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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第死話
8/11

008 クイーンはキングを

 改めてルールを教え直すと、エレインは結構ハマったのか、再戦を申し込んできた。


 初戦は負けであったが、ルールも分かったから次は負けないとのこと。


 ただ、これは一回戦目をやっている途中で気が付いたのだが、駒にはきちんと色を塗っておかないと、ゲームが進むにつれてどれが自分の駒だったのかが分かりづらくなってしまうのだ。


 なので一回戦目が終わった時点で一度絵の具を取りに行くと、二人でそれに色をつけていった。白く塗ってくれればそれでいいと言ったのだが、エレインは何か物足りないとでも思ったのか、好きに塗って可愛らしく仕上げていた──とは言え、ゲームに影響が出るものでもないので、本人が楽しそうならそれで構わない。


「ふふ、これで強くなったわ!」


 残念ながらならない。デッキはお互い同じだ。


 しかしそう考えると、チェスや将棋のプレイヤーは凄いなと感じざるを得ない。変えようのない手札のみを使って無数の勝ち筋を手繰り寄せて行かなければならないというのは、現代に蔓延った課金要素のあるソーシャルゲームなどの正に逆を行くものだ。とは言うものの、チェスや将棋というゲームは、完全実力勝負で運要素の無いゲームで、そして盤面や駒の動きなど、何から何まで定められたものでもあるので、発展性が無く、可能性という物が限りなく閉じている。どのようにして新たな戦術を編み出すかではなく、与えられた持ち時間の中でいかに早く最善の手を打つことが出来るのか、相手の先を読んで行動するのか、究極的にはその思考力や判断力を競うのがこのゲームなのだ。だから凡人はこのゲームを極めることが出来ない。もし極めようと思えば、それこそ人生をつぎ込む覚悟がいる。その点、金をつぎ込むだけで簡単に強くなれ、アップデートなどで様々な戦術が追加され続けるソーシャルゲームなどの方が、そういう凡人には合っていると言える。


 そして、第二回戦。


 エレインは感覚派なのか、結構なスピードで駒を進めてくる。しかしこちらもエレインよりは多少知っている程度のずぶの素人なので、それが悪手なのかどうかは分からない。緒戦はそれなりにいい試合をしているように見えるのだ。だが、所詮は緒戦。趨勢は中盤から明確になる。


「──チェック」


「な、そんなわけ……」


 チェックやチェックメイトという言葉の意味は先程説明しておいたので──説明したところでエレインがその状況下できちんと宣言をできるかは分からないのだが──それを聞き、エレインは慌てて盤面を眺め始めた。因みに、チェックメイトと宣言をした場合、王手などと違い、既に逃げる手段はない。王手の場合は逃げ出すことが可能な場合もあるのだが、チェックメイトと言うからには、完全なる詰みの状態でなければならないのだ。


 チェスにおける王手はチェック。これを宣言された際は、必ず王を逃がす手を取らなくてはならなくなる。


「……あ! これね……!」


 と、駒の動きを書いた紙と盤面を何度も見比べるようにして、ようやく自分の王の命を脅かす者がどれかを理解したらしい──そしてそこからしばらく長考し、おっかなびっくり駒を動かす。これで合っているのか、イマイチ信じ切れていないようだった。


「だ、大丈夫……よね?」


「どうだろうね」


「んな、何よ……。大丈夫なのよね?」


「うん。大丈夫だよ──はい、またチェックと」


「大丈夫じゃないじゃない!」


「仕方ないでしょ。こっちにも駒がいること忘れてるのが悪いよ」


「うぅ……でもまだ逃げられるわ……!」


 そして、しばらく駒を動かし合い──


「──チェックメイト」


 詰みの状態に持ち込むことができた。エレインは少し注意力に欠けるところがあるのか、こちらが動かした駒はじっと見ているのだが、動かさずに待機させている駒をあまり気にする様子がないのだ。だからどうしても動かしている駒からのみ逃げようとして、待たせている駒に挟まれてしまう。


 これを教えてあげるべきなのだろうか。素人なりにも経験者ではあるので、初心者相手にするアドバイスとしては問題も無いと思うのだが、弟からされるアドバイスとしてエレイン目線で見た時にどうかとなると、また少し話が変わってきてしまう気がする。


「それ言ってみたいのにぃ……!」


 分かる。こうして宣言してみるとそれなりの爽快感があるのだ。


 だが、手加減は出来ない。どう手加減すればいいのか分からないというのもそうだし、手加減していたことがバレたら確実に拗ねる。やるなら最初からやるべきだったのだろうが、エレインがルールも碌に理解しきれていない段階でこちらが手加減など始めようものなら収拾がつかない。だから初めはこちらもそれなりにちゃんとやる必要があったのだが、しかしエレインの様子を見るに、負けたこと自体はそこまでダメージになっていない様だった。


 そんなエレインはどうやら勝つまでやるつもりでいたらしく、負けるたびに再戦を挑んできた。五回目あたりまでは普通に相手をできていたのだが、流石に飽きてきた──そんな時。


「何してるのかしら?」


 視線の先のドアが開き、母親が姿を見せた。その瞬間、エレインの前の席を開けると、母親にそこに座るように促す。これで自然と押し付けることが出来る。困惑といった様子を見せる母親に何をしていたのか、そしてチェスのルールがどういうものなのかを説明した。理解は早く、駒の動かし方を書いた紙を見て数度頷くと、エレインと勝負をすることになった。


 エレインは相手が初心者に変わったことで自分でも勝てるかもしれないと考えたのか、存外やる気を見せていた。今度こそはチェックメイトと言えるといいねと、そんなことを考えながら駒を並べ直し、ゲームスタート。母親から時折飛んでくるルール上の質問に答えたりしながら、試合の進行を眺めていた。


 そして。


「ふふ、チェックメイト……で、いいのかしら?」


 エレインはわずか数分で詰まされていた。


 エレインは撃沈。机に額をぶつけていた。


「娘が母に勝てるわけがないでしょう?」


「うぐぐ……っ!」


「それにしても……これ結構面白いわね。相手が相手ならまともな戦いが出来そうな気がするわ」


 その言い方だと、今の戦いは相手が悪かったせいでまともな戦いにさえなっていなかったと言っているように思えるのだが、というかそのつもりで言ったのだろうが、母親はさらりとそう言って、自分の駒を摘まみ上げ、観察していた。


「…………」


 それをどこで作ったのかという質問が飛んでくると困るのだが、母親はそこに触れることはなく、何かを考えこんでいた。


「ねぇ、リュカ? この盤はこれが完成形なの?」


「え? ……あ、本当は木で作ろうと思ってたんだけど……木は切れないから」


 噓だ。時間が無かったからありあわせのモノで遊んでいたというだけなのだが、しかしこの場合においてはそれが好都合だったともいえる。これで意味もなく木製の盤を用意していたりでもすれば、その時こそどこから持ってきたのかという追及を免れることが出来ない。まぁ、訊かれたら訊かれたで物置部屋にでも転がっていたと言えば、父親が度々買ってくるよく分からない物の存在を知っている母親はそれで誤魔化せただろうが。


「そうなの……」


 すると、母親は少し考え。


「ねぇリュカ? これ、商品にしてみないかしら」


 と、そう提案して来たのだった。


 商品。父親の仕事についてはもちろん把握しているので、言いたいことはそういうことなのだろう──玩具、娯楽品として世に売りに出せるのではと、そう考えたのだろう。


 間を繋ぐために「はぁ」と生返事をしたのだが、考えても見れば、これは自分にとって渡りに船な提案なのかもしれなかった。


 我が家の儲けが増えること自体何一つとして問題が無いし、そしてこれを売りに出すとすればその利益の一部くらいは頂戴できるかもしれない。


 勿論これがどれくらい売れるのかにもよるが、父親の手腕次第ではその一部でも莫大な金銭になる。それがあれば、サクラたちが住む家を用意するための資金を稼ぐことが出来る。そう考えれば、現状自分が抱えている問題は一つ解決する。


「……なるかな?」


「きっとなるわよ」


「……うぅん」


 心配なのは、既に似たようなものがあるのではないかという懸念だ。チェス、それから将棋。この二つのゲームは、駒の動き方や基本的なルールなどが似通っているが、それもそのはずで、元となったゲームが同じなのだ。古代インドで生まれた、チャトランガと呼ばれる遊戯。これが形を変え、名を変え、ルールを変え、そして大体中世ヨーロッパの時代にチェスとして完成したのだ。勿論、細やかな変化はその後もあっただろうが。


 で、この地の文明や発展度合いは魔法があるので断定しづらい部分があるのだが、およそその頃に近いと言っていい。なので、もしかすると既に似たようなものが存在していてもおかしくはないのだ。とは言っても、特許などがあるわけではないのだろうから、似たようなものが出たところで誰が文句を言えるのかという話でもあるのだが、そのせいで無用なトラブルが舞い込んでも面白くはない。


「似たようなのがあったりしないの?」


「え? ……王都には無かったと思うけど、どうかしら。でも、他の国にあるだけなら気にする必要もないと思うわよ?」


 王都には各地の様々な物が集められるので、こういった娯楽品があるのなら王都にあってもおかしくは無いだろうとのこと。確かに、数年前には度々王都に出向いてもいた父親がそれを持って帰ってきていない時点で、この国にこれと似たようなものは存在していないと考えられるのか。普通に考えて、よく分からない人形だのなんだのを買ってきておいて、こうした娯楽品を買ってこないなど、それこそ意味不明だしな。子供がいる父親なら、まずこういった物をこそ手に入れようと思うだろうし、子供に渡すのではなくとも、お土産として買ってきていてもおかしくはないものだ。


 それにもし他国にあったのだとして、今はまだこの国に出回っていないのだとして、だったらその国の人間が広めればよかったというだけで、その分の利益を掠め取ったと言われる筋合いもない。


 だったら心配することもないのか。


「ならやってみる」


「そう? なら──」


 と、この日はそこで終わったのだが、そこから数日程、家に戻ってきた父親を巻き込んでの話し合いが行われた。


 そこでは、エレインと遊んだ際に省いた細かいルールを改めて説明したり、父親にあれこれ言いながら盤を作ってもらったりなど、商品としての完成形のイメージを固めていった。そしてそれがある程度固まってくると、今度は駒や盤を作ることを任せることになるであろう木工職人を交え、どこまでのモノなら作れるのか、そしてコストダウンを目指すのならどれくらい簡略化すべきかなどを詰めていった。


 結果として、極力コストを抑えた一般向けと、敢えてコストをかけて華美にした金持ち向けの二種類を作り売り出すことと相成った。それに関しては父親の案だ。曰く、貴族らにも商品を売ることになる可能性を考慮した場合、売り渡すのが平民向けと同じでは問題になるから、とのこと。確かに、そういう特別感は大事かもしれない。


 そして大事な利益の部分だが、父親を煽ててその気にさせ、上手いこと言いくるめて大金が転がり込んでくるように仕向けることに成功した──などと言うと露悪的だが、実際にはもう少し真摯に頼み込んでいる。「これから先、他にもチェスのような何かを作ることがあるかもしれない。その時お金があれば、材料だとかの必要な物も自分で用意できるようになる。それに、それ以外にだってこれから欲しいものが出てくることはある。だから今回の売り上げの一部は自分にも流れるようにしてほしい」というようなことを云々。


 勿論ここまでハッキリと言ったわけではないのだが、理解は得られた。相手は父親だが、それと同時に商人なのだ。


 と、言ったところで話し合い等は終わり、後は父親の手腕に任せることとなった。後はこれが上手い事いってくれれば、金銭についてはどうにかなるだろう。


 しかし、そんなこんなでしばらくエレインの相手をできていなかったこともあり、機嫌を直すのには苦労させられた。


 △▼△▼△▼△


 そして夜半、そんな話をサクラにしていた。


 食材や必需品の類は箱に入れて届けていたのだが、こうしてきちんと顔を合わせたのは、思えば数日ぶりであった。


 テーブルの上にあるのは試作品として作ったチェス盤と駒。流石に本職の人間が作るだけあり、盤にしろ駒にしろ、その造りは極めて精巧だ。自分が土で作ったアレもそれなりによく出来たものだと思っていたのだが、思い上がりだった。デザインも簡素だったし、所々歪んでいたし、一つ一つもバラバラ。


 ただ、アレはアレで別に悪いという程のモノでもないし、エレインが気に入っているということもあって残してはいるのだが──やはり及ばない。


「へぇ。最近は会いに来てくれないと思ってたら、そんなことを……」


 と、サクラは駒を動かし、静かに言う。


 チェスをしながらの会話だったのだが、やはりこの子相当優秀だ。一度でルールや駒の動かし方を覚えたばかりか、既に自分を追い詰めてきている。決着がつくのはまだ先だろうが、もうこの時点で勝てる気がしていない。


「でも、これで少しすればお金が入って来るようになる……かもしれないからさ」


 歯切れ悪くそう言いながら盤面を見、駒を動かす。


「まぁ、資金源の確保は大事だけれど──あの大喰らいが増えた今はそれが急務だけれども……」


 サクラは目線を盤面から上へとずらし、こちらを見る。


 大喰らいというのは、説明するまでもなくコハクの事である。


 自分が小屋を訪れた頃には既に眠りこけていて、サクラはそれを叩き起こそうとしていたのだが、流石に可哀そうなので止めた。その際には普段の様子についても報告を受けたのだが、ちゃんとやるべきことはやっているようなので、特に言うこともない。勉強については思うようにいっていないようだったが、それでもコツのような物が掴めればそれなりには飲み込んでくれるとのことだった。たまには自分も勉強を見てやるべきだろうか。


 そんなコハクだが、よく動くのでよく食べる。みるみる強くなっていっているそうだが、その原動力として消費される食材の量が尋常じゃない。


「……コハクは、好き嫌いとかなさそう?」


「まぁ、そうね。基本的に出したものは全部食べるわ。その上で出されてないモノにも手を出そうとするくらいには雑食よ」


 布団でいびきを立てるコハクを軽く睨みながら言う。


「あはは……。それはちゃんと言い聞かせたほうがいいか……」


「多分あなたの言うことならちゃんと聞いてくれるとは思うから、また言っておいて」


「そうなの? サクラの方が言い聞かせるのは得意そうだけど」


 格付けとやらを自分はしていないし、言い聞かせるならサクラの方が適任とは思うのだが。


「それでも、従うべき相手は理解しているはずよ」


「従うべきって……。奴隷扱いしたりしてないよね?」


「それはしてないわ」


 それは、か。それ以外の扱いはしているのだろうか。


 言いながら、話しながら、サクラは駒を動かす。


 彼女の戦い方は結構大胆で、キングを動かすことは絶対にしないのだが、その代わりクイーンを躊躇なく動かしてくる。自分はどうしてもクイーンのような便利な駒が取られるのを恐れるあまり、別の駒でそれらを守ろうとしてしまうのだが、サクラは必要とあらばそこに躊躇いや迷いのような物がない。それが優秀さゆえか、性格の問題なのかは分からないが──強い。


「まぁ、ここ数日顔を見せてくれなかった理由は分かったし、それはいいのだけれど。でもせめて、箱やら何やらを置きに来てはくれたのだから、その時に説明くらいはしてほしかった。急に来てくれなくなるのは……寂しいから」


「……、次に似たようなことがあればそうするよ。手紙でも何でも」


「そう。なら──チェックメイト」


「……? ……え? ……あ!」


 驚きは三連。


 一度目は、突然何を言い出すのかという戸惑いから来るもの。二つ目は、チェックメイトが話の内容ではなく、テーブルの上のチェスについてのものだと理解してのもの。そして三つ目は、自身のキングがいつの間にか綺麗に詰まされていたということによるもの。


 それも、先程からバンバンと動かしていたクイーンによるものだったということで、何なら関心さえしてしまった。


「……あなたはやっぱり優しすぎる」


 クイーンを動かしてはキングを取り、その駒を手元に置いてから、サクラは呟くような声で言った。


 別に手加減をした覚えはないのだが、しかしそう思っていてくれるのなら、そう勘違いさせておいてもいいかもしれない。ウキウキでチェス盤を持って来て、初心者相手に呆気なく負けたというのは、やはり格好がつかないにもほどがあるからな。二回目以降は別にいいのだが、一回戦目は自分が手を抜いたから負けたのだということにしておいてもらおう。情けないが。


「……じゃ、そろそろ屋敷に戻るよ」


 駒を集めて箱に戻していき、席から立った。


「これは置いておくから、相手になるかどうかは分からないけど、コハクとでも遊んでよ。鍛えてやるでもいいしさ」


「そうね。そうさせてもらうわ」


 おやすみ──と、そう言ってから屋敷へと戻った。


 △▼△▼△▼△


 そしてその数日後の夜。今度はサクラの元ではなく、実験に度々使っている例の山までやってきていた。目的はもちろん闇の魔法を生み出すためで、今日こそは出来るのではないかという気分である──それは毎回の事なのだが。毎回その気分で行って、何も得ずに帰ってくるのだが。


 それにしても、光の魔法を生み出して以降、実験の進みが遅い。


 昼にも実験が出来ればそれが一番なのだが、昼間はこの山を使うことが出来ないのだ。というのも、外出が認められて以降、機を見てはこの山を訪っていたのだが、いつ来ても知らない男達が何かを調べるようにしているのだ。夜は流石に山に入る人間もいないのか、誰かが何かをしているということもないのだが、昼は基本的に誰かがいて、窪地で実験をということが出来ない。話を通して場所を開けてもらおうかとも思ったのだが、彼らが何処から来たのかが分からない以上下手なことは出来ないし、それに彼らは恐らく仕事で来ているのだ、それを自分の個人的な目的のために邪魔するのも申し訳ない。なので昼に来るのは諦めることにし、こうして初めと同じく夜にだけ通うようにしているのだが、そのせいで結局進みが遅い。別の実験場所を探すべきだろうか。


 とは言え、今考えるべきはそれではない。どうすれば闇の魔法が生み出せるのか、だ。


 最初の内は単純に、光の魔法を生み出したのと逆のことをすればいいのではないかと思ったのだが、そこまで簡単な話でもなく、それでは闇の魔法を生み出すことは出来なかった。だったらやり方を変えなければという話なのだが、それはもう既に何百と試している。とすると、条件の方に問題があったりするのだろうか。


「条件か……」


 これまで魔法を生み出すということの条件にまで考えを巡らせたことが無かったのだが、何か自分が知らないだけの条件があったりしたのだろうか。


 だとすればそれはもう二度と再現することが出来ないので、条件が何だったのかを突き止めることが出来ない。


「光の魔法の時は……」


 と、光の魔法で辺りを照らす。


 当然、闇夜の一部が明るくなる。


 そう──明るく。


「…………まさか」


 光の魔法を生み出したのは、この夜闇の中での事だった。


 なら、その反対は。


 と、そこまで考えて、まさかそんな訳は無いだろうとかぶりを振る。


 確かに、この真っ暗闇の中で闇の魔法を生み出す自分の姿というのはイメージしづらいものがある。だが流石に、これまでの度重なる実験が上手くいかなかった原因が、よもやたったそれだけのことであるとは思えなかったのだ──否、思いたくなかったのだ。


 思い出せば、この山を見つけて以降、魔法の実験をこの山でしかやっていないことに気が付いた。それはつまり、夜の間しかそれを行っていないということで、もしこんなバカみたいな予想が的中していた場合、一応辻褄は合う──合ってしまう。だが、もし仮に、万が一、いや、億が一にもそうだった場合、自分はこれから実験をするのを昼に切り替え、そしてその上でこれまで試してきたこと全てを改めて実験し直さなくてはならなくなるのだ。


「…………」


 眩暈がしたような気がして、その場に崩れ落ちた。


 段々と、視界の周囲が暗くなっていくような気がする──違う、光の魔法の維持のために流し込んでいた魔力が切れた所為で、辺りを照らしていた光が消えただけの事だった。


「もう一回やんの……? えぇ……?」


 振出しに戻る──なんて考えると、なんだかこの世界に転生してきたときの事を思い出して懐かしいような気がしてきそうになるが、それで当時結構な絶望を感じたことも思い出せた。幸いにも、零からのやり直しを要求されているわけではないのだから、ここは踏ん張って頑張ればいいのだ。


 だが。


「いや、それだってまだ推測でしかないんだから……今日闇の魔法の開発に成功すれば……いいんだから……」


 まだ希望はある。


 希望を捨ててはいけない。


 明日以降の自分の為にもと、全力で実験に臨んだのだった。


 △▼△▼△▼△


 昼の山道。


 木々や葉によって陽の光の遮られた薄暗い道を、彼らは慣れた足取りで進んでいく。


「なぁ、これで何度目だよ……。もういい加減こういうもんだってことで受け入れようぜ……。この山は定期的に光るもんなんだって……」


 少し息を切らしながら、男が情けない声で情けないことを言う。田舎から王都に出て来たばかりの若者のように、頻りに辺りを見回している。


「お前こそ、それ言うの何回目だ。どんな形でもこれさえこなせばそれなりの金が入って来るんだ。文句言うな」


「けどよぉ……、もうどんだけ調べても分かんねぇものは分かんねぇんだよ。何で上はそれが分かんねぇんだよ……」


「分からないっていう状態こそ、上の連中が一番嫌うことだろうが。はぁ……ったく、この話も何度目だ」


 リーダーの男が頭を搔きつつ、呆れたように言う。


 この山は数日に一度、激しい光を放つ。それは少し前から頻繫に起こっていることで、彼らもまたそれに合わせて調査をさせられているのだ。しかしそれらしい成果を上げられることはなく、当然彼らの雇い主も納得することはなく、光が確認される度にこうして派遣されているのであった。焦れた雇い主らは一度、光が確認出来るまで張らせようともしたのだが、それについては彼らが全力で抵抗したこともあり、実行には移されていない。


「けど、俺達もすっかり慣れたよな。初めはこの山に入って、生きて帰ってくる自信すらなかったってのによ」


「だな。もう何回やらせるんだって感じだが、山登りして昼飯食って帰るだけで金が貰えるんだから、光の主に会えたら礼の一つでも言いてぇところだ」


「俺もそうしたいところだ。ま、話が通じる相手だったらの話だがな。……にしても、そいつは一体何がしたくて山を光らせてるんだろうな。初めにゲアルージャを見た時は、アレを殺す為の魔法を使ったのかと思ったんだが……」


 しかし、それについてはゲアルージャの頭が何かによって貫通させられていたことで、とうに否定されている。だとすれば、度々確認されている稲光のような激しい光は、一体何を目的としたものなのか。木が焦がされているわけでもなく、地面が抉れているというわけでもなく、状況から考えるに、何かを攻撃するために放たれた魔法ではない──というのが、彼らの調査の末に出た結論であった。


「こうなると本当に災害が出たんじゃないかって思いそうになるんだが、だとしたら今のこの状況がおかしいしな。それもないだろうから……」


 背負った鞄を背負い直し。


 何だろうな──そう呟く。


 町では魔神でも現れたのではないか、などという根も葉もない噂に立派な花が咲いているが、山を登っている彼らも内心ではそうなのではないかと思っていたりするのだが、上の人間はこの状況を良しとしていない。市井に噂話が流れるのはいつもの事だが、度が過ぎれば治安に影響が出るのだ。治安の悪化は当然上の責任となるため、その噂を否定することに躍起になっている。とは言え、『災害』が出たのでは、という現実的な噂の所為でパニックを起こすよりはずっとマシなのだが──マシなだけだ。


 そうして彼らは窪地へと出る。もう何度も来ている場所なので、足元はすっかり踏み固められている。


 何人かが池の近くのいつもの場所に座り込むと、リーダーの男が声を張る。


「おい、何休憩入ってんだ。仕事が終わってからにしろ」


「どうせいつも通りの調査結果出すだけだろ? パッと見た限りでもう分かり切ってんじゃねぇか」


 何もない場所だよ。


 そう言って、男は食事を取り出す。


 リーダーはその男の手から食事の入った袋を引っ手繰る。


「あ、おい! 返せよ」


「金貰ってんだ、仕事をしろ。それにここは魔物の生息地だ。緊張され過ぎても困るが、気を抜かれ過ぎるのも困る」


「気ぃ抜くなって言われても……なぁ? 流石に緊張感がねぇよ」


「知るか。ごちゃごちゃ言わずに立て。どうせすぐに済むんだから──」


 と、その時。


 ドン──と。


 遥か遠方から音が聞こえた。


 男達のいる場所ではそれが微かに聞こえるかどうかといったところであったが、普段から物音には特に気を付けている彼らが、その音を聞き逃すことはなかった。全員が言葉と動きを止め、音がした方向を見る。視線の先には岩壁があり、その奥の様子はよく見えないのだが、続けて、空が光った。


 昼間だというのに、普段は夜中にしか光らないというのに。


 昼間の空ということもあり、その光はそこまで目立ってもいなかったのだが、問題はそこではない。


「おいおい……。噓だろ?」


「…………」


 リーダーの男は一瞬考え、全員に通達する。


「──撤収だ! お前ら、いったん戻るぞ!」

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