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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第暴話
42/70

042

 外に出ては王都の街並みを観察し、人の流れを見ては要所を把握し、どこにどういった施設が集まっているのか、労働者らに人気の飲食店はどこにあるのか、主婦が買い物をするような屋台や露店の具合はどうか、子供達はどこで遊んでいるのか──そして反対に、そうでない場所はどこか、この王都においてはそういった場所にどのような共通点があるのか──云々といったことを調べながら、入学式前の七日間を過ごしていた──とは言え、厳密には、入学式の前日までには入寮を済ませておかなければならないというような事情もあったので、七日間ずっとそうしていたというわけでもないのだが。


 ただまぁ、まずは飲食店からなどと言いながらも、同時進行でやってしまった方が楽だろうからと考えた自分は、結局、飲食店を回ったりしながら、スラムのような場所もついでに調べていた──しかし、目的が複数あったこともあり、自然と行動範囲は広がっていったので、七日間では足りないだろうという当初の推測が外れることは当然なく、その調査は途中で、それもどちらも中途半端な形で中断されたまま、入学式を迎えることになってしまった。


 これは余談だが、折角王都にいるのだから、生まれてこの方会ったことのない兄にも会えるのではないかとも考えていたのだが、そんなことはなかった。会えなかった。年がら年中忙しく働いているらしい。余談終わり。


 起床し、朝食を済ませると、ローブにも近い制服を身に纏い、その日は朝から学園の敷地内にある大講堂に向かって行った。


 因みにだが、このローブ、今年になってから全学年で一新されたらしい。以前までは地味なローブで、学年やクラスごとに色が分かれているだけだった、とのことなのだが、今年になり、かなり凝ったデザインの物が使われることになったようだった。


 それはどこか前世の日本の制服を思わせるような物で、他の生徒がどのような反応を見せているのかは不明だったが、少なくとも、エレインやイリーナは好意的に受け止めているらしかった。女子の目線から見れば、飾り気の無い簡素なデザインの物よりかは、やはりこういった物の方が好まれるということなのだろう。


 そして、今年度の入学者が集まると、しばらくはざわざわとしていたが、やがて静まり返り、式は始まった。


 この辺は結局、どこも変わらないらしい──長々とした話が続き、それが終わってはまた別の人間による長話が始められ……と、それが数時間ほど続いた。そしてそれが終わると、今度は主席合格者のスピーチが行われることに。


 出て来たのは、この国の第五王女だとか。名はフューリアと言うらしい。フューリア・イーディスティン。興味がないので知らなかった。


 彼女は目鼻立ちの整った美形で、薄紫色の長い髪に、アメジストのような瞳を持ち、曲線的な肉体に、その佇まいは気品を感じさせる。年齢としてはエレインと同じなのだろうが、王女故だろうか、エレインよりも数歳上かのように思わされた。


 しかし、第五と付くように、それも王女である通り、この国の王になることもなければ、政治上の要職に就くこともほとんどない、あるとすれば、他国の王室との繋がりを作るか、国内の貴族に降嫁させ、王室と貴族の繋がりを強化するための──こんなことを言えば失礼極まりないのだろうが、道具としての役割しか持たない人間でもある。


 果たしてそれで人間と言えるのかどうかといった話は置いておくとしても、そういった背景が彼女を周囲よりも大人びさせて見せているのだとすれば、一概にそれがどうこうとは言えなくなる。


 ただ、主席合格だというからには、彼女、魔法には長けているのだろうか。


 王族だからありとあらゆる手を尽くして主席にされただけ、という可能性もあるにはあるが──流石に何の根拠もないうちからそんなことを疑い始めれば、相手が王族であろうとなかろうと無礼極まりないのでそんなこともしないが──注意くらいはしておくべきなのかもしれない。具体的に何をどう注意するのかも分からないが、相手の身分もあるのだし、気を付けておいて損をすることはないだろう──何もそれは彼女に限った話でもないのだろうが。


 そも、イリーナという存在がすこしばかり異質なだけで、貴族というのは基本的に、平民である自分達からすれば、警戒するに越したことはない存在なのだ──エレインや自分を余計なトラブルから守るというのなら、学園の外のスラムも勿論そうだが、余計に気を付けなければならないのは寧ろ、学園の中の人間だろう──とは言うものの、こちらは流石に、何かしてきたから排除するというようなことも出来ないのだが。


 そして肝心のスピーチ内容だが、流石にその辺りは周囲の検閲が入っているのだろうなということを思わせるような、いかにもなものである。スピーチらしいスピーチだとでも言っておこう。王家に名を連ねる者である以上、下手なことを言われては困るという周りの都合もあるのだろう──そこに本人の意思というものはほとんど感じられず、それ故に少しだけ親近感を覚えそうになったが、向こうからすれば迷惑甚だしい評価なのだろうなということを思うと、そこで興味は失せた。


 そんな中、暇を持て余すと、自分は周囲を見回した。


 分かってはいたことだが、皆背が高い──まぁ、三つも離れていればそうなるのも当然だが。十五歳の子供とはこれほど大きかっただろうか。自分の目線が低い分、余計にそう感じる。


 そして同時に、周囲の人間もまた、こちらを奇異の目で見ていることにはすぐに気が付いた──一緒にいたエレインとイリーナが果たして気が付いていたのかは不明だったが。


 彼らもまた、周囲と比較した際、あからさまに異質である自分達という存在を気にしているのだろう。とすれば、それが奇異の目で済んでいるうちに、上辺だけでも良好な関係を構築しておくべきか。まぁ、上辺だけでも──などとは言うものの、エレインやイリーナではない自分では、どう足掻いても上辺の関係しか構築出来ないのだから、どうにも言い訳のようだが。


 やがて式の全行程が終了すると、早速次に移った──次と言うのは、クラス分けの発表である。掲示板が複数持ち込まれると、それぞれ近くにいる生徒からそれを確認していき、講堂を後にしていく。自分達もしばらくして、それを確認した。三人全員同じクラスだったので、その時点で一安心し、それ以上を確認することはせず、揉みくちゃにされぬうちにと、講堂を出たのだった。


 △▼△▼△▼△


 講堂から教室までは、およそ五分ほど。ただそれは同じ新一年生がごった返していたことも含めて掛かった時間なので、急げばそれ以下の時間で向かえそうな距離ではある。


 そして指定されていた教室に入ると、特に指定などもなさそうだったので、空いていた席に三人で座ることにした。


 座席は日本の小学校や中学校を思わせるものではなく、どちらかと言えば大学に置いてあるような長机が生徒の数分置かれているような感じだ。段々になるように席が配置されているので、後ろの方だからと前が見えづらくなるようなことはない。


 こういう場合、我先にと教室後方や橋の方の席を確保しに行く生徒というのが前世には多くいたように記憶しているのだが、この教室では特にそんなことはなかった──しかしそれは何も真面目だからとかいう話ではなく、上記の通り、座席が段々に設置されているからである。何なら、高い場所に設置されている分、下手をすれば一番目立つ場所でもあるのだ。なのでかは知らないが、大体真ん中あたりの座席がいち早く確保されているようだった──前の方の座席は論外とすれば、そこしかあるまい。


 そして教室を見回す。早速周囲との交友を築こうとする者、取り巻きらしき人間らと雑談をする者、身分の高そうなのに媚を売りに行く者──などなど、三者三様、様々である。


 自分達がどれに属するのかと言えば恐らく二つ目なのだろう──自分もエレインも、イリーナの取り巻きであるという自覚はないが。しかし、本人がそう思っていなくとも、周囲がそう認識すればそうなってしまうのが人間関係というものではあるので、多分今後はそういう感じで振る舞うことになるのだと思う──と言うか、そのほうが安全でもある。根無草でいるよりかは、誰かしらの傘下にいたほうがいい。無論、それでおかしな派閥争いに巻き込まれては仕方がないが、イリーナはそもそも辺境領主の娘だ──そう言ったものとはあまり縁もなさそうに見える。


 見えるだけだ。もしかしたら自分の知らないところで行われている貴族同士の交流会などで出会った別の貴族の派閥に入っている可能性はあるし、辺境の田舎領主同士で派閥を組んでいる可能性だってある。と言うか、その可能性の方が高い。


 どうしよう。やっぱりイリーナの傘下になるのはやめておいた方がいいかもしれない。


 いやでも、もしそういった派閥に入っているのなら、イリーナが今すべきはエレインとの雑談ではなくその派閥の人間に対しての挨拶だろう。


 しかしイリーナはそれをしていない──と言うことは、少なくともこのクラスにはいないと言うことなのではないだろうか。まだ来ていないだけという可能性もあるが、そう捉えるのなら、判断を下すには早いか。


 だがまぁ考えてもみれば、大体、子供同士の付き合いというのは往々にして同い年同士であることが多い。大人になればその辺りはあまり気にされなくもなるが──気にしなくなるものだが、子供は違う。歳が一つ違うだけで何もかもに大きな差が出来てしまうのだ。そんな状態では、まずまともなコミュニケーションは成り立たない。だとすれば、そんな子供同士を付き合わせるようなことは、まともな親ならしない。


 そして、イリーナと歳が同じ人間となると、まだ学園に通う適齢ではない。飛び級をする人間がそうポンポン出てくるとは思えないので、イリーナの貴族としての知り合いは恐らくいないものと考えていいだろう。それにもし適齢だったとしても、皆が皆同じ学園に通うとは限らないのだ。


 しかし、だから貴族の派閥争いに巻き込まれる心配はない──というのは、些か楽観的過ぎる思考だ。ほとんど何も考えていないのと同じだと言ってもいい。


 そもそも、こういった学園には、生徒達──主に貴族達を自主的に交流させることで繋がりを作らせ、将来に活かさせようという目的もあるのだろう──基本的には長男以下、つまりは跡取りでない、言ってしまえば比較的自由な身分の人間が通うことになりやすい魔法学園だが、しかしそれでも他家との関係は重要だ。


 なので生徒らは自主的に、あるいは親に言われた通りに、自分の家に利益をもたらす人間との関係性の構築に励むのである。


 そうすれば当然、派閥というものは生まれる──全員が平等であればまた違うのかもしれないが、それでもグループは出来上がる──身分差があるなら尚更だろう。権力にしろ財力にしろ、力のある者に守られようとするのが人間なのだから。


「はぁ……」


「どうしたの?」


「ん? ……いや、面倒臭そうだなと思って」


「もうそんなこと言ってるの? 私は結構楽しみよ」


「それは授業の話でしょ?」


 そう言えば、この魔法学園の授業の形態は大学に近い──と言うより、ほとんどそのものだと言える。必修授業として定められた幾つかの授業に加えて、各自が選択授業を取るような形式になっている。とは言え、大学のように単位を取ることを目的とした授業ではない上、幾らでも取りたい授業を取ることが出来るというわけでもない──二つか三つだったか、確かそれくらいだ。なので当然、一年生二年生の頃に必要単位を満たしてしまえば後はだらけていても卒業出来るというような仕組みではない。まぁその分、四年次は就活に勤しまなければならないというようなこともないわけだが。


「そう言えば、どんな授業があるんだろう」


 その選択授業に関しては恐らく近々選ぶことになるのだろうが、まだそれを把握していない。通っている人間に知り合いがいたりすれば予めそのあたりの情報を手にすることも出来たのだろうが、流石にそんな知り合いはいない。


「選択授業……だっけ? イリーナは知らない?」


 エレインはイリーナに振った。


「……?」


 知らないのだろうなということを容易に理解させる表情を浮かべていた。


 すると、前に座っていた二人組の男子生徒、その片方が振り返った。彼は茶髪の髪を中分けにし、制服のローブを少し着崩していた。髪を整髪料で固めているあたり、お洒落には気を使う質なのだろうか。しかし、高校デビューなどに近いものだったりするのか、どこか不自然である。


「選択授業の話か?」


「そ、そう……」突然話しかけられたことにはやや驚きつつ、エレインは答える。「どんな授業があるのかとか、あんまり知らなくて……」


 そう言うと、もう一人が振り返った。そちらは隣と比べるとやや背の低めな、黒髪の男子。前髪は眉に掛かっていて、目はまん丸く、なんと言うか、全体的に気の抜けた表情をしている。


「僕達も丁度、何の授業にしようかという話をしていたところなんですよ」


「何の授業にしようか……ってことは、どういう授業があるのかは知ってるの?」


 尋ねると、


「いや、全部は知らないんだけどな。それでも、いくつかは聞いてるんだよ」


「興味のある授業は多いのに、取れる数は決まってますからね。これは悩みどころですよ」


 茶髪と黒髪が交合に言う。


「リュカ、知ってる人?」


 と、エレインが小声で尋ねてきた。


「さぁ……全然知らない人」


 当然、首を横に振り、それを否定する。


 そんな会話が二人に聞こえないわけもなく、彼らはそれぞれ名乗った。


 茶髪の方は名をユージーン──ユージーン・アクトン。


 アクトン子爵家の次男坊らしい。聞いたことはないが、そんな名前の家も存在するのだろう。


「まぁ、俺はどうせ兄貴のスペアなんだし、畏まったりはしないでもいいぜ」


 と、にかっと笑ってそう言った。


 黒髪の方は名をミルコ──ミルコ・ヨーク。


 ヨーク男爵家の三男らしい。アクトン男爵領とは距離が近いのだと言っていた。だからこうして一緒にいるということなのだろう。


「僕も昔から町の子供に混じって遊んでいたりもしましたし、気にしませんよ」


 ユージーンに同調するようにして、彼も同じくそう言った。


 そして向こうの自己紹介が終わったので、今度はこちらが名乗った。すると、二人は「やっぱり」と口にした。


「やっぱり?」


「まぁ、見ればなんとなく予想もつくんだけどよ、今年飛び級してきた平民って、お前だろ?」


 頷き、首を傾げた。


「ちょっとした噂になってるんですよ。飛び級合格者自体はたまにいるそうですが、それが貴族の生まれでないというのは稀ですから」


「噂……」


 周囲と比べて明らかに背が低いので、それを見て感付かれる事はあるのだろうが──式の最中もそんな視線を感じていたが──しかし既に噂が広まっているとなると、それは少なくとも今日より前の話ということになる──流石に今日流れた噂にしては早すぎるし。


 となると、この学園では入学者の情報が平気でばら撒かれているのだろうか。とは言え、個人情報保護法などが存在しているとも思えないし、仕方がないのか──まぁ、噂と言っていたから、教員らの会話が誰かに聞かれ、それが広まっていった形なのだろうが。


 まさか教員が流した噂じゃないよな。


「私は? 私もリュカと同じなんだけど。私の噂はないの?」


 イリーナが身を乗り出した。


「え? いや……」


「ま、まぁ、今年は二人も飛び級がいるという話も出回ってましたけど……」


 特にないということなのだろう、二人はしどろもどろにそう返した。


 イリーナはつまらなさそうに「そう」と言うと、椅子に座り直した。


「噂されたかったの?」


「うん」


「あんまりいいものじゃないと思うけどね。皆が皆好意的に噂してくれるとは限らないんだから」


 それに、これは個人的な話にはなるのだが、噂という物にあまりいい思い出が無いのだ。


「そうなの?」


「そうだよ──ねぇ?」


 この手の事は貴族である二人の方が分かるだろうからと、視線をそちらへ遣った──まぁ、イリーナも貴族なのだけれど。


「まぁ……そうだな」


「妬み嫉みは、やっぱりありますよねぇ……」


「それに、あんな噂も流れてたくらいだしな」


「あんな噂?」


 尋ねると、ミルコは周囲を気にしながら、「何でも、リュカ君が筆記実技共にトップだったとか」と、小声で囁いた。


「はぁ。でも、主席合格はあの王女様なんじゃ?」


「馬っ鹿お前、王女様差し置いて平民が舞台上に上がったりでもしたら大変なことになるだろ?」


 ユージーンも小声で言う。


「それもそっか……」


「けど、だからこそよくないんですよねぇ。そういう噂が流れちゃうのって」


「……?」


「本当の首席合格者は別にいたのに、王家がその威厳を保つために、学園に対して加点をするように命じた……とか、平民が主席にならないように秘密裏に減点しているんじゃないか……とか、そういう話にどうしてもなっちゃいますからね」


「そうなんだ……」


「まぁ安心しろよ。王派閥と貴族派閥の奴らが勝手に言い合ってるだけで、お前はほとんど部外者みたいなもんだから」


 当事者なのに部外者とはこれ如何に。しかしまぁ、そういうことはよくあるか。議論が白熱し、当事者を置き去りにしてしまうということは。被害者救済の話題なんかも少しすればすぐに被害者そっちのけで行われていたし。話題が欲しいだけであって、別に当人らがどう思っているだとかはさして重要でもないのだろう。


「二人はどっちでもないの?」


「王派閥や貴族派閥というのは、基本的に中央にいる貴族達の事ですからね。僕達みたいな田舎貴族には関係無いんですよ」


「諍いあっても結局は都会者同士なんだよ。俺達みたいなのは眼中にないってことだよな」


 ユージーンは毒づいた。


 こっちにもそういうのあるんだ──と、純粋にそう思った。


「……えっと、それで? 何の授業があるの?」


 すっかり忘れていたと、話を戻した。


「授業?」


「選択授業の話ですよ。それがきっかけで話しかけたんじゃないですか」


「……あぁ、そうだそうだ、そうだった。とは言っても、あんまり知らないんだけどな。ただ、一昨年くらいからだったかな、その頃から新設された授業が人気だって聞いてるぜ」


「アレ、ですね」


「アレ?」


「そう。チェスだよ、チェス」


「チェ……チェス?」


「ま、今や貴族の嗜みみたいなもんだからな」


「魔法学園……なのに?」


「教養ですからね。幾ら魔法学園とて、この先社交界に出る以上、そのあたりを疎かには出来ませんよ」


「それに、チェスの上手い男はモテるからな。これは外せないぜ」


「ですね」


「……そうなんだ。あんなもん授業に取り入れたんだ……」


 この学園色々と大丈夫かな──そう思いつつ、尋ねた。


「でもゲームでしょ? 何教えるの?」


「チェスの授業なんだから、チェスについて教えるんだろ?」


「歴史と呼べるほどの物があるわけでもありませんしね。自然と……あれ?」


「どうしたんだよ」


 突然ポカンとしたミルコに、ユージーンが不思議そうな顔をする。


「リュカ君、さっき、リンカーネルって言ってましたよね?」


 何を言いたいのかは察せたので、チェスを売り出したリンカーネルで合っていると伝えた──とは言え、自分が発明したというわけではないので、その辺は適当に濁した。


 自分がしたことと言えば、あくまで持ち込んだことだけだ。


「おぉ……! なら、リュカ君もチェスの授業を取るんですか?」


 何が「なら」なのかは分からなかったが、少し考え、そしてエレインに尋ねた。


「チェスの授業があるって話だけど、どうする? 姉ちゃんチェス嫌いじゃなかった?」


「嫌いっていうか……苦手。でも、リュカが受けたいなら受けてもいいんじゃないの?」


「……いや、別にいいかな」


 自分も別に得意ではないし、サンゴに負けまくったお陰で自信は疾うに失われている。


 下手の横好きとは言うが、横好きでさえない自分はただ下手なだけなのだ。ならば、意味もなくそんな授業を受けて恥を晒す必要もないだろう。


 サンゴと何度も手合わせして、それで微塵も成長していないのだから、恐らく学べることは何もない。


「残念です。今年あたり大規模な大会が開かれるとか言う話も聞いているので、もしかしたらと思ったんですが」


「大会……?」一瞬何のことかと首を傾げたが、すぐに思い至り、呟いた。「あぁ……そういえばそんな話したっけ……」


 そういう大会を開く側に回れば稼げるんじゃないのかというような話はしたが、結局それきりだった。しかし、父は父でそれの実現に向けて動いているということなのだろうか。何の話も聞かされてはいないが、自分の出る幕は無かったというだけの話だろう。


 それならそれでよかったというか、そうでなければ困るのだが。


「まぁ、これもそういう話があるという噂程度の物なんですけどね」


「そうなんだ……。でもそれなら尚更その大会に出るわけにいかないんじゃないかな、僕は」


「そうですか?」


「さっきの話と同じで、贔屓されてるんじゃないかとか疑われそうだし」


「あ、あぁ……なるほど」


 ユージーンは苦々しい表情で頷いた。


 まぁ、やるとして、試合は皆に公開されるのだろうから、贔屓のしようもないとは思うのだが、それでも噂は噂として出回ってしまうものだ。


 八百長などが行われているのではないかという疑念は払いきれないものがあるのだし。


「でも、もし大会で上位に食い込めたら……って思うと夢があるよな」


「社交界では周囲の視線を独り占めですからねぇ。結婚相手は選び放題ですよ」


 ミルコがそう言うと、ユージーンは同意を示すように頷いた。


「結婚相手?」


「あぁ。兄貴はもう既に相手が決まってるからいいんだけどよ、俺達みたいなのは自分で見つけなきゃダメなんだよ」


「というか、学園に通う貴族はほとんどそれが目的だと思いますよ? それだけとも言いませんけど」


「まぁ、平民だと学園を出るだけで色々と恩恵もあるけど、元が貴族だと学園を出ること自体にはそれほど意味もないしな。出とくに越したことはないにしても」


「えぇ。だからこそ、僕達はただ漫然と学園生活を終えてしまったらお終いなんです。何としてでもお相手を見つけないと」


 だからか──と、ユージーンの装いだとか、二人の言動だとかに納得した。


 許嫁のような存在を宛がわれることの多い長男などと違い、そうでない彼らには比較的自由な結婚が許されていたりするのだろう──無論その辺は家格だとかにもよるのだろうが──しかしだからこそ、その相手は自分で見つけて来いという形でもあるわけだ。


「お前は違うのか?」


「僕は姉ちゃんが学園に通うことになったからそのサポートをしに来ただけだけど……。そもそも貴族じゃないし」


「それはそれですげぇな……」


「それで合格出来ちゃう辺り、さっきの噂も本当なのかもしれませんね……」


 次にユージーンはエレインに視線を向けた。


「じゃあ、エレインは何で学園に来ようと思ったんだ?」


「え……? う、うーん、行っておいた方がいいって言われた……から?」


 それで敢えてここを選んだのは精霊魔法がその理由なわけだが、元を辿ればそうなる。


「まぁ大体はそうか……イリーナはどうなんだ?」


「私? 私はリュカが行くって言ったから一緒に来たの」


「なんかもうよく分かんないな……」


 ユージーンが呟く。


「全員主体的な目標は無いからね。取り敢えず来ただけなんだよ」


「理由は人それぞれってことか……」


「話は逸れたけど、他にはどういう授業があるの?」


「あぁ、確か──」


 と、その時。


 教室の入り口の辺りがざわざわと騒がしくなり始めた──ユージーンは言いかけた言葉をそこで切って、そちらへと視線を向ける。


 遅れて、自分達も同じように視線を向けた。


 担任の教師でもやってきたのかと思っていたが、這入ってきたのは。


「……さっきの」


 フューリア第五王女だった。殿下と付けたほうがいいのだろうか。


 彼女は何人もの取り巻きを引き連れ、教室へと這入る。


 その中の幾人かはこの教室ではなかったのか、ドアの前で切り離された──ロケットのブースターのようだ。


 そして数歩ほど歩くと、即座に教室内の何人かが彼女に近寄った──アレが派閥の人間なのだろうか。


 彼女はそんな彼らに微笑を浮かべながら応対すると、視線を一度こちらに向け、そして何事もなかったかのように教室前方の席に座り込んだ──それを見て、慌てて席を移そうとする人間が何人か。予めどこに座るのかを予想して席を取っていたのだろうか。


「やっぱ美人だよなぁ……」


「ですねぇ。まぁ、高望みはしませんけど」


 二人は王女を眺めながら、やはり小声で言った。


 王家から見てもそんな旨味の無い婚約を認めるとは思えないので、狙う狙わないに関わらず、可能性は限りなく閉じているのだろう。


 始まる前には終わっている話だ。


 世の中の殆どはそういうものだ。


 それからしばらく、他にどんな授業があるのかなどを、彼らが知っている範囲で教えてもらった──とは言え、基本的には貴族が教養を身に着けることを前提としたものなので、これと言って興味の惹かれるものは無かった。


 なので自ずと、エレインが選ぶものと同じものを選ぶことになるのだろう。


 そもそも学ぶべきものなどほとんどないのだし、それは仕方がない。あるならあるでそれを積極的に選びもするのだろうが。


 そして担任の教師がやってくると、教室内は少しの後、静寂に包まれる。教師からの挨拶があり、そして様々な説明がなされていった。選択授業についての説明もその際にされ、それが終わると紙を配られた。説明を聞き、興味を持った授業をそれぞれ記入しておくようにとのこと。


 提出は来週とのことだったので、考える時間はそれなりにあるようだ。


 考える、か。まぁ、自分には関係ないのだが。

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