その5 日常 at 副業 ~あるいは幹部たちの残念な日常~
カウンターに立ち、洗い終わったカップを布巾で拭う。
やはり、食器に限らずとも汚れたものが綺麗になるのは気分がいい。
今日は、イブゾークの定休日。
とはいえ、ぶっちゃけた話ウチは悪の組織。定休日なんて有名無実化していて、アジトに出向く事自体、週に2日あれば良い方だ。
それより、今は開店前の掃除のほうが重要。お客様にヨゴレなど見せたくないので、毎朝早くに起きて徹底的に掃除するのが習慣化してしまった。
悪の組織の人間が言うのもどうかとは思うが、今日も今日とて平和な一日が始まりそうだ。
「ツモ!立直一発メンゼンツモ三色同順のドラ爆で、数え役満だ。」
「うわズリぃ!運気操作しやがっただろテメェ!」
「とか言いつつ、他がノーテンだというのに貴方だけテンパイしてる当たり怪しいですが。」
「コイツは完全にデジタル打ちだからな。」
「そんなオカルトありえません。……なんてね?」
「目の前にオカルトの権化が居るってぇのにそれ言う?」
「『バレなきゃあイカサマじゃあねえんだぜ』……至言だなこりゃ。」
「やっとるんかい。」
……幹部連中が地下室で徹マンしている以外は。
やっぱり友人の頼みで全自動卓を引き取ったのがいけなかったんだろうか?
休日前にはほぼ必ず押し掛けるようになり、今では雀荘じみて来た気がする。
大学時代に青天井・点10円の賭け麻雀に呼ばれて以来打ってないな、そういえば。
「『お前が打ったらクソゲーになる』とか言ってましたね、先輩方。」
懐かしい思い出だ。脱衣麻雀をしようと提案してきた先輩方に三人がかりでカモられそうになって、逆にモノの数分で身ぐるみ剥いだっけ。
だがまあ、そろそろ開店時間も近いことだ。お引取り願いましょうか。
キッチン裏の階段から、下の階へ降りていく。
今回のメンツはガウルン様・ライノール様・キリク様・ロウル・総帥閣下の五人。
顔が見える連中はアルコールが入っているせいか顔が赤い。
サラリと交ざっている総帥閣下についてはノーコメントで。もう慣れました。
「失礼します。そろそろ開店時間なので、切り上げていただきたいのですが?」
「おお、スオウか!いいところに来た。」
アルコールのせいか、総帥閣下が陽気です。この流れだと当然……
「点1000円で打ってみないか?」
……こうなるよなぁ、やっぱり。
「どうせ拒否しても命令するつもりでしょう?東風戦だけならお付き合いいたします。」
――――以下音声のみ
「今日は何時から打ってたんですか?」
「1時からだな。書類が多すぎてライノールが遅れた。あ、それポン。」
「……押し付けたのは誰ですかッ……!」
「さて何処の誰だか。」
「それだけで誰が押し付けたのかわかりました。仕事して下さいガウルン様。……っと、カン。」
「ほう、運が良かったか。」
「もう一回、カン」
「……あら?」
「今日は調子がいいみたいです。またカン。」
「三槓子三暗刻?!」
「ダメ押しのカン。」
「嘘だろ……。三倍役満なんて見たことねぇよ。」
「ご無礼。四暗刻四槓子大四喜字一色。ローカル役はどうしましょう?」
「……無しの方向で。」
「では四倍役満、親のツモアガリなので64000オール。全員飛びですね?」
全員背中が煤けているのは気のせいではないはず。総帥閣下に至っては漆黒の甲冑が灰の如くに真っ白に。
これがクソゲーになると言われた最大の理由。最低でも数え役満でしか上がらないという謎の豪運に起因する。
アリアリのハコ下ローカル役アリで青天井賭け麻雀をして、7連天和からの四暗刻単騎四槓子大四喜字一色で八連荘という七倍役満に色々乗って、成金趣味から尻の毛まで毟り取った経験あり。爽快でした。
それに関しては今も反省してません。以後呼ばれませんでしたが。
「鬼や……鬼がおる……ッ!」
「お金を趣味に割けないもので。臨時収入は毟り取らないといけません。取り敢えずそろそろ開店時間なので、賭け金置いてとっとと帰るかウチで朝飯食って帰ってください。」
「……後でお前の口座に振り込んでおく。だからお願い、ちょっと一人にさせてくれ……」
「総帥、そんな事言わずに帰って呑みましょう?一人じゃ心が折れそうで……」
「ああ、ドラが……夢のドラ一色が……」
なんかよくわからない役を作り出そうとしているガウルン様を尻目に、地下室の扉を閉める。
……さて、先ほどまでの爛れた煩悩には蓋をして、さっさと仕事を始めますか。
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基本的に、ウチは朝8時に開店する。
そんな時間から営業するので、モーニングセットも勿論メニューに入ってある。
人気メニューはやっぱりオーソドックスなトースト系。次いでサンドイッチやサラダが入る。
この街には下宿生が多いので、収入源としては中々のもの。
時折、遅刻確定の中高生が入ってくることもあるが、その時はカフェオレを出して学校に連絡。生活指導でこってり絞られているそうだが、どうも減らない。
……やっぱりカフェオレのせいか?
朝のピークが一段落したので、バイト組(オペレーター陣)を交代で休ませる。
こういう少し空いた時間でなければ、趣味に手を出すことも出来ない。コンロ下の収納から、焙煎器を取り出す。
この店自体が、自分の趣味が高じた物。なら、趣味もそれに準じた物である。
つまりはコーヒー。自分好みの一杯を追求するため、今もなお研究中だ。
今のところトップなのは、直火焙煎シナモンロースト粗挽き銀皮・微粉なしの松屋式ドリップ。豆のブレンドは時間的余裕が無いので、割と前から止まったままだ。
コピ・ルアックにも手を出してみたいが、如何せん高い。一度くらい飲んでみたいが、躊躇している。
……それにアレだ。アレのアレから取れるわけだから、一方的ではあるけれどもちょっと気まずくなる。誰と、とは言わないが。
管理職陣は深煎りが好みのようだ。一般的なシティローストよりもフルシティローストやフレンチローストが人気なのは、主に眠気覚ましが目的なのだろう。
浅煎り系は消費が穏やかなのだが、組織外の常連が指定してくることもあるので、飲みたいと思った時に豆が足りないなんてこともしばしば。
あと、炭火焙煎もやってみたい。
……などと、ささやかな煩悩を垂れ流していたら、ミディアムローストになる所だった。まあ、これはこれで美味しいのだからいいか。
その後、無事にシナモンローストは完成。粗熱はとったから、あとは完全に冷めるまで放置だ。
時間も開いたので、知り合いのパン屋に、パン類の発注をしておく。カツサンドを含め、少し腹に重めのサンド類に使うパンは、他と比べて少し大きめだ。無論、バーガー類も。
なんだかんだで、個人営業の店は往々にしてイブゾークの関係者が多かったりする。基本的にうちの仕入れは、コーヒー豆以外は全部関係者の経営する店からだ。
元々は、まだ組織が小規模だった頃のアジトの偽装方法だったらしい。だが、組織が大型化するにつれて、平時における構成員の処遇が問題になった。悩んだ末に、このの解決方法となったらしい。
まあ、割とどうでもいい話である。
ふと時計を見ると、そろそろ以前から約束していた友人が来る時間だ。コーヒーの準備でもしようかと思っていた所に、真鍮製のドアベルの澄んだ音が響く。
「いらっしゃいませ。……時間丁度だな、礼二。」
「スオウ、俺は前から時間には厳しい方だ。その話題は今更だろう。」
「全くだな。注文は?」
「チーズスコーンとシティローストのブラック。」
流れるように会話を応酬する。こいつは金森 礼二。もげろと思うほどにイケメン。こいつは十年来の親友であり、組織外の人間の中では数少ない、気の置けない人物でもある。
……まあ、お互いに重大な秘密を抱えている事に、後ろめたさを感じないわけではないが。でも、それはお互い様だろう。
こちらは一方的に知っていて、礼二は何も知らない。ただ、それだけなのだ。
「いきなり連絡してくるから何事かと思ったよ。忙しいんだろ?仕事。」
「それはそうさ。相手は年中無休な上に、場所も場合も考えちゃくれねぇ。言うなれば、災害だからな。
同業者が居なけりゃ、今頃過労死だな。そうでなくても命懸けだが。」
「そういう冗談はやめてくれ。さすがに不謹慎だろう。」
「だな。無論、そうなるつもりは欠片もない。」
彼は軽く愚痴り、肩を竦ませる。
彼が話している内にコーヒー豆を挽き、ドリッパーにセット。豆を蒸らしている間に、スコーンを軽く温める。
彼の言動から分かる通り、彼は命の危険がある仕事に就いている。
昔から正義感と自己犠牲が他人より強い傾向があったので、納得できなくはない。
……とはいえ、喧嘩の仲裁に割り込んで、二人の拳に挟まれるなんていう珍事を巻き起こした時は、どう反応すれば良いのか迷った。
気道を確保して腕拉ぎ十字固めをかけそうになったのは覚えているが、後から落ち着いて考えるまでもなくテンパっていたんだろう。
「調子は……悪くは無さそうだな。」
「確認も取らずに断定すんな。まあ、外れては無い。
それより、大丈夫なのか?」
「何がだ?」
「今は俺一人しか居ねぇが、ソッチは客商売だろう。俺一人に付きっ切りでいいのかと聞いている。」
「ああ、それなら別に構わんさ。常連に賭け麻雀一局付き合わさせられたんで、巻き上げた。今頃、自棄酒でも煽ってるんじゃないか?」
「因みに、何で和了った?」
「六倍役満の所をローカル役なしになった。」
「OK、自重しろ。」
傍から見ればぶっ飛んだ会話だが、これが俺たちの日常会話。
正確には、周りがぶっ飛んでいるのだが。どうも奇人・変人が寄り易い、所謂「誘蛾灯気質」という奴だ。
雑談している間に、淹れたコーヒーをそっと渡す。ハリオ式で淹れたコーヒーが好みなのは、大学時代から知っている。
雑談に興じている所に、不意にドアベルが鳴る。
黒と灰の中間よりもう一歩ほど灰に近い色合いの髪色。刃物のような印象を与えつつも、優しさを感じさせる若々しい顔付き。
シェンク様の人間態である。
「いらっしゃいませ。虎徹さん、また龍堅さんにパシられましたか?」
「うるせぇ。元はと言えばお前が原因だっつの。」
「はいはい、酔い覚ましのコーヒーですね。」
「応。いつも通り魔法瓶で頼む。」
シェンク様は、忌々しげなようでその実呆れの色が濃い表情をしながら魔法瓶を差し出す。
一般的な魔法瓶ではなく、文字通りの「魔法」瓶。周囲の自然魔力を少しだけ集め、決して劣化しないようにする術式が刻まれた便利アイテム。外見だけなら、何処ぞのデザイナーが手掛けた無駄にスタイリッシュなポットだ。
酸化すると味が落ちるので、こういう時には大変重宝する。
「スオウ、この人は?」
ポットを受け取ると、タイミングを見計らっていたように礼二が尋ねてくる。
やはりというか、友人の知り合いで常連ともなれば気になるか。
個人的には余り会わせたくは無かったのだが、まあ会ってしまったのは仕方が無い。
親しくなりすぎれば双方の本業に支障が出かねないが、そこまで行かなければ問題はないだろう。
「うちの常連の一人で、榊原 虎徹さん。近所で家事手伝いをしていらっしゃる。」
「やってる事は雑役女中の方が近いが。うちのお嬢、料理家事その他諸々が壊滅的でな?」
シェンク様は苦笑いしながらそう切り返す。因みに、お嬢とはフレス様の事を指す。
その家事の腕前は、洗濯物の量に関係なく洗剤付属の計量スプーン山盛り一杯なんてものは序の口。アイロンをかければアイロン台ごと焦がし、唯一出来る事といえば掃除機掛けのみというレベル。
料理に至っては焼く以外の調理法を使わない上に、生々焼けか黒焦げかの二択。外は黒焦げで中は生の時も偶にあるらしい。
そう説明しつつも、コーヒーを淹れる手は止めない。ちなみに、量が多いのでサイフォン式である。
そう説明したらしたら案の定……
「うわぁ……」
こういう反応が礼二から返ってきた。
「因みにさっき名前が出た龍堅さんっていうのは、虎徹さんの主人のお師匠さん。確か考古学者で、門美郷って言った方が有名かな?」
「ああ。専門は中・近世の呪いだとか、そういうオカルティックな文化についてだな。どうしてかは判らんが、それなりに需要があるらしい。」
「……えらく限定されてません?」
「マニアックと言っても構わないぞ。本人が一番良く解ってるから。」
「正味、お嬢のヒモだからな。」
「歳の差を考えると、ヒモって言うより親孝行レベルですね。虎徹さん、不名誉な物言いは控えるように言われては筈ですが?」
苦笑するシェンク様に、諌める形で返す。
このあたりは勿論のことカバーストーリーであり、人前ではこの設定に従うように演技しているのだ。大体はフレス様の使用人扱いではあるが。
つまりは『榊原 虎徹はフランシス・V・レースベルク(フレス様の本名らしい)に仕える家事手伝いで、門美郷 龍堅(ガウルン様)というダメ人間疑惑のある師匠を養っている』という設定である。
今更ながら、ガウルン様は自虐が過ぎると思わないでもない。
その後、コーヒーを淹れ終わるまで他愛のない雑談をした後、シェンク様はフレス様の邸宅に戻られた。
まあぶっちゃけた話をすれば、つまりはアジトの正面玄関だったりする。「アジトが洋館なのは定石。あからさまに妖しい洋館ってロマンあるだろう?」とは総帥の談。何処からツッコめば良いのかわからない。
きっと残りの幹部陣に絡まれるんだろうなぁ、などと想像はするものの同情はしないでおく。
結局、礼二はランチタイムの忙しくなる時間帯に入る前に帰った。まあ、久し振りに会ったのでランチを奢りはしたが。
ランチタイムは、端的に言えば所謂「修羅場」だ。
個人経営の小さな喫茶店だとはいえ、常連はそれなりに居るし、ソレ以外でも客は入る。
書き入れ時であり、手を抜いたりは出来ない。サービスの低下は客離れに直結するのだ。
なので……
「ホラッ、3番のカツサンド遅れてるぞ!」
「ケチャップ何処!?持ってったら戻せって言われてるでしょ!」
「卵が残り少ない!誰か冷蔵庫から出しといて!」
こんな感じで裏方が一番騒がしくなる。昼・朝・夜・3時頃の順で混むので、バイト(と言う名の身内)を多めに動員して備えている。
一番人気はオムライスだが、半熟オムライスは邪道だと思う。
人気メニューは、オムライスを筆頭にカレー・ピザトースト・ケーキと続く。
因みに裏方で働いているのも、それを纏めているのもオペ子さんだ。纏め役の方は従業員扱い。既婚者だそうだ。
「ああ、カツサンドのカツとビーフパティは1つ分残しといて下さい。武見さんからテイクアウトの注文が入ってます。一時過ぎに取りに来る予定なんで。」
テイクアウトの注文は忘れずに伝えておく。武見さん……まあぶっちゃけライノール様の偽名なんですが、予想以上に立ち直りが早い。
一応、フレス様の屋敷(と言う名のアジト正面玄関)の執事という扱いだ。
「ええっと、レースベルクさんの所からですか?」
「はい。カツサンドとハンバーガー、あとBLTサンドとサラダサンドですね。」
彼女は注文の予約を素早くメモする。メモ帳とペンを取り出す動作が一切見えなかった事に感嘆した。
淀みなく表での名前を出せる辺り、シッカリと基礎が叩き込まれている事を感じさせる。
恐らくは総帥閣下がサラダサンド、ライノール様がBLT、カツサンドがガウルン様でハンバーガーがロウルだろう。フレス様はきっと実験室に篭っているはず。
「カツサンドはいつも通りに辛子抜き。ハンバーガーはピクルス抜きでケチャップ多め胡椒少なめでお願いします。」
「……はい、わかりました。カツ・サラダ・BLT・ハンバーガーそれぞれ一人前分確保!予約分だから間違って使わないように!」
「「「「「了解!!!」」」」」
よく通る声で的確に指示を出す。ただ、その返答に対して思わず「何処の軍隊だ」と突っ込みそうになったが、多分誰でもそうなると思う。
……考えようによっては、ウチも軍隊みたいなものか。
ふとカウンターから席を見回してみると、チラホラと幹部候補や人化した怪人たちが見て取れた。
ロウルに関しては何も言わない。近くで某・虎の球団の試合だからって黄色と黒のストライプに身を包んでいるロウルなんて目に入っていない。視界には断じて入っていない。
「……ウチって、虎派はどれぐらい居るんだろうか?」
「野球派が3割。内、虎派3のG派2。残りはバラバラね。因みに野球以外の連中は5割サッカーで、残りは殆どがギャンブれる馬・チャリ・ボートね。」
「本格的なダメ人間が多いんですね。」
「大体素寒貧になってるらしいわ。倍率一番高いヤツに給料全額なんてアホが殆どよ。」
「さすがは脳筋。」
ふとつぶやけば、目の前から予想外の人物の返答が。
人形の如くに整った顔立ちにブルネット。肌は宛ら白磁のように透き通った白であり、ビスクドールが成長してリアルな人間に成ったかのようだ。
彼女はフレス様宅のハウスメイドの一人。名をシャーロット・スタイナーと言う。今は個人的な外出ということもあり白のブラウスに紺のロングスカートだが、普段は由緒正しいブリティッシュメイド姿。メイド喫茶否定派だそうな。
普段は経理担当で、たとえ相手が主であろうとも問答も容赦も無く正論で切って捨てる、通称「鬼人形様」。
フレス様と共に組織に入ったと聞いているが、年齢は聞けない。魔術の嗜みがあるらしく、相手を人形にする呪いなんかは一部で有名なんだそうな。……つまりはそういう事である。
「所で、仕事はどうしたんですか?レースベルクさんが研究室に篭りっぱなしなのは、容易に想像できますけれども。」
「個人の部屋以外は配下に任せてあるわ。ウチの何某どもが軒並み鬱ってるせいでその辺りは放置。」
「ああ、ソレは悪いことをしました。」
「謝罪の色が見えないわね。……お灸を据えてくれたのは有難いけれど、もう少し節度っていうものを守ってほしいわ。」
お陰で昼の準備が出来なかったから、と苦笑いしながら返される。
ついでに頼めばよかったのではと聞き返せば、上司にそういうのをさせる訳にはいかないからと言われた。
雑談も早々に切り上げ、お互いに仕事に戻る。
とは言っても、もともと規模はそこまで大きくないこともあり、外で行列ができるなんてことはない。
精々正午過ぎを目処に起きる昼食ラッシュで死にそうになるぐらいだ。もうすぐで2時になるし、しばらくしたら客足も疎らになってくる。
シェンク様の予約は無事にお渡し出来たし、後はソコソコ暇なのだ。食器を磨き終わったら、本でも読もう。
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昼過ぎから夜に掛けての営業でも、やることは左程変わらないので割愛しよう。
聞いた所によると、賭け麻雀組はやっぱり立ち直るまでに後一晩必要らしい。だったら賭けるなと言いたいが、魔力に取り憑かれた連中にソレを言うのは野暮だろう。
キリク様が、店の前でストリートファイトしそうになった連中を二人纏めて当て身投げからのブースト追撃30連コンボで伸したぐらいしか事件は無かった。ヒット位置が軒並み「男の尊厳に関わるアソコ」だったように見えたのはきっと気のせいだと思う。
そんなこんなで閉店準備。掛け札をCLOSEにして、まずは机の水拭きから。
掃除の基本は「上から下へ」だ。ホコリやゴミを少しずつ落として、最後に床掃除で一箇所に集める。コレが基本。
営業中でもこまめに掃除はしているが、落ちたポテトやらキャベツの破片やらが少なからずあるもの。一晩置いてしまえばどうなるかわからない。
それに、汚れが酷いほど燃える質なので、寧ろ掃除は望む所。
掃除が終われば、売上をチェックして、お釣りの分をレジスターに補充して金庫に移す。
生ゴミ類の廃棄は一番最後。もちろん、理由は衛生上の問題からだ。
組織の仕事との兼ね合いが時折問題視されるが、いつ銀行に行っているのかと言う疑問を抱くものは多いだろう。
……まさか銀行と提携しているなどとは、誰も夢にも思うまい。
普通にアジトに銀行窓口があったり、ATMが鎮座していたりする光景は中々にシュールだ。
これが我が城、喫茶「アゼリア」のちょとばかり非日常的な日常である。
次回より第二章 裏での活動が本格的になります