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ある芸術家の下世話な苦悩

作者: 月森

彼は、若くして非常な成功を手にした芸術家であった。

といっても、彼が芸術性において天賦の才を持っていたというわけではない。

小手先の技術はかなりのものだったが、言ってしまえばそれだけの男でしかなかった。


転機が訪れたのは、彼が美大で三年の頃であった。

適当に針金をぐにゃぐにゃにねじってつなぎ合わせ、それに「苦悩」というそれらしい題名をつけて海外の高名な現代芸術コンテストに冗談半分で応募したところ、何と大賞をとってしまったのだ。

これには彼自身びっくり仰天し、ついには現代芸術というものは存外適当であいまいなものなのだと悟るに至った。


それから彼は自身の思う「それっぽいもの」を次々と作り上げたが、その度にそれらの作品は拍手喝采を持って迎えられた。

例えば、絵画の額縁をバラバラに叩き割って張り合わせ、内部に腕を上に伸ばした男性の彫像を置いた「破壊と希求」という作品。これなどは海外の芸術雑誌で盛んに取り上げられるほどの反響ぶりだった。

彼自身は自分の作品が賞賛される理由がさっぱり理解できていなかったが、その状況が続くにつれて、彼の自尊心は肥大し、次第に自意識過剰になっていった。


そしてついに世界でも有数の芸術イベントから、何か新しい彼の作品をイベントのメインに据えたいという依頼が舞い込んできた。

アメリカ政府のかなりのお偉いさんが冒頭でスピーチをするという話からも、その芸術イベントの規模、影響力がうかがい知れる。


ここで成功を収めれば、芸術家としての地位は磐石のものとなる。

彼は奮起した。


彼はひとしきり悩んだ末、青年の彫像を作ろうと決めた。

メインに据えるということだし、サイズが小さいと格好がつかないだろう。

彫像は等身大にすることにした。


期限までそれほど時間が無い。彼は早速作業を開始した。



そして、期限の前日の夜。

世を徹した連日の作業の甲斐あって、頭は朦朧としていたものの彫像はほぼ完成していた。


「どうしたものか……」


唯一完成していないのは、股間の部分であった。

彼はそれぞれのパーツを彫ってから後で組み合わせるという方法で彫像を作っていたが、股間の部分だけがぽっかりと空いたままだったのだ。


彼は朦朧とする頭で考えた。

彫刻というものは大抵の場合、芸術家の身体観を直接あらわにしてしまう。

どうしたって自身の身体をある程度の基準、見本として彫ることになるわけだから、それも当然の話だ。

同年代で性別も同じ彫刻を彫るともなれば、それはなおさらのこと。

ということはこの彫像の男性器は、見る人からすれば彼自身の男性器と同じ程度のサイズと判断される事になる。


彼の男性器のサイズは、日本人平均を多少下回っていた。

彼が高校生の頃にネット上で調べ上げた平均値を元にして、股間に三角定規をぐいぐい押し当てて計った結果判明した事実だ。


もし馬鹿正直に自身のブツを参考に作ってしまえば、全世界的に粗チンを公表する羽目になる。

それだけは絶対に避けなければならない。

彼はそう考え、自身のブツよりも少し大きい男性器を彫った。


これで完成かと一息ついた矢先、ふと彼はあることを考えた。

彼は童貞で、女と付き合ったことが無かった。

芸術家としての成功を餌にひっかけるというのも十分可能だったが、彼は生まれつき人見知りする体質で、自身から女を誘うということが出来なかったのだ。


女だって、小さい男よりは大きい男の方が好ましいだろう。

彫像を見て彼を巨大な男性器の持ち主と勘違いし、「抱いて」と言い寄ってくる女性がいないとも限らない。

彼はほくそ笑みながら、改めて男性器をさらに大きく彫りなおした。


「待てよ……」

彫り終わったところで、彼は再びあることに気がついた。

イベントの開催地はアメリカである。白人というものは、日本人よりもはるか巨大なブツを持っている。

彼らの粗チンと日本人の粗チンはその基準からして大きく違うはずだ。

となると、彼らを意識したサイズにする必要があるだろう。

彼は男性器をさらに大きく彫りなおした。


「いや……」

良く考えれば、スピーチをするアメリカのお偉いさんは黒人だった。

黒人は白人よりさらにデカいブツを持っていると聞く。黒人からすれば、これでも小さいのではないか。

お偉いさんがスピーチの中で、彼の彫刻の粗チンぶりをウィットに富んだジョークとして話題に交えたりする可能性も否定できない。

そうなれば、全員が「粗チン」という色眼鏡で彼の彫刻を見る事態に陥る。

彼は慌てて、男性器をさらに大きく彫りなおした。


「良く考えたら……」

他の彫刻家だって、同じ事を考えるはずだ。

とすると、相対的に彼の彫像の男性器は小さく見えてしまうかもしれない。

彼は、男性器をさらに大きく彫りなおした。


「いやいや……」

遠近法を考慮に入れなければ。

彼はさらに大きく彫りなおした。


「こういう可能性も……」

彼はさらに大きく彫りなおした。


彼はさらに大きく彫りなおした。

彼はさらに大きく彫りなおした。

彼はさらに大きく彫りなおした。

………

……



彼は、床に倒れた状態で目を覚ました。

どうやらベッドに移動する気力もなく、気絶するように眠ってしまったようだ。

しかし、夕べの記憶が無い。作品はどうなったのか。彼は必死に記憶を探った。


彼はついに、自分がとんでもない作品を作り上げてしまったことを思い出した。

一気に顔面に血が昇る。

眠くて意識が朦朧としていたとはいえ、あんな代物を作ってしまったとは、自分でも信じ難い。

あれを公開すれば、彼のキャリアは完全におしまいだ。

慌てて周囲を見渡したが、どこにも彫像の姿は無い。

額に汗を浮かべ、彼は寝る前のことを思い出そうとした。


「あ……」

明け方、眠気でほとんど意識の無い状態のまま、作品を引き取りにきた団体の人を彫像の元へ案内する。

彼の記憶にたち現れてきたのは、そんな自分の姿だった。


「もう、もうお終いだ……」

絶望にむせびなく若き芸術家。

自意識とプライドの肥大しきった彼に、もはや選択肢は残されていなかった。

全てを終わりにするという方法以外には。


彼はふらつく足を抑え、丈夫なロープを買いに外へ出かけた。




◇◇◇◇


巨大で煌びやかな会場。

光に照らされた立派な壇上で、これまた立派な正装に身を包んだ黒人が、マイクを前に背筋を伸ばして立っていた。

男は、おもむろにスピーチをはじめる。


「さて、それではついに、今回のイベントのメインとなる作品の紹介です。これは「苦悩」で鮮烈なデビューを飾り、「破壊と希求」などが代表作である将来を嘱望された芸術家の、真に残念ながら遺作となる彫像であります。先に高名な芸術家の方々に作品を見て頂いたところ、『若者の性への衝動と葛藤を斬新かつ清新な手法で見事に描ききっている怪作。見事と言うほかない』、『性と欲望という難解なテーマを極めて繊細に料理した上で、この作品は新自由主義、ひいてはポスト構造主義へのアンチテーゼという辛辣なメッセージとしても読み解ける。恐ろしいまでの深みを内在した、歴史に残る、いや、残らざるを得ない世紀の名作』などなど、絶賛のコメントを多数頂きました。

私自身は恥ずかしながら芸術への造詣が深いほうではないのですが、この作品を初めて見せていただいたときばかりは私の根源的な何かが反応してしまったのでしょうか、どうにも涙が止まりませんでした。

その破壊的な才覚と、芸術に対してのあまりに深すぎる理解ゆえ、死を選ばざるを得なかった非業の芸術家。

彼の名は、間違いなく歴史に深く深く刻みこまれることになるでしょう」



スピーチが終わると共に、彫刻にかけられたヴェールが剥がされ、ライトが当てられた。

途端、割れんばかりの拍手が会場に広がっていく。


そこにでかでかと飾られていたのは、男性器が身体全体の半分以上を占めている青年の彫刻だった。






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