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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第偽話
21/70

021

 十歳になった。


 前世で言う所の、二分の一成人式なんかを迎える歳である。子供の頃はあんなものに一体何の意味があるのかと、その答えが分からず頭を悩ませたものだったが、今ではハッキリと分かる──アレにそこまでの意味はない。子供達に成長を実感させるのが目的なのだろうが、これから大人になっていく自分達と言う存在を自覚させるためにあるのだろうが、子供は十五を超えても割と子供のままだ。なのでアレは、何となく定着しているからという理由で、つまりは大人たちのエゴで行われているというだけに過ぎないのだろう──そうは言っても、この世界には二分の一成人式どころか成人式もないのだし、そもそも法律で成人年齢が定められているわけでもないのだから、全くもって関係のない話ではあるのだが。


 屋敷を手に入れてからは実に二年が経過しているわけだが、自分の生活は結構変わってきている。まず、幽霊屋敷の件から少しして、家では魔法の勉強が始まるようになった。既に魔法を使えてしまっている自分という存在が母親にそうさせたわけだが──その使い方などを間違えたりしないかどうかを確認し、そして時にはそれを修正するために、日々授業を行っている。エレインに護身術などを教え込む授業もいまだ健在で、そのため、日中はかなり忙しくなってしまった。


 本当に、何から何まで教えることの出来るこの人は一体何者なのだろう──と、前々から思っていたことを尋ねてみたのだが、結婚前はそれなりの腕を持つ魔法使いとして仕事を受けていたらしい。その際に請け負った護衛の依頼で父親とは出会い、そこからあれよあれよという間に一人目を産んだのだとか。その前は自分も王都の学園に通っていたという話をしていたから、多分色々出来るタイプの優秀な人間なのだろう。


 そんな母親から産まれた一人目である兄は、未だに顔を見せない。知らされていないだけでもうどこかで死んでるのではないかと思い、そんなことをやんわりと訊いてみたのだが、たまに王都に行く父親がその様子は見に行っているらしい。今は学園を卒業し、順調に文官をやっているのだとか。ピンとは来なかったが、優秀であることには違いないのだろう。十年も会わないともう完全に知らない人でしかないのだが、元気ならそれでいい。いつか結婚が決まったりでもすれば、その時は流石に顔を見せるだろう。


 そして、エレインは十三歳になった。もう二年もすればこの世界基準ではなんとなくの成人を迎える、そんな年ごろである。性格自体は昔とさほど変わらないのだが、それなりに強くなり、それなりに賢くなり、それなりに大人びてきている。その甲斐あってか、エレインも十一歳になるころには外出を認められるようになり、これまで出られなかった反動か、頻繫に外に連れ出されるようになった。


 そんなエレインだったが、魔法の才能は全くと言っていい程無かったようで、初歩の初歩、体内にある魔力を知覚することすら出来ず、そこで引っかかってしまっている。魔法を使って見せてやるとその度「凄い凄い」と褒めてくれるのはいいのだが、そのあと浮かべる寂しそうな顔を見ると悲しくなる。母親にもどうにか出来ないのかと相談したのだが、流石に魔力を知覚することすら出来ないとなると手の施しようがない──お手上げだと言われた。実際、自分もそう思ったからこそ、それを何とかする術を知らないかと相談したので、そう言われてしまってはどうしようもなかった。


 とは言っても、エレインももう子供ではない。大人ではないが、幼くはない。なので『出来ることは出来る、出来ないことは出来ない』と諦めることが出来たのか、そこまで思い詰めている様子はなかった。


 しかし、母親としては悩ましげであった。これで最低限魔法が扱えれば、商会の儲けが増えて家には余裕もあるということで、今後王都にある魔法学園あたりに入学させることも出来たのだそうだが、そうでないとなると将来設計を見直さなければなるのだとか。そんなに学園に通うことが大事なのかと思わなくもないが、この世界以上の学歴社会に身を浸していた自分からすれば、どうしてそんな事を思ったのか不思議なくらいに当たり前の事であった。


 学歴──と言ってもいいのかは分からないが、それと言うのはいわば箔だ。どれだけ知識があろうと、どれだけ頭が回ろうと、学園を出ているかどうかでその評価は大きく変わる。貴族などが現存する社会なら尚更で、『学園に入れるほど優秀な人間』と、『優秀かもしれないが学園には入れなかった人間』という、冗談ではなくこの二択なのだ。しかし、前者は必ずしも『優秀な人間』を指すわけではなく、『そこそこ優秀な人間』であったり、『優秀かどうかは少し怪しい人間』なども含まれる。そんな人間が、学園に入り、そこを出たという箔を得るだけで、『学園に入れるほど優秀な人間』として扱われるのである。


 勿論、学園に入っていない上に優秀ではない人間はまずそもそも評価に値しない。大体前世と同じで、そこには親近感を持つ。


 母親としては、こういった社会でエレインが生きていけるよう、どうにかはするつもりであったのだ。兄が学園に通っていたのはそれと同じ考えによるもので、兄が学園に通えるだけの能力があったから、両親は安心して次の子を産めたという背景もある。そして、金の問題は父親の手腕もあり、概ね解決した。何をどうしているのかまではそれを詳しく把握していないものの、王都に支店を立てたりなど、結構手広くやっているらしい。なので後は本人が学園に入れるかどうかなのだが、流石に学力一本というのは厳しいものがある。兄はそれをクリアした側の人間だが、エレインはそれを狙えるほどではない。対して、魔法学園であれば、纏まった金と魔法を扱えるだけの技量、それからある程度──最低限の学力さえあれば入ることはそこまで難しくもないので、エレインが十五歳になるまでに必要なことを叩き込んでいくつもりだったそうなのだが、当のエレインは魔法の才能が無かった。才能がない以前の問題かもしれないが、これで魔法学園への入学の道は絶たれた。


 こうなったらあとはどこかに嫁がせるという手や、どこかの貴族家に女中として働きに行かせるという手もあるにはあるとのことだが、親としては、そこまでするほどでもないらしい。まだ時間はあるのだから、焦るつもりも、焦らせるつもりもないと、そう言っていた。


 自分でも何か考えておこう。エレインに商会が継げるかと言われれば微妙だが、何か手はあるだろう。


 それから、サクラ達の事なのだが──これが一番変化していると言える。


 サクラにはこれまで同様、皆の中心として頑張ってもらっている。やや負担が大きいかと思ったのだが、役割分担はきちんとしているそうなので、それを信じることにした。コハクもかなり優秀で、そんなサクラをサポートしてくれている。二人共少し経つごとに強さが跳ね上がっていて、そのうち手を付けられなくなるのではと、内心戦々恐々としている。そして、アジサイ。以前までは言葉を発することの出来なかった彼女は、ゆっくりとではあったが、だんだんとその声を取り戻していき、今では流暢に会話が出来るまで回復している。筆談自体は出来ていたのだが、今はそれからも卒業しているのである。本当によかったと、心の底から思う。


 そして、ここからが大きな変化なのだが、あの屋敷、結構人が増えたのだ。


 この二年間で七人増え、現在あの屋敷ではサクラを筆頭に十人が共同生活を送っている。彼らはサクラに勉強を教わり、魔法や剣術、体術などを教わったりしつつ、順調に成長している。


 と言うのも、サクラやコハクがたまにどこかへ行っては身寄りのない子供を連れて帰ってくるのだ。それを知らずに数日ぶりに屋敷を訪ねてみれば、知らない子が普通にいるのだから驚きである。最近はもう慣れたが、始めの頃は何事かと思った。


 その上、その際には新たに名前を付けることを要求されるので、その度に花や石の名前を思い出さなければならず、結構苦労させられるのだ。花にも石にもあまり詳しいわけではないので、普通に名前を付けていこうかとも考えたのだが、途中までそうしてしまった所為か、折角なら統一しておきたいという考えがチラつく。だからこれからもそうなのだろうが、しかし、どうして名前を新たに求めるのか。


 心機一転、みたいな感じなのだろうか。


 まぁ、とは言うものの、元の三人ではやはり生活も大変だったのだろうから、それは別に構わないのだ。家を掃除しようにもあの広さでは一苦労だろうし、洗濯だって、炊事だって、三人で回しきるのは大変だろう。それをどうにかしていくために戦力の増強を図っているというのなら、碌に手伝えてもいない自分がそこに異を唱えることはない。


 だが、フラッと顔を出したらいつの間にかいるという構図に関してはどうにかならないものか。それも、怪我がそのままだったり、身体に痣があったりする子もいたし、病気がちな子もいて、当然それらは早急に治療したのだが、そういう子がいるのなら報告をしてほしい。病気に関しては移ったりでもすれば大変なのだし、放置すれば命にかかわる場合もあるのだから。


 しかしそうは言っても、やはり不定期にしか通えていない自分が悪いと言われればそれまでなので、それを棚に上げて怒ったりは出来なかった。


 なので代わりに──でもないが、自分はそんな彼らに対し、まず初めに屋敷でのルールなどを色々教えたりしている。


 ルールとは言っても、帰って来たら手洗いうがいをきちんとするようにだとか、屋敷内は土足厳禁だとか、思いやりがどうこうだとか、そういう、親が子供に言うようなことが殆どだが。


「にしても、かなり組織的なんだよな……」


 サクラはかなり一元的な管理体制を敷いている。役割分担は出来ているとは言ったものの、それはサクラが一人で全てをこなしているわけではないという話であって、指示は基本サクラから出ており、他九名がその指示に従って行動をしているという形なのだ。各々がバラバラに動いたときのことを考えると、それが一番いいのだろうが──なんというか、なまじ知識があるからか、管理方法が本格的なのである。


 子供が大人に憧れて組織ごっこをしている──という風に取ることも出来るのだが、多分その辺の組織よりよっぽど的確に指示が出され、それに基づいて結果が出されているのだ。サクラの優秀さがそうさせるのだろうか。


 それと、イリーナについてだが、彼女にはたまに会う。昼間の時間に隙を見て屋敷に行くと大抵いるのだ。なのでその度にクッキーやらケーキやら、前世にあったもの含めて色々と焼いていき、飽きさせないようにもてなしている。中でもドーナツが気に入ったとのことで、材料費に関してはそこまでの心配もせずに済みそうだった。


 彼女は彼女で屋敷にいる子達とは大体仲良くしているらしく、勿論多少の合う合わないはあるものの、これまで目立った問題は起こっていない──という報告を、サクラから受けている。


 やはり組織的である。


「どうしたの?」


「え? あぁ、いや、何でもない」


 と言いつつ、エレインの頭を泡立てていく。


 この姉は未だに一人で風呂に入るということをしない。前世でいえば中学一年生にもなるのだから、そろそろ一人で入るようになるのだろうと考えていたのだが、当たり前のことに対して疑問を呈した人を見るかのような視線を向けられ、首を傾げられてしまった。もしかすると、前に怖い話をしたことがあったが、未だにそれを引き摺っているという可能性がある。もうそんな話など忘れていそうなものなのだが、水場などに対する怖さだけは本能的な部分に残っていたりするのかもしれない。


 しかしこれに関しては、この家に金があるのも問題なのかもしれない。何故と思うかもしれないが、まず、風呂場に照明をつけるのは──否、家に照明を用意するのは、よほど家の財力に余裕がなければ出来ない事なのだ。なので風呂場にまで照明を用意出来る我が家の財力はそこで推し量ることも出来たりするわけだが、そうでない家に照明器具などという物はない。明るいうちに仕事をし、暗くなったら寝る。風呂に入るだけの為に油などを消費したりはしないので、風呂に入るにせよ、水浴びをするだけにせよ、起きてから数時間の明るい時間に済ませてしまうのだ。勿論、火の魔法などで明かりを作り出すことは可能だし、それが使えるのなら水を沸かして湯に浸かることも出来るのだが、皆が皆そう出来るわけもないということで、一般的ではない。


 しかし先の通り、我が家には風呂場にも照明がある。魔力を流せば、しばらく火を灯し続ける魔道具である。LEDや蛍光灯を知る自分からすればそれは心許ない明かりなのだが、この世界基準では高価な品物だ。そんな照明器具があることで、もちろん例外もあるが、この家では基本、風呂は夜寝る前に入ることになっている。だから怖さがあるのだろう。朝風呂であれば怖いと感じることはないはずだ。


 考えつつ、壁の照明に目をやる。


 ガラスの中で火が赤い輝きを見せているが、少し弱い。そろそろ魔力が切れる頃だろうか。切れたら切れたで光の魔法を浮かべていれば明かりとしては十分なので、特に気にしたりもしないのだが──それもあるのか。


 エレインは魔力を知覚出来ない。操ることが出来る出来ない以前に、知覚さえ出来ない。つまり、魔道具に魔力を流すことすら出来ないのだ。


 なので、一人で風呂に入ろうとすれば、使用人なりなんなりに、それを頼まなければならなくなる。


 エレインは魔力を扱えないこと自体はそういうものだと受け入れているものの、開き直ったりまではしていない。だとすれば、それを毎度頼むことに抵抗があったか、それとも仕事中の彼らの手を借りなければならなくなることを嫌がったか──どちらでなくとも構わないのだが、誰かと一緒に入ればその必要が無くなると考えたのだろう。その上で自分としか入らないのは、単にそこで失ったプライドを回復させているといったところか。弟の世話をしてやっているだけという大義名分があれば、そことそことのバランスで自分を納得させることは出来る──という風に。


 そこまで考えているのかどうかは知らないが。


「流すよ?」


「うん」


 目の前の鏡に映るエレインが目を閉じたのを確認してから、湯を流していく。浴槽に入った湯を使ってもいいのだが、そんなことをしなくても普通に湯を作ることは出来るので、そっちを使っている。


 泡が金色の坂を滑り落ち、肌を伝い、水に溶けるようにしながら風呂場の床を流れていく。エレインはそれなりに毛量のあるタイプなので、念入りに流さなくてはならない。それを何度か繰り返すと、髪は洗い終えたと、今度はその髪を纏め上げていく。


 そして、タオルに石鹸を付けると、その背中をゴシゴシと擦り始める。軽くとは言え、定期的に体を動かしているからか、それなりに健康的な肉体をしている。


「そういえばさ、姉ちゃん」


「何?」


「魔力……。本当に使えないの?」


 と、背中を洗う手に少し力を入れ、尋ねる。


「……。うん。言われた通りにしてるつもりなんだけど、出来ないの」


 その声はポツリと聞こえた。


「言われた通りに……か」


 言われた通りにするだけでは出来ないこともある──という話ではなく、エレインだって自分で考えて色々試してはいるはずなのだ。今も時折それが出来ないかと試みているのも知っているし、それが全く、毛ほども成果を上げられないなどということが果たしてあるのだろうか。勿論、魔法をほとんど扱うことが出来ない人というのは存在する。しかし魔力を知覚出来ないというレベルになると話がまるで変ってくる。それは流石にないはずなのだ。


 しかし、出来ないと言うのだから出来ないのだろう。少なくとも、何か理由や目的があって噓を吐いているようには思えない。


「私……ダメなのかな……」


 エレインは呟く。


 聞こえるように言ったつもりはなかったのだろうが──音の響く風呂場では、それがやにハッキリと聞こえた。


 何も言えない。


 何を言えばいいのかが分からない。


 これで自分も出来ない側の人間であれば──肩を組んでやれたのだろうか。


 今の自分がそれをすれば、ただただ屈辱的でしかない。


「ダメじゃないよ」


 でも、何かしらは言わなければならないだろう──そう思った。


「でも、もうずっとやってるのに、何も出来ない」


「まぁ、そうかもしれないけど。何か原因があったりするのかな……」


 考えるも、それらしいものはパッと出てこない。


 ただ、原因には思い至らなかったが、一つ思いついたことはあった。


「そうだ。診てもらえばいいんじゃ……」


「……? みてもらう?」


「そう。まぁ、家にはある程度お金もあるわけだし、どっかの有名な魔法使いにでも来てもらって、姉ちゃんが魔力を知覚出来ない原因を調べてもらえばいいんじゃないかって」


 背中を洗い終えると、今度は腕を持ち上げ、タオルで擦っていく。持ち上げた腕は細く、白い。


「今から呼んだとしてもそれなりに時間はかかると思うけど……、でも、もしかしたら解決するんじゃないのかな。諦めるにはまだ少し早いよ。やれそうな事とか、思えば全然やってないし」


 なんて、軽々しく口にするには無責任が過ぎたか。


 だが、エレインが魔力を扱うことが出来ない原因を、本人含め、まだ完全に調べ切ったとは言えない。金については、まぁ、父親に何か新しいものでも売らせればどうにか作れるのだから、使えるものは全部使って、真にお手上げになるまで調べつくすべきだろう。何か思わぬところにその原因がないとも限らないのだから。


「……姉ちゃん?」


 何も言わないエレインが気になり、鏡越しにその表情を窺った──その前に、エレインは振り返り、自分の頭を両腕で抱え込むようにすると、胸元に抱き寄せた。


 そしてしばらく何も言わず──鼻を何度かすすり。


「……リュカは本当に私の事が好きなのね!」


 と、濡れた肌を押しつけるようにしながら言ったのだった。


 △▼△▼△▼△


 風呂から上がり、エレインの髪を乾かした後のこと。


「魔法使いを?」


 と、そう訊き返してきたのは母親──オリヴィアであった。母親はリビングのソファに掛け、菓子を摘んでは茶を飲んでいた。夕飯後、寝る前の時間にこうして甘味を楽しんでいることが多い。以前はそうでもなかったのだが、やはり経済的余裕がそうさせるのだろう。


「そう。姉ちゃんが魔法を使えない原因──それが分かる人もいるんじゃないかって思って」


 魔法に関することは、自分ではまだまだ未知数なところがある。与えられたものをどうにか組み合わせては色々やっている自分だが、与えられていないものはとことん分からないのである。


「ほら、王都の学術機関とかなら一人ぐらい心当たりのある魔法使いもいるんじゃないかなぁって」


「うぅん……どうかしら……。あそこの連中──」


 母親はそこまで言って、「おっと」と言葉を切った。


 あまり好ましくは思っていないらしい。


「学園にいるような魔法使いは、それこそ魔法を使えることが前提みたいな考えの人間ばかりだから、あまりそういうのに詳しい人間はいないんじゃないかしら。もちろんそういう研究をしている魔法使いがいないとも言わないけど……」


「探せばいるかもしれないんだよね?」


「まぁ、そうね。かもしれないってだけだけど、どこかにはいてもおかしくないでしょうね」


 母親はしかし、「でも」と言って、言葉を続けた。


「いたとしても、王都にはいないかもしれないし、この国にいるかも分からないし、いたとして、調べてくれるのかは分からないわよ」


「でも、時間が掛かっても……」


 あぁ──と、声が漏れた。


 そうだ、時間だ。


 エレインは今十三歳で、学園に通うとなればあと二年の内にどうにかしなければならないのだ。今からそれを調べる魔法使いを探し始めたとして、間に合うわけがない。勿論、十五を超えていても学園に通うこと自体は可能だが、通してもらおうと思えば、周囲より抜きんでていなければ厳しくなってしまう。魔法以外の部分であればなんとか出来たとしても、やはり魔法学園で一番見られることになるのは魔法だ。ギリギリに何とか魔法が使えるようになったとしても、そんな付け焼刃では太刀打ちが出来ない。


 自分はそれなりにやれるつもりでいるが、ここまでで十年掛かっている──無駄なことをしていたり、遠回りをしていたりした期間も含めて、だが。


「なら……やっぱり無理か……」


「と、言っててもおかしくはなかったんだけどね」


「……?」


「私だって、それが発覚してからこれまで何もせずにいたわけではないのよ?」


「……と言うと?」


「リュカと同じように、何か知っている人がいないかを探してもらってはいたのよ」


 探してもらってはいた──誰に。


 恐らく、父親なのだろう。


 各地を転々としているあの人の事だから、仕事のついでに情報を集めることは出来る。それに商人なのだし、そもそも情報には目敏いはずだ。


「前から動いてはいたんだ……」


「当然でしょう? まぁ、あまり期待させて、もしダメだったら──と思って、黙っていたのだけれど。とは言っても、リュカのお陰でもあるのよ?」


「……? 何が?」


「リュカのお陰で商会が大きくなったから、それをするだけの余裕だとか力だとかがあるのよ。各地の有力者とのコネも出来たみたいだし、そういったところからも情報を得られるようになったから」


「…………」


「まぁ、まだ見つかってはいないんだけど。でも、そういう人がいるっていう話は上がってるのよ。だから後は間に合うかどうか、交渉が上手くいくかどうか──といったところね」


「そうなんだ……」


 インターネットなどの無い世界だから、どこか分かり易い場所に定住しているような人間でもない限り、接触することは難しい。この国の王と、どこにいるかも分からない様な研究者とでは、前者の方がまだ接触する難易度は低そうに思える。


「そう。あ、エレインにはまだ言わないでちょうだいね? さっきも言ったけど、もしダメだったらと思うと可哀想だから」


 母親はそう言って、念を押した。


 そして茶を飲み干し、家政婦を呼びつけると、出て来たセシリアに空になったコップを片付けるように言い、それからまだ残っている菓子などは三人で分けて食べてもいいからと言って、部屋を後にした。すると、セシリアはテーブルの上の物をトレイに載せていきつつ、早速それを一つ摘まんだ。仕事も終わっていない内から菓子を口の中に放り込むと、にへらと笑みを浮かべながら口を動かしていき──それを黙って観察していた自分と目が合った。


 セシリアは固まる。


 そしてこちらに背を向けると、サクサクと口の中の物を噛み砕いていき、飲み下し、口元を軽く拭い、それから何事もなかったかのように振り返った。


「リュ……リュカ様? えっと、どうしてこちらに? もう寝る時間なのでは?」


「セシリア。クッキーは美味しかった?」


「……、何のことでしょう」


 そう言いながら、セシリアは一歩、もう一歩、距離を詰めてくる。


「見間違いだと?」


「見間違いですよ。お疲れなんですから、早く寝ませんと」


「そうなんだ。ならホットミルクでも飲んでから寝ようかな」


「それがいいと思います。私が作りましょうか?」


「いや、いいよ、片付けが残ってるんだし。エマにでも言って作ってもら──」


 と、言い切る前に、セシリアの顔が目の前まで近付いていた。


「すみません、見間違いじゃないです! 言わないでください! エマ先輩の説教長いんですよ! 今から始まったら寝るの遅くなっちゃうんですよ!」


 セシリアは畳みかけるようにして言う。


 まぁ、初めから言うつもりはなかったのだが。しかし必死な顔でそう言われると、言わないでおいてあげようという風にも思えるのだった。


「何で食べたの?」


 ただ、どうして今ここでいきなり食べたのだろう。あとはもう仕事も碌にないのだから、パッと片付けて休憩室でゆっくり食べればよかったろうに。


「え?」


「言わないから。何で摘まみ食いしたの?」


 セシリアは逡巡し。


「その……アレを持って行って分けたら……エマ先輩とネル先輩と、三等分じゃないですか」


 と、未だテーブルの上に置かれたままの菓子を指差して言う。


 そりゃそうだと、頷いて話を聞く。


「でも、持って行って三等分って、なんか悔しいじゃないですか」


「……はぁ」


「だから、ここで少し食べておいて、その上で向こうに持っていくんです。そうすれば三等分されても、私の分が一番多くなります」


 と、セシリアは言う──賢い事でも言ったかのような態度で。


 絶句した──させられてしまった。


 いや、言わんとすることは分からないでもないのだ。仕事を頼まれ、その際に食べてもいいと言われたのは自分なのだから、その分の役得があってもいいではないか──と考えるのは、理解出来ないこともない。


 が、御年二十六の女性の発言だろうか、これが。


 エレインの二倍生きている人間の発言なのだろうか、これが。


 エレインもエレインではあるが、彼女はこういう場合、ちゃんと半分に分けようとする。そしてその上で「ちょっと頂戴」と頼んでくるのだ。いっぱい食べたいという思いは同じであっても、こういう狡いことはしてこない。だから言われたらあげようという気にもなるのだが、これはいただけない。


 この家で一番成長していないのはセシリアだったか──いや、成長しきってこれなのか。


「つまりそういうことですよ。……リュカ様?」


「セシリア。やっぱり一回怒られた方がよかったりするんじゃない?」


「んなっ!? 言わないって言ったじゃないですか!」


「いやまぁ、言わないけど……。というか近いんだけど」


「信じられません! 今のリュカ様の目は告げ口をする人の目です!」


「どんな目をしてるっていうの……。別にこんなことでわざわざ告げ口したりしないから。何の利点もないんだし」


「利点があったらするんですよね?」


「……? まぁ、そうじゃないの?」


「利点があったらする人は、利点が無くてもしたりするんですよ! なんとなくの気分で!」


 理由があろうと──なかろうと。


 メリットはないが──デメリットもない。


 まぁ確かに。大した手間でもないのだから、告げ口をするのは簡単だろう。する意味もないがしておくかと、それをしたりすることは──ままある。


 電車内に転がっていたペットボトルを捨てておこう──みたいな、ちょっとした善行とか。


「かもしれないけど。だったらどうすればいいの」


「えっと……じゃあ、共犯になってください」


「共犯? 僕も食べるってこと?」


「そうです」


 別に自分がそれを摘まんだところでそもそもお咎めは無いと思うのだが──しかしそれを気が付かせてしまうと、また長くなる。


 そう思い──頷こうとしたその時。


「セシリア、さっきから何をギャーギャー騒いでるんだい?」


 と、序列一位、セシリアの恐れるエマが部屋のドアに姿を現し、尋ねた。


 すると、セシリアは怒涛の勢いで、


「聞いてくださいよ! リュカ様が、私が仕事中にお菓子を摘まみ食いしてたことを、それもよりにもよって説教が無駄に長いエマ先輩に告げ口しようとしてたんですよ! だからその口封じを……」


 と、セシリアのポンコツブレーキはそこでようやく効き始めたか、もう既に大事故を引き起こしてはいたものの、最後まで言い切ることはなかった。


 車は急には止まれない。セシリアの口も止まらない。


「へぇ……、そうかそうか。偉いじゃないか、セシリア。ちゃんと自分で言えて」


 そう言って、エマはカラカラと笑う。しかし、目が微塵も笑っていない。


「あ……あはは……」


 セシリアの乾いた笑い声。


 そして。


「セシリア。今すぐその手を離しな」


 エマの鋭い眼光と、底冷えするような声。セシリアの手が肩から離れると、やっと解放されたと、部屋の外に向かう。


「悪いね、リュカ様。このアホはちゃんとしばき回しておくから、許してやってくれるかい?」


「特別何かされたわけじゃないし、それはいいんだけど。あぁ、そうだ、母さんが、そこにあるのは三人で分けて食べていいからって」


「そうだったのかい。ならありがたく頂くことにするよ」


 そうして部屋を出、それとすれ違うように、エマがパキパキという謎の音と共に部屋へと入っていき──ドアが閉じられた。


 自分は振り返ることもなく、足早に自室へと戻り、眠りについた。


 セシリアはあの後夜通し叱られ、終ぞ菓子にありつくことは出来なかったという。


 欲を掻いてつまみ食いをしたばかりに、本来得られていたであろう分まで失っているのだから、何とも皮肉めいているが──しかしまぁ、セシリアらしいと言えば、セシリアらしいと言えたのだった。

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