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お客様は神様です?  作者: 黒一もえ
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番外・片想いセンチメンタル

ブレントの。

昔書いた話。

「もうっ! 上手くいかないわ! 片思いって本当に不便ね!」

 高く結った髪をぶんぶん振り回して(振り回しているのは頭ごとか…)叫んでいるのはニーナさんだった。

「こんにちは」

 僕はカウンター席にいたニーナさんに声をかける。

「っもう! ああ…って、あら。ブレント! 久しぶりね」

「はい」

 ニーナさんは家庭教師で小説家な女性だ。常連メンバーの中では来店頻度が少ない方だけど、みんなが知っているほど明るくて気さくないい人だから、僕も彼女に懐いている。だから会うときの挨拶は欠かさない。

「あ、ちょっ、ブレント。あっちじゃなくてここに座りなさいよ」

 しらふのときから酔っぱらっているみたいなテンションの彼女は僕に敬語を使わない。七光りだと言われると癪だから家と全く関係のない骨董品店を構えた僕にとってそれは嬉しいことだ。

 僕はニーナさんがぱんぱんと叩いていたカウンター席に腰掛けた。

「シャルは?」

「安心しなさいよ。ルドは来てないから」

 ニーナさんの言葉に僕は顔をしかめてしまう。

「不埒なことをされているんじゃないか〜、っていう心配はしなくてもいいわよ、ってこと」

「…ニーナさん。そういうことじゃな」

「シャルは調理中よ。そろそろレモンパイが焼き上がるから見てくるらしいわ」

「へぇ」

 そう、にやにやされるとなんか恥ずかしい。

「そんなことよりさぁ」

 そんなことより…。

「今、小説で煮詰まってるの。アイディアくれない? 締切近いのよね〜」

「書くのを一旦やめて休憩したらどうですか」

「嫌よ。私の小説を心待ちにしている可愛い女の子達がいっぱいいるんだから、悲しませちゃ可哀想よ」

 この男勝りで勝ち気な女性が甘く優しい少女向け小説の筆者だということには驚かされる。確か、ヒット作は少女向けでありながら純文学の巨匠も高く評価したという泣ける小説だそうだ。ニーナさんとは別の方向に思えてならないよ。僕は常連客全員に配られたそれを読んで僕は「嘘だろ…」と何度も呟いたくらいだ。

「ルドよりあんたの話の方が面白そうじゃない? シャルへの想いが真実っぽいのはあんただし」

「っ!」

 ふふん、と笑われる僕。恥ずかしい。

「ブレント。あんた隠し事してるでしょ?」

「?」

「秘密がある気がするのよね。ルドもだけど、な〜んか怪しい、ってね」

 ルドの方がやっぱり色々上手だ。それが悔しい。

「むくれんじゃないわよ。素人…つってもデビットくらいなら誤魔化せるんじゃない? 私は小説家だからね〜。相手が悪い」

 デビットさんがだませたら一級だろ。さては、ニーナさんもただ者じゃないな。

「ニーナさーー」

「ちょ、たんま」

 手で制され、僕は押し黙る。

「『お若い人、皆まで言うな。私は全てを知っている賢者でございます。そして、真に賢い者は多くを語りませぬ』」

「なんです、それ?」

「読んでないの〜?」

 いや、心当たりはあるんだけど。この台詞せりふは、ニーナさんからもらった彼女の代表作「全て知りゆくこの世よなら」に出てくるキーキャラの賢者のものだ。そういうのは知っている。今知りたいのは、どうして彼女がそれを言ったか、だ。

「私があんた達にあの本配ったのは警告もかねてなのよ。いつか綻ほころびが出るから気をつけなさい、ってことと「私寂しいからちゃんと話なさい」ってこと。カタギはちょっと寂しいわ〜」

 …この人、読めなさすぎる。

「ブレントさん、いらっしゃいませ。ニーナさん、レモンパイです」

「ああ、こんにちは」

 僕は恋をしている少女へ向けて微笑む。彼女を見ると、心の底からわき起こる感情により微笑んでしまう。

「ねー、シャル。新作の骨組み作ったんだけどぉ、読んでくんない? 女の子の意見聞きたいなぁ」

 ニーナさんはとてもシャルを可愛がっている。だから会話するときはつれない猫に語りかけるような甘い声で優しい話し方をする。恐い。

「ブレントも読んでよ」

「ああ、うん」

 シャルが一ページ読むと僕はそれを読み、二ページを読み終わると僕がそれを読む。ニーナさんが提案してきたんだ。どきどきな話に持っていってくれないのか…協力してくれると想ったのに。

「片思いの話ですか…私、自分で言うのもなんですけど、世間一般の感覚を持つお嬢さん方とは乙女心の造形が違うんですけど……いいんですかね?」

「いいよー」

 いいのか。

 僕は首を傾げながらニーナさん直筆のアイディアの束に目を通す。ふむ。確かに片思いの話だ。コミカルで楽しく、それでいて女の子、というか女性がときめけるような設定を随所にちりばめてある。デビュー作で代表作の「全て知りゆくこの世なら」みたいにシリアスで若干重たい雰囲気じゃないからもっと読者層が広がるかもしれない。

「私はね、片思いの甘酸っぱさとか切なさとか、漂ってくる哀愁とかを書きたいわけよ! まだまだ稚拙ちせつだけどそういうのを伝えられたらな〜、って。シャルにもそう想ってもらえるように書きたいわね」

「無理っす。私、自信ないです」

「そーいう子にも乙女心を与えたくてさーー」

 ニーナさんはまだ力説している。

 片思いの切なさ、ね。うん。僕、それを実感していたから詳しくアドバイスできるかもしれない。そりゃあもう、詳しく、しっかりアドバイスできる。

 よし。ニーナさんに意趣返しすべく思い出すとするか。




 ブレント・バイゴット。伯爵家の次男坊で信心深い姉の影響で「聖歌隊」に入る。その後、聖歌隊の活動を続けながら骨董品店の経営を始める。

 これが、僕。

 おもしろみのない人生だ。聖歌隊なんて兄を助けるために母親に無理矢理入れられたようなものだ。成り行きにしては壮絶な仕事を、偶然にしては素晴らしい役職を手にしたがあまり嬉しくない。そのように出世街道を緩やかに走行しながら時は過ぎ、あっという間に十九歳になっていた。

 ある日、僕は聖歌隊の上司であり、表の顔は有能な神官であるセン様に仕事を言い渡された。

「一人の少女を観察し、記録をつけてもらいます。そして、彼女の危機には駆けつけ、危害を加えられていれば保護してください。彼女は、僕らの存続に関わってくる大切な至宝ですから」

 なんじゃそりゃ。

 聖歌隊は国家が表沙汰にできない任務を請け負う集団だ。仮の姿ではあるし副業だったりするが、全員が神に神聖な行いをすると誓った神官。一応信仰心のある者なので殺しはしない。今のところ。というのも神官にはしかるべきときに神を殺めてもよいという権利があるのだが、僕は津川にと思っていたので当時は全く勉強しなかった。

 とにかく、僕はそんな秘密組織が密偵するのは分かったが、記録を付けるのはどこか変質者じみていないだろうかと思った。ましてや、大賞が町娘だと知ったときはセン様の趣味か何かかと本気で疑ったくらいだ。

 僕は一ヶ月の期間をもらい、対象、シャルロット・ブランジェの周囲について調べてから観察することになった。その後でセン様が言うまで僕は一旦聖歌隊を離れて観察に回ることになった。

 つまり、用なしと宣告されたようなものである。

 僕は自分の意思で聖歌隊に入隊したわけではないけれど、この仕事でそれなりの成果を上げていたつもりだし、地位も手に入れていたと思う。だから、正直なところ悔しかったわけだが、むくれていても仕方がないから観察に回った。


 喫茶「金魚草」は海底をイメージしてあり、なぜかひっそりとした場所に位置していた。だが、外見だけでも相当な金がかかっていることは分かったし、どうしてマチにないのか疑問だった。まあ、海底をイメージしてあるなら暗いところの方が雰囲気出るのか。

 ちりーん。

 ドアを開けると、涼しげな音がした。ガラス製の鈴? みたいなもので…ああ、うちの店にもあったな。そうだ! 風鈴だ。

 暖簾をくぐり、中に入っていく。

「こんにちはぁ…」

 中は、神秘的で僕は息を呑んだ。甲板をイメージしてあるのだろう、その床に、クラゲを模した青いランプの光が広がっていて、窓ガラスに差し込む光も美しい。

「うわっ……」

「いらっしゃいませ!」

 声をかけられ、僕ははっとした。気がつけば、目の前に十五歳くらいの少女がいた。金魚草の給仕はシャルロット・ブランジェただ一人らしいので観察対象、その人だろう。

「っ」

 ランプよりもキラキラとしたゆるい金髪。淡く煌めく黄金の瞳。そしtれ、やわらかい笑み。身につけている物は派手ではなく、髪には連なった黒いリボン、服は黒いワンピースに白いエプロンだけだった。それなのに、他の人とは違う、「雰囲気」を身に纏っていて。

 イメージで言えば、「鮮烈」だろうか。心臓の辺りがぎゅっ、として、ざわついて、でも鋭い光が体中を駆け巡った感覚により顔を上げて彼女を見つめてしまう。

「? お客様?」

「…」

 よく、雷が走り抜けたような、とそれを形容する人がいる。

「大丈夫ですか」

「あ、ああ、はい」

 ホンモノは、そんな陳腐な言葉じゃ表せないよ。

「お席はどこにいたしますか?」

「えっと…じゃあ、適当に…」

 雷なんかじゃ足りない。

「では、どうぞ。このまどのステンドグラス、海みたいで綺麗なんです」

 ああ、震えのような、歓喜のような感情がわき上がる。

「ご注文はいかがいたしますか?」

 ついつい微笑みたくなるような、ぎゅぅっと締め上げられるような、なんとも言えない感覚。

「じゃあ…ブレンドティーと、レモンパイ、で」

「ブレンドティーとレモンパイですね。少々お待ちください」

 あのとき、何を頼んだのか分からなかった。多分、目についた物だったのだろう。

「なんだこれ」

 おもわず重いが口から零れてしまう。それほどまでに、衝撃的だったのだ。こんなの初めてだった。切ないような、苦しいような。狂ってしまいそうな。

 ちりーん。

 すっかりのぼせ上がった僕の頭を冷やしたのは、風鈴の音色だった

「いっらしゃいませ…って、来たんですか、また」

 シャルロットがドアの前にやって来て応対している。どうやら、常連のようだ。聞こえるもう一人の声は男のものだ。

「…」

 顔をしかめてしまう。男か…って、なんだこの嫉妬的な気持ち!? もやもやしてイのあたりがぐるぐるするぞ…おい! 僕、一体どうなってしまったんだよ。

「ちょっ、やーめーてくださいっ! 暑苦しい! ハグとか鬱陶しいんですけど…だからやめてください」

 ……。

 僕は立ち上がっていた。そのままドアの方へ来て、シャルロットに不埒なことをしている(?)男に歩み寄る。

「あの、いやがる女性に手を出すのはいかがなものかとーー」

「あれ? ブレントじゃん」

 は?

「…ん? お前、ルド、ウェル……?」

 シャルロットを抱きかかえながらにこにことこちらを見て微笑んでいるそいつこそ、聖歌隊に出入りする怪しい騎士で僕の友人、ルドウェル・カートライトだった。

「愛称で呼んでたのに、何? 真面目型に路線変更?」

 僕は不真面目型だった覚えもないけど。

「ルド、お前、ここの常連客だったのか?」

「まあね。シャルとは八年くらい、かな。ね〜、シャル?」

「違います! 七年前ですよ」

 そんな長い付き合いなのか。なんか、微妙に悔しくなってくる。苛々して、身を焦がされるみたいな。

「え…と、ブレント、さん?」

 僕が不快な思いを胸にルドを睨みつけていたらシャルロットに声をかけられた。

「ブレントさんと呼んでもいいでしょうか?」

「ああ、うん。その方が、嬉しい」

「ご注文のブレンドティーとレモンパイです」

 彼女がルドをよけていたのは、僕にこれを持ってくるためだったらしい(まあ、素でいやがっている感じもしたけど)。

「ありがとう」

「いえ」

 おぼんにのったそれを受け取ると、彼女は微笑んだ。優しく、やわらかく。

 ああ、これは恋なのかもしれない。僕はそのとき、そう感じた。




 無理だ。こんなの言えるわけない。

 カランコロン。

 僕が黒歴史(?)を思い出していると、ドアが開いて誰かが入ってきた。そのとき鳴ったベルは、僕がプレゼントした…「彼女のための」ベルだ。

「シャル〜。やっほー」

 ルドか。

「あれ? ニーナさん来てるんだ」

「おー、ルド。あんたもこれ読む? 新作の骨組み」

「ん〜、読もうかな。俺の意見とか意味ないかもだけど」

 そうしてルドもこっちにやって来て、僕達が読み終わった紙の束に目を通している。今日は変態的な行動をしないのか? 雨降るんじゃないか?

「片思い、ね。ニーナさん恋愛と対極にいそうなのによくここまで書けるなぁ」

 ニーナさんのアイディア書には、重要な台詞とかは細かく書き込まれているんだ。

「でも」

 僕は、つい口を出していた。

「この男の方が恋に落ちる瞬間、言葉が陳腐だと思うけど」

「そうですか?」

 シャルが可愛らしく首を傾げる。こういう動作もなんか好きだ。

「私は恋とかしたことないので分からないです。まあ、したいと思えないですけど」

「恋はね、悪いものじゃないよ」

 僕は紅茶を呑んでから、シャルを見る。

「断言しても良いよ。恋愛はいいものだと思う」

 だって僕は、あの日のことを後悔していないから。

「すっごい切ないときも、嬉しいときも、その人のことを心のどこかで感じられるのは悪くない」

「へえ」

 シャルの人ごとみたいな反応は歯痒い。よし。僕も仕返しするか。

「シャルに、速くそういうことを分かってもらいたいんだけど」

「っ!」

 真っ赤になりながら身を引くシャル。免疫がないんだよなぁ。あんだけルドにべたべたされてるのに、どうしてだろう。

「ぶ、ブレントさん、ずるいです」

「そう?」

「ブレント、女性をからかうのはよくないと思うよ」

「ルド、あんたが言うのは駄目でしょう?」

「おはよ〜、って、ニーナちゃんお久〜」

 厨房からひょっこり顔を出すのはオリヴィエさん。

 ああ、また騒がしくなるようだ。ゆっくり話なんてできたものじゃないね。

 でも。


 僕はこの日々を、シャルと同じくらい愛しく思うよ。


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