十二話〜闇へ向かう山道〜
*1*
あくる日の早朝、僕はソファの上で目を覚ました。
窓からは優しい陽差しが差し込み、その陽差しがまだ眠っている権左ェ門の事を照らしていた。
部屋を見渡すとベッドには権左ェ門しかおらず、ジュンの寝ていたベッドにはよれたシーツのみが名残惜しそうに広がっていた。
そして、ほんのりと良い香りのする毛布が僕の体に掛けられている。その香りはまさしくジュンのものだった。
僕はもう一度、そのジュンの良い香りのする毛布にくるまり顔を埋めた。
そのままモゴモゴとジュンの香りが残る毛布の中でまた目を閉じていた。
僕はジュンと酒を飲みながら話した昨夜の事を思い出す。
ジュンの過去、そして涙、あの笑顔。
まるで今さっきの事の様に鮮明に覚えていた。
「アンタ、何してんの?」
そう、こうしてジュンの声までがハッキリと聞こえて来るくらい鮮明に……。
「…っ!?」
僕は慌てて毛布から顔を出した。そこにはすっかりいつもの真っ黒なレザーの上下を身に纏ったジュンの姿があった。
「ジュ、ジュンさん!?い、い、いつからそこにいたんですか…?」
ジュンは腰に手を当てて、何ともない表情をして首を傾げながら言った。
「いつって、さっきからよ?アンタがミノムシみたいに毛布にくるまってモゴモゴしてた時。」
僕は寝起きすぐに全身の血が体中を駆け巡り、顔が熱くなった。
「いや、その、別に変なつもりはなかったんで…あの…。」
モジモジとした僕の様子を見て、ジュンは呆れた様にため息をついた。
「はぁ…ったく。ホラ、訳わかんない事言ってないでさっさと用意しなさいよ。あっちのグースカ寝てるお侍さんも早く起こして。」
僕は急いで起き上がり、権左ェ門の事を起こしに行った。
「ご、権左ェ門さん。朝ですよ〜。ほ、ほら、起きてください。」
権左ェ門はまだ起きたくないと言わんばかりに、寝返りをうった。そして僕はもう一度権左ェ門に声をかける。
「は、早く起きないとジュンさんに怒られちゃいますよ〜。」
そう言うと権左ェ門はガバッと起き上がり、辺りをキョロキョロ見回した。そして呆れ顔のジュンの姿を見つけると、なに食わぬ顔で接した。
「おぉ。ジュン殿。相変わらず朝から美しいのぉ!ガハハハっ!」
ジュンはその権左ェ門の様子を見て、また溜め息をついて首を横に振った。
「はぁぁ。はいはい、ありがとね。ったくアンタ達はのんびりし過ぎよ。ホラ、さっさと用意しなさい。」
なんだかジュンは僕と権左ェ門の保護者の様にも思えて来た。
でも、昨夜の事で少しジュンの様子が気がかりだったが、いつも通りのジュンでいてくれて僕はホッとしていた。
今日も朝から賑やかな三人でいられた事を嬉しく思う。このゲームが進めば進むほどに、皆との別れも近づいてくるのだ。それは良い事か、それとも悪い事かは分からない。ただ一つ言える事は、これからもこの二人とずっと一緒にいれたらな…と、願う事だけだった。
そして僕は、部屋の窓から朝陽に照らされた街並みとその周りの山々を眺めていた。
ふと山の一角に目をやると、何やら山の頂上付近に夜には見えなかった円柱形の塔の様な物を見つけた。それは近代建築で出来た様な物ではなく、まるで中世のヨーロッパにありがちな構造物だった。
「あ、アレなんですかね?」
僕は傍にいるジュンと、急いで身支度をしている権左ェ門に声をかけた。
その声を聞いて、ジュンと権左ェ門は僕のいる窓辺へとやって来た。
僕は窓越しに山の頂上に見える塔の様な物を指さした。
「ほら、あれです。あの山の頂上にある塔みたいなやつ。」
ジュンと権左ェ門は目を細め、僕の指差した方をじっと見つめる。
「あらホント。立派な塔ね。でもあんな所にあるなんて珍しいわね。」
「ほほぅ。確かに。まるでこの街を見張る砦の様な物だな。」
二人とも興味がある様だったが、何故か僕はその塔から得体も知れぬ妙な雰囲気を感じ取っていた。
そして何かに気付いた様に、ジュンも口を開いた。
「あの塔、如何にも”ここに来い”って言ってるみたいね。」
ジュンも何かを感じ取ったのか、あの妙な塔が気になっていた様だった。
すると権左ェ門は、いつもの様に元気良く話した。
「そうとなれば、早速あの山の頂上の塔へ行って見るとするか!拙者、ハイキングは得意であるぞ!ガハハハっ!」
権左ェ門は少しワクワクしていたが、あまりアウトドアが好きではないジュンは気が重い様子だった。
「はぁぁぁ…、でもアタシそうゆうの苦手なのよねぇ。ロープウェイとかヘリコプターとかないのかしら。」
その様子を見ていた権左ェ門は、また笑ってジュンを元気付ける。
「なぁに!案ずるでないぞ!ジュン殿が歩けぬ様になれば、きっとイイロク殿が負ぶってくれよう。女性一人くらいなら抱える力があるようだしのぅ。ククククっ!」
僕はその権左ェ門の言葉を聞いて一瞬ドキッとした。
「ご、権左ェ門さん!もしかして、見てたんですかっ?」
権左ェ門はニヤニヤしているだけで何も言わなかったが、完全に昨夜の事を知っている様だった。
僕は権左ェ門に目で合図をし、”内緒に”と言うジェスチャーをした。
それを見たジュンは、何やら細い目で僕の事をジーっと見ていた。
「アンタ…アタシに何かしたんじゃないでしょうね。」
僕は”そんな事ない!”と言う様に慌てて首を左右に振って否定した。
「そそそそ、そんな!何もしてないですよっ!ホントです!」
僕の慌てっぷりにジュンは小さく笑みを浮かべて、また意地悪そうな顔をした。
「プッ。冗談よ、冗談!アンタ、ホントにかわいい子ね。」
その様子を見た僕は、バカにされているにも関わらす少し嬉しかった。
大人の女性に”かわいい”なんて言われてしまうと、正直照れる。ましてやジュンの様な綺麗な女性にだ。僕はこの様にジュンに軽く意地悪されるのが癖になってしまった様だ。
でも、僕にもプライドがある。もちろん男としてのだ。いくらジュンの様な綺麗な女性にかわいいと言われたからと言って、浮かれた様な素振りは見せないと心に誓った。
「か、かわいいって…そんな事言わないで下さい。僕だって一応大人の男ですから。」
その言葉を聞いたジュンは、目をパッチリと開き、また僕に意地悪な事を言い出した。
「あら?そうだったわねぇ。ゴメンゴメン。でも、ホントはちょっと嬉しかったんでしょ?」
「えぇ、まぁ…ちょっとは。」
僕のプライドは一瞬にして崩れ去った。
そんな僕たちのやり取りをニッコリと見ていた権左ェ門が珍しく真面目な事を言った。
「貴殿らの仲の良さは既に承知しておるが、そろそろ用意して出向かんか?先ずは腹ごしらえをしようではないか!皆で朝食でも食べに参ろうぞ!」
権左ェ門のその言葉に僕たちはササッと用意をし、この部屋を出る事にした。
エレベーターで一階に降り、朝食を取る為にホテルのフロントの近くにある喫茶店へと入った。
その喫茶店には客はほとんどおらず、席は自由にと言われたので、僕たち三人は窓側のテーブル席に座った。
何を食べようか迷ったが、あまりメニューの数がなかったので、とりあえず三人ともモーニングセットを頼んだ。
しばらくすると、薄味のアメリカンコーヒーとハムエッグ、グリルソーセージと厚切りのトーストが出てきた。
僕たちは皆それぞれ、そのモーニングセットを食べていた。
そしてジュンがコーヒーを啜りながら話を切り出す。
「この街に来てから、まだチェックポイントの情報は無いわね。これはアタシの勘だけど、あの塔がかなり怪しいわ。」
確かに僕もそう思っていた。だがそれとは逆に、何故だか僕にはあの塔に近づいては行けない様な気もしていた。
「あの、やっぱりあの塔まで行くんですか?」
僕の弱気な発言に、ジュンは少しムッとして答えた。
「何よ?アンタ今更行きたくないとか言うんじゃないでしょうね?ったく。最近の若い子は根性無いんだから。」
そのジュンの言葉に僕は黙ってしまったが、ここまで来たので今更怖じ気付く訳にはいかない。僕は迷いを振り切ってジュンに言った。
「いえ、大丈夫です。頑張ってあの塔まで行ってみましょう。」
ジュンは僕の言葉に一度頷き、またコーヒーを啜った。
そして僕たちは朝食を食べ終え、ホテルのチェックアウトをする為にフロントへと向かった。
そこでジュンがホテルのフロントマンに尋ねた。
「お兄さん、向こうの山の頂上にある塔まで行きたいんだけど、どうすればあそこまで行けるかしら?」
そう言うとフロントマンは笑顔で答えてくれた。
「あぁ、あの塔ですか。それでしたら少し大変ですが、この街をまっすぐと山の麓まで向かい、そこからは徒歩で山を登る事になります。もし宜しければ、簡単にですがあの塔までの地図をお描きします。」
ジュンはフロントマンの親切な行為に礼を言い、その地図を描いてもらった。
「あ、宜しければこのペンとメモ帳を差し上げます。このホテルのロゴが入った物ですので、僅かですが旅の思い出にどうぞ。」
そう言ってフロントマンはホテルのロゴが入ったペンとメモ帳を渡してくれた。
「あら、ありがとね。眺めも良いし、いいホテルだったわ。」
ジュンはそのペンとメモ帳を僕に渡し、僕はリュックにしまった。
そして僕と権左ェ門もそのフロントマンに礼を言ってこのホテルを去ろうとした。
その時、フロントマンに呼び止められた。
「あ、すみません!そこのお兄さん。」
僕はその声に振り返り、フロントマンの事を見て言った。
「え?僕ですか?」
するとフロントマンは少し真面目な表情をして、静かに話した。
「もしかして、お兄さんは天国の住人ですか?」
僕は何故天国の住人だと分かったのか、ビックリしていた。
「あ、はい。そうですけど…何か問題がありますか?」
フロントマンは一度深刻そうな表情をして、また静かに話し始めた。
「やはりそうでしたか…。あの、申し上げにくいのですが、天国のお兄さんはあの塔まで行かない方がいいかと…。」
フロントマンは何やら訳を知っている様だったが、何故かそれ以上は何も話さなかった。
「どうしてもと言うなら、仕方がないのですが…あまり勧められません。」
僕は何故あの塔へ行かない方がいいのか思わず聞き返した。
「なぜ、僕はいかない方がいいのですか?」
「そ、それは…。」
だが、フロントマンはそれ以上口を開かなかった。いや、急に何かに口止めされた様に何も言わなくなった様な気がしたのだ。
僕は嫌な予感がしたが、ここまで来て引き返す訳には行かないと思い、そのフロントマンに別れを告げた。
「何か訳があるみたいですが、僕はとりあえず行ってみます。それじゃあ、ごめんなさい。」
こうして僕たち三人はホテルを出て、地図の通りにこの街を抜ける事にし、そしてまた歩き出した。
*2*
早朝の街は、まだ人気が少なくとても寂しい雰囲気を醸し出している。
薄く広がった朝靄が、陽の光を浴びて淡いオレンジ色に染まっていた。
山の麓までおよそ5キロメートルの距離を、フロントマンからもらった手描きの地図を頼りに足早に歩いてる。
僕はフロントマンの言葉が気になっていた。何故なら、僕自身もこうしてあの塔に近づくにつれて、不穏な心境になっていたからである。
そして僕はふと、腕のポイントウォッチに目をやった。
あの時以来、ポイントウォッチの変化は見当たらず、円グラフのポイントは満タンのままだ。
ーーこのまま行けば、何とかなるかも。
僕はそう思い、二人と歩幅を合わせて街を歩いていた。
しばらく歩くと、ジュンが思いついた様に言葉を発した。
「そう言えば、他の参加者はどうなったのかしらね。あの地国の三人はともかく、まだ他に2チームいるはずなのに全然会わないわね。」
僕はすっかり忘れていたが、ジュンの言葉を聞いて少し気になった。残るチームは僕たちの他に、三人とも天国の住人のチーム、そして天国二人と地国一人の残り2チームだ。
今まで全く会わなかったが、果たして僕たちよりも進んでいるのか、それとも何処かで失格になっているのか。
このゲームがまだ続いていると言う事は、ひとまずどのチームもゴールしていないと言う事実は確定だ。
だが、安心はしていられない。僕はチーム全員が天国の住人であるチームに人知れず脅威を感じていた。
何故なら、チーム内の皆が善人であればポイントが減る確率も低く、今までのチェックポイントでの課題も簡単にクリア出来たであろうと思うからだ。
それを考えると僕は焦り、あの塔に近付きたくないと言う気持ちとは裏腹に、ジュンと権左ェ門に先を急ぐ様に促した。
「ジュンさん、権左ェ門さん。まだ相手のチームがどうなってるのか分かりませんが、僕たちが遅れる訳にはいきません。先を急ぎましょう。」
僕の言葉にジュンと権左ェ門は頷き、山の麓に向かう為、足早に歩き出した。
そして、およそ一時間と少し歩いた所で、地図を手に持つジュンが立ち止まった。
「アンタ達、ちょっとまって。地図によればこの辺りから山に入れる道があるみたい。多分、今はほとんど使ってない古道らしいから、見つけるのが難しいかもね。」
ジュンはそう言って、ホテルのフロントマンから貰った地図を僕と権左ェ門に見せた。
その地図は大雑把であったが、目印となる場所などはきちんと文字で書かれてあった。
たが、肝心の山への入り口がどこだかは書いておらず、☆印の場所に”入り口 古道”と書いてあるだけであった。
「とりあえず、近くの森の方を調べてみましょう。きっと何処かに入り口があるはずです。」
僕は二人にそう言うと、入り口の古道を探す為、三人で山側の森の縁を歩く事にした。
そしてしばらくすると、50メートル程先に小さな古い鳥居の様な物が木の陰からちょこんと頭を出しているのを見つけた。
ジュンはそれを見て、確信したかの様に呟いた。
「アレね、きっと。」
僕たちは小走りでその鳥居へと向かった。
そしてその古い鳥居の元へ辿り着くと、そこには見覚えのある三人の人影があった。
その三人は、まさしくこのゲームの参加者である天国の三人組みのチームだった。そして僕たちは一瞬立ち止まって、ゆっくりとその三人組みの元へ歩み寄った。
天国の三人組みも僕たちの事に気が付いた様子で、そのチームの年配の女性がこちらに向かって笑顔で挨拶をしてくれた。
「あら、皆さん。ご無沙汰してます。」
僕たちはその年配の女性の笑顔に警戒していた気持ちを解き、軽く挨拶を交わした。
「あ、あの、おはようございます。皆さんも無事にここまで来れたのですね。」
天国の住人同士な訳か、僕はその年配の女性に安心感を覚えていた。
だが、ジュンと権左ェ門は口を開かず少しだけ様子を伺っているみたいだった。
そしてまた、年配の女性が笑顔で話をし始めた。
「えぇ、お陰様で。あなた達も無事で何よりだわ。いい仲間と出会えた様ね。」
僕はその言葉に一度後ろの二人の方を振り返った。そしてまた、年配の女性の方へ向き直った。
「はい、とてもいい仲間です。二人とも優しくて面白くて、何よりも一緒にいるのが楽しいです。」
すると、僕の言葉を聞いた年配の女性の表情が少しだけ曇った。そして何か思いつめた表情で僕に語った。
「…私達のチームはここで終わりです。あなた達が来る前、三人で話し合ったの。」
僕はその女性の突然過ぎる言葉に思わず聞き返してしまった。
「えっ?ど、どうしてですか?何でここで終わりなんですか…?」
年配女性は僕に優しく微笑んで、そしてゆっくりと話し始めた。
「あなたも感じているとは思うけど、ここから先は何故だか進んではいけない気がするの。私達三人は、あの塔に近づくにつれて、自分が自分で無くなりそうになる不安を抱いたわ。」
僕は確かに同じ様な気持ちを感じた事があった。ホテルの窓からあの塔を見つけた時、妙な感じがしていたのを覚えている。
そして、その年配女性は穏やかな表情をしてまた話を続ける。
「私達はね、死んでしまった後だけど本当は天国でのんびり暮らせればそれで良かったの。でも、あの泉に行ってしまって生前の記憶を少しだけ思い出してしまった。」
僕はその言葉に思い当たる節があり、胸の奥が少しだけ締め付けられた。
「私は、孫が生まれてすぐに死んでしまったの。だから、もう一度だけ可愛い孫に会いたくてこのゲームに参加する事にした。でも、それが間違いだったのかも知れないわね…。私は運命を受け入れる事が出来なかった。こうして運良く天国の住人になれたのに、また欲が出てしまったの。」
年配女性は少しだけ俯いていたが、何かを決心した様な潔さが伝わって来た。
「私達はみんな同じ気持ちだったの。大切な人にもう一度会いたいと言う気持ちは誰もが思う事だわ。他の二人もそう。でもね、私達は決めたの。その大切な人にもう一度会えなくても、その人を想う気持ちは決して消えないわ。だからここでこのゲームをリタイアして、今のままの自分でいられる間に木にしてもらうわ。そして、その木になって私の孫や大切な人を見守ろうと。」
年配女性とその他の二人の表情からは、全くと言っていい程に悔いは無いように見えた。むしろ、そうなる事を自ら望んでいたかの様だった。
僕はその年配女性の言葉と決心に、心を打たれた。それと同時に、迷いが生まれていた。確かに、僕の生前の記憶もまだ完全に思い出した訳じゃない。今の僕が本当の僕じゃないのかも知れない。そう考えると、怖くなった。
だがそんな僕を見て、年配女性は優しく言葉を掛けてくれた。
「でもお兄さん、あなたはまだ若いわ。もし、生き返る事が出来ればこれから先の未来もある。自分がどうしたいのかは、自分で決めればいいの。自分自身と、あなたの大切な仲間を信じなさい。」
年配女性はニッコリと笑い、僕にそう言ってくれた。その優しい笑顔には、欲を捨て自分の意思を貫いた彼女なりの強さを感じた。
そして僕は、ジュンと権左ェ門の方を向き、二人の姿を見つめた。
ジュンは軽く頷き、微笑んでいる。権左ェ門は、いつもの様に満面の笑みでいてくれた。
そんな二人の姿を見て、僕も決心した。
「ジュンさん、権左ェ門さん。行きましょう。」
二人は頷き、僕の元へ来てくれた。二人は何も言わなかったが、ジュンが軽く僕の背中を叩いた。そのジュンの手の感覚に、僕は仲間といる安心感を覚えた。
そして僕達三人は、年配女性と他の二人に別れを告げる。
「それじゃあ、僕達は行きます。あの、ありがとうございました。」
僕がそう言うと、他の二人が持っていた軽い食料と三人分の水を手渡してくれた。
「山道は大変です。これ、少ないですが持って行って下さい。私達にはもう必要ありませんから。さ、どうぞ。」
僕達はその優しさに感謝の言葉を告げて、最後に握手を交わした。
そして僕達三人は、古い鳥居を潜り、山の頂上にある塔へと向かう為に山道をゆっくりと登って行った。
*3*
僕達は人ひとりが通れる程度の細い山道をゆっくりと歩く。
この静かな山林の空間に、枯れた針葉樹の葉や枝を踏みしめる音が響いて聞こえる。
所々に苔の生えた木の根があり、それに足を取られて転びそうになった。普段から舗装された道ばかりを歩いていたせいか、僕とジュンは思いの外この山道に苦戦を強いられていた。
だが、権左ェ門は慣れた足つきでスルスルと山道を登り歩いて行く。彼の生前の時代にはこの様な道ばかりを歩いていたから慣れている様だった。
「どうした二人とも!まだまだ先は長いぞ!ガハハハっ!」
権左ェ門は余裕がある様に笑ってみせる。だが、その権左ェ門の笑い声に少しだけ元気を貰った気がして、僕とジュンは慣れない道を懸命に歩いた。
「ったく、あの侍は何であんなに早いのよ。アタシらの方が全然若いのに、ちょっと悔しいわね。」
ジュンはブツブツ文句を言いながらも、権左ェ門に負けじと頑張って山道を登っていた。
案の定、僕は運動が苦手なタイプだったので最後尾でヨロヨロと登っていた。
その様子に気付いたジュンが、僕の方を振り返って言った。
「ちょっとアンタ!もっと頑張りなさいよ!アタシより若いのに情けないわよ、ったく。」
だが、そんなジュンの言葉に反応していられない程に僕の疲労はピークに達していた。
「ちょ、ちょっとタイム…タイムです。」
僕は息を切らし、その場にへたり込んだ。
その様子を見たジュンは、僕の元へやって来るなり文句を言った。
「ったくもう、最近の若い子はだらしが無いんだから。ちょっと権左ェ門!こっち来て!」
ジュンは大きな声で先を進む権左ェ門を呼び止めた。その声は大きく山林に響き渡り、そしてまたすぐに静寂を取り戻した。
ジュンの声に気付いた権左ェ門は登って来た山道をスタスタと軽いステップで駆け下りてきた。
「何事じゃ!?イイロク殿が怪我でもしよったか?」
その権左ェ門の心配とは裏腹に、ジュンは”大丈夫”と言う少し呆れた様なジェスチャーをして見せた。
「ううん、この子疲れちゃったんだって。仕方ないけど、ちょっと休憩しましょ。」
僕は息を切らしながら、ジュンと権左ェ門に申し訳無さそうな表情で言った。
「す、すみません…ちょっとだけタイムでお願いします。」
僕のそんな様子に、ジュンと権左ェ門は少しだけ笑っていた。
「ガハハハっ!気にするでないぞ!無理は禁物じゃ!」
「まぁ、アタシも少し疲れたしちょっとだけなら大丈夫ね。」
そう言ってジュンと権左ェ門はその場に腰を下ろした。
「ほんと、すみません。あ、そうだ。」
僕はそう言うと、先ほどリタイアした三人から貰った食料と水をリュックの中から取り出した。そしてそれをジュンと権左ェ門に手渡した。
「これ、せっかくなんで頂きましょう。」
三人はそれぞれ水を飲んだり食事をしたりと、山林の中で美味しい空気を吸いながらこのひと時を過ごしていた。
僕は何だか良い気分になり、ずっと気になっていた事を二人に聞いてみた。
「あ、あの。ジュンさんや権左ェ門さんは、もし生き返る事が出来たら何がしたいのですか?」
僕のその言葉に、ジュンはピクッと反応した。そして少し考える様な素振りをして、僕の問いに答えた。
「そうね…。もし生き返る事が出来たら、今度は真面目に生きたいわ。今更だけど、もう悪い事するのは嫌。」
ジュンの表情が曇ったのは、自分のして来た事に後悔の念があるかだろう。だがこうして自分の行いを悔い改める事が出来るだけでも、今は充分である。
そしてジュンは、少し照れた様な表情をしてまた話し始めた。
「アタシね、レストランのシェフになりたかったの。小さい頃から料理が好きで、よく一人で作ってた。それで、アタシの作った料理を誰かに食べて欲しかったんだ。」
ジュンは思いに耽た表情で話しを続けた。
「アタシ、生き返る事が出来たらシェフになりたいわ。それで、たくさんの人に私の作った料理を食べて欲しい。」
意外な事に、この時いつものジュンらしくない表情を見せた。それは少し幼く、子供が自分の将来の夢を語る時の様な目をしていたのだ。
だが僕は、そんなジュンの表情や目が好きだった。
「ジュンさんなら、きっとすごいシェフになれますよ。それで、ジュンさんのレストランを開いたら、僕が食べに行きますよ。」
僕のそんな他愛もない言葉に、ジュンはニッと笑いかけてくれた。
「フフッ。ありがとね。じゃあ、その時はとびきり美味しいオムライスをご馳走するわ。」
僕とジュンは笑顔で約束をし、その和やかな様子を見ていた権左ェ門も優しくニッコリと笑いかけていた。
「まったく素晴らしい事ではないか!ジュン殿の夢、叶える為に拙者も協力するぞ!そしたらだな、あの揚げた海老を食わしてくれ!ガハハハっ!」
権左ェ門もジュンの夢を聞いて、素直に応援している様だった。
そして僕は、権左ェ門にも問いかけた。
「じゃあ、権左ェ門さんは生き返る事が出来たら何したいんですか?」
すると権左ェ門は大きく腕を組み直し、胸を張って言い出した。
「拙者はだな、人が人を殺めぬ世を作りたいと思っておる。右を見ても戦、左を見ても戦。拙者の時代は戦ばかりで、誰しもが天下を取る為に血眼になっておった。無論、拙者もその一人であった事に間違いは無い。だが、もうあの様な修羅の道を歩くのは辞めた。拙者はそなた達と出会えて、自分の在るべき道を見つけられた様だ。」
権左ェ門もまた、いつもとは違う雰囲気で話していた。
きっとそれは、塔の不思議な力や自らの欲望などでは無く、このゲーム、そして僕たち仲間と過ごした時間を通して、本当の自分の想いを打ち明ける事が出来る程の絆が生まれたからであろう。
そんな三人だからこそ、こうして今も笑って過ごせているのだ。
そして今度は権左ェ門が僕に問いかけようとした時、どこからか男のわめき声が聞こえてきた。
「…るなぁっ!こっちに来るなぁっ!」
僕たちはその場でバッと立ち上がり、辺りを見回した。
すると、山道の奥から血塗れの男が転びながらも必死で駆けてきた。
僕たちはその血塗れの男の様子見て、一気に危険を感じて身構えた。
血塗れの男は勢い良く、そして狂った獣の様に叫びながらこちらへ向かってきた。
「な、何なのよ…アイツ…。」
そしてその血塗れの男は僕たちの事を見つけ、暴れながら近寄って来た。
すると権左ェ門が一歩前に出て、刀に手をやり抜刀の構えをした。
「安心しろ、拙者がそなた等を守る。」
だが、その血塗れの男は僕達のすぐ手前で、バタっと倒れた。
権左ェ門がその様子を確認し、血塗れの男にジリジリと警戒しながら近寄って行った。
「…大丈夫、気を失っているだけの様だ。」
その言葉に、僕とジュンは少し安心したが血塗れの男が気になっていた。
権左ェ門がその男を確認すると、驚いた様に声を上げ、刀を抜いて構えた。
「こ、これは此奴の血ではない!そしてこの血の量、誰かを殺めたな!」
僕とジュンに、また緊張が走りその場で足を止めた。
すると、血塗れの男は意識を取り戻し怯えた様に呟いた。
「あいつ等が悪いんだ…俺の事を…俺の事を…。」
権左ェ門はその男に刀を向け、問い質した。
「一体、何があった。お主、誰かを殺めたな。正直に話せ。」
権左ェ門の声は低く、そして恐ろしい程の威圧感があった。
するとその時、血塗れの男は急に起き上がりまた狂った様に暴れ出した。
そして、苔の生えた木の根に足を取られて山の斜面を転がり落ちて行ってしまった。
そんないきなりの事に、権左ェ門は呆気に取られた様子だった。
「一体何なんだ、奴は…。」
そう言って、刀を鞘に収め僕たちの元へ戻って来た。
「奴は大きな怪我をしている訳では無かった。だが、あの血の量からすると誰かは確実に大怪我、もしくはすでに殺められておるかもしれぬ。兎に角、先を急いで見よう。」
僕たちは無言で頷き、水と食料をリュックに詰めてまた山道を登った。
先ほどまでの和やかな雰囲気は無くなり、一気に緊迫した状況に変わった。
そしてしばらく息を切らしつつも山道を登っていると、斜面の向こうにあの塔が見えて来た。
「あと少しね…イイロク、大丈夫?」
ジュンは僕の事を心配してくれている様だった。
「は、はい。なんとか大丈夫です。」
僕も張り裂けそうな心臓にムチを打って止まる事無く山の斜面を登り続けた。
そしてやっとの事、山の頂上に辿り着き、塔の入り口が見えた。
すると、権左ェ門が僕たちの事を制止するかの様に右手を横に出した。
「待て、あれを見ろ。」
僕とジュンは権左ェ門の指差す方へと目をやった。
「ちょっと…何なのよ…アレって。」
そこには、塔の入り口付近に頭からおびただしい程の血を流して倒れている男女の姿があった。
僕はついに怖くなり、膝がガクガクと震え出した。
そしてまた、権左ェ門がその倒れている男女に近寄って行った。
「駄目か…。」
権左ェ門は小さく首を横に振り、ゆっくりと僕達の元へ戻って来た。
「あやつ等は既に死んでおった。恐らく、先程の奴にやられたのであろう。亡骸の近くに血と毛髪の付いた岩石が落ちておった。それで撲殺されたと見る。」
僕はその言葉に吐き気を感じた。
だがジュンは、何かに気付いた様に話し始めた。
「もしかして…そこの二人とさっきの奴。私達と同じこのゲームの残りの三人じゃない?天国二人と地国一人の…。」
「ああ、その様だ。これを見てくれ。」
まさしくその通りだった。なぜなら、権左ェ門は倒れている二人のポイントウォッチを取ってきて僕たちに見せたからだ。
そのポイントウォッチは既に、赤い液晶の円グラフが0になっていた。
「ポ、ポイントが無くなってますね…。」
僕はそこでハッと思い当たる節があった。
山の入り口で会った、あの年配女性が言っていた”自分が自分でなくなりそうな不安”の事だ。
僕はある予感がした。この塔に入った時、何かの力が働いて今の自分ではない人格、もしくは”本当の自分”が蘇るのかもしれ無い。
それを考えると、僕は耐え難い不安に駆られた。もしかしたら、僕も同じ様に狂ってしまい、ジュンや権左ェ門に暴力を振るってしまうのでは無いか、さらには殺してしまうのでは無いかと。
だが、その時おかしな感覚に囚われた。
僕のそんな不安をよそに、何故だかあの塔に入りたくなる様な衝動だ。
好奇心などでは無く、与えられた使命の様だった。
そして塔の入り口の漆黒の暗闇が蠢いて見えた。
それはまるで、塔が大きく口を開いて僕たちの事を飲み込もうとしている様であった。
ジュンも権左ェ門も、塔の入り口をただ見つめているだけであった。しかし、二人も同じくして、あの塔に引き寄せられている様子だった。
そして僕達は、誘導されるかの様にゆっくりと塔の入り口へと向かい、三人でその漆黒の暗闇の中へと入って行くのであった。




