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生き返りゲーム  作者: ナレソメ
11/17

十一話〜心の枷〜

 *1*


 イイロクは考えていた。中国(なかこく)で見せた、自分の知らないもう一つの自分を。


 今までごく普通に、そして平穏に過ごして来たイイロクだが、怒りや憎しみが自分の許容範囲を超えると、想像もつかない行動を取ってしまう。


 そんな自分に一種の不安を抱いていたイイロクだが、言い換えればこの中国(なかこく)での出来事で、イイロクは前よりも、”より人間らしく”なったとも言えるであろう。


 何よりこの中国(なかこく)の一件で、イイロク達皆の大切な物や大切な人を守りたいと言う想いが露わになった。


 イイロクは今まで、他人との関わりを避けて生きてきたが、こうして”仲間”と呼べる者たちと共に過ごす時間が自分にとってどれだけ大切で嬉しい物なのかを実感していた。


 イイロクは思った。仲間と言う存在がこれ程にも自分にとって心地良い物だと知っていたなら、死ぬ前に仲間を作りたかったと。


 右を見ればジュンがいる。左を見れば権左ェ門がいる。


 ただそれだで、満足だった。


 そしてイイロク達三人は、再度固い絆で結ばれて、次のチェックポイントを目指す為タジマの元から去る事にした。


「タジマさん、迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。」


「アタシも、悪かったわね。」


「いやはや、拙者もつい本気を出してしまった。あの様な物騒な行い、誠にかたじけなく思う。すまなかったな。タジマ殿。」


 僕たち三人はタジマに謝り、最後の挨拶をした。


 その時、どこからともなく甲高いエンジン音が響いてきた。


 ”フォォォン!フォフォォォン!”


 そのエンジン音と共に、真っ赤なスポーツカーが僕たちの前に現れた。


 僕は胸が高まり、思わず声を上げた。


「カミヤさん!」


 相変わらずのチャラい格好をしたカミヤが、真っ赤なスポーツカーから降りてきた。


「よっ!イイロク!元気にしてっか?なんかさ、お前ら仲よさそうでイイ感じじゃん。」


 カミヤはいつもの様に、明るく振舞ってくれた。


 そしてカミヤは、気を失って倒れている男を見た。


「あちゃー。腕なくなっちゃってるよ、こいつ。多分、権左ェ門さんの仕業だろ?絶対そうだ。」


 カミヤは権左ェ門を見て、ため息をついた。


「も、申し訳ござらん。つい…。」


 権左ェ門はバツが悪そうに、ちょんまげ頭をぽりぽりとかいていた。


 カミヤはそんな権左ェ門の様子を見て、ニッとはにかんだ。


 そして、倒れている男とその仲間の方に目をやり口を開いた。


「お前らは、失格だ。」


 そう言うと、カミヤはガラスで出来た小さな針の様な物を取り出し、倒れている男にチクっと軽く刺した。


 その瞬間、倒れている男はみるみるうちに小さくなって行き、しまいには何かの植物の種に変わってしまった。


 その様子を見ていた男の仲間達は、顔が青ざめていた。


 種を手に取ったカミヤは、その男達に向けて静かに話した。


「こいつは、これからゆっくりと木になる。芽が出て、少しづつ大きくなる。でもな、意識は残ってるんだ。その意識が残ったまま、虫や動物に葉や茎を蝕まれる。まぁつまり、自分の体を少しづつ喰われるわけだ。叫ぶ事も、動く事も出来ずに想像も出来ない痛みを永遠と味わうんだ。まさに、”地獄”だよ。」


 その話を聞いた二人の男は、カミヤに対して土下座をした。


「ど、どうか許して下さい…木にだけはしないで下さい…。お願いします…。」


 そんな様子を見ていたカミヤは、その男達の前にしゃがんで話しかけた。


「じゃあ、お前らには特別に選択肢を与えてやるよ。このまま木になるか…そうだな。ここでタジマと一緒に一生動物達の面倒を見るかだ。もちろん、おかしな行動やタジマの言いつけを破ったら、ソッコーで木にしてやるからな。さぁ、どっちがいい?」


 カミヤは少し嫌味っぽく微笑んで、二人の男に選択肢を与えた。


「じゃ、じゃあ…動物達のお世話をさせて下さい…。」


 二人の男は渋々だったが、木にされるよりはマシと思いここで一生動物達の面倒を見る事になった。


 カミヤはタジマの方を見て、目で合図をしただけだった。


 そして、タジマはカミヤの合図を確認して、二人の男に話しかけた。


「お前さん達、ここで動物達の面倒を見る事になって、”助かった”と思ってやいないかい?」


 二人の男はタジマの話を聞いて、ドキッとしていた。まさに、図星だったからである。だが、タジマは不気味な笑みを浮かべ、また話を始めた。


「残念だったな。ここには毎日千頭以上の動物達が来るんだ。大多数の大人しい動物達はすぐに自由になるが、猛獣達はそうはいかん。お前さん達には、その猛獣達の世話を毎日やってもらうぞ。餌やりや糞の掃除など全部だ。もちろん、その間に猛獣に襲われて死ぬかもしれん。腹を引き裂かれ、内蔵を引きずり出される事も良くある話。その恐怖と屈辱を、一生かけて味わうんだ。わかったな?」


 二人の男はタジマの話に、ひどくうな垂れていた。まさに、どちらを選んだとしても”地獄”であったのだ。


 タジマもカミヤに目で合図をして、ニッコリと笑った。


「それじゃ、タジマさん。後はよろしくお願いします。僕はこれで。」


 そう言って、カミヤはまた真っ赤なスポーツカーに乗り込んだ。


 そして運転席から僕たちに向かって手を振っていた。


「イイロク!先はまだ長い!みんなで力を合わせて頑張るんだぞーっ!じゃあな!」


 僕は笑顔で手を振り、真っ赤なスポーツカーが過ぎ去るのを見送った。



 *2*


 すっかり日も暮れ、辺りは暗くなっていた。


 街頭などの無いこの街で、唯一明かりの灯る場所であるこの施設を去る事にし、イイロク達三人はタジマに別れを告げる。


「それじゃあ、タジマさん。僕たちは次のチェックポイントに向かうのでそろそろ行きますね。」


 僕がそう言うと、タジマは大きな懐中電灯と電池式のランタンを手渡してくれた。


「辺りはもう真っ暗だから、コレ使いなよ!この辺りには危険な動物はおらんけど、鹿やタヌキは沢山おるからな。」


 僕たちはタジマに礼を言い、この施設を後にした。


 そして、真っ暗な廃墟の街を懐中電灯とランタンの明かりを頼りに、先ほどの無人駅まで徒歩で向かった。


 しばらく歩き、街を出た所で遠くの方にぼんやりと明かりの灯った無人駅が見えて来た。


「あ、アレさっきの駅ですね。なんか昼間とはずいぶんと雰囲気が違いますね。」


「なんか余計に気味悪く見えるわね。」


 僕とジュンが話していると、背後から妙な音が聞こえてきた。


「グゥゥゥゥ…。」


 僕とジュンは何かの獣の鳴き声かと思い、咄嗟に振り返り懐中電灯を照らした。


 しかしそこには、権左ェ門しかいなかった。


「いやぁ、すまんすまん!色々あったものでちと腹が減ってしまってのぅ。何処かで飯でも食べたいのだが、如何か?」


 妙な音の正体は、権左ェ門の腹の音だった。


 僕とジュンはそんな権左ェ門の姿を見て、安堵の表情を浮かべた。


「ったく!ビックリさせないでよね、もぅ。」


 ジュンが権左ェ門に笑いながら文句を言った瞬間。


「グゥゥゥゥ…。」


 ジュンのお腹も鳴った。


「…あらヤダ、アタシもお腹がすいちゃったみたい。」


 僕たちはその場で笑い合い、食事の事はとりあえず駅についてから考える事にした。


 駅前まで辿り着くと、もうだいぶ明るかったので、懐中電灯とランタンを僕のリュックにしまった。


 カミヤが買ってくれたこのリュックが、やっと役に立ったのである。


 そしてジュンは、路線図とチェックポイントの地図を見て、何か気付いた様だった。


「あら、次のチェックポイントはここから二つ目の駅よ。案外近いわね。とりあえず、その駅で降りて食事の場所でも探しましょうか。」


 僕たちはジュンの意見に賛成して、電車を待っていた。


 すると、先ほどの特急列車とは大きく異なる、錆だらけでかなりくたびれていた二輌編成の小さな電車がやって来た。


 ドアは前後に一つずつ、そして二つあるライトの片方が点いていなかった。


 僕たちはそのボロ電車に乗り込み、誰もいない車内の座席に座った。


 思いの外、座席は程よく柔らかく座り心地はとても良かった。


 しばらくすると、電車は一つ目の駅に停まった。だが、そこにも誰もおらずすぐにドアが閉まって、ボロ電車はまた走り出した。


「次の駅にも誰もいなかったらどうします?きっと食事の出来そうな場所も無さそうですね…。」


「まぁ、とりあえず駅に着いたら一旦降りてみて、それからまた考えましょ。」


 僕は一度頷き、次の駅に食事の出来そうな場所がある事を願った。


 そして電車は、第三チェックポイントのある駅に到着し、ドアが開いた。


 イイロクの願いが通じたのか、その駅にはパラパラと人の姿が見え、少なくとも人が生活出来る環境である事に安心していた。


「良かった。人がいますね。明かりもあるし、何とかなりそうですね!」


 僕は安心した様子で二人を見たが、ジュンは何やらキョロキョロと周囲に気を配っていた。


「アンタね、人がいるから安心って事じゃないでしょ。人がいればそれだけ危険も増えるって事よ?分かってる?」


 僕はまたいつもの様に、ジュンに怒られた。


「あ…そうでしたね。ご、ごめんなさい。」


 その二人の様子を見ていた権左ェ門は、賑やかに笑っていた。


「ガハハハっ!それでこそ我がチーム!仲の良い証拠ぞっ!ガハハハっ!」


 僕たち三人は、いつの間にかいつもの様な雰囲気に戻っていた。


 先程の中国(なかこく)での出来事も、この三人だからこそ乗り越えられたのだと思う。それぞれ個性的な三人だが、自分自信の足りない箇所を皆で補い合う事が出来る良い仲間だ。僕は、そう思う。


 そして僕たち三人は、周りに気を配りながらこの駅のホームを移動し、改札を出て行った。


 駅の外に出て辺りを見回すと、幾つかの商店とレストラン、そして小さなホテルなどがあった。


 その商店やホテルの向こうには、月明りに照らされた山々がこの街を囲う様に(そび)え立っていた。


 僕たちはひとまず腹ごしらえをする為に、洋食のレストランに入る事にした。


 権左ェ門は和食がいいと言っていたが、ジュンの意見で半ば強制的に洋食になったのだ。


 そしてそのレストランに入ると、肉の焼ける匂いや、ほのかに甘い香りがして僕たちの食欲を誘った。


 店内は中々レトロな雰囲気で、ワインレッドの絨毯と焦げ茶のテーブル、そして美しいレースの縁取りがなされているテーブルクロスがレトロ感を増し、落ち着きを放っていた。


「僕、こう言うお店初めてです…。なんか緊張しちゃいますよ。」


「あら、そうなの?まぁアンタくらいならファミレスやファストフード店位しか行かないわよね。たまにはこう言う店も悪くないでしょ?」


 この時のジュンは、何故かやたらと大人っぽく感じた。いや、僕が子供っぽかったのかもしれない。そう思うと、少し悔しい気持ちになった。


 そうこうしていると、無愛想なウエイトレスが僕たちの元へやって来て、席へと案内してくれた。


 僕たちはその無愛想なウエイトレスの後に続き、店内を移動した。ワインレッドの絨毯のせいか、僕たちの歩く足音は殆ど聞こえなかった。


 ウエイトレスは立ち止まり、テーブル席の椅子を引いてそのテーブルに案内してくれた。


「こちらへどうぞ。ご注文がお決まりでしたらそこのベルを鳴らして下さい。」


 それだけ言って、無愛想なウエイトレスは去って行った。


 ジュンはそのウエイトレスの態度が気に入らなかったが、不要な面倒事を起こさないようぐっと我慢していた。


「ちっ、あの小娘。この状況じゃなきゃアタシが説教してやったのに。」


 僕と権左ェ門はジュンの機嫌をこれ以上損なわない様に頑張った。


「ほ、ほらジュンさん!あの子はまだまだつっぱってたいお年頃なんですよ!ジュンさんみたいに大人の女性になれてないだけで…えっと、そ、そう言う事です。」


「ガハハハっ!ジュン殿の様なアダルトなレディにはまだまだ程遠いな!ガハハハっ!」


 ジュンはじっと僕たちの方を見つめた。


 僕と権左ェ門は変な事を言ってないかと思い、ドキドキしていた。


 そしてジュンが小さく口を開いた。


「まぁ…確かにね。アタシの様になれるまでは、まだまだね。」


 ジュンはほんのり勝ち誇った様な表情をして、笑みがこぼれた。


 僕たちはそれを見て、非常にホッとしていた。


「そ、それじゃあ何か注文しましょうか!えーっと、僕は…。」


 そう言ってメニューを開くと、ジュンがそれを奪った。


「アンタ、レディファーストって言葉知らない?」


 僕の血の気が一気に引いた。


「ご、ごめんなさい。」


 ジュンは鼻でフンっと言って、メニューを見ていた。


 その様子を見ていた権左ェ門が、僕の耳元で囁いた。


「イイロク殿。ジュン殿に気に入られる為にはもう少しジェントルマンにならなくてはな!カハハッ!」


 僕はドキっとして、権左ェ門の顔を見た。


 権左ェ門は何やらニヤニヤしていて気持ち悪かった。


「きき、気に入られるだなんて!ぼ、僕はそんなつもりは…えっと…その…。」


 権左ェ門は僕の肩をポンと軽く叩き、ニッコリとしていた。


「頑張るのだぞ!若者よ!ガハハハっ!」


 すると、注文を選んでいたジュンがパタンとメニューを倒した。


「アタシ、ビーフストロガノフとこの赤ワインね。」


 そう言って、僕たちの方へメニューを滑らせた。


 僕はそのメニューを見て、なるべく早く決めた。


「えっと…じゃあこのオムライスを…。」


 ジュンは僕の方を見て、小さく微笑んだ。


「やっぱ、アンタお子ちゃまね。」


 僕はちょっと恥ずかしかったが、オムライスが好きだったのでそのまま注文を変える事はなかった。


 すると権左ェ門は、メニューと睨めっこしていた。


「…分からん。どんな食べ物なのか想像もつかんぞ。ぐぬぬぬ…。」


 その様子を見ていたジュンが、またメニューを奪い、勝手に決めた。


「ったく。じゃあアンタはコレとコレね。はい決まり。」


 ジュンはエビフライとハンバーグのセットを指差した。


「ほほう、海老かぁ。拙者、海老は好物であるぞ!それで宜しく頼もう!」


 権左ェ門はよく分かっていなかった様だが、とりあえず好物の海老があると分かっただけで嬉しそうだった。


 そしてジュンがテーブルに備え付けてあるベルを鳴らした。


「お待たせ致しました。ご注文はお決まりでしょうか?」


 先ほどの無愛想なウエイトレスとは別の、爽やかな笑顔が素敵な長身のウエイターがやって来た。


 その姿を見たジュンの目が、一瞬輝いて見えた。


「あ、じゃあ私、このビーフストロガノフと赤ワインをお願いするわ。」


 そう言って、静かにメニューを閉じて僕たち渡した。


 何と、今までに見た事のないジュンがそこにはいた。


 僕と権左ェ門は目が点になり、注文する事を忘れていた。


「お客様?いかがなさいましたか?」


 僕たちはハッとなり、慌てて注文をした。


「かしこまりました。それでは、今しばらくお待ちください。ごゆっくりどうぞ。」


 爽やかな笑顔のウエイターは、一度軽くお辞儀をし戻っていった。


 僕の目と、権左ェ門の目がジュンを見つめる。


 するとジュンがまた真顔になり、僕たちに言った。


「何よ?」


 そのジュンの表情からは、先ほどのお淑やかさは微塵も無かった。



「…いや、別に。」



 僕たちはこうして、料理が運ばれてくるのを待っていた。



 *3*


 僕たちは運ばれて来た料理を堪能し、すっかり空になっていた腹も満たされていた。


「いやぁ、美味しかったですね!」


 僕はふわふわの卵のオムライスをペロッとたいらげた。


「そうね。すごくいい味してたわ。なかなか良いお店で良かったわね。」


 ジュンも料理の味に満足げだった。


「拙者も満足よ!あの様な揚げた海老と、牛肉の団子の旨さは生まれて初めてじゃった!まぁ、もう死んどるがな!ガハハハっ!」


 権左ェ門も初めての料理に大満足だったらしく、すっかり洋食に魅力されていた。


 そして僕達は、先ほどの爽やかな笑顔のウエイターに礼を言って店を出る事にした。


「美味しかったわ。またご馳走になりにくるわね。」


 もう次は来れないと言うのにも関わらず、ジュンはその爽やかな笑顔のウエイターに満面の笑みで微笑んでいた。


 僕達はまた、ジュンのその様子をじっと見ていた。


 すると権左ェ門がまた、僕の耳元で囁いた。


「ライバル出現じゃな!カハハッ!」


 僕はムッとして権左ェ門の方を睨んだ。


「べ、別にライバルとかそうゆうのじゃありませんし。もぅ、やめてくださいよ権左ェ門さん。」


 とは言いつつも、何故か僕の胸の辺りがチクチクと痛んでいた。


 そうして僕達三人は、この日の宿を探すためにこの街を散策する事にした。


 街の人々は活気がある訳でも無かったが、皆平穏そうに過ごしていた。


「ここは、どこですかね?天国か地国か中国(なかこく)か。」


 僕の言葉に、ジュンも反応した。


「確かに、地国みたいな殺伐とした感じは無いわね。やっぱりまた中国じゃないかしら?」


 僕達はここが何処だか誰かに聞こうと思ったが、話しかけて何があるか分からないので、そのまま考えてるだけにした。


「まぁとりあえず、ここが何処でもいいわ。今日はそろそろ泊まる所を探しましょう。


 ジュンも僕も権左ェ門も、一日中移動し続けていたので、さすがに疲れが溜まっていた。


 そしてフラフラと街を歩いていると、いくつかのホテルを見つけ、その中でも割と綺麗なホテルを選んでこの日はそこに泊まる事にした。


 ホテルのロビーは思いの外広く、外観からは想像もつかない程オシャレでモダンな雰囲気の空間を演出していた。


 ジュンは足早にフロントへ行き、部屋の予約を取った。


 そしてフロントのボーイに軽く挨拶をして、また足早に戻って来た。


「部屋取れたわよ。16階だからエレベーターで行きましょう。」


 ジュンはそう言うと、僕と権左ェ門を先導しエレベーターのボタンを押した。


 エレベーターはすぐに到着し、僕達三人はそれに乗り込んだ。


 16階のボタンを押し、しばし無言の時間が過ぎた。


 チンと言う音と共に、エレベーターの扉が開く。


 エレベーターから降りたジュンが、こちらを振り向き部屋のキーを渡した。


「はい。アンタ達は1605ね。アタシは隣の1606だから。」


 僕はてっきり三人とも同じ部屋だと思っていたので、キーを持ったままキョトンとしていた。


「何よ?アンタもしかして、アタシと同じ部屋だと思った?」


 僕は咄嗟に首を横に振り、そんな事無いと否定した。


「い、いや!全然思って無いです!ホント!」


 僕の様子を見たジュンは、意地悪そうな笑みを浮かべた。


「別にいいのよ〜、イイロクちゃん。夜が怖かったらアタシと一緒に寝ても。フフフフっ。」


 ジュンにからかわれて、さすがに僕も怒った。


「も、もういいです!さっ、権左ェ門さん!部屋に行きますよ!」


 僕は権左ェ門を引っ張り、部屋の番号を探した。


「1605…ここか。」


 僕が部屋のドアを開けるとき、ジュンも隣の部屋のドアを開け、僕の方を見てきた。


「それじゃ、イイロクちゃん。また明日ね〜。フフフフっ。」


 ジュンはまた意地悪そうな笑顔で手を振って後、部屋に入っていった。


 僕はムスッとして、権左ェ門と部屋に入った。


 だが、部屋の様子を見たときその不機嫌な気持ちが一気に晴れた。


 部屋はそこそこ広く、大きなベッドが二つあり、50インチ程のテレビとガラステーブル、二人がけのソファーがあった。


 そして何よりも、部屋の大きな窓から見える夜景が素晴らしかった。


 月明かりに照らされた山々の麓に、街の明かりが川のように連なっていた。


 この街は、大きな商店街の様な作りになっていて、山の麓から一直線に街が立ち並んでいた。


「面白い街並みですね!ほら!見て下さいよ権左ェ門さん!」


 僕はこの景色を権左ェ門に見せようと思い後ろを振り向いた。


「グゴゴゴ…グガガガガ…。」


 権左ェ門はベッドに大の字になり、大いびきをかいてすでに寝ていた。


「寝るの早いな、この人…。」


 僕はそんな権左ェ門の様子を見て、少し微笑んだ。


 このまま風邪を引くといけないと思ったので、寝ている権左ェ門毛布をかけてやった。


「さて、シャワーでも浴びて僕も寝るかな。」


 僕はバスルームに入り、熱いシャワーを浴びた。


 今日一日、色んな事があって体はもう疲れきっていた。


 だが、先ほどの食事とこの熱いシャワーのお陰で疲れが少し和らいだ気がした。


 暫くして、シャワーを浴び終えカラカラに乾いたタオルで体を拭いた。僕はホテルのタオルがいつもこんな感じに乾いているのが好きだった。


 そして僕は部屋に戻り、ぼんやりと窓の外の夜景を眺めていた。


 たった一日の間に、色々な事があったな。と、思いにふけていた。


 その時、部屋のドアからノックする音が聞こえた。


 僕は一瞬ドキッとして立ち上がった。


「こんな時間に誰だろう?」


 恐る恐る、ドアに近づきドアスコープを覗いた。


 そこには、ローブを羽織ったジュンが立っていた。


 そして僕は、なかば緊張した面持ちで急いでドアを開けた。


「ジュンさん?こんな時間にどうしたんですか?」


 するとジュンは、ニッコリと笑いそのまま部屋に入って来た。


「あら、権左ェ門は寝ちゃったのね。アンタはまだ起きてたでしょ?ちょっと付き合いなさいよ。」


 ジュンはいきなりソファに座り、何処から仕入れて来たのか、ウイスキーとロックアイス、そしてグラスを3つ持って来てガラステーブルにカタンとそれを置いた。


「お、お酒ですか?しかもそれ、ウイスキーですよね?」


 僕は少し戸惑っていた。何故なら、あまりお酒は得意では無いからだ。しかもウイスキーだなんて初めてであった。


「アンタお酒くらい飲めるでしょ?それともお子ちゃまだからジュースの方が良かったかしら?」


 ジュンはまた意地悪な事を言い、そのまま2つのグラスにウイスキーとロックアイスを入れた。


 そしてジュンは何も言わずそのウイスキーを飲み始めた。


「ほら、アンタもこっち来て一緒に飲みましょ?」


 ジュンはソファをポンポンと叩き、僕にこっちへ来いという様な素振りを見せた。


「は、はい。じゃあ、少しだけ…。」


 僕もソファに座り、ジュンが用意してくれたウイスキーをチビチビと飲み始めた。


 喉が焼ける様に熱かったが、疲れた体には意外なほど美味しくも感じた。


 するとジュンが僕の方を見つめて言った。


「あら、アンタ意外と飲めるのね?やるじゃん。」


 グラスを片手にソファに座り、ジュンは多少酔いが回っていた様な感じで、何やら薄っすらと笑みを浮かべている。


 ジュンもシャワーは浴びた様だが、真っ黒なアイシャドウのメイクはバッチリ決まっていたので、酔っている感じは顔には出ていなかった。


 僕はそんなジュンをチラッと見ては、またウイスキーを口に含んだ。


 この時何故か、僕はジュンを直視出来なかったのである。


 ジュンはローブを羽織っているが、その下は胸元の広いグレーのタンクトップと部屋着の様な柔らかい素材のラフなズボンを履いていた。


 普段は真っ黒なレザーの上下を着こなしているジュンだが、今はだいぶ肌の露出も多かった。


 程よく膨らんだ胸に、真っ白な素肌が目に入る。


 僕はまたすぐに視線を逸らし、ウイスキーを口に含む。


 僕はそんなジュンの姿を見てか、もしくはウイスキーのせいか分からないが心臓の鼓動が早くなって来ていた。


 そしてまた、タンクトップからチラリと見える下着の肩ひもが、僕の視線を泳がせる。そんな僕の事などお構いなしと言わんばかりに、ジュンはローブを脱ぎ始めた。


 そして僕は、ジュンの姿を見て視線が釘付けになっていた。


 ジュンの露わになったその姿は、(いばら)の様な模様のタトゥーが肩から手首にかけて巻き付く様にに彫られていたのだ。


 僕はそのジュンの姿を見て言葉を無くしていた。


 するとジュンは、僕の視線に気付き僕に問いかけた。


「ん?どうかした?そんなジッと見つめちゃって。」


「いや…その腕…。」


 ジュンは一度自分の腕を見て、何ともない様な素振りで話し始めた。


「あぁ、これね。ファッションみたいなもんよ。ちょっと引いたかしら?」


 僕は首を横に振り、その細く白い腕に巻き付くタトゥーを見ていた。


 だか、それを見て少し違和感を感じていた。


 その時、僕は気付いてしまった。


 既にタトゥーで目立たなくなっているが、ジュンの両腕には火傷の跡があったのだ。


 そして胸元の心臓の辺りにも、丸い火傷の跡の傷の様なものもあった。


 僕は思わず、視線を逸らしてしまった。


 その僕の様子に気付いたのか、ジュンは静かにグラスを置いて話し始めた。


「アタシね、小さい頃に母親を殺したの。」


 ジュンの言葉に、僕はグラスを持つ手に力が入った。


 その時、僕はふと思い当たる事があった。


 それは第一チェックポイントで、自分が殺めた人数×10の数のたこ焼きを食べると言う課題の時だ。その時のジュンの表情が一瞬曇ったのを思い出したのであった。


 そしてジュンは視線を落とし、自分過去の出来事を静かに話し始めた。



 *4*


 ジュンの母親である女性は、10代の頃から年齢を偽って水商売をして働いていた。


 彼女はもっと若い頃から非行に走り、14歳になる頃から両親から見離されていたのだ。


 そして彼女が18歳になる頃から水商売を始めて、生活と遊びの為にお金を稼いでいた。


 そんなある時、その彼女の働く店の常連客である男に彼女は恋をしたのだ。


 二人は度々、仕事以外の時間にも合うようになり、やがて彼女はその男との間に子供を授かった。その子がのちのジュンである。


 その男も自分の子を授かった事を知らされ喜んでいた様だったが、ジュンの母親とは結婚をしなかった。


 そしてジュンが産まれる少し前、その男はお金だけを置きジュンの母親の前から姿を消した。


 既にお腹も大きくなっていた為、彼女はジュンを産むことにした。


 無事にジュンが産まれ、店の仲間や昔の悪仲間達が色々と手伝いに来てくれていたので、最初の何年かはそれで良かった。


 だが、小さなジュンがある程度物事を覚える様になった頃、それは始まったのであったーーー。



 僕はジュンの事を見つめた。いや、見つめる事しか出来なかった。


 ジュンはまた、ウイスキーを一口飲み話し始めた。


「アタシね、小さい頃から母親に暴力を振るわれてたの。」


 それを聞いた時、僕の心臓が一気に締め付けられる感じがした。それは道端で死んでいる猫や鳥を見つけた時と同じ感覚だった。


 そしてジュンは、話を続けた。



 ジュンがまだ5歳くらいの時、母親と近所のスーパーに出かけている最中の事だった。


 スーパーの前には小さな露店があり、そこで売っている手作りの手芸品を幼いジュンが欲しがったのだ。


 だが母親はそんなジュンの事を無視して手を引っ張った。


 ジュンはその手芸品欲しさに駄々をこね、終いには泣き出してしまった。


 その時の、ジュンの頬に今まで味わった事のない大きな衝撃を感じた。


 母親は、平手でジュンの頬を思いっきり叩いたのだった。


 ジュンは突然の事にビックリしてしまい、泣く事も忘れてその場で静かに黙り込んでしまった。


 そして母親は、そのジュンの様子に味をしめ、ジュンが泣いている時や何か自分にとって不都合な時に、度々ジュンの事を叩いてはジュンを黙らせていた。


 次第にそれはエスカレートして行き、ジュンが小学生の頃に最悪の事態を招いてしまう事になる。


 その頃ジュンと母親は、壁の薄いアパートで暮らしていた。


 母親は水商売の為、毎日夕方から朝まで帰って来なかった。そして朝早くに帰って来てはすぐに寝てしまう。


 小学生のジュンは、ほとんど母親と一緒に過ごす時間は無かったのだ。


 だが、いくら暴力を振るわれても、母親との過ごす時間が無くとも、幼いジュンにとっては唯一無二の母親だったのだ。


 その為、ジュンはなるべく母親に迷惑を掛けないようにと、出来る限り良い子でいた。


 そんなある日、珍しくジュンの母親が仕事に行かず一日中アパートにいた。


 特に何をするでも無く、母親はテレビを見たりマニキュアを塗ったりしているだけだった。


 だが、ジュンにとっては母親が傍にいるだけで、それだけで嬉しかった。


 この日は母親に暴力も振るわれず、ジュンは母親との平穏な一日を過ごせた。


 少し気分が良かったジュンは、簡単だが二人分の夕食を作って用意した。


 ジュンは、母親に自分の作った料理を食べて欲しかったのだ。


 そんなジュンの将来の夢は、レストランのシェフになる事だった。


 母親は食卓に夕食が用意してあるのに気付くと、インスタントコーヒーとカップを用意して、台所に向かい食後のコーヒーを飲む為にお湯を沸かした。


 その後、無言で座ってジュンの作った料理を食べていた。それに合わせて、ジュンも母親と一緒に夕食を食べた。


 そして久しぶりの親子での夕食の後、ジュンが食べ終わった食器を片付けようとした時、母親の飲み終えた酒瓶に(つまず)き転んで食器を割ってしまった。


 ジュンはまた母親に暴力を振るわれると思い、その恐怖に怯えていた。


 だが母親は、そんなジュンを見下ろすだけだった。


 しかしその目は、愛する我が子を見つめる目では無く、何か煩わしい物を見下す冷たい目であった。


 母親そのまま無言で台所に行き、インスタントコーヒーをカップに入れ、湧いたお湯を注いだ。


 そして母親はそのコーヒーを一口啜ると、手に持った淹れたてのコーヒーをジュンの左腕にかけた。


 ジュンはあまりの恐怖と腕にかけられたコーヒーの熱さに我慢出来ず、声を上げて泣き叫んだ。


 その様子を見て、母親は無表情のままジュンに向かって一言だけ言った。



 ”アンタなんか、産むんじゃなかった。”



 ジュンはその言葉を聞き、母親の目を見つめた。


 ジュンの見つめる先にはもう、自分の母親では無い”見知らぬ女”しかいなかった。


 ジュンは泣き叫ぶのをやめ、スッと立ち上がった。


 火傷を負った左腕に激痛が走るが、ジュンは我慢した。


 そして母親が”ちゃんと片付けておきなさいよ”と、一言だけ言って振り返った瞬間。


 ジュンは台所の包丁を手にした。


 そして火傷を負って赤くただれた細い腕に力を込め、母の背中を刺した。


 そしてジュンは、悲鳴と共に倒れこんだ母親の姿を見て、更に包丁を突き刺した。


 何度も、何度も、何度も。


 ジュンは自分でも想像できない程の大声で狂った様に叫んでいた。


 母親はついに動かなくなり、辺りは赤黒い母親の血で染まっていた。


 そしてその血はどんどんとアパートの床に広がり、割れた食器の隙間を流れていく。


 白い割れた食器が、赤黒い母親の血によって更に白く浮き上がって見えた。


 ジュンは動かなくなった母親に包丁を突き刺したまま、息を荒げて震えていた。


 この時のジュンの叫び声はアパート全体に響き渡り、すぐに異変を感じたアパートの住民が駆けつけてきた。


 アパートの住民は、大量の血液と包丁が突き立てられた母親の姿を見て、慌てて警察に通報した。


 その後、ジュンは警察が来た所から先の記憶がほとんど無かった。



 *5*


 ウイスキーグラスの氷をくるくると指で回しながら、ジュンは自分の過去と母親の事をイイロクに話した。


「…ま、そんな訳よ。アタシはいわゆる殺人犯。そんな奴とアンタは一緒にお酒を飲んでるの。怖かったら逃げてもいいのよ。」


 ジュンは寂しそに微笑んで、またウイスキーを飲んだ。


 僕はその話を聞いて、何も言えなかった。だが、これだけは分かる。ジュンは決して悪人ではない事だ。


「…大丈夫です。だって、ジュンさんは本当は優しい人だって事、分かってますから。少なくとも、僕と権左ェ門さんはジュンさんの事を信じてますよ。」


 その言葉に、ジュンは静かに涙を流した。


 その涙は頬を伝い、ウイスキーグラスの氷の上に落ちて消えた。


「…アンタ、ホント変な奴ね。ったく。」


 ジュンは泣き顔で微笑み、ウイスキーをグッと飲んだ。


 その様子を見て、僕もウイスキーを一口飲んだ。


 そしてジュンがまた話を切り出した。


「で、アタシが何で死んじゃったか気にならない?」


 確かにずっと気になっていた。ジュンが何故この歳で死んでしまったのかを。


 そしてジュンは、少し酔った勢いで死んでしまった話を始めた。


「アタシね、母親を殺してからは施設で育ったの。」


 そう言って、ウイスキーを飲みつつその話を聞かせてくれた。


 ジュンは施設で育ったものの、しばらくは僕と同じような暗い性格だったらしい。


 今のジュンからも想像出来るくらい、子供の時から美少女だった彼女だが、腕の火傷の痕を施設の子供たちにからかわれたり気持ち悪がれたりして、かなりのコンプレックスだった様だ。


 そしていつからか、ジュンは自ら周りを寄せ付けない雰囲気を醸し出し、何かと施設の連中と揉め事を起こす様になって来た。


 だが、中には気の合う者も数人いた。


 そんな彼女が17歳になる頃、その仲間と共に施設を抜け出した。


 そしてジュンは、その仲間たちと共に毎日盗みをしたり恐喝をしたりして一日一日を凌いでいた。


 そんなある日、仲間の一人が見知らぬ男を連れて来た。


 身長が高く、少し筋肉質で所謂”いい男”だった。


 だが、その男はかなりのワルだったらしく、覚せい剤や大麻の密売をしていた。


 話によると、反社会的勢力との繋がりもあった様で、レザーのジャケットの内側には拳銃が携えられていた。


 そんな危ない男と共に、ジュン達は暫く共に行動した。


 意外にも、その男はジュン達に優しく接して、住む場所と生活をする為のお金も用意してくれた。


 しかし、タダでと言う訳では無かった。


 ジュン達は覚せい剤や大麻の密売を手伝わされていたのだ。


 そんな危ない行いに、不安と猜疑心を抱いたジュンの仲間達は、次々に行方をくらまして行った。


 そしてジュンは、一人だけ取り残されてしまった。


 だが、ジュンはその男の元を離れなかった。


 何故なら、ジュンはその男の事を好いていたからだ。まだ片思いだが、その男がジュンの初恋の相手である。


 そうしてジュンはその美しい容姿から、覚せい剤や大麻の密売の成績が上がって行き、しまいには反社会的勢力の一員となっていた。


 そしてジュンが今の歳になった頃、国外からの麻薬の密輸を反社会的勢力の幹部から依頼された。


 ジュンは初恋の相手である男と共に、東南アジア諸国へと度々渡って行った。


 だが、警察もバカじゃない。どこからリークしたのか、ジュンの正体が警察に知られており、マークされていたのだ。


 それを知った反社会的勢力の幹部は、アシが着く前にジュンを消せとその男に話していたのだ。


 そしてその日が来た。


 いつもの様にジュンは麻薬の密輸で国外に出る為に、男の車で空港に向かっていた。


 だが、車は空港へは向かわず海沿いの人気の無い場所に停まった。


 ジュンは危険を察したが、時は既に遅く初恋の男がジュンに銃口を向けていた。


 ”悪く思わないでくれ”と一言だけ言い、男はジュンの心臓目掛けて引き金を引いた。


 ジュンは一瞬だけ胸の辺りに強い衝撃を感じたが、その後直ぐに意識を失ってしまった。


 そうしてジュンの一生は、初恋の相手に殺されると言う悲しくも儚い結末で幕を閉じたのであった。




「…とまぁ、そんな感じ。この胸の傷は銃弾の痕なの。」


 そう言ってタンクトップの胸元の傷痕に指を当てた。


 ジュンは話し終えると、少し憂鬱な笑みを浮かべてため息をついた。


「はぁぁぁ…アタシはホント仲間に恵まれなかったわ。」


 だが、すぐにいつもの笑顔が戻った。


「でも今は、死んじゃった後だけどアンタ達みたいないい奴と出会えてホントに良かったわ。」


 ジュンはニッコリ笑い、いつもよりも更に美人に見えた。


「ぼ、僕もみんなに会えてホントに良かったです。」


 僕もニッコリ笑うと、今度はジュンの方から僕に聞いてきた。


「さっ、アタシの事を話したんだから次はアンタの番よ。何でもいいから話してちょうだいよ。」


 ジュンは空になったグラスに、ドボトボとウイスキーを注いだ。


 そして僕は、思い出せる事をジュンに話し始めた。


 いくつかの事を話していると、殆どが暗い話しになってしまってたので、僕の好きな猫の事を話した。


 僕は猫の話になると人が変わったように次から次へと口が開いた。


 だが、ジュンはあまり興味が無かったのか、俯いたまま話を聞いて頷くだけの返事をしていた。


 僕がそんなジュンに気付く事なく猫の話を続けていると、ジュンがガクっとソファにもたれ込んだ。


 その様子を見た僕は、猫の話を途中で切った。


 ジュンはスースーと寝息を立てて眠ってしまっていた。


 僕はそんなジュンの寝姿を、しばらく見つめていた。


 いつもはツンツンしていて怖い目つきをしていたが、寝顔はまるで別人の様に可愛らしかった。


 腕に巻き付くタトゥーと可愛らしい寝顔のギャップが、”偽りのジュン”と”本当のジュン”の両方を表している様だった。


 そして僕は、ジュンを抱きかかえベッドに寝かしてやる事にした。


 ジュンは思いの外軽く、持ち上げるのにそれ程力は必要無かった。


 僕は女性を抱えるのが初めてだったので、何とも言えないドキドキ感がしていた。


 そして僕は、ジュンをベッドに寝かせ毛布をかけてあげた。


 僕の手に残る女性の柔肌の感覚。そしてジュンの甘く良い香りが、僕の体に残っていた。


 ふと気付くと、僕の心臓は今までに無いほど速く、そして大きく鼓動していた。


 僕は残りのウイスキーを一気に飲み干し、そのままソファに寝転んだ。


 そして目を瞑り、ジュンの良い香りと共に眠りについた。



 そんな二人の様子を、今までずっと”寝たフリ”をしていた権左ェ門が聞こえない様に小さく笑って呟いた。



「イイロク殿。やっとジェントルマンになれた様だな。カハハッ!」



 こうして三人は、結局同じ部屋で眠りについていた。



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