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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第死話
6/11

006 取引

 山で拾ったエルフの少女ことサクラだったが、彼女についてはどうにかなった。


 庭から奥に行けば森が広がっているのだが、そこに少し入ったところに古びた小屋が立っていたのだ。いつ建てられたものかも知らないが、今は使われている形跡もなかったので、これ幸いとそこを占拠した。中は埃塗れで壁にも穴が開いていたが、それらは魔法を使うことでどうにでもできたので、一先ずはそこをサクラの住居とし、家から使わない布団やら何やらを持ち出しては、急ごしらえで整えていったのだ。


 そして、ちょくちょく会いに行っては食事や食材を運び込んだり、そこで料理を教えたりして、生活能力の向上を図っていった。それから、身を守る術を身に着けてもらうためにも、個人的に確立させた一般魔法の学習法や、前世での格闘技や剣術、護身術などを覚えている範囲で教えていった。


 基本的に夜にこっそり会いに行くだけだったのだが、この子篦棒に優秀だ。一度言った事や見せたことを飲み込むスピードがすこぶる速い。


 それもあり、ある日を境に、サクラは自分で狩りをしては食い扶持を手に入れてくるようになったのだ。それ以外のものは依然としてこちらから供与するしかないのだが、それでもかなりの成長だろう。


 だが、予め言っておいてほしかった。首の無い動物が皮を剥がれた状態で吊るされているのを見て、反射的に悲鳴を上げそうになってしまった。


 それから、実験に使っていた例の窪地なのだが、数日後に再び隙を見て家を抜け出して向かってみると、隅の方に寄せてあった遺骸の山が綺麗に片付けられていたのだ。他の魔物や動物が持って行ったのかもしれない。


 食物連鎖を壊してしまっていたらどうしようと後になってから思ったのだが、しかしちょっと間引いた程度でそんなことにはならないだろうと、それにそんなことになったところで魔物なのだから別にいいのではないかと、何とか自分を落ち着けた。


 それで、実験の方は順調──と、言えなくもない。


 取り敢えず数回程かけて光の魔法を生み出すことには成功したので、後は闇の魔法を生み出すことが出来ればいよいよと言ったところなのだが、それに少し行き詰っている。


 なのでその辺を解決できるまでは光の魔法で何か出来ないかと試しているのだが、現状は周囲を明るく照らすくらいしか出来ていない。一酸化炭素中毒の心配がないので、火が使えないような場所でも明るく照らすことが出来るのは利点なのだが、流石にこれだけということは無いと信じたい。


 せめて除霊だとか、あとは怪我の治療だとかができるようにしたいところだ。


 で、話をサクラに戻す。


 サクラは今の生活をそれなりに気に入っているようだが、こちらとしてはいつまでもこの生活が続くことを良しとしていない。


 それは何も自立できるなら出て行けだとかそういう話ではなく、森の中の小屋に女の子を一人住まわせていることにある。鬱蒼とした森の中、そこにぽつんと立っている小屋に少女を押し込めておく──というのが、事情はどうあれよろしくない事なのは理解しているので、これを早めにどうにかしたいのだ。


 いつまでも隠しおおせるとも思ってはいないし、何とかしてやらねばならないのはそうなのだが、どうしよう。


 どこかに家を買えばいいのか、それとも家族に事情を説明するべきか──けれどそうすると、いつどこで拾って来たのかという話になるし、勿論そこの言い訳自体は頑張って辻褄を合わせればいいのだけれど、もしそれで「元居たところに返してきなさい」となった時のことを考えると、やはり前者を選ぶべきなのだろうか。


 しかし、家を買うとして、まずそのためのお金がない。お小遣い程度の額ではなく、自分で自由にできるそれなりの大金が。


 百歩譲って、そのあたりはサクラが仕留めてきた動物や魔物の素材を売り払って稼げたとしても、家を買うとなると、そのための社会的信用がない。


 とは言っても、この世界における社会的信用だとかの話はまだそこまでの事を把握できていないのだけれど、まともな人間なら、子供が家を買いたいと言って来た時点で断るか、素性がハッキリしているならその親に確認を取るだろう。


 それに、そういった色々をすっ飛ばして、家をどこかに用意出来たとして、やはりそこに一人暮らしをさせるというのは問題な気がする。


 なら初めに用意すべきは同居人か?


 だが、これでは問題が積み重なっているだけにしか思えないのだが……。


 というか、「捨て猫の処遇をどうするか、どこに住まわせるか」を考えた末の結論が、「まずは新しい捨て猫を拾ってこよう」に帰結しているではないか。


 いやはや、下手の考え休むに似たりだな──というか、まずは休むべきなのだろうか。


 ここしばらく、サクラの世話や、魔法の実験とその実験記録の整理で碌に睡眠がとれていなかったし、そのお陰でショートスリーパーのようになってしまっているのだが、そろそろ生活リズムを元に戻さなければなるまいか。


 やりたいことが多いのはいいのだが、やるべきこととの両立を考えなければ。


 △▼△▼△▼△


 それから、いくつかの問題を先送りにしたまま数カ月が経過し、五歳になった。エレインは八つになり、今現在は掛け算と格闘をしている。


 それを見て、自分もこれくらいの頃には九九を覚えたりなんだったりしていたなぁと、何だか懐かしいような気持ちになった。ただ、この世界に九九というものは無いらしく、やり方としては基本的に掛け算の計算方法を教え、それをひたすら理解させるというものだった。それでエレインが躓いているのを見て、今はそれとなく九九を教えている。この辺の計算を暗記することが出来れば幾分かやり易くもなるだろう。


 それから、サクラ。こっちの問題は未だに片付いておらず、なんとかバレていない状態で生活を続けている。ここ数カ月でみるみる成長を続けているサクラだが、生活能力の方よりも戦闘能力の方に磨きがかかっている。無論、負けたくないので自分も強くなるために頑張っている。あまり子供の頃から体を鍛えたくはないのだけど。


 ただ、エレインが勉強を頑張る気持ちというのはこういう感じなのかなと、少しだけ弟に追われる姉の気持ちを理解できた気がした。


 それと、光の魔法に関して、闇の魔法がなかなか出来上がらないので実験を重ねていたのだが、幾つかの進展があった。


 まず、光の魔法はそれ単体では大した効果を発揮しないのだが、別の魔法と混ぜることで効果が出るようになったのだ。


 中でも、水の魔法と混ぜることで怪我の治療が可能になったのは大きい。現状何処までの怪我なら直せるのかということについては定かでないのだが、軽い怪我程度であれば、傷口にその水をぶっかけるだけで元通りにすることが出来たのだ。今のところはそれくらいしか使い道がないのだが、というか、使い所など本来はない方がいいのだが、成果としては上々だった。


 土の魔法と組み合わせた際には植物をも操れるようになっていたので、森の中で戦うようなことになった時にはこれが有用なのではと考えている。無論、そんな状況は来ない方がいいのだが。


 風と組み合わせると、これは自分では分からなかったのだが、サクラの話を聞いて纏めるに、蜃気楼のような物が生み出されていたらしいことが分かった。要は光の屈折などを操作できたということなのだろうが、これは上手いこと利用すれば身を隠すのに使えそうだった。


 他には火の魔法と組み合わせたり、雷の魔法とも組み合わせてみたりしたのだが、どういう効果が出たのかは、現時点ではよく分からなかった。


 氷の魔法に関しては……ミラーボールが出来上がっただけだった。これが多分一番役に立たないと思う。キラキラしていて綺麗だったが。


 次に、五歳になって、一人で外に出てもいいようになった。これが一番大きいとは思う。これまでは昼の間に外に出ることが出来なかったわけだから、それで仕方なく夜中にコソコソ外出していたのだが、これでようやく大手を振って往来を歩くことができる。


 因みに、エレインはまだダメだと言われていた。女の子だから仕方がないのだろう──とは言っても、一人ではなく大人が同伴するのであれば出てもいいとは言われていたのだ。


 しかし本人がそれで納得できるわけもなく、耳を劈くようなギャン泣きを披露してくれた。困った母親によって条件を出され、それをクリアできれば外出の自由を与えると言われて泣き止んではいたのだが、しかしこの条件はエレインにとって、黒い羊毛を白く洗えと言われているようなものだろう。かくいう自分は、我が家における黒い羊なのだけれど。


 そんなわけで、羨ましがるエレインを家に置いて、町の中を散策してみることにした。予め近寄ってはいけないような場所というのは教えられていたので、よっぽどのことが無ければその範囲内を軽く見て回るだけになるのだが、正直わくわくする。どんなものが売っているだとかに関して言えば大体把握も出来ているのだけど、普段買われてくるものと実際に売っているものは違うのだ。外出に際していくらかお金も貰えたのだから、何か有意義な買い物が出来ればいいのだが。


 屋敷から出て、表通りをまっすぐ歩いていく。


 その横にはサクラがいた。今日出かけることを前もって伝えていたので、家を出て少ししたところで合流したのだ。


 彼女は帽子を被り、うまいこと耳を隠している。こうして見るとエルフだということがまるで分からない。


「どこに向かうつもりでいるの?」


「散策するだけだから目的地はないけど。あ、でもなんかいるものあるんだったら言って。ちょっとなら買えるから」


「なら……いくつかあるのだけど、いい?」


「うん。まぁ、一通り回ってからだけどね」


「そうね。どこで何を売っているのか把握するところから始めないと」


「そうそう。あらかじめ近付いちゃダメなところは言われてるけど、他にもあるかもしれないし。そういう場所も見つけておかないといけない」


「どういう場所に近付いてはダメと言われてるの? スラムのような場所のこと?」


「この町にスラムらしい場所はないみたいなんだけどね。それでも裏手に行くと変なのがいたりするからって。あと……」


 これらの場所には近付くなと言われた際、念を押された場所が一箇所ある。


「町の南にある森……そこには何があっても行くなって」


 ウォーマスの森というらしいその森には、曰くアンデッドなる不浄の存在が住み着いているらしい。


 そんなこと言われたら普通の子供はむしろ行ってみたくなってしまうと思うのだが、母親も自分のことはあまり子供扱いしておらず、言えばきちんと言うことを聞く存在だと認識されていたりする。なので本当に近付かせたくない時は割とはっきり言う。


「へぇ……。でもあなたならアンデッド程度どうにでもなるんじゃない?」


「過信しすぎだよ。それに、どうにかしに行く理由がないでしょ」


 なら理由があれば行くのかと言う話だが、そうだ。理由があれば多分行く。行くだけの理由があればの話だが。


「……それにしても、サクラはいいの? 今の生活で」


「それは、どういう意味?」


「いや。里に戻りたいとか、そういうのはないのかなって」


「そう思うと……思う?」


「まぁ、思わないけど。……なら、復讐したいとかもないの?」


「無いわ。今の私にはあなたがくれた名前がある。居場所がある。知識がある。けど、里と私の間にあるのは──無関係だけ。無関係の相手に怒りを燃やす必要は無いじゃない?」


「それもそうか」


「……もしも、だけど。私が復讐したいと言ったら、協力してくれたの? それとも止めた?」


「協力はしない。でも、止めもしない。ただ、危険な真似はさせない」


 自分の意志で生かしておいて、それをみすみす死なせたりはしない。ならどうして生かしたという話になるのだし。


 協力するか止めるかに関しては、どちらもしない。自分自身はエルフに対する怒りなどないし、だからと言ってそれを止める権利もない。権利がなければ止めてはいけないというわけでもないのだろうけど。


「そう。何にしても私は、あなたが……あなたが私にくれた今の生活が好き」


「それならよかった。……けど、その内どうにかはしないといけないんだよね」


「どうにか?」


「今の僕ってさ、家の裏手に女の子を一人隠れて飼ってるような状態なんだよ。これまで奇跡的にそれが露見してないだけで、これからもずっとそうっていうわけにはいかないんだよ」


「出て行った方が……いいの?」


「まぁ、少なくともあの小屋からはね。補強してるけどボロボロだし。そのうちまともな家を探したいんだけど……課題が山積みでさ」


「課題?」


「お金がない。信用がない。サクラを一人暮らしさせるわけにもいかない。ここらへんを解決しないといけないんだよ」


「私を一人暮らしさせるわけにもいかない……?」


「うん。サクラは強いけど、それでも一人暮らしは危険だから。それに、一人で家のことを全部やらなきゃいけないっていうのは大変だし。たまになら僕も見に行けるけど、いつもはいられないし」


「だから、誰かと一緒の方がいい……ってこと?」


「そう。他にも手がないわけではないんだよ? うちで雇ってもらえるように頼むとか、そういうことも出来なくはないんだろうけど……年齢的に勝算が低いから」


 自分の娘よりも幼いであろう子供を使用人や家政婦として雇い入れるとは思えない。中世ヨーロッパであればもしかしたらあり得たのかもしれないが、それにしたって今のサクラは幼過ぎる。精神が早熟なのか、話しているとそう思わせてくれないのだが。


「でも……誰がいるの?」


「誰もいないんだよね。この辺にサクラの知り合いがいたりもしないでしょ?」


「いないわ。この辺りに人里があること自体、知らなかったんだもの」


「だからどうしようかなって……」


 考え始めた矢先、サクラに服の裾を掴まれた。


 振り返ると、サクラがキョロキョロとしていた。


「何?」


「ねぇ、道間違えたんじゃない?」


「え?」


 言われて見回してみると、変なところで曲がってしまったのか、表通りからは外れた場所に出てしまっていた。


「本当だ。戻んないと」


 と、元の道に戻ろうとするも、辺りをくるくると回っていたせいか、どっちから来たのかが分からなくなってしまった。


「こっちだっけ……?」


「た、多分」


 何とかそれらしい道を選んで進んでいくも、だんだんと奥まった場所へと足は進んでいた。


 そして、あるものが目に入った。


「アレは……?」


 檻に入れられた、人のような何か。大きさからして、子供のようだった。


 サクラはそれを見、顔を顰めていた。


「獣人の奴隷よ」


「獣人……」


 母からの授業内で話には聞いていたのだが、実物を見るのは初めてであった。


 頭のあたりに耳が生えていて、人間にあるはずの耳はない。そして、ボサボサに伸びた髪の隙間から覗く琥珀の目は、獰猛な獣のような輝きを見せていた。


 アレが獣人か。


 どうやらこの世界の人間は獣人を下に見ているらしく、それは知能の面だとか、素行の面だとか、文明の面だとか、あるいは歴史的な面だとか、原因は色々とあるのだが、大昔に人間がそれに漬け込んで不平等な条約を結ばせたこともあり、この国での獣人は被差別対象なのだ。


 それを初めて知った時、思わず安堵した。それは獣人が差別されていることにではなく、元の世界にあったものがこの世界でも同じようにして存在したことに、だ。まるで知らないものばかりなこの世界でも、人種差別だけは変わらず──相変わらず存在したのだ。


 アメリカへの出張の際に道に迷い、そんな中でマクドナルドを見つけた時のような安心感があった。


 その代わり、白人だとか黒人だとか黄色人種だとかの、色による差別は存在しなかった──とは言え、それについては、色で優劣を決めていたあっちの人間の頭がおかしかったという話でしかないのだが──しかしまぁ、後世の立場から当時の人間の価値観を愚弄することほど愚かなこともないとは思うので、この辺にしておこう。


 因みに。ついでにその時エルフについても教えられたのだが、エルフは基本的に引きこもって表に出てこないこともあり、あまり激しい差別感情を抱いたりはしていないらしい。強いて言うなら、何となく偉そうなのでうっすら嫌っている感じなのだとか。


 サクラと出会った後の話だったので、それも何となく理解できた。サクラはそこまで人間に対する憎悪を剥き出しにしたりはしていないが、そういう存在が身近にいたのだなということは言動から見てとれるのだ。


 それはそれとして、あの獣人。よく見れば隻腕だった。右腕が無い。


「戻らないの?」


「……ねぇ、サクラ」


「……何?」


「サクラの同居人だけど、あの獣人じゃダメ?」


「え?」


「それなりに強そうだしどうかなって思ったんだけど」


「……まぁ、他の人間に買われるよりは、いいんじゃないかしら。でもお金は足りるの?」


 見てみれば、銀貨二枚と書かれていた。これが高いのか安いのかは分からない。少なくとも、人間を売る値段としては安過ぎるか。元より人など売るものではないのだろうが。


 にしても、銀貨二枚。足りることは足りるのだが、そうなるとサクラの欲しいものが買えなくなる。


「…………」


「私が奇襲をかけて強奪するという手もあるけど」


「……、それは流石に……」


 一瞬、奴隷なぞ売っているような相手なのだからそれでもいいのではと思いかけてしまったが、それは自分の価値観でしかない。この地の人間の価値観があくまでもああいうものなのなら、思想や思考はどうあれ、穏便に済ませるしかないだろう。


 だが。


「値切るか」


「出来るの?」


「出来るよ」


 母親から値切りの際の交渉の仕方は教わっているし、そうでなくとも、前世で培ったものがある。


 スタスタと、奴隷を売る男の方へと近付いて行った。


「……ん? お……おいおい、ガキがこんなとこで何してやがる。迷子か?」


 下を見て手遊びをしていた男だったが、こちらがわざと足音を立てて近付いてやると、顔を上げた。男は清潔感というものからは少し距離を置いているらしい。


「悪いことは言わねぇ。攫われる前にとっとと帰れ」


「是非ともそうしたいところではあるんだけど。だけど一つだけ済ませなきゃいけない用事があって」


「あ?」


「そこの獣人奴隷を買おうと思ってるんだけど」


  値切り交渉術その一。兎にも角にも、まずは「買う」という意志を明確にすることが第一だ。冷やかしでないと分かれば、交渉次第では買ってくれるかもと思わせることが出来れば、相手も交渉の席についてくれる。


 ここで値切りから入ると、その時点で追い返される可能性があるので注意。


「……、そりゃ感心しねぇな。ガキの頃から奴隷なんぞ買うもんじゃねぇよ。心が壊れるぜ」


 あっちに行けと、追い払うようにして手を振る男。


「奴隷売ってる側の人間にそんな倫理観説かれたくないんだけど」


「俺たちみてぇな奴にはどうせこういう仕事しかねぇんだよ。それに好きでやってるんじゃねぇ、上から流れてきたものを言われた通り売るだけだ」


 なるほど。この男が捕まえてきたのをここで売っているというわけではないのか。


「そう。でも、こっちも別にイジメるために買おうとしてるわけじゃないから」


「じゃあ何のために買うんだ」


「何のためにって言われたら……」


 そこで一度言葉を切り、


「……護衛として育てられないかなって」


 一度獣人の方を見てから言った。


 すると男は「ハッ」と、唾を飛ばしながら笑い飛ばす。


「片腕の無ぇ、それも獣人をか?」


「でも、そういう奴隷じゃないと安くないでしょ」


「かもな。けど、寝首掻かれるのがオチだ、笑えもしねぇからやめておけ」


「……心配してくれるのは構わないけど、無理なら無理で別の手段を考えるだけなんだから、別にいいじゃない」


「ふん……まぁ、そうだな。別にお前さんがどうなろうが、知ったことじゃねぇか。……で? 銀貨二枚だが、まずお前、金持ってんのか?」


「うん。そこでなんだけど。安くならない? 具体的には銀貨一枚くらいに」


 値切り交渉術その二。自分が話の通じる人間であるということを理解してもらうこと。残念ながら、値切り交渉を持ち掛ける人間というのは、得てして話の通じないクレーマー気質な者が多い──値切りを持ち掛け、それが上手くいかなければ騒ぐという、アレな人間。


 なのでそういう人間が来た時点で、売る側も警戒してしまうのだ。だからこそ、自分はそうではないということを前もって示しておく必要がある。初手で値切りを持ち掛けてはいけない理由はこれだ。そしてそれが出来たところで初めて値切りを切り出さなくてはならない。


 それもただ安くしろと言うのではなく、具体的な額を提示する方がいい。こちらが最低でもそれだけの額は出すつもりがあるということを伝えなければ、相手も妥協点を探りづらいのだ。


「値切りか? 悪いがそれは諦めな。これでもギリギリの値段でやってんだ」


 ギリギリ、か。あまり奴隷というモノの相場を知らないから何とも言えないのだけれど。


「ギリギリねぇ……。でも、ここで値下げしてでも売った方が得かもしれないよ?」


「……? どういう意味だ」


「人を一日生かすのにはそれなりのお金が掛かる。けど、奴隷だって商品なんだから、飲まず食わずで死なせるわけにもいかないでしょ?」


「まぁ、そうだが」


「確かにここで売れば、銀貨一枚分の損はするかもしれない。けど、ここから数日売れなかったら? 数日の食事代だけで銀貨一枚なんて軽く超えると思うけど」


「……だが、お前以外の奴が銀貨二枚で買っていけば、別に問題は……」


「売れる? 片腕の無い獣人が、損が出る前に売れる?」


「…………」


「それに、言ってたよね。自分は上から流れてきたものを言われたとおりに売るだけだって」


「あぁ、言ったな。だから言われた通り銀貨二枚で売ろうとしてるんだよ」


「けど組織か何かの下っ端なのだとすれば、ノルマがあるんじゃないの?」


「のるま?」


「いつまでにこれだけの儲けを上げるっていう、達成目標のこと」


「あぁ……あるな」


「だったら、ここで買うと明言してる僕に売ってしまう方が、結果的な損は少なく済むんじゃない? それにその場合、売れるものは奴隷だけじゃない」


「……?」


「値下げに応じてもらえたっていう恩だとか感謝だとか、好感のようなものも一緒に売れると思うんだけど。それには銀貨一枚以上の価値があってもおかしくない」


 男は目線を外して空を見、


「舌のよく回るガキだ」


 そう言って手を差し出した。


「ありがとう」


 銀貨を一枚取り出し、渡す。


 交渉成立である。


『足元を見る』という言葉がある。


 江戸時代には、駕籠という物を担ぎ、それに人を乗せて運ぶという、今でいう所のタクシーのような仕事が存在していたのだが、それ自体は少しして人力車に取って代わられたのだが、その駕籠を担いでいた人間は、客の足元──つまりは草履を見て、そのすり減り具合などで運賃を決めていたのだ。


 草履のすり減り、へとへとになった客の運賃は二十文──現代にして約四百円。


 反対に、草履の真新しく、まだまだ元気いっぱいという客の運賃は、十文。


 こうして二つ並べられると、へとへとになっている方が高いのはおかしいではないかと思いそうになってしまうかもしれないが、これこそが需要と供給の姿だ。疲れている人間は運んでもらえるのなら二十文でも支払うし、まだまだ歩ける人間は、安くしなければ乗ってはくれないのだ。だからこそ相手の状況を見、求めているものを見極め、値段を提示するのである──無論、江戸時代はこのような適当で曖昧な値段設定の所為でトラブルも多かったと聞くが。


 今回使ったのはそういう手だ。こちらはあくまでも客でしかないが、売り手側の足元を見ることは可能なのだ。


 向こうが奴隷を売ってしまわなければいけないという状況であること、しかし当の奴隷には売れる見込みがないこと、そして売れない状態が続いた場合の損失など。勿論限度はあるが、売る側にだって、顧客を逃して契約が流れるくらいなら、価格を下げてでも契約に漕ぎ付けるほうが得な場合もあるのだ。なのでそれらを改めて提示すれば、「ここで売ってしまってもいいのではないか」、「ここで買うという意志を明示している人間を逃す手はないのではないか」と、そう考えさせることができる。


 これが交渉術その三。損して得取れと言うやつだ。


「だが、気を付けろよ。そいつ、獣人の中でもかなり凶暴だ。取り敢えず枷は付けてるから、外すのはしばらくしてからにしておけ。……というか、この檻持てるのか?」


「あ、檻ごとくれるんだ」


「こんなところで開放して暴れられても仕方ねぇからな。いつもは檻から出して渡すんだが」


「なるほど。まぁでも、持てると思うよ」


 と、檻の上部に付いた持ち手に手を掛ける。そして腕に魔力を通していき、持ち上げた。


「おぉ、見かけによらず力あるんだな」


「人は見かけによらない。そっちも、奴隷売ってる割に意外と優しいんだから、お互い様だよ」


「ハッ、余計なお世話だ」


 じゃあ、また。


 なんて言い残してから、サクラを連れて元の道へと戻っていった。

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