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第十一章 再生の海

轟音と共にシェルターの天井が崩れ落ちる。コンクリートの塊が蒼の背中を掠めた。


「彩乃さん!出口はまだか!」

「次の角を右に!」


崩壊する通路を命からがら逃げ抜ける。背後で啓介が膝をつく。

「ダメだ……これ以上走れな……」


蒼は振り返り、青年の腕を掴む。


「諦めるな!まだやるべきことがたくさんある!」


その時—壁面に埋め込まれたランプが赤く点滅した。撤退警告を示す警報灯だ。


「閉鎖装置が作動する!」彩乃が叫ぶ。「早く!」


通路の先で重厚な扉が閉じ始める。隙間に身体を滑り込ませた瞬間、轟音と共に金属が閉じられた。


「助かった……?」


扉の向こうから響く轟音。シェルター全体が揺れている。足元の床から砂塵が舞い上がり、壁に亀裂が走る。


「次の爆発が来る!」彩乃は水晶玉を握りしめた。「ここで記憶の潮汐を迎えるわ」


蒼の目に映ったのは不可思議な光景だった。シェルターの中心に立つ水晶玉が膨張し、青い液体のような物質を放出している。それは床に広がり、ゆらゆらと波打っていた。


「これが……『忘れ物』の本質?」

「そう。記憶の堆積海よ」彩乃の声が震える。「皆の忘れてしまったものが集まる場所……」


青い海面に無数の映像が浮かび上がる。子供の頃に見た夕焼け。初めて恋人と歩いた公園。卒業式で泣いた記憶—すべてが泡のように現れては消えていく。


「ここに……私の記憶も?」

「あるはずよ」


啓介が立ち上がり、水面を覗き込む。その瞳に映る不安の色が薄れていく。


「僕の中に眠っていた記憶……母の声……父の優しさ……全部ここに……」

「でも無理に取り戻そうとしないで」彩乃が彼の肩に手を置く。「忘れ物は拾い集めるものじゃない。自分で思い出す時に戻ってくるものよ」


啓介の頬を涙が伝う。水面に反射する光が彼の顔を柔らかく照らした。


「思い出したい……」啓介は水面に両手を浸した。「父さんの声……母さんの笑顔……」


その瞬間—水面が波立ち、泡の渦が生まれた。啓介の周りに幾つもの映像が浮かび上がる。幼い少年が父親に抱えられて遊園地で笑っている。母親が食卓で手作りのお菓子を差し出している。記憶の欠片が鮮明に甦る。


「これだ……これこそが僕の本物の記憶……」

「おめでとう」彩乃は微笑んだ。「あなたはもう自由よ」


蒼も水面に手を伸ばした。自分の過去の断片を探るように意識を集中させる。波間に揺れるのは、警察学校の訓練風景。署長代理との出会い。そして悠斗の姿—彼の笑顔と蒼を見つめる眼差し。


「悠斗……お前は何故俺を選んだんだ?」


水面の映像が変わり、幼少期の二人が映し出される。公園で無邪気に遊ぶ二人の姿。悠斗が蒼の手を引き、「一緒に警察官になろう」と約束する声が蘇る。


「約束か……」蒼は呟いた。「忘れていたな。俺が刑事を志した理由はお前との約束だった」


水面に浮かんだ悠斗の姿が徐々に蒼自身の姿と重なり、一つの大きな光となった。


「選ばれたんじゃない」

「俺たちは……二人で同じ夢を見ていたんだ」


突如として水晶玉から放たれる光が強まり、青い海全体が眩しい輝きに包まれた。蒼は思わず目を閉じる。


「これで終わりじゃない」彩乃の声が聞こえる。「私たちにはまだやるべきことがある」


蒼が目を開くと、水面は再び静寂を取り戻していた。波の上に小さな舟のような物体が浮かんでいる。


「あれは……」

「記憶の舟」彩乃が説明する。「過去と未来を繋ぐ運搬手段よ」


三人は舟に乗り込んだ。舟は水面を滑るように進み、シェルターの壁面を透過していく。まるで水中を泳ぐように。


「どこへ向かうんだ?」

「交番へ」彩乃は前を指差した。「この舟は時間と空間を超えて目的地へ導いてくれる」


水面の上を漂う記憶の断片たちが舟を導く。老夫婦の幸せそうな笑顔。子供たちの楽しそうな合唱。そして見慣れた交番の風景—署長代理が窓拭きをしている。


「代理さん!」

「待っていてくれたのね」


舟は加速し、視界が白く染まっていく。シェルターの壁が溶けるように消え、三人は意識の中で交番へと引き寄せられていった。

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