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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第偽話
25/70

025

 コハク、サンゴ、ルリの三名が帰宅してきた。


 玄関の方から声が聞こえると、サクラ達は談笑するのをやめ、夕飯の準備に取り掛かることに。どうせ血塗れで帰ってきているであろう三人に、その間に風呂に入っておくよう伝えると、厨房へと向かう。下処理などはほとんど済んでいるので、後は火を通し、味を付けていくだけとなる。


 そして彼女らはそれをテキパキとこなすと、食堂へと運んでいく。今日の夕飯は、一品一品の量こそ少なかれど、品数はかなり多い。それでも足りるかどうかが怪しいのがこの屋敷の食糧事情なのだが、その原因である本人はそのことを自覚しているため、足りなければ自分で勝手に狩りをしてきて焼いていたりする。


 そうして配膳が終わった頃、計ったかのように三人が風呂から上がってきた。サクラはヒスイを引き摺り出してくるように言うと、早速食べ始めようとしていたコハクをテーブルから遠ざけた。


 コハクは抗議しようとしたが、サクラが睨みつけると一瞬で退き、サンゴとルリを連れて、ヒスイの引き籠っている工房まで足を運んだ。コハク一人でもどうにかはなるが、万が一の時には三人がかりで抑え込むつもりでのことである。


 数分して、存外早くコハクたちが戻ってくると、全員揃っての食事となる。初めは三人だった食卓は、時間を経るごとに少しずつ増えていき、今では十人。時折そこにリュカが同席するが、どちらにせよ、食事の時間はかなり賑やかなものである。そんな食事の席における絶対のルールはただ一つ、『味わって楽しみましょう』というものだけである。勿論それ以外にも守るべきマナーはあるが、その絶対さえ守れていれば、そうそう咎められることもない。なので食事の席でだけは皆、任務の事などを口にすることはない。


 しかし、それが終わると空気は変わる。空になった皿を全員で運び、洗い終えると、食堂には様々な資料が持ち込まれ、会議の場へと変貌した。


 全員、どこか深刻な面持ちである。


「さて。今回の襲撃で集められた資料等の分析はどの程度終わっているのか、聞かせてもらってもいいかしら」


 まず始めに、サクラが口を開いた──帰宅してからしばらくの間の進捗の確認である。その視線は、アジサイやクロユリ、それからスズランへと向けられた。普段から資料の分析などを担当しているのはこの三人だった。サンゴも資料の読み解きは可能だったが、彼はどちらかと言えば書類を作成する方に特化しているため、その作業に参加することは少ない。


「はい。現状完了しているのは、暗号の解読などです。真偽の判断やその他詳しい内容については、まだ触り程度しか」


 それに対し、アジサイが代表して答えた。


「そう。もうそこまで終わっているの」


「はい。噓の混ぜ方が雑な上、暗号がワンパターンなので、それ自体は」


「『教会』の情報セキュリティがこの程度であり続けることを願いましょうか。これからも解読のしやすい資料を提供し続けてもらいたいものなのだし」


 あるいは一度くらいは敢えてミスをし、それを見せつけ、現状のやり方で問題ないと思い込ませる必要があるか──そう考えたが、リスクが高い。下手に自分達の情報を持ち帰らせるのは危険極まるし、思うように運ばなかった場合が厄介だ。『教会』内部の情報共有がどのようにして行われているのかも未知数な部分が多い現状では、迂闊に取れる手ではない。


「まぁ、それはともかくとして」サクラは間を置き、指示を出す。「暗号の解読が終わっているのなら、後はそのまま進めてしまって。他の拠点の位置なんかが分かったらすぐに知らせてくれる?」


「承知しました。今晩の内にでも片付けておきます」


 無理はしないでね──サクラは優しい声でそう言うと、視線を動かす。その先には、左手で設計図を描きながら右手でカチャカチャと器用に何かを組み立てるヒスイの姿があった。彼はこの場に同席しているだけで、基本的に何一つとして話を聞いていたりはしない。気になって初めて訊きに来るのである。


「それで、ヒスイ」


「……?」


 サクラが声を掛けると、ヒスイは顔を上げた。


「せっかくここにいるから相談しておきたいことがあるのだけれど、いいかしら?」


「ん……。……聞くだけなら」


 ヒスイは少し考えるような素振りを見せたが、どうせ拒否権はないのだろうと、話を聞くことにした。しかしそれでも、何を相談されるかもわからない状態で請け負ったりはしない。


「ありがと。これは前々から考えていた──いえ、言われていたことでもあるのだけれど、私達用の、戦闘に特化した衣装を作ることは出来ないかしら。現状はそれぞれが適当な古着と装備を付けているだけだけれど、あれらは寿命が短いのよ。その上防御性能も不安が残るところだし」


「……そんな話も、あったような」ヒスイは腕を組み、天井を仰ぐ。「まぁ……こっちでも色々考えてはいる……。けど、素材として適したものが無い……だから今は先送りにしている」


「素材……」


 サクラが呟くと、ヒスイは姿勢を戻し、小さく頷く。


「……ん。戦闘において大事なものは──言わなくても分かってるんだろうが……、それら全てを満たす素材が……中々見当たらない」


「いくつかの素材を混ぜたり、場所に応じて使い分ける……のではだめなの?」


「考えた……けど。コストが高い……、加工や製造が難しい……、それに、組み合わせの数が多すぎる……。一つ一つ作って試してなんてやっていられない。どちらにせよ、今すぐには無理」


「そう……」


「そも。今作っても無駄になるだけだ……」


「無駄?」


「成長すればサイズが合わなくなる……。それだけのこと」


 あぁ──と、サクラは納得した。


 忘れがちではあるが、この場にいる全員、今はまだまだ成長期である。これから背も延びるだろうし、体形も変化していく。今の自分たちに合わせた装備を作ったところで、一年と保たないのだ。


「成長に合わせられるような装備は作れないんですか?」


 と、話を聞いていたアジサイが口を挟んだ。


「それは……何だ。どんな人間が着てもぴったり合うような物を作れと?」


「はい。スズランがたまに作っている服にそういうのがあると聞いたことがあるので」


「ただの服と一緒にされても……いや、やりようはあるか……?」


 ヒスイは考え込み、手元の紙に何かを書き込み始める──それをサクラは遮ると、「今は無理なのね?」と確認した。


 ヒスイは頷き、口を開いた。


「勿論、今後を見据えて素材集めと衣装の製作は進める……。でも、今はまだ難しい……」


「その内、と言ったところね。分かった。期待して待っているわ」


「まぁ……。任せろ」


 ヒスイはそう言い、手元の設計図に目を落とした。もうこの時点で引き受けることは半ば確定してしまったかのようなものなのだが、どのみち、サクラがそのつもりで事を進めれば、ヒスイとて逆らいきることは出来ない。だが、様々な機能を盛り込んだ戦闘服の開発自体は、彼自身少しばかり心が躍るものでもある──それに、これの開発にかこつけてリュカから新たな知識やアイデアを貰い受けることが出来れば、ヒスイとしても得られるものは大きい。


 次から次に、湯水の如く未知を吐き出す物作りの神──あるいはその使徒。何にせよ、崇拝すべき存在。それがヒスイにとってのリュカである。


 ──と、そこに。


「──はいはいはい!」


 普段はほとんど聞くだけに回っているルリが手を上げ、声を上げた。


「……どうしたの? デザイン案があるなら後で勝手に──」


「違うよ。違う違う、全然違うよ。いや、全く違うこともないし、それについては後で描いて提出したいんだけど、今はその話がしたいんじゃなくってね」首をブンブンと振り乱し、ルリは否定する。「……何だっけ。……あぁ、そうそう、君達が散々時間かけて撤退した後、コハクが暴れまわっている間に、僕も色々見て回ってたんだよ。それで、その時に一個見つけたんだよ! いいものを!」


「いいもの?」


「そう。君達五人が散々時間を掛けた挙句に忘れていった資料! 見たい?」


 ルリが重ねて嫌味たらしくそう言うと、いくつもの鋭い視線が降り注いだ。ルリはそれを気にすることもなく、懐から何かを取り出す。それはやや小さめの手帳のようだった。しかしルリはそれを見せることなく見せつける。


「見落としがあったのかしら?」


 サクラが溜息交じりに問う。


 それに答えたのは、ちょうど視線の先にいたスズランだった。


「え、えぇと……、そのつもりはありませんが……完璧だったかと言われると……自信は無いです」


「スズランはいつも自信ないでしょ? とにかく、回収するならこういうのから、はたまたゴミみたいな紙切れまで、ちゃんと回収しないと」


「……そうね。助かったわ。それで? 何が書かれているの?」


「やっぱり気になる? 気になるよねぇ? でもただでは教えてあげなーい」


 サクラの目元が少し動いた。舌打ちを抑えて短く息を吐くと、再びルリを見、問う。


「何か要求でもあるの? あまり時間を無駄にするようなことをしないで欲しいのだけれど」


「うん。ある」


「何?」


 サクラが苛立ちつつ尋ねると、ルリは椅子に立って目線を高くする。


「僕の前に跪き、頭を垂れて服従を誓え! そうすればお情けで──」


 そして、言い切る前に。


「総員、戦闘準備」


 と、サクラから圧倒的な覇気が放たれる。続けて、ヒスイを除いた全員が立ち上がり、武器や魔法を構えた。


「あ、待った、待って、分かったから。見せるから」


 ルリは即座に分が悪いと判断すると、両手を上げ、降参の意を示す。その手から手帳がすとんと落ちていくと、近くにいたコハクがやれやれと言った表情を浮かべつつ、それを拾った。その場でぱらぱらと捲り、中身を確認していく。それを横目に、サクラは再度溜息を吐く。


「──私をどう思おうが、何を言おうが、それは別に構わない。けれど、くだらない序列争いに応じるつもりはない」


「……悪く言ったら烈火の如く怒るくせに」ルリは聞こえない様な小声で呟き、サクラに尋ねる。「因みに、何で応じてくれないの?」


「言わなければ分からないようなことでもないでしょう。彼は大きな目的をもって進んでいる。その足元で私達が争えば、それはそのまま彼への迷惑になる。ただでさえ時間がないのに、そんなことをしている余裕はない」


「…………」


「まぁ別に、私の席が欲しければくれてあげるわ。でもそれは、あなたが私より優れていることを示してからよ」


「優れてるって? 戦って勝てばいいの?」


「違う。それだけじゃない。全ての面で優れてなければダメなのよ。今のあなたでは何も任せられない」


「えー? 拷問とかは任せてくれるじゃん」


「……そうね。訂正するわ。情報を引き出させるくらいしか任せられない」


「はぁ……はいはい」ルリはがっくりと肩を落としたが、それ以上言い争うつもりはなかったらしく、コハクの手元に目を向ける。「……それで、その内容だけど、大事なことが書いてあるのは本当だよ」


 ルリがサクラに視線を戻すと、サクラは続きを求めるように目を細めた。


「『教会』のイカンテ派の内、その一部が、とあるエルフの里と秘密裏に協力関係を持っている──って話。まぁ、本当かどうかは分からないけど、少なくとも僕には、嘘をベースに書かれたものだとは思えなかったかな」


 その瞬間、サクラと、そしてアザミが大きく反応を見せた。


「な……。コハク、見せなさい」


 サクラはコハクに詰め寄ると、彼から手帳を奪い取った。アジサイもそれに近付いて行き、その中身を覗き込む。


 そこに記されていたのは、情報と言うより、単語と数字の羅列であった。ただ見ただけではそれがなんであるかを理解することはまず不可能──しかし、それを軽く読みとる限り、ルリの言い分にも同意出来るだけの内容が記されていた。


 ──だが、それ以上に。


 手帳を持つ手に力が入るのを自覚すると、サクラは表情を消していた。


「……たったこれだけの情報からよくそこまで辿り着きましたね。しかし実際、これまで謎のあった部分と照らし合わせれば、納得はいきます」


 そんなサクラの様子には気が付かなかったのか、アジサイが少し、感心したように言う。


「まぁ、それくらいはね。ただボケーッと会議に参加してるわけじゃないしぃ? にしても、人間だけに留まらないとなると、結構根が深いよねぇ。人間とエルフ──敵対するほどじゃないにしても、『教会』が手を取る相手としては考えられないものがあるし。人間至上主義は捨てたのかな」


 ルリは前髪を弄りながらそう答え、もうこれ以上興味はないとばかりに視線を外す。サクラは未だ無言で、険しい表情を浮かべていた。


 これらの情報がもし真実であるのなら──それは。


 サクラはメモをテーブルに叩きつけ、「二人共、資料を持ってきなさい」と、アジサイとクロユリに向かって言った。サクラは抑えていたつもりであったが、その声は激しい怒りを孕んでおり、そんな彼女の様子に、アジサイらは息を飲んだ。そしてすぐに席を立ち、サザンカやアザミを連れて食堂を出て行くと、押収した資料を保管している部屋へと、それぞれ向かって行った。


「…………」


 それを見ることもせず、サクラはただただ、目線を落としていた。


「……サクラ?」


 コハクが恐る恐るといった様子で、その顔に影を落とす彼女に呼び掛ける。明らかに様子がおかしかった。


 流石にこの時ばかりは、ルリも挑発するような言葉を口にしたりはしなかった。それをすればどうなるかなど、分かったものではない。


 そして、アジサイ達が食堂に戻ってくると、そこからは資料の分析に取り掛かることになった。その時点でヒスイは一度自分の部屋に帰っていったのだが、サクラはそれを止めることもなく、ひたすら資料の照らし合わせを行なっていった。


 そして照合が終わると、結果として、複数のエルフの里が数十年ほど前から『教会』と手を組んでいたということが発覚した。そしてその里の中には──サクラが生まれ育った里も含まれていたのだった。


 サクラの立てた最悪の予想は、当たってしまった──頭を抱え、目を閉じた。


「リュカはこのことを……知っていたのかしら──いえ、この程度の事、知らない訳がないわよね」サクラは呟く。「でも、いつから知っていたのかしら……。少なくとも、私のいた里が『教会』と関係を持つようになったのはここ数十年の話なわけで……」


 エルフという種全体で見れば、『教会』との繋がりはかなり根深い。発覚したのはここ数十年の関係にまつわる話だが、それ以前から多少なり関りはあったと見るべきだろう。


 しかし、リュカが初めてサクラと出会った日、彼はエルフという種を知らないかのような反応をしていた。だとすれば、その時点ではまだ知らなかったと考えるべきなのだろうが──しかしそうだとして、いつなのか。後から知ったのだとして、どうしてそれを告げてくれなかったのか。


 考えれば考えるほどに分からなくなる。


「サクラ様」


 と、考え込むサクラにサンゴが声を掛けた。これまで静かに何かを思索しているようだったが、そこでようやく。


「……何?」


 彼ほどの知者であれば──と、サクラは発言を求めた。


「初めから知っていたのではないでしょうか」


「初めから?」


 サクラは顔を上げた。


「えぇ。元からエルフという種が奴らと繋がりを持っているということ自体は知っておられたと、そう考えるべきではないでしょうか」


 サンゴは言う。


 だが、しかし。


「でも、彼は私を助けた時──」


 エルフを知らなかった──そう言おうとして、言葉を切る。


「まさか、嘘……?」


「そうとしか思えません。エルフという種を知らないはずもありませんし、その時はそうする必要があったからこそ、敢えて知らないふりをし、サクラ様に救いの手を差し伸べたのかと」


「でも、そんな……何故……」


 何故知らないフリをしたというのか──そこに一体、どれほどの意味があるというのか。


 それを理解することが出来ない自分に、サクラは歯噛みした。


「私程度では、流石にそこまでは。しかし、大事なのはそこではない、ということなのではないでしょうか」


「そこでは……ない?」


 ならば大事なことは何か──そう考えて、ハッとする。


「世界を……秩序を塗り替えること……」


「はい。いずれそれが成し遂げられるその未来を、その時既に読んでおられたのではないか、と。私が相手の数手先を読むのなら、我らが主は世界の王手をも読むお方……。そう考えれば、考えるまでもなく単純明快な答えですが」


「それは……」


「恐らく、我らが主は、初めからこれを全ての種族の問題として考えておられたのでしょう。だからこそ、その日行き倒れていたサクラ様に──否、滅びの道を歩んでいたエルフという種に、救いの手を差し伸べられたのです」


 そんなサンゴの説明に、数人から感嘆の声が漏れ出た。


「その後に加え入れたコハクにしてもそうです。他種族から蔑まれるだけであった獣人種にも、サクラ様同様、救いの手を差し伸べた。やはり初めから、全てを救い、導くつもりでおられた──ということなのでしょう」


 サクラはリュカがコハクを買うと言った際、てっきりそれをその場の思い付きだと考えていた。実際あの場でコハクが売られていたのは偶然だったのだろうし、あの道に這入り込んだこと自体も偶然だった。けれど、そんなこととは関係なく、彼は初めからそのつもりでいた──エルフ種同様に、獣人種もまた、救おうと考えていたのだ。


 だから──あの時。


「なら私は……」言いかけて、全員の顔を見回す。「私達は、その未来を託された……ということなのね」


「そういうことかと」


「だったら、より一層その期待に応えなければならない……わね」


 サクラは小さな声で覚悟を新たにすると、「それで?」と、未だ資料の分析を続けていたアジサイ達に視線を送る。アジサイ達は地図などを引っ張り出しては、それらの資料と照らし合わせていたが、サクラの声に反応し、その手を止める。そしてそこまでで判明したことをつらつらと述べていった。


「恐らくですが、『教会』は、エルフ種が扱う精霊魔法の力……あるいはその知識を求めているのではないかと」


 アジサイが、あくまでも現段階で考えられる可能性としてですが──と前置きしてから、そう告げた。


「精霊魔法を……」


「はい。一般魔法とはまた異なる力を持つ精霊魔法ですが、人間にそれが発現することは極稀です。しかし、それをモノにすることが出来れば、『教会』の戦力は今以上に強化されます」


「でも、そんなことが可能なのかしら……」


 サクラは首を傾げた。


「不可能に近いというのが、我々の見解です」


 アジサイが答えると、サクラは頷く。


「そうよね……」


「でも、何でわざわざそんなことを?」サザンカが手を上げた。「そんなことしなくても、エルフをそのまま仲間にしてしまえばいいだけじゃ……」


「それも選択肢の一つではあるのでしょう」アジサイが答えた。「ですが、『教会』は人間至上主義を謳っていますから。秘密裏に事を進めるにしても、やはり限度があるのでしょう」


「そうね。だからその場合、考えられる事としては──」


 極稀ではあるが、その素養を持つ人間は存在する。


 だとすれば、そんな人間を『教会』が放置するはずはない。それを自分たちの戦力とし、そしてその力を研究しようとするはずだろう。


 だが、人間では基本的に精霊魔法を扱うことが出来ないため、精霊魔法の扱い方を教えることは出来ず、精霊魔法の素養を持って産まれたところで、それを教わることが出来ないのだ。そうなると『教会』としては、ただ素養のある人間を集めたところでどうしようもないので、その力を行使出来て、尚且つ他者にそれを教えることが出来る者を必要とするはずだ。


『教会』とエルフが繋がりを持ち始めたのには、恐らくそういった背景があったのだろう──その中でどういった話があったのか、そして今現在の『教会』とエルフの詳しい力関係などは未だ不明だが。


「……祖霊魔法の素質を持つ人間……もしかして」


 アザミが徐に口を開き、呟いた。


「どうかしたの?」


「あ、いえ、その、先日報告しました通り、最近この街の近辺でたまにエルフを見かけるようになりまして……」


「そういえば……言ってたわね。まさか……」


「はい。それで、もしかしたら彼らは『教会』の下で、祖霊魔法を使える人間を探しているのではないかと」


 その返答に、サクラは確かにと頷く。


「可能性としてはなくもないかもしれないけど、そう簡単に見つかるものかしら」


「そう簡単に……と言いますか、あの、いるじゃないですか。一人、この町に」


 何を今更と、アザミは周りの顔色を窺いつつ言った。するとその場が静まり返り、アザミに視線が集中した。アザミはオロオロとしながら、「……え?」と声を漏らす。


「……どういうことかしら」


「言葉の通りですが……。えっと、エレイン様です」


「エレイン……って、彼女が?」


「え? ……は、はい」


 それはサクラが──否、その場の全員が、何の報告も受けていなかったことであった。


 ただ、サクラはアザミの様子を見て、わざと隠していたわけでも、報告するのを忘れていたということでもないのだろう──と考える。恐らく彼女にとって、それは分かっていて当然の事なのだ。サクラと違い、精霊魔法が使えるアザミには、当然ながら精霊を視認することが出来る。そして、それを前提とした上で、彼女の目線に立ってみると、これを報告していないのも、あるいは仕方のないことと言えるのかもしれなかった。


 アザミというエルフは、この中でも最後から数えて二番目にここへやってきた存在だ。そんなアザミは日々皆に追いつこうと鍛錬を重ねているのだが、彼女にとって、エレインが精霊魔法の素養を持った人間であるという見れば分かるような事実は、わざわざ告げるようなことではなかった。勿論、アザミも周りが精霊を視認できないことは知っていたが、しかし、それでも『当たり前』というものが邪魔をしていたのだろう。自分達よりも長くここにいて、リュカとの付き合いも長いサクラ達が、まさかそれを知らないなどと、考えてもいなかったのだ。


 そう考えると責めることもできず、「ふぅ」と、サクラは短く息を吐く。


「その……すみません……」


「大丈夫よ。わざとでないことは分かっているわ。……けど、もしそうだとすると、しばらくはそちらを注視しなければならないわね」


 取り乱すアザミを宥めつつ、サクラは今後の方針について話し始めた。


 今後しばらくはここらに出没するエルフの動向を探りつつ、近辺にその拠点がある場合は、そこの壊滅も急がなくてはならない──忙しくなりそうだった。


「ですね。万一のことがあっては困りますから。ですが……主様はそのことを把握──していない訳がありませんよね」


 アジサイが賛同し、そしてリュカがこのことを知っているのかどうかを考えようとして──やめた。


「そうね。それが露呈し、彼女の身が危険に晒されることを恐れて隠しているのでしょう。だとすれば今はまだ──それを見守るしかない」


「承知しました。では──」


 と、会議は進んでいったのだった。


 △▼△▼△▼△


 召集を受けた三人のエルフは、入出許可を得ると、その一室に音も立てずに這入っていく。


 這入って目の前には上質なソファが二つと、挟まれるようにして置かれたローテーブルが一つ。その上には花瓶が置かれており、白く小さな花が咲いている。右側には大きな本棚が壁一面を覆うようにして置かれており、そこには資料や文書などが大量に仕舞われている。左には、今の季節は使われることもない暖炉が置かれており、その上には装飾の施された武器などが飾られている。そして部屋の奥には、執務用の長く大きなテーブル、その背後の壁には、『教会』のシンボルとも言うべき紋様がでかでかと刻まれている。地下にある拠点の為、どこの壁にも窓などは存在しない。空気の入れ替えも、日中の明かりも、全て魔道具で補われている。そこまで広々とした部屋というわけでもないが、部屋の与える圧が彼らを縮こまらせたせいか、実際よりも広く感じられる。


 そんな部屋に這入り、ドアを閉めた彼らは、入り口のすぐ近くで姿勢を正し、ある一点に視線を向け──部屋の奥、執務用のテーブルに着いていた男が口を開くのを待っていたのだった。ややあって、ペンを置く音。


 そして、「……何をそこで固まっている」と言われて、三人はそそくさとテーブルの前まで歩いていく。


「それで?」


 三人の顔を順番に見て、真ん中の男に視線を固定すると、席に座っていたその男──リルファーダは問いかける。


 リルファーダはリル族の棲む里の纏め役にして、『教会』の一派──イカンテ派の重鎮である。数十年ほど前に祖霊魔法についての知識を求めて接触を図ってきた人間からの勧誘を受け、秘密裏にイカンテ派に加入を果たすと、その後、同じく勧誘を受けて加入してきた複数の氏族の代表としての立場を得た。とは言え、表社会に出て行くことのない『教会』の中さえ表に出ることの出来ない立場故、制約は多い。


 現在は上からの命により、とある条件に合致する人間の捜索及び確保を行っている。目立った成果を上げることが出来れば今よりも上を目指せる──そう考えた彼は、いいように押し付けられただけのこの仕事にも、それなりのやる気を見せていた。


 元々は里の子供達を育てるくらいしかやることの存在しないような生活を送っていた彼だったが、『教会』に加入してからはそれまでその顔を見せることの無かった野心に突き動かされている──人間社会とは距離を置いていたエルフにとって、強大な権力という存在は劇薬にも等しい刺激だったのだ。


「見つかったのか?」


「はい。ここから南の方にある人間の町にそれらしい人間の少女がいた、とのことです」


 真ん中の男──リルフェルトは答えた。


「ようやくか。全く、ベイケめ……」リルファーダは大きく溜息を吐くと、口の中でもごもごと、この依頼の主に対する悪態をついた。「しかしこれで……」


「では我々は作戦通り……で、よろしいでしょうか?」


「……あぁ。殺しさえしなければ多少怪我させても問題はないそうだが……人間共に見つかるようなヘマはするなよ」


「はっ」


 三人は部屋を出て行く。そしてリルファーダは再び一人きりになった部屋の奥で、椅子を回す。背後にあった『教会』の紋様を眺めると、フンと、鼻を鳴らした。

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