番外・月の下、等しい存在
ついこの間、十五夜でしたので、小話を。
珍しくルド視点です。
ーー月の下では皆、等しい存在となる。それが私の持論なの。
その声を、俺はずっと忘れることができない。
月の綺麗な夜は彼女のことを思い出してしまう。なんだか切なくなって、嬉しくなって、それでもやっぱり悲しくて悔しくて。気持ちが溢れかえりそうにで困る。
「ルドさん?」
声をかけられ、俺ははっ、とする。シャルだ。
シャルを見ているとなんだか落ち着く。俺は余裕ぶっているくせに内側はすごく格好悪い。だから怒ったときに慌てたり、驚いて変な悲鳴上げたりわたわたしているシャルを見下して心の平穏を保っていると思ってた。でも、多分、今は違う。
シャルじゃなきゃダメだ。シャルしか考えられない。
「何?」
昔を思い出して相当混乱していた心を鎮めるのに少し時間ガかかったものの、返答をする。少し時間がかかったが、シャルはその間をどう感じたのだろうか。
「いや…ルドさんがなんだかすごく不安げな表情をしているなぁ、って思ったんです。顔、ちょっと青かったですけど、大丈夫ですか?」
不安そうにこちらを窺うシャル。
「……大丈夫だよ」
微笑し、シャルの頬へ手を伸ばす。一瞬びくり、と反応するが、抵抗はしなかった。
…こういうときは、抗ってくれ。でなきゃ、困る。からかい半分でよく触れるが、その度に自分が何をしているかわからなくなるからいつも飛び退られるのはありがたいと思う。でも、たまにこうやって恐る恐る受け入れられるとなんだか変な気分だ。
俺の想いは、友情だ。それ以上でもそれ以下でもないし、他の感情に変わるはずがない。
いや。
変わっては、いけない。
「ルド」
「?」
振り返ると、俺の方を掴んで深い溜息をつくブレントの姿があった。
「お前…!」
あー。また怒らせたみたいだ。
ブレントは本当にシャルが好きだな。そういう風に隠さないでちゃんと気持ちを伝えられるっていうのはすごいと思う。ブレント(あっち)がどう思っているかはわからないけど、そういう親友を持つことができて…なんだか誇らしい。
「うちの娘を巻き込んだ痴話喧嘩はそれくらいにしてくれないかな?」
端から見たら素敵、でも身近にいる者なら底なし沼のように感じてしまう笑みを浮かべたオリヴィエが、さりげなく俺とシャルを引き離す。
「今日は十五夜だ。雅やかな日本の風習にならって清らかな心で月を眺めることを僕はお勧めするね」
「ジュウゴヤ? ミヤビヤカ?」
シャルとブレントが首を傾げる。ジュウゴヤもミヤビヤカもオリヴィエご執心のニホンの言葉だろう。
「十五夜では月を眺めるんだよ。だから、お前達をここまで連れ出したんだ」
俺達は、オリヴィエに連れられて街の外れまで来ていた。月くらいどこでも見られると思っていたけど、なるほど、ここは周りに灯りがないから夜空がくっきり見える。
「満月ですね」
シャルの言うとおり、今日は満月だ。いつもは冴え冴えとした白銀の月が、黄金の光を帯びてどうどうと輝いている。
俺は月があまり好きじゃない。彼女と見ていたから、見ると思い出してしまう。
「でも」
誰にも聞こえないくらい、小さい声で呟く。
「過去に浸るのも、悪くない」
瞼の裏に浮かぶ在りし日の記憶は、決していいことばかりではない。でも、彼女の笑顔が、声が、言葉が、俺にどうしようもないやるせなさと歓喜を与えてくれる。こういうよくわからない気分に酔うのは嫌いじゃない。
「『月の下では皆、等しい存在となる』……」
こんな俺でも、彼女と対等の存在になれただろうか。
友情でも愛情でもない混じり合った想いを持て余し、彼女を傷つけた俺でも、友人として隣にいられるのだろうか。
なんて。
しんみりしたことを考えてしまう俺は、らしくない。それはきっと、月のせいだ。
本編に関係がないですか、楽しかったです。
ルドの思い出の「彼女」は話に絡められるかどうか…。できれば書きたいです。