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運命傀儡  作者: 淀靖 織戸
第一章
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「......久しぶりの晴天に恵まれた西日本は心地好い空気に包まれており、行楽日和となってくれるでしょう」

 液晶テレビの向こう側から、晴天となる西日本を祝福する声が漏れ聞こえて来る。アナウンサーの声音も心なしか高低さが激しく、喜びに満ちているかのよう。

 もちろん喜ばしいのは海灯も例外ではない。

 残念ながら、と心持ちトーンを下げた声で付け加えるように東日本全域は今日も太陽を覗くことは叶わないでしょうと伝えるアナウンサー。

 3LDKの狭苦しい部屋ではどこにいてもテレビの音は聞こえるものだ。良い悪いは別にして、こういった時に便利であることは間違いない。

 ピクニックの準備に勤しむ海灯は忙しなくキッチンを動き回っていた。

「......あちゃ。マヨネーズ切らしてるよ。ま、生でも美味しいから問題ないだろ」

 テレビから漏れる声音をついでに拾いながらも、ピクニックには必須と言っても良いだろう弁当をキッチンで作る。とは言っても特別に手間を掛けたり、豪華な食材を使用しているわけでもない。

 卵焼きに、唐揚げ、ポテトサラダ、ミニトマト、ブロッコリー、肉じゃが。それぞれが二人分の盛り付け。仕上げにご飯の上に梅干しを二つ。灯歌が最近梅干しを食べていないと愚痴をこぼしていたことを海灯は覚えていた。

 基本的なレパートリーで埋め尽くされた弁当箱の中身。二人分の食べる量としては充分であろう。

 彩りを気にしながら手際よく盛り付けをする海灯。作業をしながらも、緩む頬は幸せそのものだった。

「レジャーシートはよしっ! 水筒はよしっ! 折り畳み傘もよしっ!」

 折り畳み傘は緊急時の雨天と灯歌の日焼けを防ぐために使うことになる。前者は確率的には無きにしも有らずであるため、神様のご機嫌次第といったところか。

「......後は」

 自分でハンカチに包んだ弁当箱を軽く持ち上げる。

「......弁当箱よしっ!」

 弁当箱の中身がバラバラにならないよう、水平に置いて、リュックサックのジッパーを閉める。

 それを背負って準備は万端。気分が高陽してついつい独り言をしてしまう。

「本当に久しぶりですね。日本が晴れるというのは」

「ええ、そうですね。ここ最近はほとんどは雷雨ばかりでしたから、お日様のお顔を垣間見る幸せは言葉に出来ません」

 さすがに太陽を拝むことが出来ない日々が継続するのは稀な現象だ。確かに雷を頻繁に落とすようになっている日本ではあるが、太陽に照らされることを許されない日々は様々な異常気象を金魚の糞のように寄せつけてしまっていた。

 農家の方々への損害はこれだけでも絶大なものだったとテレビは声高々に叫んでいる。だからこそなのか、今日の日本晴れとなってくれた現状は殊更に嬉しいことなのだろう。

 未だに画面の向こう側から日本の晴天を喜び合う天気予報士とアナウンサー。それを確認しながら海灯はチャンネルを操作してテレビの電源を消した。

 今日は灯歌の誕生日。そして、晴天。

 日本は灯歌の生まれたこの日を盛大に祝福してくれている。

 自家用車のキーをテーブルの上に忘れたことを思いだし、キーホルダーに自家用車、自転車、自宅、その他諸々の鍵が合計六つが束ねられたものを手にとる。

 これらが押し合いへしあい踊り、甲高くひしめき合う。

 軽く洗面台で自分の容姿を鏡に写す。

 タンポポの綿毛のような白い二重織りガーゼ生地の長袖シャツに普通のライトブルーのジーパン。重ね着した真っ黒いトレンチコート。

 目つきは悪くはないが、目尻が少し垂れているためアホっぽい。さらに、柔らかいへの字を描いている眉は男のフェロモンを大きく削げ落としていた。そして頬骨が少々角張っており、顔は異様に縦へと長い。いわゆる馬面と言うやつだ。

 全体的に貧相な顔立ちではあるものの、特に上にも下にも目立つ面ではない。ようするに平均点のお顔だと自分は判断している。慣れ親しんだこの面も見ようによっては恰好良いと思ってくれる人が、世の中に一人ぐらいはいるのかもしれないとプラス思考で考えるようにしている。

 有り難いことに身長は両親の血筋を受け継いで恵まれたため、180センチメートルと平均的な男性の身長を超えてくれたのは男としては誇っても良い。

 くせっ毛の寝癖が相変わらず酷いため、オールバックにしてごまかすことにする。身嗜みを人並みには気にかけながら、顔を洗って洗面所から玄関へ。

「......携帯電話は持ってるな」

 黒一色に染まったトレンチコートのポケットを探り、携帯電話が確かにあることを確認する。

 玄関に向かいながら携帯電話を操り、灯歌に連絡のメールを送信しておく。

 内容は後30分程でそちらに行く、という内容だ。

 携帯電話を操作しながら、焦げ茶色をした牛革の靴を履く。人肌に馴染んできたと同時に所々傷みが生じて、革としての風合いが出てきているそれは履き心地も良好でお気に入りの靴となっている。

 再度忘れ物がないかを頭の中で確認しながら、玄関のドアを開ける。

 外は見事な晴れ模様。雲は互いに距離をとり、欝すら存在しているだけ。鉄格子から覗く先に見える町並みには太陽に温められ、湿る水を乱反射させて輝いて見えてくる。

 何日ぶりの晴天だろうか。少なくとも一週間は雲の切れ目が生じることはなかったのではなかろうか。

 そんなことを考えながら、カンカンとテンポよく赤錆に覆われた階段を降りていく。アパートの裏手に併設されている駐車場に真っ白い小型車を停めてある。ポケットから取り出した鍵から迷いなく六つの鍵から一つを差し込む。

 車の中へと滑り込みながら、助手席にリュックサックを弁当箱に配慮しながらゆっくりと置いて、自身もシートベルトで上半身を固定する。

 エンジンを駆けて、海灯が暮らすアパートの敷地内を出ていく自家用車。

 携帯電話のラジオをドキュメンタリー番組に合わせて、傍らに置いて準備万端。

 そこから漏れるドキュメンタリー番組は日本の情勢を熱く語っていた。

 不況や少子化、高齢化、株価の暴落、多発する殺人事件。気持ち良くない事実を垂れ流していくラジオ。これらの事実を時折電波のノイズを挟みながら延々と繰り返し論議していた。

 海灯は今から灯歌とピクニックに出掛ける約束を交しているというのに、初っ端からこんなことで気分を滅入らせてしまうのはよろしくない。

 放送局を変更するために、操作を試みようとしたその時であった。

「......雷が多発している日本。全てはここから初まったのです。現在の日本は怯えながらの生活が当たり前となってきました。こういった原因の元も......」

 海灯は気象予報士が掲げる話題に興味をひかれる。いつもならそんな話題に飛びつくこともなかったであろう。しかし、海灯の周囲は青い空が無限に広がり、手を伸ばせば太陽を掴めてしまいそうだ。

 そんな幸福が心に余裕を生み出して、好奇心を湧かせたのだろうか。

 伸ばしかけた手を再びハンドルに添えなおす。

 たまには、真剣に悩んでみるのも自分のためになるのかもしれないな......。

 ハンドルを操りながら、携帯電話から訴えてくる沈痛な語りに自然と耳を傾けてしまう海灯だった。

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