〈file3〉
「……!どうしてそれを……」
「だって、冤罪を掛けられたって言う割には、焦ってる様子は無かったし、お母様の言葉から俺達以外の事務所にも依頼してたみたいだしね」
「芽郁、そうなのか!?」
俺が声色を変えずに、なるべく怖がらせない様にそう指摘すると、父親は目を見開いて驚き、隣にいた芽郁ちゃんを凝視した。
母親も芽郁ちゃんを守ろうと肩に手を置くが、芽郁ちゃんはそれらを少し窮屈そうに避ける。
「……うん。凄いわね。まだ何も言ってないし、メッセージも、時間と場所と事件概要を送っただけなのに」
「だろ〜?もっと褒めてくれてもいいぞ〜」
「だから何でいつも、未宙が偉そうなんだ……」
暫く冷や汗を流し、目を教室に何十台も置かれている机を、端から端まで見て、今度は軽く息を吐いてからその瞳は芽郁ちゃんの目の前にいる俺にとまった。
彼女の冷や汗が消え、まるで冷徹な観測者の様な黒星を瞳に宿す。
その瞳の闇深さに気づいてしまった俺は、背筋に冷たい物が走った。
先程までの少しわがままな少女とは大違いだ。
すごい、と言いつつ、見つめることを止めない彼女と俺の間に入った未宙が、この馬にそぐわない程明るい太陽の様な声で芽郁ちゃんに話しかける。
そんな未宙をため息を吐きながらたしなめたのは、俺達の後ろで俯瞰している暦さんだった。
「取り敢えず、事件の詳細を聞かせてくれるかな?」
ハハハ……、と乾いた笑い声で2人に答えた後、俺は芽郁ちゃんに向き合った。しかし、彼女は依然として黙ったままだ。
このままじゃ事件を解決しないから困ったなと悩んでいた所に、芽郁ちゃんではなく、彼女のお母さんが口を開いた。
「あ、はい。この子と担任の吉村先生が言うには、何ですけど……」
「あ、すみません。お母様とお父様からは後ほど伺いたいので、今は芽郁ちゃん本人から聞いても良いですか?」
「え、?ど、どうして……?」
「あ、えっと……」
言葉を紡ぎ始めた芽郁ちゃんのお母さんに俺がそう尋ねると、彼女は俺に尋ね返してきた。
言葉を濁して伝えなければ、お母さんも、芽郁ちゃんも傷付く。
彼女達は依頼人で、俺達は探偵。
原則としてコンステレーション所属の探偵は、依頼人が加害者である可能性が高い時、依頼人を信じてはいけない。
依頼人に寄り添ってはいけない。
割り切るところは割り切らないと、いつまでも事件を解決出来ない。
そんな事は分かっているんだ。
しかし、俺が口から吐きそうになる言葉を、俺自身が許さない。
それは単なる使命感でも誇りでもなく、心の底から湧き出る俺の甘さだった。
そんな吃っている俺の前に飛び出したのは、未宙だった。
「……横からすみません。親というフィルターを通すと、どうしても「子供を守らなきゃ」という主観や「先生がこう言っていた」という伝聞が混ざり、真実が歪みます。
ですがそれは、お母様とお父様が芽郁ちゃんを大切に思っているからで、全然悪いことではありません。
しかし、俺達探偵は、悩んでいる芽郁ちゃんのために、事件の真実を明らかにする為に、ここにいるんです」
「未宙……」
未宙の言葉は、冬の風のように鋭く、それでいて一点の曇りもない正論だった。
ご両親の顔が図星を突かれたように強張る。
俺と暦さんの瞳も、完全に未宙に固定されていた。
俺が言えなかった正論を、俺のかわりに未宙が言ってくれたのだ。
「―――って言うことを宵街は言いたいんだと思います!」
「……っ、でも……」
「も、申し訳ありません!……未宙、言い過ぎ。言ってるでしょ?
真実を解き明かす事だけが、探偵の仕事じゃないって。事件解決には親御さんの協力も必要不可欠。
そんな言い方しなくても良いでしょ?」
未宙が最後には場を和ましたとは言っても、正論はご両親の胸に突き刺さったはずだ。
芽郁ちゃんのお母さんが、また一歩、前に出て抗議の声を零す。
その声に反射的に謝ってしまった俺は、はぁ、と零れそうになるため息を抑えて、体を未宙に向けてそう言葉を放った。
「あーあ。そんな事言って、こんなタイニーケースばかり解決してるからいつまでも序列が上がらねぇんだよ!
宵街は甘い、甘すぎる……!」
「あぁ。だが、それでこそ宵街星凛、だろう?」
「暦もそればっかりじゃん!」
ご両親を教室から退席させた後、二人は軽快なやり取りをしてみせる。
そう、〝した〟のではなく、〝してみせた〟のだ。
きっと、芽郁ちゃんの警戒を解くために。
すると、彼女の瞳から黒星がすぅ、と光にのまれるようにして消え、今度は頬が赤らんだ。
「……ふーん。貴方達、意外とやるのね。それなら、話してあげなくもないわよ……?」
「と、取り敢えず、お話し聞かせてくれる?」
「……。あれは一昨日の午後―――……」




