第三章 棚の影で
ある金曜の夜、蒼は棚の隅で青く仄かに光る箱を発見した。ラベルには「少年時代の約束」と書かれている。触れた途端、不快な頭痛が襲ってきた。
「まだ早い」
署長代理の低い声が背後から響く。その夜の夢は鮮烈だった。
十年前。十歳の夏休み。裏山の沢で遊んでいた蒼と同級生の悠斗。岩陰で遊ぶうち、悠斗は足を滑らせ谷底へ落ちてしまった。パニックに駆られた蒼は親たちを呼ぶことを選んだが——病院で意識不明と聞いたとき、恐ろしい現実が待ち受けていた。
翌日、葬儀の席で泣き叫ぶ悠斗の家族。蒼は涙ひとつ流せなかった。喉の奥で何かが固まり、声を出せなくなっていた。
「ごめんなさい」と言えなかった一言が、少年の心を閉ざしてしまったのだ。
目覚めた蒼の枕元には汗の滲みができていた。額の冷たい感触とともに、あの日の恐怖が蘇ってくる。
土曜の昼間、蒼は休暇を利用して悠斗の墓参りに向かった。寺の境内に入ると、四十代半ばの男性が掃除をしていた。悠斗の父親だった。
「あれから十年か……」
男性は枯れ枝を集める手を止め、ぽつりと言った。
「息子とよく話をするんだよ。夢の中でね」
蒼は反射的に帽子を脱ぎ、深々と頭を下げた。
「当時の私には……力が足りませんでした」
男性は驚いたような、それでいて悲しげな表情を浮かべた。
「君は責任を感じすぎるな。子どもだったんだ、仕方がない」
夕暮れの帰り道、蒼の胸は鉛のように重かった。「仕方がない」という言葉が逆に心を抉る。逃げた自分の臆病さ、逃げ場を失った後の虚無感。それらが長い年月をかけて凝り固まっていったのだった。




