過激派脱出大作戦! 1
その日も莉緒は、最近悩みの種になっている存在を視界に入れて、小さくため息をついていた。
「何で私は毎度毎度夕飯作ってるんだろうか……」
先日、ポロとイーズが突然押しかけてきた日以来、たまにイーズ――海理はこうして莉緒の部屋に現れるようになっていた。
何故かと尋ねても、海理は明確な答えを返さない。このところ海竜自体が日本を離れることが多くなったらしいということと、海理は何か日本でやらなければならないことがあるようだということ。断片的に得られた答えから莉緒が推測したものだが、これだけはなんとなく理解できた。
「けど、何で、うちに来るんだ」
ふらりと現れて、夕飯を食べて、少しして去っていく。いつからか仮眠していくようになり、莉緒のため息の数は確実に増えている。
時折その礼にか、ぽつぽつと置いていかれる情報は莉緒にとっては役に立つものだが、同時に何故過激派の情報をリークするのかと首をかしげてしまう。一度、莉緒が率直に疑問を投げつけたが「調整と確認、だな」と一言よくわからないことを言われて、結局どういうことなのかわからないままだった。
「うちはレストランでも料亭でもないんだけどな?」
テーブルの上に土鍋を置きながら、莉緒は海理を睨みつける。
それに対して海理が何か言おうとした時、突然和楽器の音が部屋の中に響く。発信源は海理の持つスマートフォンで、相手を確認した海理は少し首をかしげてから電話に出た。
「名波か。どうした?」
イーズとして動いていない時は“イーズ”や“ポロ”といったような、コードネームは使わないようにしているらしい。そのため、電話に出た時の名前だと莉緒にはわからない。それでも海竜の人間なのだろうな、と思っていると唐突に向こうの声が聞こえてきて、莉緒は驚いて海理を見る。
「スピーカーにするぞ。で、なんだ」
『ああ、すみません。ちょっともうお一方いるので、こっちもいいですか』
柔らかい、女性か男性かわかりづらい声がスピーカーから聞こえてくる。
「好きにすればいいだろ。……用件を言えよ」
淡々と進む会話に、莉緒は自分が聞いていていいのだろうか、と脱力して肩を落とした。
『ええ。……最近やたらと暴れている過激派連中がいますよね。趣味の悪い名前の。そこに、今ここにいらっしゃる方の知り合いが無理矢理所属させられているそうでして。助けてもらいたいと言ってきたんです』
「何故今、俺たちに言うんだ? 近々警察も動くんだろうが」
『だからこそ、なんだよカイリ!』
それまで喋っていた『名波』という人とは違う、低めの男性の声が割り込んできた。
「……ルカ、か? あんたいつ日本に来たんだ」
『少ーし前に移住して来たんだね。日本大好きなんで。……じゃ、なくて! ミラを助けてくれると嬉しい。お願い!』
焦りが滲む声音に、海理はちょっと眉を寄せて問いかけた。
「その、ミラってのは誰なんだ」
『私の友人夫婦の忘れ形見の子! ちょっと強い光を操る異能持ってて、だからミラ、こき使われてるって。私、仕事上助けに行けないし、今この人たちに送ってもらってる最中だし、カイリならと思ったわけで! カイリ日本にいるって言われたし、特定の条件下だとそれなりに強いんだよ、ミラ。うっかり警察動いたらミラ危ない』
「いい年なんだから落ち着け。……警察、ねぇ」
海理にちらりと視線をよこされ、先に食べていた莉緒が「ん?」と顔を上げた。
『なんです? カイリも動けない?』
「いや、まぁ問題はない。ミラってのを回収すればいいんだな?」
『そうそう。できればミラのいられる場所も手配してくれると嬉しいよ!』
「そこまで面倒見られるか。ルカ、代われ。……名波、あれ自体は潰していいな?」
『ちょっと退いてくださいルカさん。邪魔です。……ええ。叩き潰すなり、警察に丸投げするなり、なんでもお好きにどうぞ。元々うちにもちょっかいを出してきて鬱陶しかったですし、ちょうどよかったですね』
それから二言三言、軽く何か打ち合わせた後、海理は電話を切った。切る前にルカと呼ばれていた男性が何か喚いていたような気がするが、あっさりと無視されていた。
「おい、今の」
電話が切れたのを確認して、声を上げた莉緒。
「プラタナカルバ」
海理が短く言った単語に、莉緒はぎくりとする。
その様子を見て、海理は少し口元を上げた。
「な、それ」
「証拠集めはあらかた終わって、だが肝心のアジトの場所を突き止めていない。だったよな」
俺たちはアジトの場所を知っているぞ、と笑いながら言う海理に、莉緒は思わず手に持っていた茶碗を投げつけそうになった。
「何で知ってるんだよっていうかだからなんだ!」
「俺はミラとか言うのを助け出すようにと頼まれた。お前は異捜課で、異捜課はアジトの場所がわからなくて動けない。教えてやるから協力しろ」
「……お前」
「なんだ」
ぷるぷると震える莉緒を不思議そうに見ながら、海理は首をかしげた。
「なんだ、じゃない! なんか麻痺してるけど一応私たち敵対関係じゃないのか!? 違うのか!」
「さぁ、どうだっけな。でも一応利害は一致してるだろ?」
「してる気がするけど! だからなんか腹立つ!」
「理不尽な」
「嫌なら鍋食うな帰れ」
「断る」
涼しい顔で莉緒の怒声を聞き流し、鍋をぱくつく海理を、莉緒は怒りのこもった目で睨みつける。
「本気で帰れよお前」
「嫌だね。それに、そう悪い話でもないだろう。警察の上層部としては対面が保てるし、お前としては一応人助けできるし、俺は頼まれたことをなんとかできる」
「ぐぬぬ……」
「どうだ?」
意地の悪い笑みを口元に浮かべながら見てくる海理に、莉緒は搾り出すように尋ねた。
「……その、ミラって人は」
「ん?」
「どんな、人なんだ?」
「助けるのはいいが、助ける相手がどんなやつかわからんことにはって言いたいのか」
確認するように尋ねてくる海理に、無言で頷く莉緒。
「……直接会ったことがあるわけじゃないからなんとも言えんが、ルカは友人の娘だから、とろくでもないやつを助けろとは言わないやつだ。それは保証する」
「お前一人でできないのか、それ」
「できないとは言わないが。プラタナカルバとやらも潰せて、一石二鳥と思ってな。それに警察だけで動けば、助けられる命は一つもなくなる」
「確かに、捕まってる人たちを助けられればとは思った、けど……」
「何回か堂上と話して知ってるだろう。仲介してやったんだから。警察に任せたらよくて死刑、悪くて実験動物だな。ああ、行くところがあるならともかく、なければ海竜に行けと言ってやってもいいかもしれないな。で、どうする?」
選択肢はないぞ、と言外に聞こえてくるその問いに、莉緒は悔しそうに顔を歪めた。
「……わ、かった」
「何が?」
向かいに座る海理の口元に浮かんだ笑いが莉緒の神経を逆なでる。咄嗟に動きそうになった手を押さえ込みながら、莉緒は少し声量を上げて叩きつけるように言った。
「わかったって言ったんだ。協力するよ。すればいいんだろ!」
箸を握り締めながら半目になっている莉緒をじっと見つめていた海理は、浮かべていた笑みを消して、頷いた。
「じゃあ、これから暫く共闘だな」
「…………ああ」
「ただ、言っておくが警察に完全に委ねるつもりはないから頭に入れとけよ。あいつらがどうなろうと知ったこっちゃないが、全部持っていかれるのも困るんでね」
「それなんだけど、その、そんな都合よくできるものなんだろうか」
いまいち不安そうな莉緒の頬を引っ張りながら、海理は少し考え込んだ。
「痛い痛い」
「本当は警察っていう組織をあんまり持ち込みたくないんだけどな。少人数でやれれば一番いいが……どうしたもんか」
誰か協力してくれそうな人間はいないのかと尋ねられて、今度は莉緒が頬をさすりながら考え込む。
「一人いないこともない、かな……でも」
「感づかれるだろうな。……別件から引き入れるか」
「別件?」
首をかしげる莉緒を放置して、スマホを操作し始めた海理。
暫くしてから、海理は少し眉間にしわを寄せながら言った。
「警察が来る時間と、俺たちが行く時間をずらす。お前、来週で非番の日いつだ?」
「来週? えー……23日かな」
莉緒がスケジュールを確認して言うと、海理はそうかと頷いた。
「ならこっちで適当な騒ぎをでっちあげるから、それの調査に来い。あらかた片付いてから警察を呼ぶことにしよう」
「ああ、なるほど。……そうだ、さっきの協力してくれそうなやつ、一人連れて行ってもかまわないかな? テレパシー持ってるから多少役に立つと思う」
「こっちに文句を言わんやつなら構わない。好きにしろ」
「了解」
二人で鍋を食べ終え、洗い物を済ませた莉緒は、携帯を取り出してアドレス帳から一つの電話番号を選択する。
数秒コール音が鳴り、不意に途切れる。
『はーい、もしもしー。先輩? どうしたんですか?』
「ん。はなって23日暇? 暇ならこないだ約束してた通り、遊びに、行こうと思ったんだけど。ああ、いったん家に来てね」
莉緒がそう切り出すと、はなは少し沈黙して、すぐに嬉しそうな声を上げた。
『本当ですか!? 行きます行きます。暇ですー! いつお邪魔すればいいですか?』
「12時以降ならいつでも。自分で食べたらおいで」
『はいです!』
「じゃ、また仕事場で」
『あ、またです! おやすみなさい!』
その電話をソファに腰掛けながら聞いていた海理は、小さく笑って莉緒に声をかけた。
「俺のことは話さないつもりか?」
「直接会ってからでいいだろ。どうせ時間はあるんだし」
「騒がれたら――」
「わかってる。黙らせるから」
そうは言ったものの、はなの反応を想像するとやや憂鬱になる莉緒であった。
「こっちもそれに合わせて一人呼ぶか」
「え」
スマホをいじっていた海理がふと思いついたように呟く。
「ルカはミラってのと直接連絡を取る手段はないらしいから。互いに連絡ができる状況が欲しいんだよ」
「顔とかさえわかれば、私が呼んだ子がテレパシーで連絡取れるんだけど」
「そうか。ならあいつがいいかな」
「あいつ?」
不思議そうに首をかしげる莉緒に、海理は「明日になればわかるさ」と返すだけで、説明しようとはしなかった。
不満そうな莉緒をスルーして、海理は立ち上がった。スマホをポケットに滑り込ませ、ソファに引っ掛けてあった上着を取って玄関に向かう。
「あ、ちょっと」
慌てて後を追う莉緒を振り返って、海理は少し首をかしげた。
「昼過ぎに来ればいいか?」
「え、あー……そうだな。その辺はその、任せる。そっちのいい時間に来てくれれば」
「わかった。じゃ、また明日、な」
ひらりと手を振って出て行く海理を玄関先で見送りながら、莉緒は「あれ」と声を上げた。
「そういえば今日は仮眠していかなかったな、あいつ。どこで寝るんだろ?」
莉緒は少し首をかしげたが、まぁいいかと踵を返した。
次回新キャラ登場。




