外れ者たちの出会い 2
ここの正確な場所はわからないが、莉緒は先輩を背負ったポロとイーズに案内されて海竜の中へ足を踏み入れた。
「海竜の名前の由来はイーズなんスけど、今はそれよりも形の方が由来みたいに思われてる感じッスねぇ」
「イーズが由来? 形?」
「あー、イーズのほうはノーコメントでお願いするッス。形はーあれだ、この建物、ちょっとドラゴンぽい形してるんスよね。で、海に浮かんでるから海竜、って新しいやつらは思ってると。あ、そういえばなんかアニメとかに登場するみたいな感じとかって言って結構人気? らしいッス」
「へ、へぇ……」
オレも結構好きなんスよーと、ポロにどうでもいいことを交えた豆知識を披露されて若干引く莉緒と、そんな会話が聞こえていないかのように前を歩くイーズ。
通路の突き当たりにあった扉を開けたイーズは、中に全員入ったことを確認すると鍵を閉めた。
「ここなら防音だから話し合いも安心してできるだろう。そいつが起きたら始めようか」
備え付けの机と椅子、ベッドしかない殺風景な部屋を見渡して、ポロは言う。
「うわーなんもない。オレ、イーズの部屋なんて初めて入ったッスよー」
「めったに使わんからな」
ポロがベッドに堂上を寝かせ、その端に自分も座る。イーズは椅子を莉緒の前に置き、自分は壁に寄りかかって目を閉じた。
莉緒はイーズをちらりと見て、椅子に座った。そのままずるずるとベッドに寄って、堂上に手をかざす。
「治癒って便利ッスよねぇ」
感心したようなポロに、莉緒は苦笑して返答する。
「いや、私のはそんな強くないから、あまり役に立たないよ」
「や、オレらみたいな治癒持ってないのからしたら便利ッスよ! ちょっとした怪我なら気にしないですむし」
「そういうものかなぁ」
「そういうもんッス」
二人がのんきに会話していると、ベッドに寝かされていた堂上が身じろぎした。
「……う」
「っ、堂上先輩!」
莉緒が顔を覗き込むと、ゆるゆると目を開いた堂上と視線があった。
「逢坂……?」
「はい。大丈夫ですか先輩。一応能力で応急処置程度にはなってると思うんですけど……」
「ん……なんとか動けるし、問題ないと思う」
体を起こしてあちこち動かしてみながら、堂上は莉緒に言う。
「よ、よかった」
自分の治癒能力があまり高いものではないので不安だったんですけど、という莉緒の頭をぽんぽんと撫でて、ふと堂上は辺りを見回した。
「ところでさ、ここ、どこだい?」
「海竜だ」
首をかしげた堂上に、今まで黙っていたイーズが端的に言う。
「海竜!? ……過激派の?」
「そうだ。あんたを偶然一緒に助けることになったんでな。今後のことを話すのに連れてきた」
堂上が横に視線をやると、莉緒は小さく頷いてイーズのセリフを肯定した。
「警視庁の中ではもう、先輩は行方不明者……いえ、失踪者として処理されてます。上司に抗議しても無駄でした。家も口実をつけて見に行ったんですが……」
「荷物が全部なかった……か?」
「……はい」
うなだれる莉緒の頭をもう一度撫でて、堂上は苦笑した。
「ま、仕方がないわな」
「でも」
莉緒の反論を強い視線で封じて、堂上はイーズに視線を戻して、尋ねた。
「今後のことって言うのは、俺がもう警察に戻れないからこれからどうするか、ってことだよな?」
「ああ」
そこで、にこやかにポロが口を挟んできた。
「ここに来る前にどこかに逃げてもらうか、海竜で預かりましょうかーって話してたんスよ。あ、逃げるならうちは優秀な逃がし屋もいるッスよ!」
「……逃げるとなると名前変えるよなぁ」
「そうッスねぇ」
考え込む堂上を三対の目が見守る。
程なくして、堂上が膝を叩いて「よし」と顔を上げた。
「決めた。暫く海竜で世話になっていいか?」
「お、マジッスか!」
「いいのか?」
「ああ。別人として生きるってのは嫌だしな。つーわけでよろしく頼むぜ、えーと……」
「あ、オレは間宮爽太。"ポロ"ッス!」
「結城海理。"イーズ"だ」
イーズが名乗ると、堂上はぽかんとした後、爆笑した。
「マジかよ。イーズ!? 予想以上に大物だなぁおい!」
腹を抱えて笑う堂上につられて、ポロが笑い出す。
「でしょー、イーズはすごいんッスよ!」
「だなぁ。確か、次々と武器を生み出して多人数相手でも余裕でやりあうって聞いたけどマジか?」
「マジッスよ?」
「やっぱあれ、そういう異能だよな」
「そうッスねぇ……イーズ、テレビ作れないスか?」
堂上が首をかしげると、イーズが無言で手をひらりと振った。
「うおっ」
「わっ」
莉緒と堂上が驚いて肩を揺らす。
一瞬で空中に現れた大きなテレビをイーズは床に下ろすと、ポロに「これでいいか」と聞いた。
「どもッス。えーと、まぁ物質生成の異能というか、無から物質を生成する? 感じッスね。この能力は便利だけど、自分が構造を知ってなきゃいけないから、こういうテレビとかって普通は中身がなくてハリボテがせいぜいなんスよ」
「これはまさか動くとか言わねぇだろうな」
ベッドの端に腰掛けなおした堂上が、床においてあるテレビを恐る恐るつついて尋ねるが、ポロは首をかしげて「電源入れればちゃんとつくッスよ?」さらりと言った。
「マジかよ……」
「電波も拾えばちゃんと番組も見れるッス。海竜のメンバーがあちこちから資料を集めてきてるのもあるし、イーズが物知りだから、力の汎用性がかなり高くなってるらしいッスねー。イーズは頭いいんスよ!」
きらきらとした瞳で力説するポロから少し体を離して、堂上は苦笑する。
「イーズの情報が入ってこないのは道理だな。つーか、そもそも生還するやつが少ないのが何でかわかった」
「で、蛇足ッスけど」
ぴょこんとベッドから降りたポロは、床のテレビをひょいと持ち上げた。
軽々とテレビを指一本で持ち上げるポロを、ぽかんと見上げる堂上と莉緒。
「まぁオレは見たとおり、というか。身体能力向上と重力操作ッス。……っと!」
ぐらりと傾いて落ちたテレビを、ポロの蹴りが粉々に砕く。
「げ」
「うわぁ……」
明らかに引いている二人を見るポロの目がきらきらとしていて、褒めて欲しそうだなーと見ているものに悟らせる。
途端その頭に直撃したイーズの拳で、ポロが叫んだ。
「い、いってぇぇぇぇっ!」
涙目で頭を抑えつつしゃがみこむポロを見下ろして、イーズは冷ややかに言った。
「馬鹿かお前は。砕くなとは言わんが、破片が散る。よそでやれ」
「ごめんなさいぃぃぃ!」
「砕くのはいいのか」
堂上がそう呟くと、隣で莉緒も無言で頷く。
「いたた……海竜って大体こんな感じッスよ?」
「こんな、って」
「オレも初期メンバーってわけじゃないんで、客観的に一言で言わせてもらうと『変人集団』ッス。やることなすこと変なんスよ。過激派だって言われてるのはモットーがおかしいからかもっつーかそもそも過激派っぽくないって言うかー」
たんこぶを撫でながらポロがぐだぐだとそんなことを言い募り、堂上と莉緒は顔を見合わせた。
「なぁイーズ」
「なんだ」
「モットーってなんだ」
端的な質問に、イーズの視線がやや泳ぐ。
「……俺が考えたわけじゃないと一応前置きしておく。『売られた喧嘩は三倍返し』『楽しそうなことを思い切りやれ』『知識の収集と経験することは最優先』……だ」
「三か条……」
「平和なのかそうじゃないのかわからんねぇ……んっとに海竜ってな妙な組織なんだな」
「新しく入ったやつはまず間違いなく、古参メンバーについてけないッス」
ベッドは管を巻くポロに占領され、彼が横に転がるせいで座っていられなくなった堂上が立ち上がる。
「しかしまぁあれだ。過激派っていったら俺ら警察とドンパチやらかすこともあるのに、俺がその一員になるなんて妙なこともあるもんだよなぁ」
「……そうだな」
地味に意気投合したらしい二人。するとポロが、転がるのをやめて突然質問をぶつけた。
「てゆーか、莉緒さんは帰らなくていいんスか?」
「あっ」
部屋の空気がぴしりと固まった。
「よ、夜明けまでに帰れれば……いいかな、って……」
冷や汗をかきながら莉緒が言うと、堂上が少し眉を寄せた。
「徹夜で出勤かよ。大丈夫か?」
「一日くらいなら、なんとか、耐えます」
「いやぁ若いねぇ。仕事終わったらすぐ休めよ?」
「はい」
莉緒が神妙に頷くと、堂上は何かを思い出したらしい。「あ、そうだ」と呟いて、莉緒の顔を真剣な表情で見つめた。
「お前、明日から暫くは大人しくしてろ。何があっても言い返さない、食ってかからない。OK?」
「え、あ、はい」
「何で? 莉緒さん大人しくしてなきゃいけないってどういうことなんスか?」
ベッドから身を起こしたポロが、二人の会話に割り込んで質問してくるのに、堂上は苦笑して答えてやった。
「俺が攫われて殆どすぐに莉緒はこうして行動を起こしちまってる。元々後ろ暗い上層部はこいつを危険視するはずだ。……いや、もうされてるかな? 上司に直訴したって言うし。俺が首突っ込んでた事件にも少し噛んでるからな」
「事件ってまさか」
ポロの顔色が少し悪くなる。
「お前が捕まったことと関係があるな」
「うーわいやっぱりぃ」
再びベッドの上で転げまわるポロをちらりと見て、イーズに堂上は尋ねた。
「こいつとも関係あんのか? つーかどこまで知ってんだよお前ら」
呆れたような視線を受けて、イーズは淡々と返す。
「わかってることはそう多くない、と思うが……それなりに調べてはいるよ。ああ、そうそう。ポロは『実験』を偶然阻止したらしい。本人に覚えはないが。その結果、お前同様に捕まってどこぞで殺して捨てられる寸前まで行ったわけだ。……殺されるだけですめばまだいいけどな」
「うへぇ。そう考えると俺もやばかったんだよな。な、その情報って俺にも教えてもらえんのか?」
「今後海竜にいることになったんだ。そのうち情報も開示されるだろうし待てばいい」
「そうか」
年上二人が納得している様子を見て、ポロが不満げに頬を膨らませる。
「俺には何の覚えもないのにおかしいッスよねー。そして二人で納得しないで欲しいんスけど!」
「さくっと説明してやったろうがよ。これ以上何を言えって?」
「オレの方は無意識だからあれだけど、堂上さんは何でこんなことになったのか気になるんスよ。俺ばっかなんか不幸みたいで嫌だしー」
「お前ね……まぁ簡単に言うと、お前もうっかり不本意ながら首突っ込んだらしい『実験』絡みだよ。前に関わった事件で、どうもおかしい決着が気に食わなくて調べてたら、今回の原因になった事件で、こうだ」
首を切る動作で堂上の説明は締めくくられた。
「こえーなぁ。首切りにしても物騒ッスよねぇ……」
「まったくだ。職を失うくらいならいいが、命までとられちゃ洒落にならん」
「職はいいんスか」
驚いたらしいポロに、堂上はにっと笑って見せる。
「だって生きてるじゃねぇか。生きてるならもっかいなんかしらの方法で食らいつくこともできる。だがな、死んだら何もできんのよ」
「なるほど」
少しは納得したらしいポロを置いて、今度はイーズに問いかけた。
「で、ちょっと話はずれたが莉緒を仕事に間に合うように帰してやらにゃならん。監視がついてる可能性もあるから、目立たないように、だ。何か方法は?」
イーズは少し考え込んで、顎に当てていた手を降ろした。
「一応、手は打ってある」
「ほお?」
「そいつに化けたうちのやつが代わりに帰るようにしてある。実際監視もついていたらしいが、帰って作業して、消灯して寝たように装っていたら暫くしてから消えたそうだ。さっき報告が入った」
「へぇ、いつの間にっていうか手際いいな。いつ指示出したんだ?」
「そいつを連れて行った時点で予想はしていたからな。船に乗り込む前に。……ああ、自転車も回収しておいたそうだ。帰ったらどこか壊れてないか確認して欲しい、と言っていたから忘れずに確認しろ。何かあれば直すなり代わりの物をよこすなりするから」
最後は莉緒に向けて淡々と伝言を伝え、莉緒は無言で頷いた。
「ここからだと結構かかるんじゃないッスか? あの船からもかなり移動したし」
「そうだな……もう出た方が夜が明ける前に着けるだろう。送っていく。来い」
「え、いや何とか自分で帰」
莉緒が遠慮しようとすると、イーズが莉緒の腕を掴んで立たせた。
「お前、ここがどこかわかっているのか? ついでに現在進行形で海の上なんだが移動手段は? 仮にこの二つがどうにかなったとして間に合うのか? そもそもお前がうっかり警察の監視に引っかからない保証は?」
ひやりとした視線に、莉緒は思わず息を呑む。
「す、すまない。前言撤回する。……送ってください」
降参宣言を出した莉緒を部屋の外に出しながら、後ろを振り返って「ポロは自分の部屋へ戻れ。あんたはこれから空き部屋に案内するからそこで寝ろ」と言いすたすたと歩いていってしまった。
「へーい」
ポロは綺麗にベッドを整えてから外に出て「じゃ、オレはもう寝るッスねー」と去っていった。
堂上はイーズの言葉に従って後ろについて歩きながら、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「空き部屋なんてそうあるのか? 結構いるだろここのメンバー」
「新人がそうやたらと入るわけじゃないんだ、空き部屋は普通にあるさ。よっぽどのことがなければ相部屋だしな」
「俺もか?」
「あんたは事情があれだし一人部屋で話は通しておいた」
「いつの間に」
「さっきだ。……ああ、ここだな。時間があるときにでもプレートに名前書いとけ」
手に持っていた鍵で開けると、イーズは中に備え付けられている机を指差して「あそこにあるのがこの部屋の鍵だ。他に開けられるのは俺含め、一部のメンバーが持ってるマスターキーだけだから、なくすなよ」と説明するとすぐに立ち去ろうとした。堂上に呼び止められて振り返ったが、明らかに不機嫌そうに眉が寄せられている。
「なんだ」
「あのな、この鍵、コピーとかは」
「原則禁止だ。つか無理」
「ですよねー。わかった。なくさんように気をつけるよ。……と、そうだ。風呂と朝飯は?」
イーズは小さくため息をつくと、面倒そうに説明しだした。
「風呂は大浴場。さすがにもう終わってるから諦めろ。シャワーなら部屋の中にある。朝飯は一応5時半から食堂が開いてる。好きな時間に食えばいい。迷ったらその辺うろついてるのに聞け」
「時間に突っ込みは入れたらダメか?」
「海竜だから。何か文句が?」
「や、ないです」
堂上が首を横に振ると、イーズはならいい、と言って莉緒を連れて歩き出した。
「……せ、先輩、また今度。おやすみなさい!」
振り返った莉緒がそう言って頭を下げるのに手を振ってやりながら、堂上も莉緒に「おう、またなー。おやすみー」と返してやった。
堂上先輩がなんかツボです。再登場希望。
あとポロはポロなのでまぁあれ。適当で。




