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死子深域  作者: 餅ゴメ
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第5話 第七課

 ニィ、と緋縁の口角がゆるやかに上がるとともに、その翳した掌が燃える。火は瞬く間に勢いを増し、轟々と燃え盛る。


「ッ【廻風かいふう】」


 魔導対策局特別実行部第七課課長・杉原涼すぎはらりょうの能力【廻風】。文字通り風を起こし操ることができる力。風はかなりの出力まで発生させられるが、広範囲に渡って生じさせると威力・精度が落ちる。

 彼は咄嗟に風で炎を飛ばし、かつ近くに居た鳶田を連れて緋縁から距離を取った。


「ほぉ、炎をどかして道を作ったか。なかなかの速度だが、無傷とはいかなかったみたいだな」


 それでも、開幕のたった一撃で体のあちこちに火傷を負ってしまった。


「刀に炎の能力、君が緋縁だね」

「いかにも、だがお前らはあいつじゃねえみてえだ」

「あいつとは?」

「朝霧京。お前らも知ってんだろ」

「⋯第一課が狙いなのかい」

「ん?あーまあそうとも言えるか。俺は強い奴と戦えりゃいいからなあ」

「でも、いないんなら仕方ねえ。お前ら殺して甲龍会の尻拭いでもしてやるかな」


 抜刀。銀色の刀身が赤黒く輝き、再び凶炎燃え盛る。薪を焚べられたように、魔力を糧として勢いが増した炎が周囲に展開する。杉原は咄嗟に背後に飛んだものの、その速度を更に上回る猛火が喉を焼かんと走る。しかし、寸前でその勢いは衰えた。


「っぶな⋯【失衰しっすい】」

「能力解除の能力か」

「分かってるなら消化して欲しーんだけど!」

「残念だが出力の差だなぁ。ただ弱体化能力は面倒だな」


 緋縁は大きく踏み込み、爆発する炎でその地面を焦がしつつ最短経路、即ち一直線に巻未のもとへ駆ける。実力の格差、それ故の圧倒的な速度に、能力発動中の巻未は反応することができない。


「あ”っッ⋯」


 殺気で溢れた炎刀が巻未の胴を捉える、がその直前に割って入った鳶田の蹴りが逆に緋縁の胴を捉えた。強化系能力者の渾身の一撃に緋縁は後方に吹き飛ばされるも、背から炎を出し逆噴射の要領で勢いを殺す。


「大丈夫か!」

「生きてはいるよ⋯熱⋯」

「下がってろ、弱まった炎でこの威力だ。モロに喰らや即死する」

「ありがと、了解」


 直撃は避けたとは言え熱にやられ、巻未は決して軽くはない火傷を負ってしまった。彼女もプロ、緋縁の一撃を食らう危険性、そしてそれを自分が耐えられないことはよく理解しているため、すぐに後退し能力による弱体化に専念する。

 緋縁と距離が離れるまたとない好機。同時に、杉原が指示を飛ばし第7課全員が素早くそれぞれの配置に着く。


 「僕らの勝利条件は朝霧君が来るまで生き残ることだ。彼が来れば緋縁は彼の相手で手一杯になる」


 結城が魔力探知を展開し常に緋縁の魔力の動きを捕捉、杉原に触れる事によりその観測結果を常にリアルタイムで共有する。その結果から魔力――即ち緋縁から生じた炎を杉原が風で散らしつつ、鳶田が前に出て隙を見て攻撃を加える。京が居ない以上最高からは程遠いが、それでも今できる最善と言っても良い布陣。冷静に状況を見据え、油断や慢心を排し、ただひたすらに相手の攻撃をいなし生存することを第一に据える。張り詰めた緊張感の中、彼らはその裏で蠢く悪意にまだ気がついていなかった。



「ぐ⋯つあ⋯」 

 

 第七課による強襲を受け、俺、三嶽鳴人も地面に這いつくばっていた。

 体が痛い。魔力を扱える者とそうでない者とでは根本的なスペックが違う。どれだけ束になって襲いかかっても、消耗させ、もしかすれば手傷を負わせられるというのが関の山。しかしそれも訓練された者には通用しない。俺達無能力者では、第七課に抵抗すらできない。

 甲龍会は壊滅したと言って良い。迎撃に打って出た奴らは、能力者含め全員鎮圧された。奴らが猛薬の保管場所に侵入する寸前に緋縁が来たものの、この事もまたまずいと言える。緋縁に、降墓の奴らに甲龍会が使えなかったと認識される。猛薬を失い、それどころか命すらも失うかもしれない。

 猛薬、そう猛薬。守るべき最大の存在にして、この状況を一気に覆しうる唯一の切り札。猛薬は本来増強剤。魔力による特殊な改造が施されたこれを服用すれば。もはやそれしかない。緋縁よりも先に第七課を殺す。利用価値がまだあると、少しでも伝えられれば、もしかしたら再生の未来も開きうるかもしれない。

 俺の頭に、当初奴らと協力関係を結んだときの会話、いや忠告が浮かぶ。


『この猛薬は改造品。くれぐれも取扱いには注意な。もし服用したりすれば⋯』


 奴はその先を敢えて言わなかった。このような薬物に触れたことのある人間ならば当然察せられる範囲だからだ。あまりの強力さに反動が酷い、とでも言いたいのだろう。よくある話。だが今はそんなデメリットなんてどうでもいい。


「ははッ、殺してやるぞ⋯」


 地下倉庫から取り出した猛薬の瓶を開け、怪しげに光る希望の液体を俺は、一分の迷いもなく飲み下した。



「まずいな」

 

 嫌な予感しかしない。人型の魔獣が能力を使ってる。しかもこいつは本能のままに襲いかかる他の魔獣とは違い、能力の運用があるためか、幾分か考えて動いているようだった。顔のない頭部で不気味に思考を巡らせ、対応してくる。

 こうなってくるといよいよ向こうが心配だ。それに多少なりとも『思考』するなら、戦いの中で経験値を積み、より倒しづらくなる危険もある。できる限りの最速で今すぐに戦闘を終了させるしかない。


「⋯使うか」


 寿命は少しだけ削れるが、一瞬で解除すれば反動自体は大した事はないという事は過去の経験で、あの場所でよく理解している。これなら動けなくなることは無く、余力を十分に残して向こうに加勢することができる。


「『超過動イクセラ』」


 魔獣がこちらの攻撃に気づき防御の体勢になるよりも速く、流したその魔力が攻撃を受ける部位に到達するよりも速く、接近の勢いをそのままに腹部のど真ん中に右手で一撃を入れる。


「『威壊いかい』」


 同時に俺は『超過動』を解く。一秒にも満たない使用だが十分。二重の衝撃、数瞬だけズレた衝撃音が辺りに反響する。皮膚を破り、肉を抉り、骨を砕く。人間のそれらよりも強靭な人型魔獣の肉体に大きな穴が穿たれ、見る間に拡大、上半身と下半身の2つに裂けたところで魔獣は死亡し、深域の消滅が確認される。

 周囲の重圧が消え身軽さを感じる中、俺は地面を大きく蹴り空中に飛び出すと、そのまま全速力で飛び甲龍会の方角へと向かった。


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