まるで魔法のブレスレットの様にも思える。
そんな事を思っていると、次第に瞼が重くなり疲れと眠気が波の様に襲ってきた。
「ジュンさん、権左ェ門さん。あと少し、頑張りましょうね。」
そう言って、一人ソファに横たわりいつの間にか眠りについていた。
*3*
すっかり日も傾き、リビングの窓からは濃いオレンジ色の夕陽の明かりが射し込んでいた。
そこには窓辺から外を見つめる権左ェ門とカミヤの姿があった。
権左ェ門はその美しい夕陽に照らされた自然豊かな景色に見とれて呟いた。
「こんなに素晴らしい景色は誠に久しぶりだ。拙者が生きていた時代の様で懐かしくも思うぞ。」
「そうでしょ?俺も実は結構気に入ってるんです、ここ。地国みたいな雑踏もビルも無い。心が洗われます。俺はこの仕事を与えて貰っただけでも感謝してるんです。」
カミヤはいつもと少し違った様子で答えた。ただ年上の権左ェ門に対する接し方とは違う、目上の人間との接し方の様だった。
「それは良い事だったな。拙者もこうしてあの二人と出会えて良かったと思っておる。仲間と言う物の素晴らしさを、死んでもなお感じられた。そして拙者が死んでからは、一度も抜く事の無かったこの刀をも抜いてしまった。それ程にして彼らを守りたいとも思えた。」
その言葉を聞き、カミヤは少し俯いて口を開いた。
「やっぱ、このまま先へ進むんですかね?それ程にしていい仲間と出会えたのなら、ここで三人一緒に暮らす事も出来ますよ?今の俺にはその権限がありますから、何とでもします。」
カミヤのそんな言葉に、権左ェ門はいつもの様に笑って答えた。
「ガハハハっ!何を言うかと思えば、その手には乗らんぞ!拙者達は目指すものがあって今まで力を合わせて来たのだ。今更それを断つわけにはいかんのだよ。そうであろう?ジュン殿。」
カミヤはハッと後ろを振り向いた。
「ったく、当たり前でしょ?」
そこには腕組みをして仁王立ちしているジュンの姿があった。
「ありゃ、いつからそこに?って、全部聞いてましたかね、アハハハ。」
カミヤの笑い声に、ジュンは軽くため息を付き二人の元へとやって来た。
「確かにここは素晴らしいわ。アタシもアンタらといるのが結構楽しいし、このまま仲良く暮らせるなら文句無いし。でもね、あの子は違うわ。」
ジュンの言葉に、三人は少しの間黙り込んだ。窓辺に立つ三人を、夕陽が優しく照らしている。
そしてまた、ジュンは口を開いた。
「あの子、普段は口に出さないけどずっとアタシ達の事を考えてる。このゲームに勝つ事じゃなく、自分のせいでアタシ達の身に危険が及ば無い様にしてる。あの子は自分が弱いと思っているから、もっと強くなりたいって、いつも自分と戦ってる。本当の仲間だと思っているからこそ、自分を犠牲にしてでも守りたいと思ってる。」
ジュンのそんな言葉に、権左ェ門は優しく微笑んだ。
「まるで自分の本心の様にも聞こえるぞ、ジュン殿。もちろん拙者も同じだ。そなたらを守るためなら、この身を捨ててでも守り抜くぞ。それが仲間と言うものだからな。ガハハハっ!」
「なかなか鋭いわね、アンタも。」
ジュンは少しだ照れた様な表情を見せて小さく笑った。
それはイイロクだけでは無く、ジュンや権左ェ門も同じくしてこの仲間を守りたいと強く願っていたのだ。誰にも弱い自分がある。それに打ち勝つ事が出来てこそ、誰かを守る強さを得られるのだ。
イイロク、ジュン、権左ェ門。この三人には既にその強さを持ち合わせている。仲間の絆が深まれば深まるほどに、その強さも大きく膨らんでいく。それが仲間と言うものだ。
「なんか、イイっすね。俺も生きているうちに、そんな仲間に会いたかったなぁ。」
カミヤはニッコリと笑い、二人の強い気持ちを受け取った。
「じゃあ、頑張ってくださいね。こんな美人に会えなくなるのは寂しいけど、無事に生き返る事が出来るのを祈ってますよ。あ、また死んだら今度は天国に来てもらいますよ!アハハハ。」
そして窓から射し込んでいた夕陽も陰り、とうとう日が暮れた。真っ暗な夜空には無数の星とまん丸の月が美しく輝き瞬いていた。
「そうだ!今日は庭でバーベキューしましょう!最後の晩餐って訳じゃないですが、良い思い出作りに。どうです?」
カミヤの提案に、二人は喜んで応えた。
「お、いいわね!それ。バーベキューなんて何年…何十年…まぁ覚えてないくらい昔の事かも。」
「バーベキューとはハイカラな!拙者もご馳走になろうぞ!ガハハハっ!」
そうしてカミヤと残りの二人はバーベキューの準備に取り掛かった。
「あ、あの子起こさなきゃね。」
ジュンは寝ているイイロクを起こす為に部屋へ向かった。
そしてイイロクの部屋を軽くノックし、扉を開けて中に入った。
「ちょっとイイロク!そろそろ起きなさい!今日はこれからバーベキューするのよ〜。」
そのジュンの声を聞いて、イイロクは一度寝返りをうって返事をした。
「う、うーん…もうちょっとだけ休ませてください…。」
さすがに疲れが溜まっていた様で、イイロクはすぐには起きなかった。
「ったく、この子は。ホラホラ!イイロクちゃん。起きなさいよ〜。」
そう言ってジュンはイイロクの寝ているソファへと歩み寄った。
「キャッ!」
だが、あろう事かソファの足元に置いてあったイイロクのリュックに足を取られて、そのままイイロクに覆いかぶさる様に倒れこんでしまった。
イイロクはいきなりジュンが飛び込んで来たので、驚き大きな声を上げた。
「うわぁっ!なんだなんだ!?」
それと同時にボヨンと言う柔らかい感触がイイロクの顔面に直撃した。
それはまさに、ジュンの胸がイイロクの顔を埋める様になってしまっていたのだ。
「あらま、ゴメンゴメン!びっくりした?アンタがこんな所にリュックなんか置いとくからよ?ったくもう。」
ジュンはそう言って起き上がり、特に気にした様子も見せなかった。
…が、僕は心臓が破裂しそうな程早く、そして大きく鼓動していた。
「…あぁ、いや、ゴ、ゴメンなさい。その、ゴメンなさい。」
ジュンはおかしな様子のイイロクをみて、首を傾げて話しかけた。
「アンタ、何言ってんの?もしかして、どっか打った?まぁ、いいから早く起きなさいよ、ったくもう。」
「あ…いやぁ、今はちょっと…。」
だが、僕はその時どうしても起き上がる事が出来なかった。ましてやジュンの目の前でなんて、尚更だ。これは、男である僕たちの切実な事情がある。
「ったく、じゃああとで早く来なさいよ!アンタも用意手伝ってね!」
「あ、はい、ゴメンなさい。もうすぐ収まるので…。」
ジュンは一度目を細めて僕を見たあと、部屋を出て行った。
パタンと言うドアの閉まる音がして、僕は急いで起き上がった。
「…ジュンさんの…柔らかい…あっ…。」
僕はまたあの顔面に受けたボヨンとした衝撃を思い出し、もう一度男の事情が再臨して来てしまった。
「も、もう少し待たなきゃ…。」
*4*
しばらくして事情も落ち着き、僕は皆のいる庭へと向かった。
「お、遅くなってゴメンなさい!」
既にバーベキューは始まっており、肉や野菜の焼ける匂いと音がしていた。
「おぉ!イイロク殿!ささっ、早くこっちへ来てたくさん食べるとよいぞ!ガハハハっ!」
権左ェ門は大きく手招きして僕を呼んでいた。そしてジュンは既にビールを飲んでいる様で、ほんのりと頬を赤らめて笑っていた。
「ったく、早くこっち来なさいよ!アンタも少し飲みなさい。はい、コレどーぞ。」
ジュンはキンキンに冷えた缶ビールを手渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。こ、天国にもビールとかあるんですね。」
すると既にビールを飲んで出来上がっていたカミヤが答えた。
「もちろんだよ〜イイロクちゃん。だってさ、俺、結構偉い立場だからさ〜、何でも手に入っちゃうのよ〜アハハハっ。あ、でもジュンさんみたいな美人は手に入らなかったけどねぇ〜アハハハ。」
カミヤは酒に弱いらしい。だが、すごく楽しそうにしていたので、ついつい僕もつられて缶ビールをグイグイと飲み干した。
その後も、僕たちは肉や野菜をたくさん食べて、ビールを飲み、それぞれがそのひと時を楽しく過ごしていた。
そして酒に酔ったカミヤが僕に絡んできた。
「でさぁ、イイロクちゃんよ。いま彼女とかいないの?あ、死んだらいるもいないも関係ないけど、好きな人とかさぁ。どうなのよ?ねぇ、どうなのよ?」
「すすす、好きな人…ですか…。」
カミヤはニッタリとした笑みを浮かべ、グイグイと聞いてくる。
「だってイイロクちゃん、まだ若いじゃん?まぁ、顔はそんなにイケて無いけど、ほら、可愛い系だし。あぁ!もしかして、もしかしたら〜?」
「なな、なんですか…?」
慌てた僕の様子を察知したカミヤが、クルッと振り返り大きく声を上げた。
「ちょっとちょっと!ジュンさ〜ん!なんかイイロクちゃんが話があるんだってさぁ!フヒヒヒっ。」
「ブーッッ!」
僕は口に含んだビールを吹き出した。
「ちょっ…何をっ!?」
「がんばるのだぞ!若者よ!フヒヒヒ!」
そう言い捨て、カミヤはその場から立ち去った。そして、ビールを片手にジュンが面倒くさそうに僕の方へやって来た。
「何よ話って?このアタシになんか文句でもあんの?」
「あわわ、何でもないです…ゴメンなさい。」
酔ったジュンの目が恐ろしかったので、僕は何も言えず…と言うか何も言うことが無かったので、ただしょんぼりとするだけだった。
それを見ていたジュンが、クイっとビールをのんで、僕の横にストンと腰掛けた。
「アンタって、ほんとモジモジしてる子よね。そんなんじゃモテないわよ?まぁ、でもちょっとかわいい所あるけどね。」
ジュンが僕の方を見て、ニッコリと笑った。それはいつものジュンとは違い、少しあどけない少女の様なかわいい笑顔だった。
「か、かわいいって…やめてくださいよ。」
「ほら、そう言うところ。照れちゃって、まぁかわいいこと。オホホホ。」
ジュンは酔っていたので、いつもより僕の事をからかってくる。だが、そんなやりとりが僕は嬉しかった。
今までは誰にも相手にされずに過ごして来たが、こうして誰かにからかわれたりする事や、カミヤとした青春の若者の様な内容の話がすごく嬉しかったのだ。
「あの、ジュンさん。ありがとうございます。」
「ありがとう…?何が?」
ジュンはキョトンとしていた。だが今は理解して貰えなくても良かった。
僕はただ、こうして一緒にいてくれる事が嬉しかったからだ。
すると、権左ェ門とカミヤも僕とジュンの隣にやって来て腰を下ろした。
庭の芝生に、四人が並んで座っている。
みんな良く酔っていて、そして気分が良かった。
四人は特に話す事もせず、空一面に広がった星空を眺めているだけ。
言葉は無くとも、皆の心には伝わっていた。こうして仲良く並んで座っているだけで、心地よいと感じられる仲間である事を。
時折吹く涼しい風が、ジュンの髪を揺らしていい香りがする。
そして静けさの中にバーベキューの炭の弾ける音だけが響いていた。
「アタシも、ありがとね。」
「拙者も、感謝してるぞ。」
二人は遠くを見つめたまま、その一言だけを言った。
「僕も、ありがとうございます。」
そんな三人を見ていたカミヤが、スッと立ち上がった。
「さぁて、そろそろお開きにしましょうかね!」
そのカミヤの一言で、僕たち三人も立ち上がった。
「カミヤさん、今日は本当にありがとうございました。何だか、すごく楽しい思い出が出来ました。」
僕はカミヤに礼を言い、それにカミヤはいつもの様にニッコリと笑って応えてくれた。
「イイロクちゃん、君は幸せ者だね!こんな良い仲間が傍にいてくれるんだからさ!」
僕もカミヤの言葉に、満面の笑みで応えた。
「はい!本当に幸せです。」
皆がそれぞれ顔を見合わせ、笑顔が溢れる。それは少しの寂しさもあり、この先へ進む為の決意の表しでもあった。
だがまだ最終関門が残っている。それが僕たち三人にとってどんな試練なのかは想像もつかない。しかしこうしてここまでやって来た。絆が深まる度に、不安は薄れていく。
そんな心の強さを育む事が出来たのも、今までの試練のお陰かもしれない。
この生き返りゲームの真髄は、そこにあるのかも知れないと感じられた。
「それじゃ、皆さん。明日に備えて今日はゆっくりと休んで下さい。また部屋は自由に使っていいんで!」
そうして僕たちはカミヤに改めて礼を言い、部屋に戻って休む事にした。
僕は一度振り返り、カミヤの方へ駆け寄った。
「カミヤさん、寂しけど明日でお別れです。あの、あなたに会えて本当に良かったです。ありがとうございました。」
僕はカミヤに手を差し出し、それに合わせてカミヤも手を握ってくれた。
「俺もイイロクちゃんに会えてよかったよ。少しの間だったけど、楽しかったぜ。明日、頑張ってな!」
そうして僕も部屋に戻って寝る事にした。
部屋に入り、先ほどのソファに寝転ぶ。
一瞬、ジュンの姿を思い出し心臓の鼓動が速くなった。
だが酔いも回ってきていたので、僕はすぐに眠りについた。
部屋の窓の隙間から入る涼しい夜風が、木々の香りを乗せて優しく吹いていた。




