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骨折りバスジャック

作者: となり若江

この作品は現実に起こったものでも経験談などでもありません

ただの妄想と青春です

青い空、白い雲、横には笑顔の可愛い彼女

まさに幸せの絶頂、天にも昇る気分、我が人生に悔いなしって感じだ。




……そう、この目の前にいる黒い覆面をした男達さえいなければ




実は今、僕達はバスジャックに遭っています。



本来の目的地はとっくの昔に過ぎ去りどんどん人里を離れ今は知らない山を激走中、

僕にとって生まれて初めてのデートだというのにこの仕打ちはなんだ。



はっきりいってこんな奇跡、迷惑だ!



やっぱりあれか、いきなり夜までデートっていうのがいけないのか?

そりゃ僕だって下心が全く無かったわけじゃないさ。

それでも天気のいい七夕の夜に二人で夜空を見る、なーんて今時TVドラマでもやらないようなシュチュエーションに憧れる純な気持ちを持っていてもいいじゃないか。


それがなんだ、バスジャックだと。


一生に一度遭遇するかどうかすら微妙なものに僕の夢を壊されてたまるものか。

もし僕がプロボクサー並のフットワークを持っていれば、黄金の右を唸らせてぶん殴ってやるのに、


なんて思った所で僕は所詮しがないただの高校生で、僕が立ち向かった所でぶん殴られて終了。

下手したら鉄砲でズドンなんてシャレならない事態も十二分にありえる。

だから僕に出来る事は隣に座る彼女、舞奈を励まし好感度を上げる位しかできないんだ。

「舞奈、大丈夫?」

安心して、僕がついてるから……って続けたかったけど震えて声がうまく出せない。

つうか僕こそ大丈夫かよって突っ込みたくなる。


あ~情けないな、下手したら舞奈に嫌われちゃうよ。

そうだ、せめて手を握っていてあげよう。

お互いの温もりを感じながら慰め励ましあう。


お、ひょっとして何げに二人の仲も深まってなかなかナイスアイデアじゃないか。

さあ舞奈、僕がついているからね。

僕の左手が舞奈の右手をしっかりつかむ。

舞奈の手は思っていたよりずっと小さく冷たく、そして柔らかかった。

「雄君?」

驚いたのか一瞬ビクリと反応し、こちらを見ながら尋ねるように聞いてくる僕の天使

「だ、だ、だ、大丈夫だから……ぼ、ぼ、僕がいるし……」

全然締まらない。これではかえって舞奈を不安にさせてしまう。何とかしなきゃ。



バスジャックに挑む?



敵は三人、こっちは一人。周りに強そうな男の人は皆無。


……駄目だ。

やっぱり殺されてしまう想像しかできない。

一体神様は僕にどうしろと言うんだ!

もはやキリスト教に入信して信仰の力で何とかしてもらうしかないと思ったその時、


歴史は動いた。


「ママ~おしっこ! おしっこしたい」

前の方の席に座る優しげな母親らしき女性の隣に座っていた幼女が叫ぶ。

「ゆ、ゆうちゃん、我慢しなさい」

娘を庇うように抱きしめ悲鳴のような声で言う女性

「おしっこ、おしっこ、ママ~おしっこ」

しかし、母の気遣いに気づくこともなく、なおも叫ぶ幼女。

途方に暮れる女性を見ていると舞奈が急に僕の手を振り払った

「舞奈?」

聞くが早いか行動するが早いか、バスジャック達が幼女の方に気を向けている隙に窓を全開に開ける舞奈

「雄君も私に続いてね」

笑顔で呟くと、僕が何かを言う前に窓に身を乗り出し飛び降りる

そう……何のためらいもなく滑るように、


窓の外を見ると激しく転がっている舞奈。


あれってひょっとしてまずいんじゃないか? 


下手したら死ぬ。いや、あれはもう完全に死んでいてもおかしくない


そういえば舞奈は僕になんて言ってたっけ?

確か「雄君も私に続いてね」だったような……いや、普通に無理です。

僕はしがないただの高校生。

アクション映画のスタントマンでも無ければ完全無欠のスーパーヒーローでもない


うん。舞奈、君の死は決して忘れない


あ、舞奈が尻餅ついたまま手を振っている。

しかも笑顔だ

これはやっぱり続けって事なのか?



……そうだ、バスジャック達、彼らにマークされていたら僕は逃げたくても逃げられないじゃないか!

いや、飛び降りたくないわけじゃないよ。僕だって舞奈が心配だし、決してビビってなんかいない。でもバスジャックにマークされていたら…仕方ないよね。

僕ははりきってバスジャック達を見る


「おい、お前がなんとかしろよ」

「いやいやお前こそなんとかしろよ」

「いっそのこと放っておくか?」

「いや、さすがにそれはまずいだろ」


思いっきりテンパっています。

一瞬ひょっとして今なら僕でも勝てんじゃね!などと思ってしまうほどテンパっています。勿論拳銃もった男三人相手に立ち向かったりしませんけどね



いや待て、僕。冷静になるんだ。

情報を一度整理しよう。今、犯人はとってもテンパっている。

逃げるにしても戦うにしてもチャンスは恐らく今しかない。

僕には二つの選択肢がある。


一つ、舞奈を助けに窓からダイブする事だ。

ちなみにここは山なので坂道、本来スピードが大幅ダウンする所だが、このバスはなかなか曲者で想像以上のスピードで軽快に登っていやがる。無傷は厳しいだろう。


二つ、犯人と戦う。

これには前提条件として強そうな味方はいないという大きなハンデがある。

相手は拳銃を持っていてこっちは丸腰。ばれた瞬間ズドンだ。


ならば今とれる最良の手段はどちらか

僕は小さくなる舞奈と動揺する三人組みを交互に見つめ、覚悟を決めて勢いよく立ちあがった。

しかし、犯人達は動揺して僕に気づかない。


イケル!

確信と共に僕は



一気に窓から飛び降りた。

体を丸め、頭を守るようにし回転に身を任せる。

首、肩、背中、膝、の各関節部位が悲鳴を上げる。

視界の先でバスが消えていくのが見えた。

止まって追って来たりもしないみたいだ。

そうこう考えているうちに僕の体は除々に勢いを失い、舞奈とは少し離れた所で停止した。


ちなみに今は仰向け状態

「い、生きてる」

体中ガタガタだけど僕は生きている。

脱出成功だ。

怪我も擦り傷や切り傷こそ体中無数にあるものの大怪我は一つも無い。

一度手に力を込めてみる。

……よしちゃんと動く、上体だけを起こし、ついでに足や腰にも異常が無いか軽く動かしてみる。

うん、完璧、信じられない程うまく転がったみたいだ。

今ならイエス様や仏陀の存在に心から敬意を払える気がする。

「雄君大丈夫?」

舞奈が大声をあげる。

声には覇気があり、僕なんかよりも全然、いやむしろバスにいた時よりも元気そうだ。

「大丈夫だよ。そっちは?」

僕なりに精一杯の声で叫び、体を起こして、ゆっくりと舞奈の元へ向かう。

途中「私も大丈夫」という声が聞えてくるが、まぁ誰が見てもそれはわかる。

舞奈の元にたどり着くと舞奈は尻餅をついたままの体制で待っていた。


ちなみに舞奈は丈が膝上五センチ以上のスカートを履いている、

つまり今の体制では見えるのだ。

正直目のやり場に困る。


可愛らしい水玉模様が気になって仕方がない。これは誘っているのか?

初デートでいきなり外で…いいのか僕ぅ!

落ち着け僕、静まれジュニア。

ここは期待に最大限答える事こそが男の吟務ではないだろうか、

しかしこんないつ人が来るかわからない所でキスすらしていない男と結ばれてもいいのか舞奈。

君はひょっとして物凄くエッチな女豹の様な女なのかぁ!!!

っは、まて、彼女はそこまで僕の事を愛してしまったんじゃないのか。

中々行動に移せない僕に代わって恥を凌いで自ら……萌える、とっても萌える。

可愛すぎるぞ、舞奈!

「舞奈…スカートが…」

そしてそんな本音を一切言えず照れながら注意を促す僕もちょっと可愛いぞ


……あ、舞奈の顔が少し赤くなった。

多分気づいてなかったんだな、急いで体制を変えて隠している。

ん? どこか痛めたのかな? 体制を変える時一瞬表情が強張ったような

ま、後で聞いてみるか。

あ~でも暴走しなくて良かった。下手したら変態の狼扱いになる所だった。



舞奈が体制を整えたのかこちらを見上げながら声を掛けてくる

「雄君のエッチ」

そ、そ、その上目使いはなんだ

目をウルウルしても無駄だぞ

照れたって何も出ないぞ

ついでにちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめたって



絶対手を出すに決まってるだろ!

世間が何だ! 変態がなんだ!

僕の理性を焼ききろうとする君がいけないんだぞ、そんなに暴走して欲しいのか。

そしてそんなに襲われたいか舞奈~。

そうかそうか、ならば期待に応えようじゃないか



僕が動こうとしたその時、舞奈の表情が急に変わった。

厳しい目つきで何かを攻めるようなそんな顔付きだ。

そして僕の弁慶の泣き所を思いっきり蹴る。何のためらいもなく靴を履いたまま全力で、

「ぐ、ぐぅ」

声にならない様な呻きをあげる僕、

ナゼ? 僕、何かおかしな事した?


「雄君?今とってもしまりの無いいやらしい顔していたでしょ。何考えてたの?」

背後に見えるはずのない炎を纏い、ゴゴゴという効果音が鳴りそうなとっても爽やかな笑顔で問いかけてくる。



この場合僕はどう答えたらいいんでしょうか?

「こ、これには深い理由が……」

必死に言い訳を考える僕。

今の状況で深い理由なんてあるわけないじゃないか。

しかしここで嫌われるなんてシャレならない。

なんとかしなければ

「ま、そんな事はともかくこれからどうする?」

コロリと表情を変えバスが去っていった方向を見る舞奈。

っておい! まってくれ。


彼女はひょっとして物凄くマイペースなのだろうか?

僕も大概マイペースだと思っていたけどさっきから振り回されっぱなしだ。

そりゃいちいち妄想したりした僕にも責任はあるだろうけどさ……


「とりあえず何か連絡手段を考えないといけないよね。」

あ、僕を放っておいて話を勝手に進めてる

「やっぱ一度下山するしかないかな?」

悩みながら言う舞奈

「そんな事までしなくても携帯使って助けを呼べばいいじゃないか!」

良し、我ながらナイス切り替えし!

あれ? そういえば忘れていたな。自分でいっときながら自分自身気づいていないなんて、それならバスジャックされてすぐに連絡すれば良かったじゃないか!

なんていうか僕、ダメダメだ。

何故か冷たい風が通った気がする。

そしてすかさず舞奈がトドメをさしてくる

「ゆぅ~く~ん」

泣きそうな声で言う舞奈。

手元には随分スリムな体系になった携帯電話。

どうも飛び降りた後、転がっている際にクチャクチャにされてしまったようだ。

まぁ僕も携帯位持ってるからいいけど……

「大丈夫だって、僕も携帯持ってるから」

見せ付けるように舞奈の前に突き出す。


良しやっとカッコがつけれた

「雄君。これ…電源切れてるよ」

「…………あれ? マジ? う、嘘だろ」

確認してみると沈黙している携帯電話。見事なまでに画面は真っ暗だ

「ハハハ、その、なんていうか、ゴメンね」

「ううん。私こそ…」

何となく気まずい空気が流れる。

一応言うが、勿論人の気配は一切無い。

おい、ナゼ充電してこなかった。


浮かれていたのか?


浮かれていたんだな。


初デートでこんな初歩的なミスは駄目だろ僕ぅ!


「とりあえず下山しよっか」

というよりこれ以外今できる事って何も無いよ……

なんか段々どうでも良くなってきた

「わかった。じゃ行こっか…っつ」

舞奈が立ち上がろうとした瞬間右足を押さえて座り込んだ

「ん?足でも挫いたの? どんな感じ?」

見ると少し赤く腫れている。

多分ただ捻挫しただけじゃないだろう。

「大丈夫、大丈夫だから行きましょ」

舞奈が虚勢を張って立ち上がる。

足は震え立っているのも大変そうだ。

やっぱりここは男として少し位見栄を張っておこう

「何それ?」

「わかんない? おんぶの体制。ちょっと位カッコつけさせてよ」

そういうと少し迷ってから観念したのか、おずおずと肩に手を伸ばし僕に体重をかけてくる。

あ、なんか背中に柔らかい感触が、お、これが役得ってやつか。

舞奈の奴、華奢な体つきの割りには結構、着やせするタイプ?

ま、そんな事はどうでもいい。

それよりこの服をどうするか?


いっその事部屋に飾る……いや、さすがにそれはキモイから止めておこう。

そうだ、当分この服を着続けよう。

僕が恐ろしい計画を練っている最中に舞奈は問いかけてきた。

「ねぇ。重たくない?」

「ううん大丈夫。…というより思ったよりずっと軽いんだね」

「あ、ひっど~い。私の事デブだと思ってたでしょ?」

「い、いやそんなつもりはなかったんだけど」

舞奈は僕の反応を見て本当に可笑しそうに笑い、「冗談だよ」と付け加える

ゆっくりと立ち上がり、一歩一歩踏みしめるように歩き出すと舞奈の体も同じように揺れる。

ああ、人生って素晴らしい。

お父さんお母さん、僕を産んでくれてありがとう





~三十分後~






僕の顔と背中、その他各関節部位から大量の汗が流れ、歩幅のペースも落ち、段々手の感覚も痺れてなくなってきた

「ねえ雄君、大丈夫? 少し休憩してもいいよ」

「あ、うん。でももう少しだけ頑張るよ」

僕は無理をした。

だってそうだろ。

重いし、ダルイし、疲れたから休むわ、じゃあ、あまりにもカッコ悪い。

今の僕に三十分前の感動は全く無い。

今、歩を進めているのは男のプライドとつまらない意地だけさ。

僕の足が止まるのももはや時間の問題、段々肩が外れそうになってきた。

うぉ、こ、腰が砕ける。あ~足の裏がひりひりしてきた……

「ねぇ、本当に大丈夫?」

舞奈が真剣に聞いてくる。

僕ももう限界だ

「じゃ、ちょっとだけ…ちょっとだけ休憩しようか」

舞奈を地面に降ろし、両手を大きく上に広げ、ゆっくり腰を伸ばす。

ボキボキと関節の軋む音をならしながら筋肉をほぐし、適度の刺激を与える。


ああ、助かった。

体が一気に軽くなり、いまなら軽く街まで走って行けそうだ。

いや、もちろん心境であって実際ヤレといわれても無理だけどさ、

というかケガした舞奈を置いてくなんて鬼畜な事できないでしょ。

ま、バカな事はこれ位にして今の内に体を解しておくか。

屈伸、開脚、アキレス腱と順番に解していき、肩、首、腰を回し筋肉の緊張を解く

ついでに柔軟もしとくかな


「雄君疲れたでしょ。一人で下りて助けを呼んできてくれてもいいよ」

ためらいがちに舞奈が告げる。

まぁ確かにその方が早いだろうけど冗談じゃない。

女性経験の一切無い僕が、ここでポイント稼がないでいつ稼ぐんだ。

「少し休憩したら大丈夫。二人で一緒に降りよう!」

おし、なかなか上手い具合に言い訳できた。

これで舞奈も納得する筈。

「でもほら、やっぱ雄君が一人で降りた方が断然早いしさ、後で車で迎えにきてくれたら私も楽できるじゃん。」

何故か舞奈は少し焦るように言う。

どうも傷の具合が宜しく無いらしい。

これは急がないとヤバイか?

それならそうと言えばいいのに。

ま、ここは男の懐具合の見せ所か、よし少し強引に休憩を打ち切って頑張るか。

「よおし、判った。休憩終了……さ、乗って?」

また背に乗るよう促す。

少し躊躇いながら僕の背に負ぶさる舞奈。

ここでもう一頑張りすれば舞奈はきっと僕に惚れる、

そう思うと限界に近かった僕の体が熱く火照りながら勢い良く歩を進める。

この調子なら後一時間はいけるぞ!

この時僕は有頂天になっていた。……そしてその油断がいけなかった





~十分後~






舞奈の様子がおかしい、急に体を強張らしたり、いきなり震えだしたり、おまけに妙に艶っぽい声まで出始める。

僕は一旦歩を止め舞奈を降ろした。

「舞奈?どうしたの?やっぱり足が痛む?」

すると舞奈は頬を赤くし首を横に振った。

そして物凄く小さな声で何かを呟いた。

とても小さい声で一切聞き取れない。僕はもう一度と促した

「え、今何て言ったの?」

声を少し大きくして聞いてみる。

ん?なんか舞奈の表情が段々険しくなっていく。

一体どうしたんだろ? 僕、何か悪い事でも言ったかな?

「お花摘みに行きたいって言ったの。もうなんども言わせないでよバカ!!!」

物凄い大声で舞奈が叫ぶ。まさにヤケクソ、もう恥もクソも無い状態

「花ってそんな呑気な、それより早く降りよう」

僕たちにそんな余裕はないと言ってやるが、舞奈の表情は厳しいままだ。

「そっちじゃなくって生理現象の方のって何言わせるのよ! これ以上私から言わせないで」

涙目というより涙声で叫ぶ舞奈。

「じゃあ僕はそうすればいい?」

「その……草むらまで行くの、手伝って……」

申し訳なさそうに言う舞奈、顔を真っ赤にさせている。


最初から素直にそう言えばいいのに

……まぁ僕としては舞奈の怒った顔と恥らう顔の両方が見られたからラッキーだけど。


僕は舞奈に肩を貸してやりゆっくりと草むらの中に入っていった。

もちろんできるだけ平地の安全そうな場所を選んでいる。

そういえば女の人って屈まないと用を足せなかったよな。

舞奈の奴、足ケガしてるのに一人で大丈夫か?

とりあえず比較的長い草の生えた場所に着くと舞奈はここでいいと言った

「雄君。悪いんだけど……」

まさか補助か! 流石にいきなりそのテのプレーは厳しいだろ!

「向こう行っててくれない。恥ずかしいから」

ま、当然そうだろね。


僕はノロノロと舞奈が視界に入らない位置まで移動し、腰をすえる。

フ、焦っているとは思っていたけどまさかトイレに行きたかっただけとはね。

女の人ってわからない。

僕はよくわからない悟りを開いていた。

ん? ていうかまさかとは思うけどバスの中からずっとしたかったって事はないよな?

そういや女の人って五、六時間平気でトイレを我慢できるとかどっかの本に書いてあったけど……まさかね。


もし本当にそうならひょっとしてトイレ行きたさに窓からダイブしたってのか……ってそれシャレなんないし笑えない。

いや待て、つまりそれに巻き込まれた僕は、ピ、ピエロ? もしくはカラクリ人形!

ヤ、ヤバイ。もしそうならダサすぎる


……良し、忘れようこんな切ない事考えてても辛いだけだ。

それならいっその事、下山してから何するか考えた方が、いや、これも止めておこう。

何だかとっても嫌な予感がするし。

僕が思考の海に没頭していると舞奈がおずおずと草むらから出てきた。

何とか補助無しでもいけたらしい。

右足を引きずりながらゆっくり歩いている。

見ているこっちが痛々しい

「あ、ありがと」

よほど恥ずかしいのかそれだけ言うと視線を外す。

「じゃ、乗りなよ」

僕は屈んでまたおんぶの体制に入る。しかし舞奈は一向に乗ってこない

「どうしたの?」

「だって……手、洗ってないし」

「ああ、気にしない気にしない。それより早く降りてゆっくりしようよ」

僕がそう言うと、舞奈も少し迷ってから僕の背に乗り、ゆっくりと体重をかけてきた。

これで好感度大幅アップ間違えなしだな。

僕が妄想に浸っていると舞奈が耳元で呟いた

「雄大……ありがとう」


ん? 気のせいか? 今、雄君じゃなくて呼び捨てで雄大って呼ばなかったか?


雄君って呼ばれるも舞奈らしくていいけど、雄大って呼び捨てされるのも意外とイイ。


僕も舞奈って呼んでるし、何かお互い遠慮無しの対等の関係って感じで二人の仲がグッと近づいた気がするぞ

「ねぇ舞奈。もう一回言ってくれない?」


調子に乗ってみた


「ヤダ」


調子に乗りすぎた。


やはり女心は難しい。

どうすれば素直に呼んでもらえるようになるのか今後じっくり検証してみよう

「さっさと進まないと今日中に帰れないわよ」

それはちょっと嫌だ。

舞奈と二人きりで夜を過ごすのはいいけど山の中でご飯も食べずただ凌ぐだけのお泊りなんてゴメンだ。

「できるだけ頑張るかぁ」

僕のなんとも気の抜けた掛け声と共に再び歩き始めた。

ちなみに街はまだ全くみえていない





~数時間後~






一体どれだけの距離を歩いただろうか?

定期的に休憩しているとはいえ肩は凝るし、腰は重い、首は思うように回らないし手の感覚はほとんど無い。おまけに足はガクガクだ。

途中から少しずつ舞奈も歩きだし、今は背負っているけど顔一杯に疲労の色が出ている未だ街は見えず諦めかけているその時、急にライトの光を浴びた

「ねえ雄大?ひょっとして……」

おそらく今、舞奈は僕と同じ事を考えている。

「うん。きっと助かったんだよ」

僕がそう言うと、舞奈は良かった。と呟き僕の肩に顔を埋めてきた。


「お~い。誰かいるか~」


野太い男の声が聞こえ、続いて小さな軽トラックが見えた。

助かった。

そう思うと体中の力が抜けていき物凄い安心感が得られる。

「坊主、大丈夫か?」

僕に気づいた体格のいい男の人が車から降り、僕に近づいてくる。

「あの、舞奈がケガしてて、それで……」

口元が引きつってうまく言葉にならない。舞奈のケガを知らせないと

「ん? この子ケガをしているのかい?」

男の人が舞奈を見て聞いてくる。ちなみに舞奈は安心したのか眠ってしまっている

「あ、はい。足をケガしてるんです」

「わかった。車に乗りな。麓まで乗っけてってやる」

そういうと舞奈を僕の背から引き剥がし、助手席に乗せる。

ちなみに軽トラだから二人しか乗れない

「あの?僕はどこに?」

そういうと無言で後ろの貨物席を指差す。


屋根どころかイスもなにもない。

僕の苦労はもう少しだけ続きそうだ。

そういえばかなり今更だけどどうしてこの人はこんなに親切なんだろうな?

そんな事を考えながら信じられない事に、僕は熟睡していった




~一時間後~




僕らは今、警察署にいます。

何でも警察も捜査をしてくれていたらしいがまだ詳しい事情はよくわからない。

そして今どうなっているかと言うと……説教されています。

「君達はどれだけ危険な事をしたかわかっているのかい」

とか

「もう少し警察を信用しなさい」

とか

「二度とこんな真似をするな」

などなど永遠と続いている。

ちなみに舞奈は足をきちんと手当てしてもらった後、一緒に説教を受けている。

そういえばなんで警察に届けが出たんだろ?

やっぱバスの中の誰かが警察に通報して壮絶な救出劇があったのかな?

ん~ちょっと当事者になってみたかったかも


……あの間抜けそうなバスジャック達相手じゃこっちの方が安全そうだったかもしれないし

「あの、バスジャックにあった他の方はどうなったんですか?」

舞奈が問いかけると

「ああ、死傷者ゼロ、全員無事保護されているよ。……君達を保護する数時間前に」

今、こっそり皮肉言いませんでした刑事さん? というより死傷者ゼロ? あ~こんな事なら一人で残ってりゃよかったよ。

やっぱり九割九分九厘、舞奈が一人で突っ走ったせいだよな。

「あ、あの、どうやって捕まえたんですか?」

舞奈が興味津々で聞いている。

別にもうどうでも良いじゃんそんな事。

それより刑事さん。そろそろ帰してくださいよ。

こっちは眠たくてしょうがない

「実はバスジャックをした犯人自ら自首してきたんだ」

刑事さんは暇なのか気を使っているのか、舞奈の話に乗ってきた


ん、今何ておっしゃりました?

自首?

なんで?

僕たちの苦労は?


「ああ、事情聴取して判ったことだけど、一緒に乗り合わせた年配の方が団塊世代の人達だったみたいでね、自分達の時代の辛さや苦しみを犯人に教えたらしい。それでその後にね、当時やった血の滲む努力や寝ず休まずの仕事っぷりを聞かされてね、犯人グループはかなり動揺したんだそうだよ。実はあの犯人グループ、大学中退者ばかりで集められた集団でね、ロクな職にも就けず、社会に嫌気がさしていたみたいなんだ。バスジャックを成功させた後、彼ら、何をしようとしてたと思う?」


この展開で金は無いだろ。


飛行機じゃないから海外逃亡もできないし……まさかバスの人たちをまきこんで自殺?


「何をしようとしていたのですか?」

舞奈は目を輝かさせて聞いている。

ちょっと推理したらわからないか?

「山の頂上付近からバスの人たちを巻き込んで自殺を図ろうとしていたんだ。まあでも結局の所、年配の方々の尽力な説得のおかげで犯人は改心し、自首したってわけさ。出所したら現場に居合わせた年配の方の会社で雇ってもらう約束をしたらしくってね、あの人の好意に泥を塗るわけにはいかない。できるだけ早く出所して恩返しがしたいっていってたな」

刑事さんはどこか誇らしげに最後の部分を区切った。

舞奈はとっても嬉しそうに話を聞いている。


おい、こっちが必死に山下りをした事忘れてないか?

大体その足も本来負う必要が無かったって事だぞ。

ついでに草むらで用を足すことも、僕に背負われる事も……いや、これはむしろプラスか


僕は思わず背中にあたっていた舞奈の柔らかい部分を思い出してしまった。

まぁ僕も色々役得があったし目くじら立てるのは止めておこう

「雄大?顔赤いけどどうしたの?」

や、ヤバイ。

いやらしい事を考えていたなんてばれたら嫌われる。

せっかく呼び捨てで呼び合う仲になったのになんとかしなければ

「そ、そうだ。僕達の事はいつわかったんですか?」

よし、ナイス切り替え。

「ああ、それなら、事情聴取が終わった後、バスに乗っていた人達を解散させた時に年配の方の一人が思い出したようにね、若い恋人達が窓から勢いよく飛び降りている所を見たけど彼らはどうなったんだろう、って刑事の前で呟いたんだ。少しボケているのだろうって思って忘れかけていたけど、どうも気になったらしくてね、他の人たちも呼び止めて事情を聞いてみたらどうも本当にらしい事がわかったんだ。それからだね、念のため山の麓を探して見たのは」


随分と気の利いた警察だ。

どうせ見つからなかったらすぐに諦めていただろうけど、わざわざいるかどうかもわからない人間を探すなんて……そういえば僕達を助けてくれたのは軽トラに乗った大男だったよな、彼は一体誰なんだろ?


僕の頭の中でほんの少しの疑問がひっかかっていたが、それ以上に今は睡魔にかてそうもなかった。


ちなみにこの後、刑事さんに叩き起こされ、身元保証人、つまり親に連絡がいき、迎えに来てもらうことになったけど、僕は生徒手帳を見せた後、すぐに爆睡したらしく、全く覚えていない。


後で聞く所、父さんが僕を運ぶのに物凄く苦労し、いつもより多く背中にシップを張って寝たらしい




~翌日~




僕は自分のベッドの中で目を覚ました。

ひどく体がだるく、おまけになんか臭い。

そりゃそうか、昨日風呂に入った記憶などどこにもないのだから。

とりあえず洗面所に行き、顔を洗ったその足で朝シャンを浴び、体の汚れを落とした。

ついでに体の凝りも少しほぐしておく。

シャワーから出ると、そこには平日だというのにニヤニヤしながらビール片手にこちらを見る父と、新聞をチョキチョキと真剣に切る母の姿があった

「父さん?朝からどうしたの?」

恐る恐る聞いてみると

「照れるなよ男前。」

とバシバシ僕の肩を叩く父、そして新聞を切り終わったのかこちらに駆けつける母

「雄ちゃん!」

何故か大声で叫ぶ、何だか少し怒っているようだ

「母さん悲しいわ。雄ちゃんったらこんな可愛い彼女がいるのに一度も紹介してくれないなんて」

そういって新聞の記事を見せる母、そこには舞奈をおんぶしている僕が写っていた。

ちなみに舞奈は僕の肩に顔を寄せている。

コメントには『お手柄老人達、高校生カップルは骨折り損!』と書かれていた。



そして気づく、そう、軽トラに乗っていた大男の正体。

奴は新聞記者だったんだ。



しかし、時はもう遅く、全国紙の社会面に小さいながらも写真付きで載る僕達。

現在充電中の携帯には友人からのメールが殺到している。

二、三通内容確認してみると思ったとおり冷やかしのメールがある、

多分他のメールも皆、同じような内容なのだろう。

舞奈と世間公認カップルになれるのは正直言って嬉しい、

何だかんだいっても可愛いし、一緒にいて楽しいし、僕は彼女にゾッコンだ。

でも、サスガに日本全国公認にはなりたくなかった。

友人達はもとより、親戚一同に昔の知り合い、親の会社の人に下手したら話した事もない人にまで冷やかされるかもしれないんだ。


ただの七夕デート企画が一夜にしてこうなるとは……僕は何とも言えないため息つき嬉しそうに酒を飲む父を横目に軽い朝食をとった。



……しかし、事態はまだ終わらしてはくれない。

家の電話が急になり、母さんが出ると、満面の笑みで近づいてき

「雄ちゃん、彼女から電話よ」

と告げる。

父はさらにはしゃぎだし、「山本家に春が来た~」と叫び、母は「早く早く」と僕を急かす。僕はのろのろと電話を出る

「もしもし」

「あ、おはよう雄大、新聞見た?」

「うん、まぁ何て言うか……大変な事になったね」

どこか人事みたいに言う僕。

「本当、ただのデートがこんな事になっちゃうとはね」

何故か嬉しそうに笑う舞奈

「ねぇ、お願いがあるんだけどいい?」

僕は考える、

恐らく足の事だろう、つまりお願いは多分迎えに来て、か。

冷やかされるのはわかっているけど、朝から二人で仲良く登校……いいかもしれない

「うん。僕に出来ることならなんでも聞くよ」

「お父さんが会いたいっていうの。だから今度の日曜日にでも……」

え? 父? なんで? ちょ、ちょっと待ってくれよ

確か舞奈のお義父さんって機動隊だったような

「あともう一つ、今度の花火大会だけど……良かったら一緒に行かない?」

照れくさそうに言う舞奈。

きっと電話の向こうでは顔を赤くしているんだろう。

「うん。いいよ。予定空けとくから」

「じゃ、花火大会楽しみにしておくから……それとお父さんの方もよろしくね」

OKしちゃった……つうか嵌められた?

あ~もうこうなったらヤケだ。

お義父さんだろうが戦車だろうがなんでもきやがれ。

意地でも花火大会まで生き残ってやる!


僕は心にそう誓い、目の前でニヤニヤとこちらを見る両親と向き合い、くるべき口撃

に備え、体制を整えていった

                             END


七年前に殴り書きしたものを訂正し、今回はじめての投稿をさせていただきました。


未熟な点など多数ありますが、どうか、生温かい気持ちで見守ってやってください

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