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死子深域  作者: 餅ゴメ
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第2話 狼煙

『それに今は邪魔が入っちまうからな』

「邪魔ってのはこの事か?だとしたらあいつはこの魔獣の出現を知っていた⋯」


 あるいは、緋縁という男がこの魔獣を《《呼び起こした》》のか。だがそんなことが本当に可能なのだろうか。


「いや、今は後回しだな」


 まずは魔獣の討伐をしなくてはいけない。こうしている間にも深域は拡大を続けている。さっさと処理して、本部への連絡と次の対策を講じる必要がある。


 足に魔力を込め、さらに【重力】で大地を踏みしめる。地面、壁、天井のすべてを蹴り、魔獣との距離を瞬く間に詰めた。

 魔力は便利な力だ。「纏う」ことによって肉体の強度は飛躍的に上がり、「込め」れば物体の強度を向上させる事ができる。そしてこの「込める」という運用は何もモノに限った話ではない。体の一部に集中的に込めれば、効率よく、かつ驚異的な強化を実現できる。

 そのまま魔力を込めた足で魔獣を蹴り上げる。鈍重な音がビル群の中で反響した。小さなビルほどの大きさもある巨体だって、魔力強化を経た一撃を受ければ簡単に浮かび上がる。この魔獣は巨大な猪のような形をしており、見たところ飛行能力は持ち合わせていない。あの巨大な角に《《猪突猛進》》されれば敵わないし、浮かせて倒すのが得策だと思った。少なくとも一般的な魔獣なら確かにそれで十分なはずだった。

 魔獣が空中で咆哮を発すると、その周囲に棘を象った魔力弾が数十も現れる。俺がその発生を視認するのとほとんど同時に、棘は一斉に俺の体を貫かんと飛来した。


「強いな⋯やっぱり何かしら《《施されてる》》ってところかな」


 飛んでくる棘をこちらもナイフを弾丸のように飛ばして薙ぎ払い、撃ち落とす。

 しかしあちらの魔力弾の数が数なので全てを落とすのは困難だった。俺の元に届きそうなものだけを見極めて落とし、残りは回避によって対処することにしよう。


「せっかく浮かしたのも使わなきゃ勿体ないよな」


 俺は走り出すと同時に、右手人指し指の先に魔力を蓄え始めた。チクチク攻撃されても面倒だし、何より今は早急な対処が求められる場面だから、ここはあの猪を《《ワンパン》》する。

 棘の出現は止まらず、それどころか勢いを増してきている。まるであの猪の苛立ちを映し出すようだ。俺に届きうるものだけを確実に払い落とし、残りは全て合間を走り抜けることで凌ぐ。向きなんて関係なく空間を縦横無尽に駆けることができるのは俺の【重力】の強みの一つだ。

 魔力を蓄えること約5秒。マックスというわけではないが、このくらいで十分だろう。俺はビルの壁を使って天へと駆け上がり、まさに再び大地に降り立たんとしている魔獣の上を取り、最後に右手を左手で掴む。これで準備は整った。


「『威壊いかい』」


 蓄え、圧縮した魔力を一気に放つ。俺の指先から撃たれた黒い重力の奔流が、猪の元へと降り注ぐ。強烈な「重み」が襲いかかったことにより魔獣は穿たれ、轟音の余韻が消える頃にはその巨躯は魔力の粒子となって消滅していった。

 消滅が完了すると同時に、辺りを包む陰鬱とした感覚が消える。あの魔獣は核で、それを倒したことで深域が消滅したのだろう。


「残りもさっさと片付けないとな。何が起こるか分かったもんじゃない」


 俺は『奥の手』の使用を一瞬考えるが、すぐにやめた方が良いという結論に至る。


「⋯何が起こるか分からない、もんな」


 再び能力で大地から離れ、俺は次なる深域へと向かった。



「なあ、あいつ今こっち見なかったか?」


 京が猪の魔獣を討伐するのと同刻、その様子を遠くから双眼鏡で観察していた2つの人影。そのうちの1人が、手に持った缶ジュースを飲んでそう言った。


「18にして1課のナンバー3だと謳われてる奴だぞ。そして実際それだけの実力を持ち合わせてる。緋縁、お前も戦ったんなら分かると思うが朝霧京はその辺の子供とは違う」


 話しかけられたもう1人、漆黒のスーツに身を包んだその男は答える。


「まったく同感だね。しかもあいつ、本気じゃないどころか手札を隠してやがる。俺がどこかで見てるのを警戒してんだろうな。初めわざわざ《《下手に》》魔力を隠したってのに」


「そんな化け物に対抗するため今実験してるんだろう俺達は。まあ、成果は上々さ」


「の割には瞬殺じゃなかったか?」


「朝霧京を相手にたかが魔獣1匹が数十秒稼いだ、これは上出来と言って良い」


「ハハッ、そうだな。にしてもそうか⋯朝霧京、前評判以上の男だ。底知れねぇ。俄然楽しみになってきたね」


 緋縁は残りを一息に呷り、ちょうど近づいてきていた魔獣に缶を投げた。ゆるく放物線を描いていたはずの缶は魔獣の頭部に触れると同時にその頭蓋を撃ち抜く。缶も魔獣も灰となって風に吹かれ消えた。


「というか緋縁、お前奴に名乗っただろう。足が付いたらどうするんだ⋯」


「あ。いやすまんスイ。昂ぶっちまって、つい」


「はぁ⋯とりあえず今日のところは退くぞ」



『なるほど、大体状況は理解した』


 3つの深域を全て消滅させた俺はすぐに瀧澤さんに連絡を取った。

 深域内で緋縁と名乗る能力者と出会い交戦した事、3つの深域のどれもに稀な強さを持つ魔獣がいた事、そしてその緋縁という男がその強さに関与している可能性がある事。これらの事を報告し、次なる指示を仰ごうと思った。


『じゃ、引き続き頑張ってくれ』


 俺の期待は一瞬にして泡と消える。この人に指示を仰ぐだなんて馬鹿なことを考えちゃいけない、珍しい事態に遭遇したからかこのことをすっかり失念してしまっていたようだ。そしてこの瞬間、もうすぐありつけるはずだった休みも恐らく期待と共に去っていった。――いや、或いは初めから休みなんてなかったのかもしれない。


『というのは流石に冗談だ。本気にしたか?』

「貴方なら言い兼ねないでしょう。少なくとも、今まで俺の休みは消えてきた訳だし。で、どう冗談なんですか?俺以外の人が任務を引き継いだりしてくれても⋯」

『残念だがそれはない。今回もお前の休みには死んでもらう。平和のための尊い犠牲だ』


散っていった俺の休みに黙祷――


『そもそも、お前より強いのなんて南雲か松本しかいないだろう。そして2人とも別件で忙しくしてる。よってお前にも忙しくしてもらう』

「他にも人はいるでしょう。あとみんな辛いから我慢しろってのは典型的かつ立派なパワハラですよ。まあでも、仕方ないですね」

『残り2人もすぐに当たる余裕はない。すまんな、助かるよ。で、冗談なのはお前一人で頑張るってとこだ。その緋縁とやらのバックにいるであろう組織の調査もせにゃならんし、流石に効率が悪い。というわけでここからは、ちょうどそっちを担当してる7課と合同で任務に当たってもらう。』

『んじゃ、《《色々と》》頑張ってくれ』


 瀧澤さんが最後に発した言葉からは、何やら含みがあるようだった。まるで電波の向こうでニヤついているような、そんな感じの――

 その言葉の真意はすぐに理解できた。いや、理解させられたというべきだろう。


 

 俺が7課のオフィスを訪ねたとき、どうやら向こう方にも既に連絡が行っていたようで、実に、非常に、本当に手厚い出迎えを受けた。


「キャーーーーーーーーー!!!!!」


 魔対支部の建物内、7課オフィスである部屋の扉を開けると同時、貫くような声が鼓膜を震わせた。


「おい巻未うるせえぞ!」


 部屋の奥から低い男の声が飛んでくる。良かった。まともな人もいるらしい。


「一体何が⋯ってキャーーーーーーーーー」


 期待が一瞬で泡と消え去る。最近こういうの多くないか? 


「ほ、本物?本物だよな!本物の朝霧京だ!」

「さっき聞いて嘘でしょって思ったけど本当だったんだあ!ねねね、サイン、サインください!!」

「えっちょっ⋯は?」


 困惑が無限に湧いてくるが⋯とりあえず差し出された色紙にこれまた渡された油性ペンでサインを書く。 


「ヒャアアア〜〜〜〜」


 俺に色紙を半ば強制的に渡してきた女性はサインを受け取ると、消え入るような謎の奇声を上げてその場に座り込み動かなくなった。


「俺も!握手してくれ!!」


 次に来たのは先程俺の期待を遥か彼方に吹っ飛ばした大柄の男性。190cmはありそうな、筋骨隆々の肉体で迫られて怖いのでここは素直に応じることにする。


「うおおおお!俺これからもう手洗わねえ!!魔獣も蹴り殺すことにするよ」


 いやそれは流石に無理があると思うんだが⋯本当に何なんだここは。

 俺が当惑していると、ついに待ちに待った助け舟がやってくる。


「ハイハイふたりともそこまで。すまんね朝霧くん。こいつら1課のファンなんだ」


 スラッとした長身の男性。しかもメガネ。この人はまともに話が通じそうだ。


「俺は杉原すぎはら。君と共同で仕事することになった7課の課長をしてる。よろしくね」


 ニコッと爽やかな笑みを向けられる。まともだ⋯なんてまともなんだ⋯!


 俺が感動しているところに、更にもう一人の青年がひょこっと現れる。俺と同じくらいの身長、多分年齢は同じか少し上くらいだろう。


「僕は結城ゆうき。よろしく」

「二人もさっさと自己紹介して。もう落ち着いたでしょ」

「落ち着かねえよー本物前にして。まあいいや。私は巻未まきみ。巻末じゃないよ!」

「お前それ毎回言ってんな⋯俺は鳶田とびただ。よろしくな」


 7課の人からひとしきり自己紹介を受ける。7課課長の杉原さん、クールな青年の結城さん、1課ファン女性の巻未さん、1課ファンマッチョの鳶田さん。この4人で構成されるのが第7課だ。


「俺は朝霧京です。その様子だと知ってると思いますが、よろしくお願いします⋯⋯えっと、どうしました?」


 結城以外の3人(主に巻未・鳶田)の様子がなんだかおかしい。なんか小刻みに震えてるような⋯?


「いや、いい子だなって⋯」 

「わかる」

「それ」

「ええ⋯」


 よく見たら結城もコクコクと首を縦に振っている。まあ、いい人たちではあるんだろうな。多分。



「実は、俺達が最近追ってる組織があるんだ」


 俺達は早速だが今回の仕事――緋縁とその背後の組織に関する調査の方針を話し合う。先程までとは一転して皆真面目に話してるから、やはり根はプロだと言える。


「ここで一つ知っておいてほしい存在が甲龍会こうりゅうかい、最近このあたりで動きを見せてる⋯まあヤクザだよ」

「緋縁はその甲龍会の所属なんですか?」

「初めこの件の情報をもらったとき考えたけど、そうは思えない。だって緋縁とやらは1きみと戦えるほどの実力の持ち主なんだろう?正直、そんなやつが一介のヤクザ組織に収まるとは考えにくい。なんとなくだけどね」


 まあ、その言い分はよく分かる。あの時は俺も本気ではなかったが、それは緋縁も同じだっただろう。奴は在野の能力者の中じゃかなり上澄みだと思う。そんなのが一ヤクザ組織にいるとは思えない。


「はい!んでんで、その甲龍会、最近深域内にいるところがちょこちょこ目撃されてんの。私も前チラッと見かけたんだけどさ、なーんか怪しい動きをしてた」


 巻未が身を乗り出し手を挙げて発言する。元気だな⋯


「怪しい動き?」

「うん。何かを設置してる、みたいな?」

「⋯へえ」


 それがあの魔獣の強さと直接的な関係があると断言はできないが、かなり怪しい。


「どうかな、調べてみる甲斐はあると思うんだけども」

「ええ。まだまだ謎に包まれてる部分が多いですが⋯その意味でもやってみるべきでしょう」

「んじゃあ決定だな。甲龍会に殴り込もうぜ」


 いやだめだろ⋯


「いやだめだ。真正面から突っ込んだら流石に角が立つし問題になる」

「あぁ?じゃあどうすんだ」

「まずは監視ですね。甲龍会のメンバーが深域に入ることがないかどうか見張って、見つけたところでこちらも出ましょう」

「なら、適役がいるよ!」


 そう言った巻未は、ビシッという音が聞こえてきたと錯覚するような勢いで指を差した。その指の先は⋯


「⋯了解」


 気だるそうに応える結城であった。

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