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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第死話
4/11

004 『災害』への対策

 かれこれ、二年程が経過した。


 今年で自分は四歳になり、姉であるエレインは七つになった。


 言葉もかなり流暢に話すことができるようになり、魔法に関しても、結構順調に成長を見せている──まだ誰にそれを見せたわけでもないのだが。


 そして、自分も四歳になった段階でエレインと共に勉強を受けることになり、今は段階的に授業を受けている。


 そう、段階的に。という割には初速を飛ばし過ぎているような気がするのだが、これが我が家の教育カリキュラムだというのなら、それに従うまでだ。こちらとしても既に分かり切っているようなことをだらだらとやっていたって退屈なだけなのだから。


 それで、これまで分からなかったことや知らなかったことなどで、分かったことがいくつかある。


 まずはこの家のこと。


 自分が勝手に消息不明だと思っていた兄は、どうやら王都と呼ばれる、この国の首都にある学院に通っているらしい。学費の面もあり、本来ならば通わせられるような場所ではなかったそうなのだが、優秀な成績を叩き出したことで、特待生としての入学を果たすことができたらしい。その学院は貴族らや他の優秀な人間の集まる場所だそうで、将来は文官辺りを期待されているそうだ。


 しかし、貴族か。王都という単語を聞いた時点でなんとなくそんな気はしていたのだが、この国は王国らしい。とは言え、王国など前世にも普通に存在していたし、勿論王が直接政治に関わるような国はほとんど消え去っていたものの、自分が暮らしていた日本だって形としては帝国に近いのだから、暮らしているとそう感じることはほぼ不可能だが、それくらいで驚いたりはしない。


 そして父は、そんな兄が学院へ進学したあたりから仕事が立て込むようになり、寮生活の兄とは違って家にこそ帰って来てはいたものの、事実上仕事場や出張先が寝床と化していたという。因みに、商会の会長を務めているらしい。なるほど、忙しいわけだ。


 ただ、自分が三歳になった頃にようやく落ち着いたのか、そこで初めて顔を合わせた。いや、こちらはこちらで絵を見て顔は知っていたし、向こうは何度か自分の寝顔を見ていたそうなのだが、実質初めましてである。


 顔は中々男前だったが、何というか、変なところでとんでもないミスをしそうな、危なげな雰囲気があった。


 そして数年ぶりに会った際には、色々と買い込んできていたお土産をエレインとそれぞれ渡された。新しい物好きであるらしく、だからこそ商会長などが務まるのかもしれないが、よく分からないものを大量に渡され、どう反応したものか困ったのを覚えている。それと同時に、二階の物置部屋にあった何だかよく分からない物の出所を察した。


 家のことはこのくらいか。それ以外にもあるにはあるが、あまり大したことではない。


 そして、先にもちらっと言ったが、この国ことについて。


 ここはイーディスティン王国。王を中心とした王制の国家だ。一応周辺国と比較すると、ここら一体の強国ではあるらしい。


 しかし、王政とは言っても絶対王政ではなく封建的な国家であるため、王の権力ばかりが強いわけではない。前世でいう所の神聖ローマ帝国ほどではなさそうだったが、あくまでも王は諸侯の代表でしかないようだった──いつだって、本当の権力者は頂点や表になど立たないのだ。


 そして、自分たちが今いるこの町──この領地は、そんな中央からはそれなりに離れた位置にある、アルフォード子爵領という。位置的には国境でもないが、隣国の方が王都よりも近い。


 どちらかと言えば人の住む場所よりも動物の住む場所の方が多いような、自然豊かな場所──と言うと聞こえはいいが、その実態は開発の遅れた場所の多い田舎である。


 自分たちの家は生憎と町の中だが、そこから少し離れれば人っ子一人いない平原や森が広がっているだけだというのだから、結構な環境だ。道路が整備されているわけでもないのだろうし、街灯なども存在するはずがない。コンビニやファーストフード店が道沿いにあったりもしないし、どこか別の村や町を見つけるまでは食事も睡眠もすべて自力なのだ。サバイバルである。


 ただ、そんなことはどうでもいい。


 どうでもよくないのは、『魔物』と呼ばれる存在と、それから『災害』と呼ばれる存在である。


 これは別にこの国に限った話でもないのだが、この地にはまず『魔物』と呼ばれる存在が割と蔓延っているらしく、これは大昔、進化の過程で動物が魔力を取り込んだことで生まれた存在なのだとか、あるいは、魔力を捨てた個体と、保持し続けた個体がそれぞれ進化した姿なのではとも言われている。なので、普通の動物は魔力を持っていないが、『魔物』は魔力を所持しており、個体によってはこれを操ることが出来るのだそうだ。その魔力で身体能力を底上げしたり、場合によっては魔法を使ったりするという。


 そしてその大きな特徴として、人間に対する攻撃性がある。


 一部の例外もなく──とまではいかないが、基本的に『魔物』は人を攻撃する危険な存在だという。これは人の持つ魔力と『魔物』達の持つ魔力の違いからくるものだとかどうだとか、読んだ本にはそんなことが書かれていたのだが、そんな『魔物』が町から一歩出たら普通に跳梁跋扈しているというのだから、この世界は恐ろしい──跳梁跋扈というのは、表現として少し過剰かもしれないが。


 だが、その攻撃性を除けば普通の動物とそこまで違いもないようで、そんな『魔物』から剥いだ皮が鞄にされていたり、肉が露店で売られていたり、体内からとれる宝石が高値で取引されていたりと、そこまで過剰に恐れるほどの相手でもなさそうだなと感じた。


 勿論怖いことは怖いし、今うっかり出くわそうものなら普通に殺されてしまいそうだが、魔法の扱いもそれなりにはなってきているし、いつかはなんて事の無い相手になる事だろう。そう信じたい。


 だが、『災害』は違う。


『災害』は基本的に、人間が勝てる相手ではないのだそうだ──とは言っても、大まかな見た目以外、基本的に大した情報が無かった。


 曰く、全体的に白くて丸い空飛ぶ化物なのだそうなのだが、最後に姿が確認されたのは数十年前で、その時は北の方にある国が半壊するまで暴れまわると、忽然と姿を消したのだとか。その時は人を見るや追いかけ回し、口から雷を吐いては殺して回っていたそうだが、ここからも分かる通り、『災害』はその攻撃性が魔物の比ではない。攻撃性だけでなく、国が半壊するまで暴れ回れるという点で、強さもまた尋常ではないのだろう。


 それ以来は現れていないようだし、現れたところでこの国には関係もないのだが、絶対に出くわしたくはない存在である。


 もし出くわしてもいいように、強くならなくては。時間はまだあるのだから。


 と、それ以外にも色々とあるのだが、こういった知識は基本的にエレインと共に受ける授業内で知ったものがほとんどだ。国語や算術、それから歴史以外にも、生きていく上で必要な知識というものが割と早くから叩き込まれていくのである。具体的には、いざという時に食べられる野草や、魔物と出くわした際の対処法、怪我の応急処置に値切り交渉、エトセトラエトセトラ。母は以前そういう環境に身を置いていたりでもしたのだろうか。


 国語や算術、歴史などについては、基本的にエレインの少し前の所を勉強している。歴史はともかく、国語や算術に関しては既に出来ているのだから先に進めてもいいのではと思ったのだが、エレインのプライドを護る為だろうか、エレインが進むまで自分も進めないのである。


 別に不満はない。年下に抜かされ突き放されていくのは大人でさえ耐え難かったりするのだから、子供のやる気やプライドを守るためにはそうせざるを得ないのだろう。「年下の子でも出来ているのだから」と言って、確かにそれで「負けてられない」とやる気を出す子もいるにはいるが、ほとんどの場合、それは逆効果だ。その言葉は、「お前より幼い子でも出来ることを、どうしてお前が出来ないのか」と言われているように感じられるし、あるいは、「自分はこの子にでも出来ることが出来ないんだ」と、当人の劣等感に繋がってしまうことにもなりかねない。


 だが、完全に追い越されてさえいなければ、最低限そうはならない。今の自分は確かにエレインを追いかけ追い上げている状態なわけだが、横にはついておらず、あくまでもやや後ろについているという状態でしかないのだ。


 それなら一応、後ろから追い上げられているという焦りこそ生まれるが、まだ負けていないという意識があるので、追い抜かれないように頑張ろうという気にさせることも可能なのである。実際に母親がそこまで考えているのかどうかはともかくとして、エレインにはその意識があるのか、結構勉強を頑張っているように思える。


 ただ少し残念なのが、よく分からない場所で躓くことか。しかしこう思うのも、あくまで自分が既に知っているからそう思うというだけで、本人的には至極真面目な疑問なのだろう。分かるが故に、『分からない』が分からなくなってしまうというのは、初心忘るべからずでもないが、気を付けなくては。


 それから、エレインの硬直癖なのだが、これが未だに直っていない。ある時気になって色々質問もしてみたのだが、別に視界が狭まっていたり暗くなっていたりするわけではないそうなので、特に病気の心配もないのかなとは思っているのだが、七つにもなって未だに虚空を見つめ始めることがあるというのは、一体何が原因なのだろうか。


 △▼△▼△▼△


 そんな風にして日々を過ごしているのだが、四歳を過ぎたあたりで、家の敷地内であれば外に出ることが許されるようになったことで、魔法の鍛錬がある程度自由に行えるようになったのだ。今までは周囲に何かしらの影響を齎してしまいそうな魔法は全て避けてきていたのだが、外であれば火を出して家具に引火する心配はないし、風を起こしてもカーテンやら何やらが滅茶苦茶になることはない。


 ということで、家の裏手の庭に出て来た。つい先ほどまで授業をしていたのだが、早く終わったので早く解放してもらえたのだ。


 いつもならエレインが終わるまで別の課題を渡されて時間を潰すように言われるのだけれど、今日はエレインの躓き具合が少々酷かったということもあって、そちらに集中したかったのだろう、珍しくも、追い出されるようにして開放されたというわけだった。


 話は戻すが、庭の奥の方には森があって、別にそこから魔物や熊が出てくるわけではないのだが、一応這入らないように言われている。言われずとも危険な真似はしない。


 その森も含めて我が家の敷地内だというのだから広大だが、前世のような厳密な土地の管理はされていないので、割と適当だ。


 東京では、一万円札を何度か折りたたんで小さくし、それを地面に置けばそれがそのまま土地の値段になるだなどと聞いたこともあったのだが、ここではそんなこともない。王都などに行けばそれこそ事細かに管理されたりもするのかもしれないが、田舎の領地で行われるようなことではなかった。森などその辺にいくつでもあるのだから、一つ二つ占有したところでということなのかもしれない。


 まぁ、森はいいとして。庭のちょうどいいスペースに立つと、早速魔法の練習を進めていく。最近こうして庭に出て来て練習を進めているのは、風を操る魔法である。基礎的な部分では空気を入れ替えたり、霧を払ったりといった使い方や、風の刃を形成することで魔物や岩を切り裂いたりすることもできると書かれていたのだが、その辺は既にマスターしたと言ってもいいかもしれない。初めはおっかなびっくり練習をしていたのだが、今では呼吸も同然。


 お陰で庭の雑草と言う雑草が刈られてしまったのだが、刈ってしまったのだが、しかしそれについては庭の手入れの手間が省けたということで好意的に解釈しよう。


 自分的にはそろそろ次に進みたいのだが、どうしたものか。以前考えていた、既存の型にはまらないような魔法の開発も行っていきたいのだが、しかし何の目標もなくただ漠然と思いついたものを片っ端から試していくのでは脳が無い。最低限の目標や達成基準を設けなくてはキリがないことからも、始める前にそれを定めておきたいのだが、何がいいだろう。


 歩き回りながらしばらく考えて、『災害』の事が頭をよぎった。


 それと出くわした際に生き残るための術を手に入れておくべきか。


 だが、人間が勝てる相手ではないというのなら、撃退や撃破は視野に入れても仕方がないのだろう。だとすれば、考えるべきは逃亡だ。三十六計逃げるに如かず、とも言う。いつか勝てるようになればそれもいいのだろうが、相手のことをほとんど何も知らないような現状からそれを考えるというのは無謀が過ぎる。だからこの方向性で間違いはないのだろう。


 しかし、逃げるための手段か。何があるのだろう。


 手っ取り早いのは、姿を消すことか。透明になるというのでもいいし、煙幕を張るというのも手ではある。ただ、透明になる方法を編み出せたとて、それでは自分しか逃げられないだろうし、煙幕程度なら魔法でなくても作り出せるだろう。透明化自体はいつかできるようになりたいところだが、今はもう少し別の手を考えたい。


 要するにその場を離脱できればいいのだから、風の魔法でもなんとかできそうな気はするのだが──仕方ない、一度試してみるか。


 足元から上に向かって風を起こし、そして上昇した辺りで横方向に風を吹かせる。今は試しにやっただけなのでゆっくりとしか動かなかったが、素早くやれば一応逃走には使えるのか。着地にも風を起こせば怪我はしない、と。


 だがこれでは結局自分用の緊急避難にしかならないだろう。試してみないことには断言もできないが、他人の足元にもこの魔法を使用し、尚且つ怪我をさせないように運ぶとなると、運べて数人だ。それもかなり慎重になるので、それでは結局逃亡に間に合わないのではないか。


 となると、瞬間移動やどこでもドアの様な魔法である必要があるのか。


 しかしアレらはどういう原理なのだろう。実際に存在する事象ではないので、そのあたりの仕組みを再現することは至難なように思えた。


 だが、魔法とてこの世界に存在するだけで、向こうには無かったものなのだから、考え方次第ではどうにでもなるのかもしれない。


 再び歩き回りながら、考えを巡らせていく。


 因みに、考え事をする際は、一つの場所に留まるより動いている方がいい。座っているときに比べて血行が促進されるため、脳に供給される酸素の量が増えるのだ。勿論走り回る必要もないが、辺りをうろうろとしながらするのが効率的だ。


 これは何も考えごとに限らず、勉学においても同じことが言える。学生時代、英単語や歴史の年表などの暗記は基本的に登下校の際にしか行っていなかったのだが、それだけでも十分に記憶することができたのだ。


 なので座学というものはかなり効率の悪い授業方式だと言える。少なくとも、朝から夕方まで全員を座らせ眠気を誘うだけの独り言を呟き続けるくらいなら、生徒全員を立たせて教室内をグルグルと歩かせながら授業を行う方がずっと効率がいい──それはそれで怪しげな宗教儀式のようだが。


 まぁ、それは置いておくとして。


 まず考えられる事として、瞬間移動だ。


 これは一度人体を素粒子レベルにまで分解して、そしてそれを別地点に再度構築しなおすことが出来れば、一応、瞬間移動と言えなくもないのだろう。だが、人体を素粒子レベルにまで分解するという工程を挟む時点で詰んでいる。どうすればそんなことが出来るようになるのかも不明だし、言っていることが物騒過ぎて実験など出来ようはずもない。実験自体は石ころなどから始めればいいのかもしれないが、実際、緊急時にそんなことをしている暇があるだろうか。試してはみるが、これはあまり上手くいきそうにない。


 次にどこでもドア。


 これならまだ可能性がある気がする。


 これは要するに、異なる二つの座標を結び付けているという風にも、二点間に存在する距離を消し飛ばしているという風にも取れるのだから、そこさえどうにかなれば再現も出来そうだ──とは言え、後者は少しハードルが高そうなので、今は考えないことにするが。


 それに何より、人体に何かをする必要が無いという意味でも、この方が安全だろう。


 だが結局、何から始めればいいのだろう。やりたいこととしては、今いるこの場所にゲートを開き、そして別のどこかに出口を作り、こことそこを行き来出来るようにしたいのだが──ブラックホールとホワイトホールを再現し、その間をワームホールで繋ぐ、というようなことをイメージすればいいのだろうか。ブラックホールとホワイトホールの話はあくまで仮説な上、ホワイトホール自体未だに観測されていない架空の天体だが、もしかしたら今頃証明されていたりもするのかもしれないが、今やろうとしていることと言うのはつまりそういうことになる。


 しかし、魔力でブラックホールを再現する──これは流石に無理がある。


 光すら呑み込んでしまうような物が地上に現れれば、もはやそれそのものが災害になってしまう。『災害』から逃げるためにより大きな災害を生み出してどうするのか。というか、そこまで出来るのならいっそ普通に『災害』を斃すための魔法を作り上げるなり覚えるなりした方が早そうだ。


 だから──いや、違うな。


 ブラックホールというのは例として挙げたというだけで、これに執着する必要はないのか。必要なのは、二点を繋ぐワームホール。これもまた再現のなされていない人類の命題のようなものだったはずだが、魔法を駆使すればそれも不可能ではないのではなかろうか。


 ここまで考えて、やはり解決されていないあることに気が付く。


 何から手を付ければいいのか、ということだ。


 こういった物の実験には大抵の場合、あくまで個人的な想像としてだが、高圧の電気や電磁波などが用いられているようなイメージがある。だからまずはそこから手を付けてみようか。だがこんな場所でそんな電気を発生させてもみろ、大惨事は免れない。起こり得る光も音も、こんなのどかな街で起こるようなそれではないだろう。


 どこかいい感じの実験場所を探したいのだが、まだ家からは出られない。一人でなければいけるかもしれないが、一人でなければ意味がない。それにそういう場所には大抵魔物が棲んでいたりするのだろうから、身を護る為の攻撃手段こそを充実させるのが先か。


『災害』から逃れるための魔法を生み出すためにその実験が行える場所を探さなければならず、更にその場所で安全に実験が行えるように魔物を退ける手段を手に入れなくてはならないというのは、どうにもお使いのお使いをさせられているようだが、させられているも何も自分で勝手にやっていることなのだから、少し浮かんできた文句は胸の内に仕舞っておこう。


 実験場所を探したりすること自体は夜中の内にでもすればいいだろう。街の外どころか家の外にさえ出たことはないが、窓から見える景色の中に山があったのだ。それも岩山。下の方には木々も生えていたが、そこならある程度周囲を気にせずに実験が行えるに違いない。


 ということで、一先ずの方針は定まった。初めに考えていたことから結構ズレてしまったが、最終目標は変わらない。その為にも、安全に敵を排除するための魔法を習得しなくては。


 △▼△▼△▼△


「シャナヴァナァ~……んぁ?」


 セシリアはどこかで聞いた歌を口ずさみながら、籠一杯に入った洗濯物を運んでいた。それらは既に洗濯済みのもので、後は畳んでタンスに入れるだけとなる。それは「流石にこの仕事でなら失敗のしようもないだろう」と、エマが振り分けた仕事だった──それも、入れるタンスを間違えないよう、予め誰の服かを籠ごとに分けた上で。


 それでもなおエマには不安が付きまとったというのだから、セシリアの信用の無さには余念がない。


 そんなセシリアだったが、ふと廊下の窓を見て、そこから見えたものに言葉を失った。


 窓の外に、この屋敷の主の次男──リュカが浮いていたのだ。


「……え?」


 目をこすり、もう一度外を見る。


 すると、そこには誰もいない。


 セシリアは黙ったまま、ゆっくりと窓に近付く。そしてそこから庭を見ると、リュカが木の棒を持ちながら歩き回っているだけであった。


「見間違い……ですかね?」


 ここは二階である。何をどう間違っても、そこに子供の姿が映るはずはない。いくらセシリアでもその程度のことは理解できている──だからこそ、自分が今見たものは何だったのかと、首を傾げる。


 ただ、騒ぎ出すようなことはしない。何年か前にそれで叱られているのだ──叱られること自体はいつものことなれど、同じようなミス、似たような早とちりで何度も叱られたのでは、いよいよ雇い主に首を切られかねない。この町でセシリアが他に就けそうな仕事はそうないのだ。


 大声を上げたりしなかった自分を偉いと内心褒めつつ、改めてリュカの様子を見る。特におかしな点はない。エレインがいないのが気になったが、自分が知らない何か事情でもあるのだろうと、退屈そうに見える小さな背を眺めた。


「うぅん……」


 それにしても、何だったのだろう。


 そんな疑問だけが残ったが、リュカは歳の割には結構賢い子供でもある──それこそセシリアは誰に言われても認めないが、周囲はセシリアとリュカを比べれば、彼女に勝ち目は無いと認識──否、確信している。


 なので、リュカならもしかしたら自分の勘違いについて何か知っているかもしれない。仕事が終わったらそれとなく聞いてみようと、セシリアはその場を後にした。


 そしてその直後、窓の外では火柱が噴き上がっていたのだった。


 △▼△▼△▼△


「あの……リュカ様、ちょっとよろしいでしょうか?」


 と、夕食後、部屋へと戻ろうとしていた自分の背中に、声が投げられた。振り返れば、そこにいたのはセシリアであった。


「……? 何? 母さんが呼んでた?」


 考えられる事としてはこのくらいかと、セシリアに返す。すると、彼女は首を左右に振り、否定を示した。


「そうではなくてですね、ちょっと聞きたいことがあると言いますか!」


「聞きたいこと……」


 何だろう。何か聞かれるようなことがあっただろうか。そう思っていると、セシリアは驚くようなことを口にした。


「今日のお昼頃だったと思うんですけど、あの、リュカ様、浮いてませんでしたか?」


「…………」


 驚くようなこと──とは言ったが、しかし実際にその驚きを漏らしたりすることはなく、既のところで押しとどめた。だが、視界が狭まるような焦りを感じた。誰も見ていないと思っていたのだが、そうだ、二階のことをすっかり失念していた。少なくとも一階の廊下に誰かがいる状態で魔法を使ったりはしていないので、セシリアが自分の姿を、それも宙に浮く姿を視認したのは二階でのことだろう。


 どうしたものか。だが、目撃者がセシリアだったというのはある意味都合がいい。どうとでも誤魔化しが利く。


「何のこと?」


 と、まずはすっとぼける。それらしい理由付けをして誤魔化してもいいのだが、これで話を終えてくれるのなら、意味もなく噓を吐く理由はない。


「ですから、浮いてたんですよ! リュカ様が!」


「えっと、お昼頃に?」


「そうです! 二階にいたんですけど、その時窓から見えたんですよ。リュカ様がフワフワ浮いてるのが! ……あ、もちろん仕事をさぼって窓の外を見てたわけじゃないですよ? たまたまです」


 と、慌てたように付け加えるセシリア。本当にたまたま目撃しただけなのだろうが、こうして言われるとそれが噓っぽい。噓っぽい事実だ。そして自分がフワフワと浮いていたのもまた、噓っぽいが、信じられないかもしれないが、摩訶不思議だが、これが事実なのである。


「あはは……分かってるよ」


 それに対し苦笑しながら返し、


「でもそんなのあり得ないよ?」


 と、腹黒く、白々しく、真っ赤な噓を吐く。


「そうなんですよ。ありえないんですよ。だから何でそんな風に見えたのかが分からないんです」


 なるほど。目的が見えてきた。セシリアも自身の内で色々と考えたのだろう──その時見た光景が果たして事実なのか否かを。


 しかし彼女とてそれなりの年月を生きた大人だ。何の根拠もなしに見たものを信じたりはしなかったのだろう。


 だがそうなると、何故自分がそんな勘違いをしたのかと考えなくてはならなくなり、結局それが出なかったから、こうして尋ねに来たのだ。答えが得られずとも、勘違いの原因くらいは掴むことが出来るのではと、そんなことを考えて。


 だったら。


「どんな状況だったのか分からないからアレだけど……反射じゃないかな?」


 確認するように、セシリアに言う。


「反射……ですか?」


 セシリアは首を傾げ、反射という言葉を反芻する。


「そう。水溜りとかを覗くと自分の顔が映ったりするでしょ?」


「あ、確かに映りますね。スカートの時は気を付けてます」


「そうなんだ……。で、確か庭に水溜りがあったんだと思うんだよ」


 その時はなかっただろうが、水魔法の練習も多少はしていたので、実際水溜りは庭にあるだろう。なので確認されても問題はない。


「はぁ。じゃあ、その水溜りにリュカ様が映ってたってことですか? でも私が見たのは窓ですよ?」


「うん。だから、その水溜りに映った僕が、上手いこと窓ガラスにも映ったんじゃないかなって。ほら、窓ガラスにも物が映るでしょ?」


「う、うぅん……。確かにそうですけど、そんなことがあるんですか……?」


 知らない。再現しようと思えば不可能ではないだろうが、したことないので知らない。


「光の入り方とか、反射の角度とか……まぁ、色んな条件がたまたま噛み合ったから見えたんだと思うよ。だから多分だけど、その僕ってすぐに消えたんじゃない?」


 実際すぐに地面に降りているので、そんなに長い時間見えていたわけでないであろうことは容易に推測できる。なので自信を持って尋ねた。


「あ、はい! すぐに消えました!」


「だったら多分そういうことだよ。……これでいい?」


「はい! スッキリしました! ありがとうございます!」


 そう言って頭を下げると、セシリアは去っていった。


 相手がセシリアでなければもう少し納得させるのに苦戦しただろうが、何とかなってよかった。


 何にせよ、今後はもう少し気を付けなくては。


 折角ある程度自由にさせてもらっているのだから、あまり不必要に危険なことをして監視を付けられるようなことは避けたい。


 そう戒めて、部屋へと戻っていったのだった。

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