十話〜東の地・第二関門〜
*1*
僕はゆっくりと目を覚ました。ここはまだ東へ向かう列車の中だ。
ジュンと権左ェ門はまだ寝ているようだ。
ふと窓の外に目をやると、真っ赤な夕日が僕の目線の高さまで落ちて来ていた。
その夕日が、ジュンの黒く長い髪に反射して、薄いブラウン色になってキラキラと輝いて見えた。
僕はその美し姿を、外の夕日と共に眺めていた。
「もうだいぶ時間が経ったんだな…。」
そう呟くと、窓がガタンと鳴り辺りが一気に暗くなった。
僕は一同ビクッとしたが、すぐに分かった。列車がトンネルに入った様だ。
一気に暗転した車窓は鏡の様になり、僕たちの姿が映し出されていた。
そして、窓際に座っていたジュンもゆっくりと目を覚ました。
「ん、ん〜…よく寝た。あら?もう夜なの?」
ジュンは真っ暗な車窓を見て、半分寝ぼけた様に言った。
僕は微笑み、ジュンに話しかけた。
「おはようございます、ジュンさん。まだ夕方くらいですよ。今はトンネルの中なので外が真っ暗なんです。」
「そうかい。それじゃ…。」
ジュンはまだ目的地に到着してない事を確認すると、もう一度寝ようとした。
その時、また窓がガタンと鳴り辺りは一気に明るくなった。
僕は窓の外の風景の変わり様に驚き、感動を覚えた。
列車は海岸線に出て、夕日によってオレンジ色に染められた海が辺り一面に広がっていた。
僕は思わず声を上げ、ジュンと権左ェ門を起こした。
「ジュンさん!権左ェ門さん!ほら起きて!見て下さいよ!」
権左ェ門は何事かと言わんばかりに飛び起き、ジュンは不機嫌そうに目を覚ました。
「…ったく何なのよ、もぅ。」
ジュンは眩しい夕日に目を細めたが、やがて外の景色に気付いたのか食い入る様にその美しい海の景色に見とれていた。
「ウソ、すごい…綺麗。地国にもこんな綺麗な所があったのね。」
「ほほぅ、こんな素晴らしい景色を見るのは誠に久しぶりだ!」
僕たちはしばらくその美しい海の景色を眺めていた。
どこまでも続く水平線に、ゆっくりと吸い込まれて行く夕日が僕たちを優しく照らしていた。
そして列車は、夕日を背に目的地である駅に到着した。
僕たち三人は、その列車を後にして駅へと降り立った。
その駅のホームは、先ほどの西の街の駅とは打って変わって誰一人いない、文字通りの無人駅だった。
そして列車は、僕たち三人だけを残してまたゆっくりと走り出した。
「なんか、寂しい場所ですね。ここ。」
駅はそこそこ大きく、幾つかの路線が入りみ立っている様だ。だが、全く人気がない。
誰もいないホームに設置されている電光掲示板の明かりが、その寂しさを強調させていた。
ジュンは辺りを見回し、誰もいない事に安心したのか、それとも不安なのか分からない表情で話した。
「変な所ね…ここ。まぁ誰もいないのはアタシ達にとって好都合だけど。とりあえず、ここを出ましょう。街に出れば誰かしらいると思うから、気をつけなきゃね。」
僕たちはジュンの言葉に従って、無人駅の改札口へと歩いて行った。
*2*
改札を出ると、そこにはまた異様な光景が広がっていた。
辺り一面草木が生えていて、廃墟になったビルや電柱、そしてボロボロになった車などには蔦が絡まっていた。
まるで、人間の文明が終わったかの様な、そんな光景であった。
「な、なんか気味悪いですね…。」
「そうね…何があったのかしら。」
「お化けでも出そうだな!ガハハハっ!」
権左ェ門はこんな時でもマイペースだ。だが、今はそこに救われた気がした。
「お化けって…アタシらがお化けみたいなもんでしょうが!ったく。」.
権左ェ門とジュンの会話のお陰で、少し僕たちの表情も明るくなった。
「とりあえず、またこの街を調べてみましょう。チェックポイントがどこにあるか分からないしね。」
ジュンはまた、リーダーらしく僕らを先導した。
そして、この気味の悪い街を三人で歩いた。日も落ちかけていたので、この廃墟の街は余計に不気味な雰囲気を醸し出していた。
そんな時、僕たちの目の前を野良犬が通り過ぎて行った。だが、その様子が少しおかしい。
僕はその野良犬を見た瞬間、胸の奥が締め付けられる思いをした。
「あの野良犬…片足がない…。」
ジュンと権左ェ門も、それに気付いていたたまれない表情をした。
「ほんとだ。何があったのかしら、あの犬。かわいそうに…。」
「拙者も、あの様な姿を見ていられぬぞ…。」
その野良犬は一度僕たちの方を見て、またヨロヨロと歩きにくそうに去って行った。
僕たちは少し暗い気分になった。
特に、動物が好きな僕は尚更苦しい気分になっていた。
「とりあえず、行きましょう。」
ジュンが切り出してくれたお陰で、僕たちはまた歩き出す事が出来た。
しばらく歩くと、廃墟のビルの壁や天井を突き破って生えている大きな木を見つけた。
「す、すごいですね、これ。」
僕がその大木に見とれていると、その大木の上から一匹の猿がスルスルと降りてきた。
だが、その猿も様子がおかしい。
その猿は体中傷だらけで、いかにも刃物で切りつけられた様な傷跡だった。
僕は目を伏せたかった。だが、どうしてもその猿から目が離せなかった。
そして僕は嫌な予感がした。
「さっきの犬と、この猿…もしかして…。」
その時だった。蔦が絡まって苔だらけの廃墟のビルから、小太りの小男が出てきたのだ。
そしてその男の手には、古いライフルが携えられていた。
僕はある不安を抱いた。もしかしたら、あの男が犬や猿を…それ以上は考えたくなかった。
そしてその小男は僕たちに気付き、満面の笑みで近寄って来た。
僕たち三人は近寄ってくる小男に対し、あからさまに身構えていた。
するとその小男は、僕たちの様子に気付き、明るく言葉を発した。
「あ、これか!ライフルなんて持っていてすまんねぇ。別にあんたらを襲うってわけじゃねぇから安心してくれ!」
小男は笑いながらライフルの銃口を下げた。
「あ、あなたは一体…?」
僕の問いかけに、小男は笑顔で答えてくれた。
「ははっ!すまんすまん!オイラ、この中国の管理を任されてる、タジマってモンだ。よろしくな!」
僕はまた聞きなれない言葉を耳にし、その”中国”について質問した。
「な、なかこく?ってなんですか?」
「おお、ここは初めてだったか!すまんすまん!では、説明しよう……。」
その小男のタジマの言う話では、ここは天国と地国の間にある場所で、単純だが”中国”と言うらしい。
先に言っておくが、ニーハオの中国ではなく、あくまでも”なかこく”と読む。
そしてその中国は天国と地国の要素を取り入れてあり、天国の雄大な自然と地国のビル群の街が融合した場所である。
それによって、この様な街並みになっているという事だ。
だが、ここには人は住んでおらず、主に動物の死後の世界だという事だった。
その為、ここは天国や地国とは違い、人間に対して時間の概念や寿命などがあると言う。
つまりここ中国では人は死ぬ。
そしてその中国の管理を任されてるのが、元天国の住人であると言うタジマなのだ。
「……と、言うわけだ!だからそんなにオイラの事を怖がんないでくれな!」
僕はまだどうしても気になっていた事があったので、意を決してタジマに尋ねた。
「あの、タジマさん。さっき片足がない犬と、傷だらけの猿を見かけたんですが…あれって…。」
その言葉を聞いたタジマの顔から、笑顔が消えた。
タジマは一度俯き、静かに話し出した。
「あの動物達はな、生前飼い主に虐待されて死んだ動物達だ…。他にも、密猟されて死んだ動物や、遊び半分で殺された動物達がここには沢山いる。オイラは、そんなかわいそうな動物達を、死んじまった後だけど、見守ってやりたくて自分からこの職務を志願した。」
僕は胸が張り裂けそうだった。
そして、タジマを少しでも疑った自分に情けなさも感じた。
「…そうだったんですか。かわいそうに…。」
「まったくよね…。」
「誠にけしからん…。」
僕たち三人は、そんな動物達を見て心が痛んだ。
「それとここにはな、熊や虎なんかの猛獣もいるんでな、護身用の為にこうしてライフルを持ってるんだ。でもオイラ、このライフル一度も使った事無いんだ。ずっとここにいたら、熊や虎もオイラの事を友達だと思ってくれたんだな。きっと。」
そのタジマに、僕は何だか近い思いを感じた。
僕は動物の事が好きな人間に、悪い人はいないと昔から思っていたからだ。
「タジマさん、なんて言ったら良いのか…その、僕も同じ気持ちです。」
するとタジマはニッコリとした優しい笑顔で返事をした。
「オイラ、分かってだぞ。あんちゃん、きっと天国の住人だろ?そいで、オイラと同じで動物が好きだ。何も言わんでも、分かってるから大丈夫!そっちの二人も悪い人じゃなさそうだしな!」
そんなタジマの言葉に、僕たちの心が安らいだ。
「タジマさん…ありがとうございます。」
「まぁ、よく分かってるわね。アンタ。」
「拙者も嬉しいぞ!ガハハハっ!」
そして僕たちは、チェックポイントを探す事を伝え、タジマと別れる事にした。
するとタジマが僕たちにチェックポイントの場所を教えてくれた。
「もしかして、そのチェックポイントってやつ、あそこの事かな?」
タジマは後ろの廃墟のビルを指差した。
僕たちが目を凝らしてその廃墟のビルをよく見てみると、入り口に小さな張り紙が貼られていた。
「あっ!多分あれですよ!タジマさん、ありがとうございます。」
「いいんだいいんだ、オイラもさっき見つけたばっかりだったし。そいじゃあな!頑張れよ!」
こうしてタジマと別れ、僕たち三人は第二のチェックポイントに辿り着いた。
*3*
僕たちは恐る恐る、廃墟のビルの中へと足を踏み入れた。
中は薄暗く、相変わらず不気味な雰囲気だった。
辺りを見渡すと、廃墟なのに真新しいドアがあるのを見つけた。
「絶対、あのドアですね。」
「分かり易すぎるのも、なんかねぇ。」
「まぁ良いでは無いか!ガハハハっ!」
僕たちはそのドアへ一直線に向かい、その部屋に入った。
そこにはまた、三つ並べられた椅子と長テーブルがあり、テレビモニターが設置されていた。
だが、今回はモニターが映る事はなかった。その代わり、長テーブルにはボイスレコーダーと、何やら怪しいドリンク剤が二つ、そして空のコップが一つあった。
その怪しいドリンク剤は、あからさまにテープで商品名を隠してあった。だが、キャップには”鷲のマーク”があった。
そしてジュンは、おもむろにそのボイスレコーダーを再生した。
”諸君!エンマだ!ここまで来れた事を祝い、特別に元気が出るドリンク剤を用意してやった!だが、残念ながら二人分しか揃わなかったのだ。そこで、このドリンク剤を均等に分け合うのだ!コップは自由に使っていいぞ!制限時間は10分!クリア出来たらポイントをフル回復、クリア出来なかったらマイナス2ポイントだ!それでは、検討を祈る!はっはー!”
「ちょっ、いきなり始まっちまったじゃねーかっ!どーすんだ?これ。」
「拙者の苦手な分野だ。」
二人はこの問題をどうするか迷っていたが、僕は何かを微かに思い出していた。
「なんか…どっかで聞いたような、見たような。何だったけなぁ…。」
僕は曖昧な記憶を全力で辿った。そして、何かを思い出したのだ。
「そうだ!映画だ!この問題に似たやつ、なんかの映画で見た事あるぞ!」
僕が閃いた瞬間、権左ェ門がとんでもない行動に出た。
「よし、こうなれば…。」
権左ェ門はドリンク剤を手に取り、キャップを開けた。
何か策があるのかと、僕とジュンはその権左ェ門の様子をじっと見ていた。
「ごくごくごく…ぷはぁーっ!」
権左ェ門はドリンク剤を一気に飲み干した。
「お、お前!ぷはぁーっ!…じゃねーだろ!何勝手に飲んでんだよこのバカ侍!」
ジュンは声を上げて怒った。僕は、ただ呆然と権左ェ門を見ていた。
「ガハハハっ!なかなか美味かったぞ!ガハハハっ!」
「はぁぁぁ…ったく、どーすんのさ?あと一本しかないじゃん!もう確実に失敗じゃんかよぉ!」
そんな様子をみて、僕は”もう、いいか”と言う様な気分になった。
「あ、あの、ジュンさん。コレ、もうダメですね。権左ェ門さんが丸々一本飲み干しちゃったんで、三人で均等に分ける事は出来ません…。」
僕の言葉に、ジュンは壁に手を付きうな垂れていた。
「はぁぁぁ…。」
「じゃあ、ジュンさん。僕はいいですからそのドリンク、ジュンさんが飲んでください。」
「ちっ。全くしょうがない奴ね、アイツ。」
ジュンは一度舌打ちをし、ドリンク剤を一気に飲み干した。
「ぷはぁー!ハイ終わり!ったくもう、またポイント減っちゃうわ。」
ジュンはテーブルにドリンク剤の空き瓶をガタンと叩きつける様に置いた。
その時だった。
テレビモニターが起動し、エンマ部長の姿が映し出された。
「はっはー!良くやったぞ!見事クリア出来た様だな!」
僕とジュンは顔を見合わせ、全く理解出来なかった。
そしてエンマ部長はその訳を説明した。
「はっはー!貴様ら、私の言葉をちゃんと聞いていたか?私はそのドリンク剤を”均等に分け合う”と言っただけで”三人で”とは一言も言っとらん。つまりだ、権左ェ門が一本、ジュンが一本、そしてイイロクはいらないと言った。これでドリンク剤は均等に二本分け合えたのだ!はっはー!」
僕とジュンは、権左ェ門の方を見た。
その権左ェ門は、何やら自分の手柄だと言わんばかりのポーズをして、自慢気に笑っていた。
「ガハハハっ!拙者も時には役立つのだ!ガハハハっ!」
僕たちはこのチェックポイントの関門を、本意ではないがクリア出来たので複雑な気持ちで喜んだ。
そして三人のポイントウォッチがピピっと鳴り、満タンになったのだ。
「と、とにかくクリアも出来てポイントも回復したから、良しとしましょうか!」
「ったく、まぁ良いけどね。」
「ガハハハっ!めでたくクリア出来たぞ!ガハハハっ!」
そうして僕たちはこの部屋を出て行った。
*4*
外に出ると、またあのタジマの姿が見えた。
そしてタジマが僕たちの事を見つけると、こっちへ歩み寄ってきた。
「なぁなぁ、お前さん達。ちょっと面白いもん見せてあげっから付いて来なよ!」
タジマは満面の笑みで、僕たちを誘っていた。
「なんですか?面白い物って。」
だがタジマは何も言わず、僕達を誘っていた。
「まぁまぁ、とりあえず来てみなよ!」
僕達はそのタジマの言葉に従い、チェックポイントもクリア出来たので上機嫌でついて行った。
タジマはとある施設の様なところに僕たちを案内した。
そしてタジマはその施設の説明をした。
「ここはな、危険な猛獣達の一時保管場所だ。こっちに来たばっかりの動物は、まだ気が荒くて何でも襲っちまうんだ。だから、この世界に慣れるまでここで一時的に保管してるんだよ。」
そこは動物園の一区画の様な作りをしていて、檻や強化ガラスに覆われた部屋が幾つもあった。
僕たちはまだタジマの話を聞いていた。
「それでな、今からその猛獣達の飯の時間なんだよ。面白いのはこれからだぞ!よーく見とけ!」
タジマはライオンやヒョウなどの居る広い檻に案内した。
そこにはサバンナの一画を切り取った様な造りのやや広い場所で、ビオトープの様な場所だった。そしてその場を囲む様に高い柵が設置してあった。
タジマは、その柵の近くにある赤いボタンを押した。
”ガー”っと言う音と共に地面から小さな檻が生えてきた。
そして、その檻の中には人間が三人入っていた。
「あれがライオンやヒョウの餌だ。」
僕達は息を飲んだ。まさか、人間を猛獣の餌にするだなんて。
僕はタジマの表情を伺った。タジマは、先ほどとは全くの別人の様に、檻の中にいる人間を物凄い形相で睨みつけていた。
檻の中の三人は、目の前のライオンやヒョウを見て、檻の奥の方へと逃げている。
そしてそれを見ていたジュンがある事に気付いた。
「アイツら…地国の三人組だわ。」
僕はジュンの言葉に合わせ、その檻の三人をよく見てみた。
確かに、あの地国の三人組であった。
そして僕はタジマに尋ねた。
「タジマさん、どうしてあの三人は檻の中のにいるのですか…?あの、一応僕たちと同じ競技をしている相手なので…。」
タジマは前を向いたまま答えた。
「知っとる。あいつらは地国の住人だろ。でも、オイラはあいつらを許さないんだ。」
タジマの言葉は、怒り、そして憎しみが籠っていた。
そしてタジマは、拳を震えさせて話し出した。
「あいつら、死ぬ前は密猟者だったんだ。像やサイ、ヒョウやチーター、猛禽類や爬虫類までも容赦なく殺して、それを金にして遊んでやがった。あいつら、動物の命を何とも思ってない奴らだ。だから、オイラが裁いてやるんだ。今まで散々殺されてきた動物の気持ちを、あいつらに味あわせてやる。」
タジマの目つきは既に鋭くなり、もう先ほどの様な優しい眼差しは何処にも見当たらなかった。
そしてタジマは、三人の入った檻の扉を開けるスイッチに手を掛けた。
「さぁ、動物達の怒りと悲しみを味わうんだ。」
ジュン、権左ェ門は目を伏せた。
あの三人は現世で悪事を働き続けてきた。そして、幾つもの動物の命を持て遊んで、無残に殺してきた。
それを思うと、ジュンも権左ェ門も、何も言えなかったのだ。
だが、僕の心の中で何かが騒ぎ出した。
タジマが檻の扉の開閉スイッチを押そうとした時、僕は体が勝手に動いた。
僕はスイッチの上に置いてあるタジマの手を取り、静かに語った。
「タジマさん、ダメです。」
タジマはハッとした様な表情をし、僕の目を見た。
「あんちゃん…止めないでくれ。」
僕は首を静かに左右に振り、タジマの行動を制した。
「タジマさんの気持ち、痛い程良く分かります。僕も同じです。奴らが憎いです。でも、こんな事をしてはダメです。怒りや憎しみを持ち合わせているのは、僕たち人間だけ。動物達にこんな事をさせては、それこそ動物達がかわいそうです。」
タジマは無言で僕の目を見つめていた。
「動物達は僕たち人間と違って、純粋な生き物です。タジマさんだって、それを知っているからこそ、こうしてここで動物達と一緒に暮らす事を選んだのですよね。でも、あの三人を動物達の手で殺めさせる事になれば、それこそ動物達の気持ちを無視する事になりませんか。」
僕はどういう事か、頭で考える事なく心で語っていた。
そして僕の話を聞いたタジマの顔に、僅かだが優しさが戻ってきたのを感じた。
「あんちゃん…すまねぇ。オイラ、全く動物の事考えてなかった。ただ、奴らが憎くて、それで…。」
タジマの目には、薄っすらと涙が滲んでいた。
僕はそんなタジマを責める事なく、ただ手を握っていた。
「タジマさん、これからも動物達の事をよろしくお願いします。きっと、死んでしまった後にタジマさんに会えて動物達も嬉しいと思いますよ。」
タジマは一度小さく頷き、檻の格納スイッチを押した。
すると、三人を入れた檻がまた地中へと戻って行った。
「じゃあ、奴らを解放してくる。」
そう言うとタジマは、高い柵の側にある地下へと続く階段を降りていった。
しばらくすると、階段から賑やかな声が聞こえてきた。
「ちくしょう、あの野郎。俺たちをあんなところに閉じ込めやがって。」
「まぁでも、こうして出られたから良かったじゃねーか!」
「次会ったらタダじゃおかねーっつーの!」
そして地国の三人組は僕たちの前に現れた。
その三人組のリーダーらしき男が僕たちに気付いて話しかけて来た。
「お?なんだ、お前らも来てたのか。」
僕たちは何も返事をせず、ただ黙っていた。
そしてそのすぐ後、タジマも僕たちの元へやって来た。
すると、そのリーダー格の男は一人で勝手に喋り出した。
「全く参っちまったぜ。チェックポイントの部屋の前に居座ってた犬っコロが邪魔だったから、軽く蹴飛ばしてやったんだよ。そしたらよ、このチビの奴がいきなりライフルを向けてくっからちょっとビビっちまってな。そのまま檻に入れられちまったぜ。」
僕は黙っていたが、ふつふつと怒りが湧いてきていた。
そしてその男の話を聞いていたジュンが口を開いた。
「アンタね、いい加減にしなさいよ。あの檻を出られたのも、この子のお陰なんだからね。」
ジュンはそう話すと、僕を見て優しく微笑んでくれた。
しかしリーダー格の男は、悪びれた様子もなく喋り出した。
「あぁ?こいつが?別に頼んでもねぇ事すんじゃねぇよ。あんなライオンだかヒョウだかなんて、俺が殺してやるよ。」
僕はその言葉に反応し、リーダー格の男に問いかけた。
「あなた達、密猟で稼ぐ為にたくさんの動物達を殺してきたんですか…。」
僕の問いに、その男は飄々と語り出した。
「あ?それが何だってんだよ。あぁ言う毛皮とか象牙とかはな、金になるんだよ、金に。たかが動物の二匹や三匹殺した所で何だってんだよ。めんどくせぇ奴だな、お前。」
その男の言葉に、僕の中の何かが壊れた。
僕の体は勝手に動き、タジマの持っているライフルを奪った。
そして、その男の額にライフルを当てて構えていた。
「ちょ…お前、早まんなよ。なっ?俺が悪かったよ。ゆ、許してくれよ…なぁ。」
男は両手を上げ、たじろいでいた。
その様子を見ていたジュンが、僕を制止した。
「ちょっと…イイロク。やめなさい。アンタはそんな奴じゃないわよね、イイロク。」
僕はそのジュンの言葉も聞こえなかった。
今僕を動かしているのは、怒りと殺意だけだった。
僕は引き金に指をかける。
「…僕が、こいつを裁く。こいつだけは、許さない。」
それを見ていたジュンが、大きく叫んだ。
「イイロク!やめてっ!お願いだからそんな事しないで!…お願いよ、イイロク…お願い…。」
ジュンは必死に僕を止めようとした。
僕は一度、ジュンを見た。
ジュンの瞳には涙が溢れ、僕に言葉には出来ない想いを伝えようとしていた。
僕は目を瞑り、心の底から声を上げた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁっ…!」
「イイロクっ!!」
「…………。」
僕は、引き金にかけた指をゆっくりと解き、男の額から銃口を下げた。
「ジュンさん…ごめんなさい…ごめんなさい。」
「イイロク…よかった…。」
ジュンはその場にへたり込んで、声を上げて泣いていた。
そして、僕に殺されかけた男が大声を上げ、僕に掴みかかってその場に押し倒した。
「テメェ、この糞ガキがっ!ナメたことしてんじゃねぇぞ!」
男は僕に馬乗りになり、大きく拳を振り上げ僕に殴り掛かろうとして来た。
その時だった…。
僕と男の間に一瞬、キラリと光る何かが物凄い速さで通り過ぎた。
そしてその直後、”ボトっ”と言う鈍い音が鳴った。
僕が顔を上げると、そこには刀を抜刀した権左ェ門の姿があった。
そして、僕に殴り掛かろうとしていた男が叫び出した。
「あ…あぁ…ウワァァァァっ!」
そう、権左ェ門はその男の腕を切り落としたのだ。
僕は放心状態で権左ェ門と、肘から下の腕が無くなっている男の姿を見ていた。
その場に転げ回り悶絶する男の腕からは、おびただしい程の血が溢れ出ていた。
「ぐぅぅ…テメェ、よくも…よくもやりやがったな!うぅぅ…。」
すると権左ェ門は、無言のまま男を刺すような目つきで睨み、今度は刀を男の首筋に当てた。
「ひっ…。」
男は引きつった顔をして、ガタガタと震えていた。
そして権左ェ門は、静かに口を開いた。
「いいか、よく聞け。このイイロクは貴様の様な奴にでも情けをかけた。そして命をも救った。そのイイロクに手を出す奴は、俺が許さん。」
権左ェ門のその姿は、まさしく”侍”その物だった。
男を見下ろしていた権左ェ門は、また静かに口を開いた。
「もう一度言う。俺の仲間に手を出す奴は、俺が絶対に許さん。」
男は権左ェ門の気迫に気を失い、泡を吹いてその場に倒れた。
それを見た権左ェ門は、懐から白い布を取り出し、刀に付いた血を拭い、また刀を鞘に収めた。
僕は、そんな権左ェ門の姿に体を震わせていた。だが、恐怖ではなかった。
また、ジュンも口を開けたまま身動き一つ出来ないでいた。
「ご、権左ェ門…さん。」
やっとの思いで、僕は言葉を発した。
権左ェ門は僕の声に振り返り、いつもの優しい笑顔で手を差し伸べてくれた。
「イイロク殿、済まなかったな。大丈夫だったか?怪我はないか?」
僕は権左ェ門の手を握り、体を起こしてもらった。
権左ェ門の手は大きく、マメだらけであったが、とても温かく優しい手の感触だった。
「ありがとうございます…権左ェ門さん。」
僕は起き上がり、ジュンの元へ駆け寄った。
「ジュンさん、もう大丈夫ですよ。権左ェ門さんは、いつもの優しい権左ェ門さんです。何も変わりません。」
ジュンはヨロヨロと立ち上がり、そのまま僕を抱き締めて来た。
「もう…アンタはバカなんだから…。」
ジュンに抱き締められた僕は、とても気持ちが安らかに落ち着いて来ていた。
「ジュンさん、心配かけてごめんなさい。」
その様子を見ていた権左ェ門は、またいつもの様に笑っていた。
「ガハハハっ!仲間とは実に良い物だのぅ!ガハハハっ!」
そしてジュンは腕を解き、はにかんだ笑顔で僕たちの事を見て言った。
「アンタたち、ほんとバカ。」
僕たちはまた、皆で笑顔になっていた。
そして、何故か権左ェ門のポイントは一つも減っていなかった。




