序章・シャルロット・ブランジェの価値観
喫茶「金魚草」は、「まるで海底にいるような」をコンセプトにしている喫茶店です。
甘味系と軽食がメインですが、紅茶はもちろん異国のお茶やコーヒーも数多く取りそろえられているのは、ちょっっと自慢。
私、シャルロット・ブランジェが働いている店こそ金魚草なのですから。
いわゆる路地裏に存在していて、こっそり感が半端ないですし、言葉の通りに知る人しか知りません。けれど、私はそれを残念だとは思いません。常連さんとの絆をじっくり深められますし、落ち着いた空間を過ごしてもらうことがこの喫茶店の目標ですから。
まあ、お客さんとの会話が騒動になったりもしますけど。
カランコロン。
ドアのベルが鳴りました。お客さんが来たようです。
「いらっしゃいまーーえ…?」
入ってきたのは、常連のブレントさんです。骨董品屋を営む情報通ですが、伯爵家の次男だけにどこか高貴で凛としています。でも、偉ぶらない穏和な性格で、町娘の私にもよくしてくれます。
そんな彼ですが、いつもと違いました。
普段は、愛用の、それでいてきちんと手入れされたコートとハットを身につけ、銀の細工が施された茶のステッキをもっているはずです。それなのに、今日は一目見ておろしたてと分かる服ですし、手にはステッキではなくーー
「薔薇の…花束?」
真っ赤な大輪の薔薇の花束がありました。包装紙から察するに、表通りで人気の花屋「フローラ」で買ったのでしょう。
なぜ? そして、What? 同じですね。つまり、どうして花束を持って金魚草に来ているんだろう? と思っているわけです。
ブレントさんは、困惑する私の前に跪く(!)と、恐ろしく高そうな花束をずいっ、と差し出します。
へ。へぇ……え…えぇぇぇぇ?
「シャル、結婚してくれ」
私は、ほとんど懇願に近いその言葉に目眩を感じます。けれど、動揺しているのを見せてはいけません。何て言ったって今は勤務時間ですから!
混乱から生じる、ひぃぃぃぃ、という悲鳴も喉の奥で噛み殺します。あ、咽喉歯ないので無理な話ですね。
とりえず、私は営業スマイルでにっこり。
ずるい。
私が、断れるはずないじゃないですか。
だって。
お客様は、神様なんですから。