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ドキドキ☆激烈バレンタインパニック(前編)


「……初音、あんたとはキッチリ決着をつけないといけないようね」

「上等ですよ、マイラ先輩。格の違いってのを教えてあげます」


壮絶に火花を散らすワンコとニャンコ。

いや、違った。あまりの迫力で奇妙な幻覚を見たようだ。

今、俺の眼前では恋人である大神マイラと、幼馴染の芝崎初音が今にも取っ組み合いを始めそうな勢いで睨み合っていた。この二人は相性が悪いらしく、よく喧嘩をしている。普段なら放っておいてもいいんだが、今回は少しだけ事情が違う。


「お、おい、止めろって……」


一体何故、こんな事態に陥ってしまったのか。

いつものワンニャン戦争だと思って放置していたのが間違いだった。この事態を先読みして、止めていればこんなことにはならなかったはずだ。


「本気のチョコづくり勝負よ、初音!!」

「ふふふ、吠え面かきますよ、マイラ先輩!!」


俺が甘い物が苦手ってのを忘れてないか、お前等……?

忘れているよな、わかっている……。

お前等、熱くなったら周りが何も見えなくなるタイプだもんな……。


どうして、こんな事態になってしまったのだろうか。

事の発端は数十分前に遡る。











今日は恋人同士が公式にイチャイチャ出来るバレンタイン・デー。

俺、穂村慎は恋人が出来て初めてのバレンタイン・デーに浮かれていた。

基本的に甘い物が好きではないし、恋人もいなかったので、これまでバレンタイン・デーなんて何とも思っていなかった。しかし、やはり彼女がいると気分は違う。まさかチョコなんてモノをこんなに心待ちにするなんて思ってもみなかった。

それに、今日は休日だった。一日中、マイラとイチャイチャ出来る。今日こそはいろいろな一線を越えたい。


いや、超えてみせる!!

男として!!


俺は六畳一間のボロアパートの中心で愛の最終形態へ移行を誓った。ちなみに、右手にはキチンと例のゴム製品が握られていた。


……そういえば、バレンタインに薔薇が一輪散ると(詩的表現)、クリスマスに子供が生まれるというは本当だろうか。いや、俺達はまだ高校生だし、子供は早いよな。だけど、出来ちまったら責任は……。



「慎、いる~?」

「はいィィッ!? おこがましいこと言ってすみません!!」



マイラの声が聞こえたと同時に、反射的に土下座してしまう。

別にやましいことを考えていたからとか、普段から尻に敷かれているとか、そういう事実は一切ない。

あと、例の物はポケットの深くに仕舞っておく。


「……何、言っているの? しかも、何故に土下座?」


ガチャッと合鍵で扉を開けて入ってきたマイラは呆れ顔をしていた。

この癖毛のあるワンコっぽい少女が俺の恋人、大神マイラだ。二年前にイギリス(正確にはスコットランドらしいが、本人も説明を面倒臭がってイギリスと言っている)から来日し、色々あって付き合うようになった。まぁ、その色々は本編で確認してほしい。


「ははは……」


俺は畳から頭を上げ、苦笑いを浮かべるだけで明言を避けた。

マイラは一瞬不審そうな顔をするが、すぐに笑顔に戻って部屋の中に入ってきた。羽織っていたコートをハンガーに掛けて、鞄を大事そうに抱えて俺の元まで寄ってきた。


あの鞄にはバレンタインチョコが入っているのだろうか。

やばい、ドキドキしてきた……。


惚れた女から貰う初めてのチョコ。それを心待ちしない奴なんていないだろう。付き合いだしてから結構経つから、こういう新鮮な緊張は久し振りで心地よかった。

あぁ、やっぱり、俺はこいつが好きなんだって改めて痛感する。



「ふふ~ん、慎~♪ 今日は何の日かわかる?」

「さぁ? 何だったかな?」


「もう、わかっているくせに! つまらない格好付けて!」



マイラは可愛らしく脹れっ面で俺の腕に抱き付いてきた。

ふくよかなバストが当たって、とてもとても幸せです。さすがはマイラさん、まだ直接触らせてくれないけど、この腕越しのボリュームだけでも充分幸せでございます。


「素直にならないと、あげないよ」

「そ、それは困る!」


このワンコは割と口にしたことは本気で実行するタイプだ。

初めてのバレンタインチョコを貰いそびれたら、今後にも影響しそうなので必死で止めた。


「甘い物苦手なのに?」

「苦手でも!」


「じゃあ、今日は何の日?」


「聖バレンタイン・デーでございます、マム! 諸外国では恋人や親しい間柄で男女問わず様々なプレゼントを贈る日らしいですが、我が日本では女子が好きな男子にチョコをプレゼントする日と法律で定められておりますです!」


「はい、よく出来ました! じゃあ、ご褒美に……」


とマイラが得意そうな笑顔で鞄に手を突っ込んだところで、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。


クソ、このタイミングで誰だよ!?

恋人同士の甘い一時を邪魔されて少しだけイラッとした。一瞬無視してやろうとかと思ったが、聞き覚えのある声と同時に、向こうから部屋に入ってきた。



「先輩、いますか~? って、あれ? 鍵が掛かってないですね?」



開錠されたままの玄関から顔を覗かせたのは、幼馴染の初音だった。

初音とはガキの頃からの付き合いで毎年チョコをくれる。それはとてもありがたいことなんだが、このタイミングは少々遠慮してほしかった。

初音の登場で、先程までご機嫌だったマイラが一気に険しい顔になってしまった。


「何しに来たのよ、初音!」

「あれぇ? マイラ先輩もいたんですか。気付きませんでした」


さっそくバチバチと火花が散り始めた。

こいつらの喧嘩に巻き込まれるのはゴメンなので傍観に徹する。

あと初音、いつまで扉の所にいるつもりだ。寒いから早く閉めてほしいんだが。


「気付かない訳ないでしょ! っていうか、あんた、まさか慎にチョコ私に来たんじゃないでしょうね!」


「そうですけど、何か問題がありますか?」


と初音は言っているが、何故か手ぶらのようだった。

毎年凝ったチョコレートを作る初音が、今回に限ってポケットに収まるサイズの物を用意するとは思えなかった。一体チョコをどこに隠しているんだろうか。


「大ありよ、馬鹿ニャンコ! 慎は私の恋人なんだから、慎にチョコあげていいのは私だけに決まってるでしょ!」


「そんなこと決まってませんよ。あげたもん勝ちです。先輩、ちょっと来てください」


「んっ? 何だよ?」


初音は俺の手を取ると、強引に俺を引っ張って外まで連れ出した。

家着のままなので寒い。二月はまだ雪が舞うような真冬だ。暦の上では春だなんて詐欺もいいところだ。


部屋から出るとボロアパート前には似つかわしくない高級ベンツが路駐してあった。あのベンツは初音のお出迎え用の車だ。初音は結構なお嬢様なので、たまに車でウチに来ることがあるが、何度見ても異様な光景だった。


しかし、今日はもう一つ異様な物がボロアパート前に鎮座していた。



「……何だ、あの馬鹿でかい箱は?」



子供一人入れそうな大きな箱がベンツの前に置かれていた。しかも、プレゼント包装されている。正直、あのサイズの箱を現実で見ると、驚愕以上に不気味さを感じる。

初音に引かれて、その異様な大きさの箱まで連れてこられた。マイラも不機嫌そうな顔で付いてきていた。


「まぁ、開けてみてください。そのリボンを引っ張れば開きますから」

「あ、あぁ……」


俺は初音が指差すリボンを引っ張ってみた。すると、まるでバラエティ番組のセットみたいにパカッと、大きな箱が開かれた。

そして、目の前に現れたそれを見て、絶句した。



「うわ……」



今の一言が正直な感想だった。

箱の中身は、チョコレートのウェディングケーキだった。

初音は俺が甘い物が苦手だということを知っているので、これまでは割と控えめなチョコが多かった。しかし、これは一体何だというのだろうか。まさか、これを全て食えというのか。甘い物好きだって、この量は絶対に無理だと思うぞ。


「な、何よ、これはァァァッ!?」


俺以上にマイラが驚いていた。

いきなり目の前にウェディングケーキが現れたら、絶句するか絶叫するかのいずれかだろう。


「先輩へのバレンタインチョコですよ。さぁ、先輩、これで一緒にケーキ入刀です」


「あ……? あぁ……?」


驚愕のあまり思考が停止気味だったので、俺は知らぬ間に適当に頷いていた。そして、いつの間にか初音と一緒にナイフを握って、結婚式ヨロシクみたいな感じでケーキ入刀をしていた。



「って、慎に何させてるのよ、あんたは!? ずるい! 私だって慎と一緒にケーキ入刀したいのに!」


「だから、早い者勝ちなんですよ。先輩の初めて(のケーキ入刀)は私が頂きました。いいものですね、初めて(のケーキ入刀)というモノは。まぁ、もうマイラ先輩には無いものですけどね~。だって、もう奪われちゃってますもんね、初めて」


初めて初めてと連呼するな、初音。

……何だか無性に凹むから。


「こ、このぉ……。あんた、私に喧嘩売るためにこんなもの用意したっていうの!?」


「まぁ、それもありますが、先輩の初めて(のケーキ入刀)を奪うためです。マイラ先輩も真似したかったら、自分で作ってみればいいんですよ。あっ、マイラ先輩の腕じゃ無理ですよね? 確か、スパゲティーを作ろうとして巨大煎餅になったんでしたっけ? ぷぷぷ、ですね~」


ブチッ!!

と堪忍袋の緒が切れた音が消えた。


「やってやるわよ!! 私だって、これくらい作れるんだから!! 初音、チョコづくり勝負よ!!」


この瞬間、初めて恋人とイチャイチャ過ごす平穏なバレンタイン・デーは音を立てて崩れ去った。






つづく


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