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死子深域  作者: 餅ゴメ
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第6話 燃える者

刀を振るったその勢いで一回転。長く伸ばされた脚が炎による支援を受けぶつけられる。ガードの体勢を取り両腕で受けるも、あまりの衝撃に後退を余儀なくされる。


「『炎郷えんごう』」


 生じた隙を見逃す筈はなく、一瞬とも言える間に全方位に炎を撒き散らす。上昇気流の壁で上空に飛ばす事により直撃を避けるも、取りこぼした炎だけで全員が無視できないダメージを負った。

 圧倒的な実力差。それを洗練されたチームワークで誤魔化してなんとか食らいついているのが現状。だがしかし、それでも超えられぬ壁がそこにはあった。第七課はもはやボロボロ、全員生きてはいるが、緋縁の炎に焼かれ、もはや決着はすぐに着く状態となってしまった。


「んーやっぱ物足りねえな、お前らじゃ。連携は中々だったが⋯おっと」


 限界の体に鞭を打ち、放った強烈な一撃。鳶田のその拳を緋縁は鞘で受け止める。

 肩で呼吸をし、満身創痍な鳶田に対し開戦前からまるで様子が変わらない緋縁。まさしく絶望的な状況の中、更に絶望が襲い来る。緋縁は、自身に集中を向ける第7課の背後の存在にすぐに気づいた。


「ん?あれは――ああそういう」

「このままお前ら殺してもつまんねえし、見せてみろ」


 そこに居たのは改造猛薬を服用した三嶽だった。魔力適性のない身体から一転、その身には強力な魔力を纏っている。

 緋縁の言葉で第七課もようやくその存在に気づく。命懸けのギリギリの戦いへの集中と消耗により、戦い外への感知能力は極めて薄れていた。やる気のない緋縁を目にし、今対処すべきは三嶽の方だと判断。そちらに注意を向ける。疲労と焼夷、はるか格上との戦いの中で蓄積されたものに体が震えるも、なんとか立ち上がろうとする。

 そんな第七課を他所に三嶽は彼らを襲うべく、叫び声を上げながら走りだす。彼の手に持ったナイフにも、強力で歪な魔力が流れていた。

 十分な防御も取れない中、緋縁から見て最も後方、即ち最も三嶽に近い位置に居た巻未は死をも覚悟する。――しかし、その凶刃が彼女の命に届くことはなかった。

 ザク、という音と共に逆に三嶽の首が落ちる。


「すいません、遅くなりました」


 窮地、寸前のところで到着した京の短刀が三嶽の命を奪いとった。

 

「全員生きてるようで何よりです。すいません緋縁の相手までさせてしまって。ここからは俺が引き継ぎます」


 緋縁の動作の一切を見逃さないよう、魔力感知に意識を割きつつ淡々とそう話す。


「待ってくれ、一人は危険だ。やられた僕らが言えることではないが⋯まだ傷は浅い。君の支援くらいは」

「不要です。全員撤退してすぐに治療を受けてください」

 

 杉原の提案を即座に断る。きっぱりと、そう言って撤退を促す。


「ここまで時間を稼いで頂いただけで十分、ありがとうございます。俺なら緋縁こいつに勝てますから、安心して下がってください」

「元々戦闘は俺の役目です。あなた方がこれ以上傷付くことはありません」


 京や緋縁という別格の強者の前では、自分達は明らかに実力が足りていない。京の言うことはもっともであり、戦闘の余波に巻き込まれないためにも――彼が直接言葉にすることは無かったが、足手纏いにならないためにも、全員退くべきである。そんな事は自分達が一番よく理解している。残酷な事実が鉄のように冷たく刺してくる。


「⋯繰り返しますが、俺が来るまで生きて持ちこたえてくれた。それだけで十分に大手柄です。俺達は今チームです。互いに、気にせず、協力していきましょう」

「――分かった。ありがとう。だがくれぐれも気をつけて」

「ええ」


 表情こそ変えなかったが、最後の一言には優しい温もりが潜んでいるようだった。冷静沈着、淡々と人を殺す。そんな、どこか異質な京の奥にある温かさの一片が零れ出たようであった。



「ハハ、みすみす逃がすと思うか」


 足元に爆炎を凝縮し、猛烈な速度で迫りくる剣士。その刀を短刀で受け止める。


「俺に勝てるだって?」

「ああ。俺はお前に勝てる」


 鍔迫り合いのような状態となり一時の押し合い。すぐに緋縁の脇腹に蹴りを入れる。衝撃音と共に弾き飛ばすも、魔力防御が間に合ったようで大したダメージは期待できない。ナイフを展開しすぐに追撃を行う。同時に、距離を少し詰めつつ魔力を溜め、『威壊』の発動準備をする。

 土煙の中から炎と共に緋縁が現れ、周囲を飛ぶナイフを刀で弾く。荒れ狂う激流のような剣に見えるも、一つ一つを丁寧に自分から遠ざけるように弾いている。

 

「洒落臭え!『炎郷』」

 

 刀を含めた全身から炎が立ち昇り、瞬く間に爆発が生じる。熱による気流にナイフが絡め取られ、うまく操作をできなくなる。爆炎の繭の中から炎の斬撃が複数飛んでくる。俺も能力で空中に浮遊し、空を駆けることで全て回避する。

 斬撃の元、巨大な球形の炎に向かって『威壊』を放つ。十分な溜めによる強大な出力。一直線に放たれた重さの奔流は炎を渦巻く炎を散らし、その赤い霧が晴れる。しかしそこに緋縁の姿は無く――


「凄まじい出力だな!」


 空中の俺の背後からその声が聞こえる。振り返ると目の前に赤熱した刀があった。

舌打ちが零れる。ギリギリで頭を引き避けるも、鼻先から右頬をなぞるように刀が通り、その表面と耳が少し切れる。

 空中でのしばしの攻防。周囲を飛び回り奴の刀を避けつつ、こちらも反撃を繰り出す。


「一撃一撃が重たい。お前のその能力か!」

「ご明答」

「攻撃力もだが速度も精密性も尋常じゃない!流石だな!!だが――」

「まだ全力ではないだろう?」


 力を込めた一振り。大規模な三日月状の炎が空気を抉るように突き進む。避けきれず、仕方なく魔力を込めた腕で受ける。出来る限りの魔力で防御したにも関わらず、両腕に切り傷と火傷を負う。しかし同時に、奴の背後から飛ぶナイフが奴の脇腹に突き刺さる。


「ッ、奥の手があるはずだ!見せてみろよ」


 刺突で怯んだ一瞬を突くように、空気を蹴り正面から打撃を与える。力を込めた重い一撃が入る。後方――即ち上空に飛んだ緋縁よりもさらに速く飛び、追いつき、その背中を蹴る。空中を跳ね回るように高速で移動し、次々に攻撃を加える。

 実際のところ、なるべく奥の手は使いたくないというのが本音だ。恐らく緋縁の実力は、かなり拮抗するが俺よりもやや弱い。激しい消耗や重症を負うことは承知の上で、時間をかければ殺せるだろう。それに、超過動は命を削る技。緋縁の力を考えれば、ある程度は対応してくる事は当然。先程のように一瞬の使用とはいかない。払うべき代償を考慮に入れると、尚更使いたくはない。

 戦闘は加速し、激化する。苛烈な連撃の末に地面に叩きつけられた緋縁は、刀を大地に突き立て再起しようとする。


「⋯しぶといな」

「まだ全力見てねえのにくたばるわけねえだろ。お前が本気出すまで何回だって付き合ってやるからなァ!!」


 先程のラッシュで相当のダメージを与えたはずなのに、火の勢いは衰えるどころか更に燃え盛る。撒き散らされた爆炎が一箇所に、緋縁のもとに渦を巻くように集まり、やがて一つの小さな玉となる。


「さっきの、返してやるよ!!!」


 見覚えのある構え、これは――

 寸前のところでこちらも同じ構えをする。


「『威壊』」


 赤焔、相対するは重力。赤と黒2つの奔流が空中で拮抗する。衝突の影響で周囲の大気が震え、暴風が吹き荒ぶ。建物が揺れ、ミシミシと悲鳴を上げる。しばしの拮抗の後起こった大爆発。風や熱、魔力が落ち着いた時、そこには一体が吹き飛んだ更地だけが残っていた。

 

「まだまだ、これからだぞ!!」 

「『バク』」

 

 爆発でボロボロになり肩で息をする緋縁は、俺を視認するなり刀を抜き突っ込んでくる。『爆』と唱えた瞬間緋縁が焔を纏い、紅色に輝く魔力が緋縁から溢れ出る。


「せっかく出会えたんだ!見せてもらうぜ全力を!!」


 数段階ギアが上がった緋縁の豪快な剣技を周囲のナイフや瓦礫を操り凌ぐ。しかし勢いは留まるところを知らず、剣戟をしながらも押される。やがて、先程俺がしていたように大きく吹き飛ばされる。

 重力操作でその衝撃を殺しつつ、すぐに体勢を立て直す。烈火の如き連撃。体中に手傷を負うが、消耗は奴も同じようだった。

 

「ゲホッはぁはぁ⋯どうだよ、そろそろ」

「⋯正直舐めてたよ。認識を改めよう」


 別に死に急ぎたい訳じゃない。全力を出さず済むならそれに越したことはない。それは変わらない。だが目の前の敵は今変わろうとしている。俺の技を盗み、こちらに食らいつき、より強力な攻撃を繰り出す。この戦いの中で確かに成長をしている。


 ――仕方ない。


「お望み通りここからは本気でやってやる」

「『超過動イクセラ』」


 その言葉を唱えればもう後戻りはできない。俺の魔力は漆黒に変色し、焔、あるいは煙のように吹き出す。体に黒雷が迸ると共に、眼を起点に罅が走り、やがてその紋様のような亀裂は体中へと広がる。熱を帯びた魔力が全身を駆け巡る。


「しっかり目に焼き付けろ。一瞬すらも見逃すなよ」


 そうして、燃えるような殺意が姿を現した。

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