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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第死話
5/11

005 エルフの子

 数日程掛け、準備は完了した。実際にどうなるかは分からないが、いざという時に魔物を殲滅出来るだけの力や、家まで一目散に逃げだすための逃走手段、そして相手の攻撃を防御する術など、念には念を入れて来たし、これなら大丈夫だろうと思えるほどには準備ができた。


 ここまでやってダメだったら──仕方がないので諦めることにする。別に生きることを諦めて死ぬという意味ではないが、もう少し力をつけるまでは、この計画は一時凍結とし、未来に先送りにすることにする。


 そんなわけで、今度は家全体の隙を窺い、夜半に抜け出す計画を立て始めることにした。この家には家政婦含め使用人が何人かいるのだが、日によっては夜遅くまで仕事をしていたりして、そういう日では抜けだしたことが簡単にバレてしまいかねないのだ。なので、どの日なら比較的早く全員が仕事を終え、家全体が寝静まるのか──それを更に数日程掛けて調査し、平均で、四日に一度抜け出せる機会があることが分かった。


 そして今日こそが、そんな四日に一度である。この日は万全の態勢で向かうべく、昼間は一切──とは言えなかったのだが、極力魔力を使用することなく過ごし、昼寝を多めにして、夜に向けて準備をしていた。子供の身体なので、あまり夜更かしはよくないのだけれど、いや、それを言うのならそもそも大人でだって夜更かしはするべきではないのだけれど、少しくらいの不健康なら何とかなるのが子供時代だ。


 家がしんとし始めたところで、むくりと起き上がった。そして歩きだし、部屋を出て厨房へと向かう。何をしているのかと問われれば、念の為の確認だ。夜中に目が覚めて、水を飲みに行くために厨房へ行くことはこれまでにも何度かあったし、例えそんな姿を見られたところで何を不審に思われることもない。そんな状況を利用し、本当に誰も起きていないのかを再度確認だけしていこうということだ。


 ただ、そのついでに本当に厨房に行ってパンを貰っていくつもりでもあるので、別に噓でもない。


 誰もいない。いや、いるにはいるが、起きてはいない。


 よし、いける。


 勿論、だからと言って玄関から出たりするような間抜けを晒すこともなく、自分がギリギリ通れるかどうかといった大きさの窓を慎重に開けると、そこから抜け出した。そして、風の魔法を駆使することで手に入れた飛翔の魔法を使い、空中へと浮かび上がる。


 これは先日庭で試した緊急避難の改良版である。飛ぶためだけに魔力を使うのもなと思ったこともあり、出来る限り魔力の消費を抑えるような改良を施している。鳥や飛行機がどういう原理で飛んでいるのかを知っているのだから、それと似たようなことが出来ればいいのだ。


 初めは飛翔の全てを魔法で補助するという効率の悪さだった。お陰で莫大な魔力を消費させられ、あわや実用は不可能かと思わされたものだが、今では飛び上がる際と、それから多少の推進力を得るための魔力消費だけで済んでいる。


 夜の上空は肺が凍りそうになるほど冷えていたが、それを振り払うようにして飛び続けた。


 そして、目的地へと到着。


 上空から岩山を見下ろし、平らになっている場所が無いかを探す。この身体では少し転びかけるだけでも危険なのだ。無断でこうして抜け出している関係上、怪我など出来るはずもない。多少の擦り傷程度であれば誤魔化しもできるが、大怪我をすればそうもいかないのだから。


 しばらく見て回り、平らになっている場所を発見。平らというよりは、窪地のような場所だった。周囲を岩壁に囲まれ、中心には池がある。もしかしたら湖かもしれないが、ここからでは流石に判別出来ない。出来たところでどうでもいいが、湖と池は違うらしい。どのくらい違うのかと言えば、素麺と冷や麦くらい違う。要するにほとんど変わらない。


 そして、そんな池を中心に緑が生い茂っている。


 だが、そんな窪地に降り立つことはなく、まずは岩壁の上に降り立った。そして窪地を見下ろし、溜息を吐く。中心の池が月明りを反射してキラキラと輝いているのは自然の生み出す幻想的な風景と言えなくもなかったが、何ならカメラがあれば一枚撮影していてもおかしくなかったかもしれないのだが、この場合において、あの池は少々邪魔だった。


 何故かと言われれば、池があることで、この窪地がその水を求める動物の──否、魔物の生息地になってしまっていたからである。


 窪地には現在、十数匹は超えるであろう魔物がいる。


 魔物が何を食べるのかなんて知らないが、そもそもあの魔物がどういう存在かもよく分からないのだが、草食にせよ肉食にせよ、やはり水は飲まねばならない。それには同感だ。だからこそ自分は魔法の習得に躍起になっていたのだし、それは否定できない。


 が、邪魔だ。


 今から下へと降り立てば、当然バレる。心置きなく実験とはいかないだろう。だったら当然どこかへと行ってもらうしかないのだが、音でも立てれば散らせるだろうか。しかし、音が止んだからとまたのこのこ戻ってこられても仕方がないのだよな。


 なら戦争でもして、人間様という生物の偉大さでも叩き込むか。それは危険だ。そもそも向こうがどんな魔物なのかを把握できていないのだから、そんな状態で戦いを仕掛けるなど愚の骨頂。論じるまでもなく、考えるまでもない。


 だとすれば、ここから排除していくか。


 となると当然魔法の出番なのだが、何がいいだろう。


「炎の魔法は……ダメだな」


 目立つ。夜空に突然火が浮かべば逃げられるだろう。それにあの魔物たち全員を焼き払うとなると、かなりの広範囲を一気に焼き尽くさなくてはならなくなる。


「だから雷もダメなんだよな……」


 雷は炎よりも早い。だが、それで全てを始末しきれるかと言われれば自信がないし、やはり目立つ。池に雷を打ち込んで全員が感電死するのを待ってもいいが、池の水が電気を帯びるほどの落雷を起こせば、恐らく逃げられる。


「なら風魔法か……?」


 視認できない風の刃であればどうか。これは悪くないように思えたが、しかし決定には至らなかった。風はあくまで風なのだ。ここは山ということもあり、風が強い。そんな中で風の刃を放てば、消えてしまいかねない。それに距離の問題もある。岩壁の上から窪地にいる魔物たちに向けて風の刃を放つとすれば相当魔力を込めなくてはならなくなり、それは効率が悪いこともそうだが、その余波として暴風が巻き起こるのが問題だ。そんな状況下で、魔物たちは大人しくしていてくれるだろうか。


「土……、うぅん……」


 地面に魔力を通して、魔物たちの足元を操作し、下から突き刺すというのではどうだろう。きちんと狙いを澄ませばいけなくはない。だが、魔力消費量が前の三つの比ではなくなる。今日の目的はあくまでも実験で、魔物の相手をすることではない。これもこれで貴重な体験だと言えばそうなのだが、しかし手早く、そして魔力消費を抑えて事を済ませたいのだ。


 それから、土魔法に関して言えばもう一つ、巨大な岩を作り上げ、そしてそれを落として圧殺するという手段もある。しかしこれもダメだ。普通に目立つ。


「氷ならいけるかな」


 つららを作り、それを落とすなりなんなりして突き刺すというのはどうだろう。土魔法でやろうとしていたことと似てはいるが、空中につららを作り出すだけでいい分、楽に終えることができる。しかし、どれくらいの大きさの、どれくらいの鋭さのつららを作れば確実に突き刺さるのだろうか。それが分からない以上、決め手に欠ける。


 それかあるいは、魔物達を凍り付かせてしまうというのも手としてはある。というか、これが一番楽なのか。


 ただ、毛皮を持つ生き物はそう簡単に凍るのだろうか。例えば、ホッキョクグマやキツネ、オオカミなどの寒冷地帯に生息する動物は、その環境に適した水や氷を弾きやすい毛皮を持っている。あの魔物達がどうかは知らないが、その可能性は十分あるのだ。


「だとすると……」


 水の魔法。これならどうだろう。


 津波でも起こし、質量にものを言わせて押し流す。これはダメだ。災害でしかない。なら、魔物たち全員を水で囲い込み、溺れさせて窒息死させるというのは、ダメだな。暴れられたときに魔法を維持できなければ簡単に逃げられてしまう。ここら一体を水浸しにして、それを氷魔法で凍らせるというのも、先程の通りだ。相手が相手なら手段としては有効だが、この場合はもう少し確実なものが欲しい。


 だったら、アレはどうだろうか。


 ウォータージェットカッター。


 超高圧のポンプで水を噴射し、金属からスポンジまで、ほとんどの素材を切断、加工することが可能な装置だ。噴射される水の速度は音速の数倍程で、その水圧は大気圧の数千倍。


 確か、それで寿司や果物、スイーツなどを様々な形に加工していたりもしたのだったか。これまでの回転刃などでは出来なかったことができるということで、食品業界にも導入が進んでいたのを覚えている。当然デメリットもあったが、しかしそれ以上に未来のある技術だった。


 その話はいいとして、仕組みは上記の通り。魔法での再現も可能。それも今回は連続的な噴射ではなく、魔物の脳を撃ち抜くことが出来ればそれでいいのだから、魔力の消費もそこまでのものではない。


 因みにこの魔法で、家の庭にあった石を軽く削っている。削り出した石で何か作れないかなとは考えているのだが、あまりいい案も思い浮かばなかったので、一先ず保留している。


 岩壁の上で手を指鉄砲の形にし、狙いを定める。


 別にこんなことはしなくてもいいのだが、『集中する際は自分に合ったルーティーンが大事である』とあの本に書いてあったので従っている。実際、こういう風にした方が魔法は使いやすいし、自分が今何をしているのかを把握しやすい。


 そして、狙いを定め──魔物が動きを止め──撃ち抜いた。


 撃ち抜いた際の音はない。魔物は絶命し、どさりと倒れ込む。


 近くで寝転がっていた別の魔物がその音に反応したが、特に気にすることもなく別の方を向き──撃ち抜かれる。


 それに気が付かぬ別の魔物もまた、一瞬のうちに命の灯を消してゆく。


 こめかみを、眉間を、脳天を、間髪入れず正確に狙撃していき──数分後。


「……ふぅ」


 大きく息を吐いた。緊張の所為か脚が少し震えていたが、取り敢えず一仕事終えたことを確認すると、ようやく窪地に降り立った。


 血の匂いがする。


 軽く風を起こしてそれを上空に向けてやると、早速実験に入ろうとして──邪魔な遺骸を片付けることから始めることにした。隅の方にでも置いておけばいいかと、土魔法で巨大な腕を作り出し、それを運んだ。


 やっとだ。これでやっと実験が始められる──それも、上手くいくかも分からないような実験を。


 △▼△▼△▼△


 実験を開始してから数時間。まるで順調とは言えない現状を前に、一度その手を止めていた。


「何がいけないんだ……? いや、何が足りてないんだ……? というかそもそもこの方向性で合ってるのか? けど、そのあたりの理論なんか触りさえ知らないしな……」


 一般相対性理論を一行だって理解しているわけではない自分に、果たしてそれを再現することは可能なのか。いや、もしかしたら一行くらいは理解できるのかもしれないが、全体を知ったところで再現できないものを、その程度の知識でしかない人間にどうこうできるものなのだろうか。


「そういえば……」


 確か昔、量子コンピューターか何かで疑似的にワームホールを再現することに成功したという話があったか。いや、成功したのだったか?


「…………」


 記憶が確かであるならばだが、負のエネルギーを掛ければ、それをもって物質を流すことができるようになるとか何とか、そんな話だったような気がする。つまり、これを再現するためには正や負のエネルギーというものを生み出さなくてはならず、それを生み出すにはまずこの正や負というものがこの世界において何を意味しているのかを理解しなくてはならないということか。


「陽子と……電子……? いや、だとすると中性子は何かって話か……。それにそんな簡単なもので出来るなら苦労はさせられないし……。反物質を指すもの……でもないよな……」


 正と負。


 陽と陰。


 引力と斥力。


 それっぽいものを挙げていくが、これと言ってピンとくるものが無い。


 その時、足元でパキッと音がした。足元を見れば、どうやら木の枝を踏みつけてしまっていたらしい。


 木の枝。こんなところに落ちていただろうか。そう思って前を見て、気が付いた。いつもの癖で、つまりは考え事をするときの動作として、自分がいつの間にか歩き回ってしまっていたこと、そして、始めの窪地からそれなりに離れた森の中に迷い込んできてしまっていたということを。しかし、焦ったりはしない。これで目の前に魔物がいたら腰を抜かしていたかもしれないが、森で迷ったくらいなら驚いたりはしない。素直に上に飛んで元の場所に戻ればいいだけなのだから、焦る要素が何処にもないのだ。


 だが、そうはしなかった。夜の森という、考えずとも怖いだけの空間が、その時の自分にとってはどことなく落ち着く空間であったから──というわけでは断じてない。そんな感性を持ち合わせている自分でないことは何年も前に確認済みだ。


 ならどうしてか。


 それは、顔を上げた際に、ちらっと、視界の端に映ったものが原因である。


 それは──人の足のように見えた。人の足が、草むらから飛び出ていたのだ。それも、大人の足などではなかった。大きさ的に、自分やエレインともそう変わらないような子供の足であった。


 この山では死体の遺棄でもされているのかと、しかし遭難者であれば大変だと、恐る恐る近付いていくと、その足を掴み、草むらから引っこ抜いた。


 すると、上半身を魔物に食いちぎられた人間の死体が出て来た──というような展開にはならず、土で汚れ、意識を失った状態の女の子が出て来た。いくつかの擦り傷や切り傷はあったが、大きな怪我は見当たらず、微かではあったが呼吸もしていた。しかし顔を見て、首を傾げた──顔というよりは、耳を見て。


「尖ってる……。奇形か……?」


 耳介奇形というものがある。


 それは基本的に先天性のもので、前世では治療法の確立したものだったが、この世界ではそうではないのだろうか。


 そうでないとして、まさかとは思いたいが、それが理由でこんな山に捨てられたというのだろうか。耳介奇形は小耳症という、時に難聴を伴うものもあるので、それが理由という可能性もあるのだが、しかしそれだって理解できるものではない。それもこんなに冷える山に、厚着をしてなお少し寒いこんな山に、薄手の服だけ着せて放り出すか普通。いや、この普通は自分にしか理解できないものなのか。誰にとってもそうだが。


 取り敢えずこのままではいけないと、上着を脱ぎ、それを被せた。そして、一度先程の窪地にまで戻ることにした。あの辺りであればある程度安全が確保されているのだ。


 身体に魔力を通し、持ち上げる。だが、相当痩せ細っているのか、そんなことをせずとも持ち上げられそうなくらいには軽かった。


 そうして窪地まで、落ちている木の枝なんかを拾いながら戻っていった。


 △▼△▼△▼△


 適当に火の魔法を使えば焚き火を起こすことができるというのは、便利でいい。前の世界も大概チャッカマン一個あればどうにかなったが、それすらいらないとは。もう少し道具がそろっていれば、この辺りでキャンプというのもよさそうだと思ったが、ダメだな。寝ている間に魔物に食われてしまいかねない。


 寝ている間にも魔法を展開することができればその心配もないのだろうか。


 だが、それは寝ていると言えるのか。安眠できないのならいっそ起きていた方が楽だろう。


 焚火を起こすと、拾ってきた子を遠すぎず近すぎずの場所に寝かせる。そうしてしばらく起きるのを待っていたのだが、二十分ほどしたころだろうか、小さな声とともに、その子は起き上がった。


「……、人間……?」


 人間──自分を見て発せられたその言葉に若干の違和感を覚えつつ、おはようと返した。


「…………」


 その子は周囲を確認し、火を見、それから再度こちらに目を向けた。


「助けて……くれたの……?」


「助けてはいないよ。けど、ここまで連れて来たのは僕」


 事実、運んだだけだ。治療なんかは出来ていないし、これからの事だって何も考えていないのだから、ここまでの行為は助けたことにはならないだろう。


「そう……なの……。ありがとう」


「うん。それで、お腹空いてたりしない? パンだったらあるんだけど」


 と言って、鞄から取り出したパンを差し出した。


 窪地の隅には魔物の遺骸もあるのだが、それは流石に捌けないので、焼いて食べることもできない。というか、アレは焼けば食べられるのだろうか。オリヴィアの行う授業内でも魔物については教えられるのだが、まだきちんとは覚えられていないし、少なくとも、あの場所に積まれている魔物には見覚えが無い。なので変なことはしないに限る。


「あ……、……うん。貰う」


 一瞬遠慮するような素振りを見せたが、腹の音が鳴ったことで誤魔化せなくなったか、素直に手を伸ばし、差し出したパンを受け取っていた。食べ始めて少しして、すすり泣くような声が聞こえた。泣き出すとも思っていなかったのでどうしたものかと思ったが、喉に詰まらせたりしたらまずいと、背中をさすることにした。そうしていると落ち着いたのか、パンを食べるのに集中し始めた。


 しかしこうなると、コップでも持ってくればよかったな。水を飲む際、自分が飲む分には手元に生み出した水をそのまま飲めばいいのだけれど、他人に渡すときにはそういうわけにもいかないだろう。これまでそんな機会が無かったために、こんな簡単な事さえ意識していなかった。とは言え、今日コップを持ってこなかったのはどのみち自分しかいないと思っていたからなのだけれど。


 コップか。土魔法なんかで上手いこと作れたりしないだろうか。土を操作して色々な形を作ることができるのは知っているのだから、歪でも入れ物になるような物が作れれば──そう思い、土を操作し始めた。


 途中で水を付けたりしながら、時には手で形を整えていく。そしてある程度それらしいものが出来上がると、焚火の中にそれを突っ込み、焼き上げていった。陶芸などはやったこともないが、多分やっていることはこういうことなのだろう。水が蒸発することで、土がくっついていく。


 折を見て取り出すと、一度煮沸した水を中に入れ、洗い流す。


 問題ない。中身が漏れたりはしていないようだった。


 泣き止んでからは、パンを食べながら何をしているのかとこちらの様子を窺っていたその子だったが、何がしたいのかが分かったのか、色々とアドバイスをしてくれた。聞くに、こういった小物作りはそれなりに経験もあるのだとか。


「結構器用なのね」


 出来上がったコップから水を飲み、その子は言う。


「器用? 歪だと思うけど」


「コップじゃなくて、魔法の方。切り替えがスムーズだし、無駄がない」


「そう……」


 ピンとこないことを言われた。無駄を抑えようとしているというのは確かにそうなのだが、まだもう少し無駄は省いていけるはずだ。いずれは一瞬で今の工程をこなせるようになりたい。


「それで……」


 パンを食べ終えると、彼女は改めて姿勢を正した。


「どうして、私を助けてくれたの?」


「……どうして?」


「えぇ。こんな山奥で素性も知らないエルフを──」


「エルフ?」


「え?」


「ん?」


「……まさかあなた、私がどういう存在か分かってないで助けたの……?」


「…………」


 エルフ。流石に聞いたことすらない存在というわけではなかった。北欧神話に起源をもつ、自然の精霊だったか。それは若く美しく、そして魔法を操るとされていたはずだが──なるほど。妙な耳の形は奇形ではなかったか。それにしては少しイメージと違う気がしたのだが、しかし架空の創作物と比べても仕方がないか。


「……本当に、どうして助けたの」


「どうしてって言われたら……」


 助けてはいない。だが、この状況を『助けた』のだとするのなら。


「死ぬことが……あまりいいことだとは思えなかったからかな」


 生きることに意味などないと思っていたが、死ぬことに比べれば、まだ意味があった。


 自分にとって死というものは、息継ぎ程度の意味しか持たななかったのだ。


「……?」


「まだ生きることが出来るなら、その道が絶たれてないなら、だったらそれはまだ死ぬべき時じゃない。死を受け入れるべき時じゃない。どんな状況でも、人は生こそを求めるべきだ──って、そう思うから」


 そう、前世でも思いたかった。思えるような人間でいたかった。心のどこかで、そんな事を思っていたのだろう。


「だから、まぁ、死なせるべきじゃないと思っただけ。そこに深い意味はないし、そもそも君を本当の意味で助けられたとは思ってない」


「…………」


「……それで? 君はなんであんなところに? というか、どこから来たの?」


 話を変えるため、気になっていたことを尋ねた。


「っ……、私は……」


 聞かれたくない事でも聞いてしまったのだろうか。彼女は顔を顰め、俯いた。言いたくなければ言わなくてもいい。そう言おうとしたのだが、それより先に、彼女は口を開いた。


「私は、里を追い出された」


「里? エルフが暮らす里があるの?」


 彼女は頷く。


「多分知らないと思うのだけど、私たちエルフは祖霊魔法を使う」


「祖霊魔法?」


「あなた達人間が精霊魔法と呼ぶものよ」


 なるほど。自分はそれを『精霊魔法』と学習したが、アレは著者が人間だから、あくまで人間目線でしか書かれていないのか。なら、『一般魔法』は他所で何と呼ばれているのだろうと気になったので尋ねてみると、短く、遠慮がちに、酷く言い辛そうに、「似非魔法」という答えが返ってきた。それだけでエルフの、人間に対する感情が分かった気がする。


「じゃあ……」


 君も祖霊魔法を?


 そう尋ねようとして、憚られた。この話をわざわざし始めることの意味を考えた時、今から彼女がしようとしている話の内容が分かってしまったからだ。


 そして、その予想通り、彼女はそれを使うことができないと言った。


「祖霊に助力を求められないわけじゃない。私は祖霊を視認することができないの」


「だから捨てられたの? それは流石に酷くない?」


 こんな環境だ。魔法が使えなければ役立たずだと判断されるような場所だってあるのかもしれない。しかし、あまりにも弱者に厳しい。


 だが、彼女は首を横に振った。


「酷いとは思わないわ。私も立場が逆だったら、同じことをしていないとは言い切れないから」


 なるほど。だとすればそれに文句を言うのはポジショントーク、あるいはダブルスタンダードというやつになるのか。


「けど、私が里を追われたのはそういう理由じゃない」


「じゃあ……何?」


「私は祖霊魔法を使えない。けれど、似非……一般魔法を使うことができた」


「魔法をまるっきり使えないってわけじゃないってこと? なら何で……」


「それが問題だったのよ」


「一般魔法を使えることが……。あぁ、似非魔法なんて蔑んでるくらいだし、それも考えられるか……」


「……えぇ。こんな話、あなたみたいな子供にするべきじゃないのかもしれないけど、私は人間との不義の子だとされたの」


 子供にするべきじゃないとは言うが、やはり歳がそう大きく違うようには思えない。見た目よりも年齢は上なのだろうか。


「一般魔法が使えるってだけで?」


「そもそも、一般魔法は人間の魔法とも言われている。それくらい人間にしか発現しない。対して、祖霊魔法はエルフの魔法とも言う。それくらいエルフにしか発現はしない」


「でも、人間にも精霊魔法は発現するって見たけど。だったらエルフにだって一般魔法が使えることもあるんじゃないの?」


「……確かにそう。ありえる。私がそうだから。けど、それは……異物でしかない」


 ある種の信仰、あるいは宗教か──馬鹿馬鹿しいと一笑に付してやることは出来るのだが、それは現代人的な価値観故の傲慢さだ。


 それは理屈ではなく、屁理屈ですらない。だとすれば、こういったこともあるのだろう。


 エルフと人間。


 神と悪魔。


 善と悪。


 天と地。


 そして──光と闇。


「光と……闇……?」


「……?」


 正と負というのは、それの事なのか?


 正を光とし、闇を負とする。その発想で、その方向で、ワームホールの再現を目指すべきなのだろうか。だとすればまず先に光と闇を魔力で作り出せるようにしなくてはならないのだが、しかし、今考えるべきは──兎にも角にもこの子か。


 というか、この子この子としか言っていないが、名前を訊くのを忘れていた。自分も名乗ってないのでお互い様なのだが。


「名前……」


「名前。……名前の文化はあるでしょ?」


「あるわ。あるけど……。ねぇ、私に……名前をくれない?」


「名前を?」


 自分を捨てた親がつけた名前を名乗りたくないとか、そういう意味だろうか。


 それにしても名前か。何がいいのだろう。名付けのルールなどもあまり知らないし、自分の感覚で付けるしかないか。


 透くような金色の髪に、目はどちらかと言うと桃色で、端正な顔立ち。話し方や声は落ち着いているように思える。


「なら、サクラは?」


 発音としては桜ではなく佐倉の方が近いのだが、花の名前なら女の子らしくていいだろうと、そう名付けることにした。今の時代はそういう『らしさ』を求めてはいけないのだろうが、しかしここはかつての場所ではないのだ。そんな過去の古い考えにいつまでも囚われていてはいけない。


「えぇ。それで……いえ、それがいいわ」


「そう、ならよかった。それで、行くあてはあるの?」


「…………」


 あるとは思っていない。行くあてのある存在が、こんな山に一人でいたりはしないのだろうから。


「……ないわ。どこにも、居場所はない」


 もうかなりの時間が経っていたのか、月は見えなくなっていた。


「なら来なよ。家に連れ帰ることは……出来る気がしないけど。でも、居場所くらいは用意できると思うから」


 焚き火も弱まってきたところで立ち上がり、手を伸ばす。そして夜空を飛び、屋敷へと帰還したのだった。


 △▼△▼△▼△


 翌朝。


 山の麓には、幾人かの男達が並んでいた。登山に必要な道具や食料を確認しつつ、リーダーの掛け声で、山へと入って行った。木々を搔き分け、魔物がいないかを確認しながら、上へ上へと進んでいく。


 その表情は険しく、場合によっては悲壮ささえ感じられた──まるで、死でも覚悟しているかのような。


「こんな事があるのか?」


 誰かが呟く。


 小さな声であったが、全員に聞こえていた。それだけ山の中が静まり返っていたのだ。


 そして、そんな状況が既にあり得ないこととして、彼らには映っていた。


「今あるんだから、まぁ、あるんだろうな」


「それはそうだけどよ……。でもおかしいじゃねぇか」


「分かってる。というか、一番おかしかった昨夜に比べりゃ、こんくらいは想定の範囲内だろうが。泣き言を言うんじゃねぇ」


「…………」


 葉が風に吹かれ、カサカサと揺れる。誰かがその音に反応するが、魔物の気配はない。


「そういや、昨夜アレが確認されたのはどのあたりなんだ?」


「もう少し上、岩場の方だって話らしい。見てないのか?」


「いや、光ってたってのは分かるんだが、ウチの窓からじゃよく見えなかったんだよ」


 昨夜、この山の頂上付近にて、度重なる激しい光が確認されていた。街の組合ではその件で朝から大騒ぎで、夜明けの前には対策本部が置かれることとなっていた。そして、彼らはその原因を調査するために派遣された面々で、言い換えれば、外れくじを引かされた不運な集団でもあったのだった。


「な、なぁ、本当に調べに行く必要があるのか? あんな危険地帯、放っておきゃ誰も近付かねぇんだし、向こうだってわざわざ人里まで降りてこねぇだろ?」


「はぁ。原因が何か分かった上で放置するのと、何が原因かも分からずに放置するのとじゃ何もかも違うだろうが」


 不安がる男の問いに、リーダーは溜息交じりに答える。


「けどよぉ……」


「別に嫌なら帰ってもいいんだぜ? 一人で降りれるなら、だけどな」


「…………はぁ、仕方ねぇか」


 男は肩を落とし、己の不運を呪った。


「それに、もし原因が『災害』だったりでもするんなら、逃げたところで結果は変わんねぇよ。だったらいっそ、原因が『災害』じゃねぇってことを確認しに行って安心できた方がよくないか?」


「はっ、確かにそうだ。今頃慌てふためいてやがるお偉い共より先に安心できるんだから、これ以上はねぇな」


 別の男がカラカラと笑いながら言う。


「にしても、面倒なのは『災害』程じゃなかった時だろうな。討伐依頼が出されるとくりゃ、狩り出されるのは間違いねぇ」


「へぇ、自信満々だな?」


「そういう意味じゃねぇよ。弱くたって、肉壁程度の働きは期待されるかもしれねぇんだから」


 その言葉で、あたりを沈黙が支配した。


 戦力ではなく、死ぬことを期待されているというのは、やに残酷で、そしてそれ以上に、現実的であった。


「そりゃあ随分と嫌な期待だな」


「だから、ただの事故だとかそのあたりを祈りたいんだが……そろそろだ。気ぃ引き締めとけ」


 男たちの表情に、再び緊張が走る。


 森を出、足が岩場を踏みしめる。転ばないように杖を突きながら、彼らは目的の場所を探す。その間、魔物はほとんど現れなかった。空を飛ぶ鳥型の魔物が何度か確認できた程度だろうか。彼らはそれと交戦することはなく、進んでいった。


 そして、日が天高く昇る頃。岩場を大きくくり抜いたような窪地を発見して、そこに見えた光景に言葉を失った。


「お、おい……あの死体の山は何だよ……」


 岩場を下りて行き、窪地に入る。そして、隅の方に寄せられた魔物の山を見て、誰かが言う。


 魔物の山はその下が真っ赤に染まっていて、血は既に固まっていたが、それがそこまで長時間放置されたものでもないことは、彼らにも理解できた。


 この死体の山は、少なくとも昨日のうちに作られたものである。


 「ゲアルージャ……だよな。何でこんな事に……」


 それも、ただの魔物ではない。


 この山の覇者──それがその魔物であった。入山前、彼らが恐れていたのはこの魔物である──無論、『災害』はもはや恐怖だとかの次元にはなく、いっそ諦めがつく部類のものなので、彼らが現実的なところで恐れていたのは、という但し書きが付くのだが。


 ゲアルージャの大きな特徴として挙げられるのは、何を差し置いてもその高い身体能力と言えるだろう。それは魔力による強化を受ける前からであり、魔力によって強化されたゲアルージャの動きや膂力は、並の人間では手が付けられないのだ。その上、毛皮は非常に硬く、下手な攻撃では手傷を負わせることさえ困難。そんな魔物がいる山に入山し、昨夜の激しい光の原因を調べてこいと言うのだから、全く外れくじもいいところであった。


 しかし、いざ来てみれば、そんな魔物がすでに殲滅されており、邪魔なものを一纏めにしておくかのようにして端に寄せられていたのだから、肌が粟立つのを止められる者は誰一人としていなかった。


「これは……どうなってやがる。死体がいくらなんでも綺麗すぎやしないか?」


 男が魔物の死体を恐る恐る触りながら、覚えた違和感を口にする。


「見ろ、ここから血を流してる。多分、穴でも開けられてるんだろうが……何をどうしたらこうなるんだ?」


「……刺突武器の類ならどうだ?」


「人間がやったと?」


「いや、それは分からねぇけどよ。そんくらい細い得物ならこれもできるんじゃねぇかって思ってよ」


「だとしても無理だろ。これだけ正確無比に一点だけを狙って仕留めるってのは。それに、これ以外には似たような傷もない。つまり、ゲアルージャはこれ以外の攻撃を受けてない。これだけが致命傷なんだよ」


 その時、別の場所から仲間が呼ぶ声が聞こえた。


「おい、来てくれ!」


 数人がその場を離れ、その男の元に近付いていく。


「どうした?」


「これだよ。これ、焚火の跡じゃないか?」


 指差したのは、何かが燃え尽きたような跡だった。


「焚き火って……おいおい。じゃあマジであれをやったのは人間だってのか? あんな数のゲアルージャ殺し尽くして、吞気に焚き火だけして帰ったってのか? 毛皮を剝ぐでもなく? あり得ねぇだろ!」


 それを見せられたうちの一人が、段々とヒートアップしていく。


「落ち着けって。そうと決まったわけじゃ……いや、でもその方が俺らとしちゃ都合がいいのか……?」


「いいわけねぇだろ。だったら何がしたくてこんなことしたんだよ」


 ゲアルージャの毛皮は、採取が困難だというのが大きな理由なのだが、売れば一ヶ月は生活が出来るだけの金銭になることもあるのだ。勿論それは毛皮の状態などにもよるのだが、アレだけ綺麗に仕留めたとなると、丸々一匹分の毛皮がそのまま手に入ることになる。それを無視して帰ったというのだから、この惨状を作り出したのがまともな感性の持ち主でないことは誰の目にも明白だった。


「これ、このまま上に報告して……信じてもらえんのか?」


「頷いてもらうしかねぇだろ。もし信じられねぇっていうなら、簀巻きにして連れて来てやる」


「……だな」


 彼らは結局、ゲアルージャの毛皮を手分けして剝いでいくと、日が沈む前に山を下りたのだった。

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