君のために出来ること(そのやり方には疑問あり)
「……何、その格好は……?」
私、大神マイラはベッドに寝込んだまま、ジト目で突っ込みを入れた。
もし、私が風邪を引いて寝込んでいる状態でなければ、激しい突っ込みを入れられただろう。しかしながら、今の私は三十九度を越す高熱にうなされている状態で、とても起き上がれる気力はなかった。
「わからないか? お医者様だ」
私の彼氏、穂村慎は何故か医者の姿で見舞いに来た。白衣だけではなく丸眼鏡と聴診器まで装備している辺り、小道具にも凝っているようだった。……まぁ、結構似合ってるかな? うん、白衣ってイイよね?
彼氏である慎が見舞いに来てくれるのは私も純粋に嬉しかった。しかし、チンピラ風味の彼がまさかコスプレしてお見舞いに来てくれるなんて完全に予想外だったので、私は戸惑いを隠せなかった。
「そんなこと、見ればわかるわよ! 私が聞きたいのは、どうして慎がそんな格好をしているかってことよ! ……うぅ、また頭が痛くなったよぉ……」
思わず自分の体調も忘れて大声で突っ込みを入れてしまった。熱も三十九度もあると、叫ぶことも辛かった。
「大丈夫か? よし、隅々まで診察してやろう!」
「近付くな、スケベ!」
「うごぉッ!?」
布団から右足を突き出して、慎の顔面を蹴り飛ばした。
全く、このスケベは……。人が弱っている隙を狙うなんて。
「冗談もほどほどにしないと殴るわよ」
「蹴ってから言うな! っていうか、元気有り余ってるな!」
「あんたのせいでしょうが! 私は三十九度も出てる重病人よ!」
何度も叫んだためか、それとも心労のためか、また頭が痛くなってきた。私の風邪は大体頭痛から来るので、あまり大声を出すと頭に響く。おかしな格好をしている慎に対しての憤りのせいで、風邪の症状を悪化したような気がした。
「大体、何でそんな格好してるのよ? コスプレ趣味でもあったの?」
「んな訳ねぇだろうが」
「じゃあ、何で?」
「そりゃ、お前のマル秘コレクションの中にやたら医者の絡みが多かったからじゃねぇか?」
「ちょ……、ちょっと、見たの、アレをッ!?」
まさか他人には絶対に知られてはならないアレを見られたの!?
命を捨てでも死守しなければならない乙女の秘密、私のマル秘コレクション、それはBL本だ。BL……すなわち男同士の友情や愛情を描いたBoys Loveというジャンルの漫画。更に言うならば、確かに病院系のジャンルが多い。特に鬼畜眼鏡がガンガンに攻めていく話が……。しかも、ちょっとばかし年齢制限が掛かるような感じの……。
アレを見られたら恥ずかしだけで悶え死ぬことが出来る!!
「あぁ、見た」
「嫌ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
悶え死ぬ!!
悶え死ぬから!!
お願い、早く死なせて!!
「しかも、何か漫画描いてたな。俺がモデルっぽい奴」
「うわあああああああああああああああああああああああんッ!!!」
もういっそ殺せ!!
誰か私を殺してよ!!
私を原子レベルで消滅させて!!
私が描いていた漫画は敢えて説明するまでもなく、BL漫画だ。
えっ? 慎の相手は誰かって? もちろん仁に決まってるじゃん! あいつ、イケメンだし! 受けっぽいし! 放課後の教室で慎が仁を押し倒して……って、今の私に説明させないでぇぇぇ!!
「あ、あれは全部初音のよ!!」
「マイラ、嘘はよくないぞ?」
「嘘じゃないわよ! 本当に初音のなんだから!」
私の発言は全くの嘘をいう訳ではなかった。
そもそも私にBL趣味に引き込んだのは、慎の幼馴染であった芝崎初音だった。私がまだ来日したばかりで日本文化に疎かった頃、これが正しい日本文化です、と騙されて教えられたのだ。
そういう経緯があるので、私のマル秘コレクションの大半は初音から貰った物だった。もちろん私自身が購入した物もあるので、さすがに全部初音の所持品だったというのは嘘だけど。
それと、自作漫画の発案は初音だった。話作りは初音の担当で、絵は私の担当だった。
昔はインドアな御方と一緒に暮らしていた時期があったので、その際に絵の描き方を教えてもらっていた。まぁ、教えてもらったのは油絵とか水彩画だったけど。
しかし、その技術がまさかBL漫画に流用されることになるとは、あの御方も想像すらしていなかっただろう。ちなみに、そのインドアな人物というのは、普段は温厚な眼鏡だが、キレると誰にも止められない暴君だった。私の眼鏡好きもあの御方の影響だったり……。
「安心しろ、マイラ。お前がどんな趣味でも気にしないからな」
「ありがたいけど、ありがたいけど、そういう温かな目で見られるのも何だか嫌~……」
今はその優しさが痛い……。
「俺はお前のために鬼畜眼鏡になる!!」
「止めて!! これ以上、そのネタで苛めないで!!」
「あっははは! わかったわかった。まぁ、ほら、元気出せ。お前の好きな肉まん買ってきたから」
「……肉まんって、病人に食べさせる物じゃないわよ?」
と言いながらも、肉まんにかぶりつく。
はぁ~、美味しいなぁ~。やっぱり肉まんはイイ。
日本に来て一番美味しかった食べ物は肉まんだった。慎と出会って最初に奢ってもらった思い入れのある食べ物ということもあるけど、純粋にこの味が好きだった。
「悪かったな。俺はお粥の作り方なんて知らん」
「お粥くらい簡単でしょ」
「前にスパゲティー煎餅を作った奴でもか?」
「う、うるさい! 私だって、簡単な料理とかならできるわよ! 前のバレンタインにも手作りチョコ作ったでしょ!」
ちなみにスパゲティー煎餅の作り方は、塩などを入れずにスパゲティーを茹で、くっついたままの状態のスパゲティーを油の引かれていないフライパン(強火)に放り込めば完成だ。
「まぁ、そういうことにしてやるよ」
「うぅ~、信じてないでしょ! だったら、今から作ってやるわよ! 見てなさいよ、舐められっぱなしなんて私のプライドが許さないわ!」
自尊心を傷けられた私はいきり立って布団を蹴飛ばし、台所へ向かうべく立ち上がろうとした。
しかし、すっかり忘れていた。叫んだり喚いたりして自分は元気だと錯覚してしまったが、今の私は三十九度を越す高熱を出す重病人。まともに動けるはずがなかった。急に立ち上がろうとして、立ち眩みで一気に意識が遠退いた。
「マイラ!?」
「あぅ……」
倒れかけた私を、慎が咄嗟に抱き止めた。
あっ……、なんだかこうして抱き締められているとホッとするな。
「悪い、お前のこと考えずにはしゃぎ過ぎた」
「あ、あははは……。ん~ん、私も慎が見舞いに来てくれて舞い上がっちゃった部分あるし……」
そういえば、私達が付き合い出してから、どちらかが風邪を引いたのは今回が初めてだった。だから、こうして見舞いに来たり来られたりすることも初めてだった。もしかしたら、慎が少々ふざけた格好をしたのも、緊張をほぐすためだったのかもしれない。
「お粥、作るよ。作り方、教えてくれるか?」
「うん……、ありがとう、慎……。……大好きだよ」
「ば、馬鹿、手を出したくなるようなこと言うな。病人相手には何もできないんだからな」
「大丈夫。慎はヘタレだから、強気なこと言っても手を出すなんてできないよ」
「ヘタレとか言うなァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
マジ泣きしそうな顔で叫ぶな。
せっかくの甘い雰囲気が台無しだった。
しかし、こうして騒がしいのも私達のスタンスであった。いつも喧嘩して、仲直りして、また喧嘩をする。大好きと囁いた数秒後に、大嫌いとと喚き散らすことも珍しくない。
「あははは、冗談だよ」
「ホントかよ……」
不審の視線から逃れるように私は布団に潜り込み、顔だけを出して微笑んだ。
「ホントだよ。私は慎のこと、信じてるから」
「……んん、また手を出しづらくなるようなことを言いやがって……」
「じゃあ、キスだけはさせてあげる」
「うわ、こいつ、上から目線だよ。調子乗りやがって」
と言いつつも、従順に私の顔に近付いている慎は、とても欲求に素直だった。
「あっ、でも、風邪移っちゃうから、唇は駄目だよ」
「生憎、そこまで我慢はできねぇな」
慎は少し強引に私の唇を奪っていった。いつもより情熱的で何度も舌を絡ませて、私から全てを奪っていくような激しいキスだった。ただでさえ火照っている身体がもっと熱くなってしまった。
「風邪移っても知らないよ……」
「じゃあ、その時にマイラ特製のお粥をご馳走してもらうさ。よかったな、汚名挽回の機会がすぐ来て」
「風邪移る気満々なの? あと、挽回じゃなくて返上ね。っていうか、もしかしてわざと間違えた?」
確かに料理には自信ないけど、失礼極まりない。
「まぁ、気にすんな」
「いいわよ、挽回なんてしないから。安心して風邪引きなさい。あっ、そうだ、今度は慎のマル秘コレクションの趣味に合わせてナース服で行ってあげようか?」
「ば、バレてたんスか?」
「当然よ。私を舐めるんじゃないわよ」
慎の住んでいるボロアパートでは隠し場所に恵まれていない。マル秘コレクションを見つけるのは簡単だった。しかも、巨乳ナース物が多かった。
「まぁ、慎だって男だし、見逃してあげたけど、……あぁいう純白の天使が好きなの?」
「いや……、そのなぁ……」
「慎がホントに好きなら、今度風邪引いた時にホントに着てあげるよ?」
「好きです! 大好きです! マジ好きです!」
ここまで素直になられると清々しくもあるが、私としては微妙に腹立たしくもあった。やっぱり、慎のマル秘コレクションは処分しよう。
「……まぁ、でも、馬鹿は風邪引かないって言うし……」
「いや、今夏だし、大丈夫だ。それに、マイラも引いているし」
「ちょ、それって、どういう意味……、んん……」
私に反論の隙を与える間もなく、慎はまた強引に私の唇を奪った。
最初は怒って抵抗していたが、何だかだんだん頭がボーっとしていき、怒る気分になれなくなってしまった。
「まぁ、俺は筋金入りの馬鹿だし、夏風邪も引かないかもな?」
キスを終えて、満足そうに微笑む慎。その表情はさながら悪戯小僧のようだった。
「……馬鹿、絶対に風邪移してやるんだから」
やられっぱなしは悔しいので、慎の頬を両手で掴み、慎より強引にキスをした。絶対に風邪を移すと意気込んで何度も何度もキスをした。
これだけキスをすれば、絶対に風邪が移っただろう。
「楽しみにしてるぞ、マイラのナース服」
「うぅ、今日は不調だよ。くそぉ……」
今日は終始、慎にペースを握られて、負けず嫌いの私としてはとても不満だった。見舞いに来てくれたのは嬉しかったのだが、密かに慎が風邪を引いた時に仕返しをしてやることを誓った。
後日、しっかりと四十度を越す高熱に倒れた慎の家にナース服で突入し、マル秘コレクションを目の前で処分したとかしないとか、そんな騒動があったらしいが、それはまた別のお話。
夏風邪は馬鹿が引く。どうやら格言に偽りはなかったようだった。
終