『グリーンローズのなんでも屋』にお任せを
ここはアヴァロンヘイム。
大陸の中心には大樹がそびえ立ち、そこからは潤沢な魔力が溢れ出ている。
故に人々はその魔力を使って文明を発展させ、幾多もの国を繁栄させていった。
その中のとある国に存在する店が、知る人ぞ知る万屋「グリーンローズのなんでも屋」である。
素性不明の少女二人が営むこの店は、その名の通り何でもする。
人探しに魔物退治。果ては悪の組織の壊滅まで、まさに何でもするのだ。
そんな彼女たちに、今日もまた依頼が入る。
はたして今回の依頼はどのようなものなのだろうか。
無論、どのような依頼でも彼女たちは解決するであろう。
何故なら彼女らはこの世界で最強の万屋、グリーンローズのなんでも屋なのだから。
◆◆◆
『特報! 正体不明の戦士、またしても大勢の命を救う!!』
部屋の隅のテレビ画面にはそんな文字が映っている。
どのチャンネルに回しても、この戦士についての情報がひっきりなしに報道されていることだろう。
それだけ素晴らしい活躍をしたのだから当然と言えた。
「む、帰ってきたみたいだね」
テレビを見ていたエルフの少女は一人そう呟く。
するとその直後、部屋の扉が開かれ……件の戦士が入って来た。
「ただいま、ステラ。少し遅くなっちゃった」
全身を未知の金属で構成された鎧で覆うその戦士は、その厳つい見た目とは裏腹にどこか可愛げのある口調でそう言う。
「仕方ないさ。今回は相手が相手だからね」
対してステラと呼ばれたエルフの少女は至って普通に、戦士と会話を交わす。
とは言えそれも当然で、彼女はここ「グリーンローズのなんでも屋」の主人なのである。
そして戦士もまた、この万屋の一員であった。
要は彼女たちは顔見知りどころか運命共同体的な者同士なのである。
「そう言ってくれると助かる……かな。とりあえず、シャワー浴びてくるね」
そう言いながら戦士は鎧を解除し、真の姿を露わにした。
その姿を見た者は皆驚くだろう。
何故なら厳つい鎧の中から出てきたのは見目麗しい少女なのだから。
「おっと、待ってくれよ」
そんな彼女に、ステラは抱き着いた。
「きゃっ……だ、駄目だよステラ。あたしまだシャワーも浴びて無いし……」
「良いでは無いかー。戦闘終わりのルキオラのグッドなスメルもまた……うっ、ケホッ……硝煙と血の臭いが凄い」
「だから言ったのに……」
咳き込みむせているステラに対し、ルキオラと呼ばれた少女は呆れた様子でそう言う。
そう、たった今帰ってきた彼女はついさっきまで戦っていたのである。
故に彼女の纏う臭いは運動終わりの少女のそれでは無く、血みどろの戦のそれであった。
「それにしても、火薬カートリッジまで使うなんて相当な相手がいたと見た」
「強い……と言うよりかは量かな。とにかく数が多かったから、魔力切れになっちゃったんだ」
「なるほど。これは改良の必要がありそうだね」
咳が収まったのか、ステラはルキオラの話を聞くなり早速メモ帳に何かを書き始めた。
こうなると彼女は止まらない。
彼女は根っからの魔術師であり、ルキオラの纏う鎧を改良しているのも彼女なのだ。
なおルキオラの鎧は古代文明の遺産であり、生半可な魔術師では改良どころか修理をすることすら出来ない代物であった。
その辺り、ステラが魔術師として異常な力を持っていることは確定的に明らかである。
「それじゃ、あたしはシャワー浴びてくるね」
その声が届いているのかいないのか、ステラは生返事をして部屋の奥へとこもってしまった。
それを見届けた後、ルキオラもシャワー室へと向かう。
これが二人の日常だった。
実働はルキオラが、裏方はステラが、それぞれ得意な事を行う。
これこそが知る人ぞ知る万屋、グリーンローズのなんでも屋の正体にして日常なのである。
さて、そんな二人の元にある日一つの依頼が舞い込んできた。
その内容は単純なもので、「違法カジノを壊滅させて欲しい」と言ったものだった。
とは言え依頼内容の単純さとは裏腹に、その難易度は凄まじいものとなるだろう。
何と言っても今回のターゲットであるカジノは世界的にも有名な財閥が営業しているカジノなのだ。
セキュリティも並大抵のものでは無いだろうし、裏で繋がっている組織も相当な数となる。
たった二人に任せる依頼などでは決して無い。
普通ならそう考えるほかないものであった。
しかし、この二人においては違う。
彼女たちは言わばこの世界における逸脱者。
要は常識外の存在なのだ。
故に、このような異常な難易度の依頼もこなせる可能性があった。
これこそがグリーンローズのなんでも屋の強みにして、彼女らが一目置かれる存在である一番の理由なのである。
と、そうして依頼主からの絶対的な期待が寄せられる中、ステラはルキオラにおもむろに策を告げた。
「と言う訳だ。なので、アレをやろうじゃないか」
「アレって……アレだよね?」
「そう、アレだ」
まさしく以心伝心。
アレの一言だけで二人は通じ合っていた。
もっともルキオラの苦虫を嚙み潰したような表情を見る限り、この場合は負の印象の方が強そうではあるのだが……。
◆◆◆
作戦当日、ルキオラはバニーに扮しカジノ内に潜り込んでいた。
そう、これこそがステラの言っていた「アレ」の正体。
まさしく「木を隠すなら森の中作戦」とでも言うべきだろうか。
事実、彼女は相当な美少女である。
細身でありつつも、要所要所にしっかりとした肉付きがある。
まさしく男を誘うボディと形容できるそれはバニーとしての潜入に大いに役立っていた。
そのおかげで怪しまれることなくルキオラはバニーに紛れ込み、カジノ内で着々と情報収集を進めている。
ここまでは良い。
ステラの作戦通りである。
ただし、一つ問題があった。
それは……彼女があまりにも美少女過ぎたこと。
「きゃっ」
あのような誘惑ボディをしていれば不埒な輩も集まって来ると言うもので、ルキオラは何度か体を触られてしまっていた。
特にぴっちりとしたバニースーツは彼女の豊満な部分を強調しており、そう言った目で見ない方が不可能な程の破壊力を持っているのだ。
それが、ステラの逆鱗に触れた。
先程問題は一つだと言ったが、実際は二つだったと訂正しておこう。
ステラがルキオラの事を好き過ぎた……これがもう一つの問題だったのだ。
「お客様、少々お時間……よろしいでしょうか」
ルキオラと同じようにバニーに扮したステラはそう言い、先程ルキオラに触れた男を人気のないトイレへと誘い込む。
彼女もまたルキオラ程では無いにしろ相当に優れた容姿をしていた。
そんな彼女が妖艶に誘えば、男がホイホイとついて行かないはずは無いだろう。
結果、男がトイレから出てくることは無かった。
「ちょ、ちょっとステラ……! 何のつもり……!」
その一部始終を見ていたルキオラは彼女に近づき、小声で問いただす。
せっかく潜入しているのに騒ぎを起こしてしまえば全てがパアとなるのだ。
「仕方がないだろう。君にあのような汚らしい手で触れるなど、あってはならないのだからね」
しかしルキオラの考えなどつゆ知らず、ステラは至って冷静にそう返した。
彼女にとってはルキオラこそが一番大事であって、それ以外は有象無象なのだから仕方がないのかもしれない。
ただ、今この状況においてそれは悪手でしか無かった。
なにせ既に彼女は何人もの男を消息不明にしてしまっているのだから。
「おい、そこのお前ら」
挙句の果てに二人は異常を感知した警備に見つかってしまった。
「待て、何やら見覚えの無い顔だな……? 待っていろ、データベースを確認する」
更には警備はそう言い、持っていたパッドを確認し始めた。
万事休す……そう思われたが、ここからが彼女たちの本領発揮である。
「えいや!」
「ミ゜ッ……」
ステラは魔法を発動し、警備を気絶させた。
そう、実力行使である。
魔法こそパワーであり、圧倒的なまでの戦闘力こそが彼女たちの一番の強みなのだ。
こうなってしまってはもう滅茶苦茶だ。
警報は鳴り響き、警備の応援が大量に向かって来る。
これだけの騒ぎを起こせば顔も割れ、逃げた所で撒くことは出来ないだろう。
だが心配は無用である。
何故なら彼女たちは認識阻害魔法を常に発動させているのである。
そのため、そもそも彼女たちを正確に認識出来ている存在自体がこの世界にはいなかった。
そうでなければ二人がこれだけ派手に依頼を解決してなお万屋を続けられるはずが無いのだから、考えてみれば当然である。
「ああもう、またこうなっちゃった! 仕方ない、行くよステラ!」
ルキオラは鎧を出現させ、自らの体に纏わせていく。
その後、流れるように警備たちを爆破していった。
「ぐわー!」
「うげー!」
こうなるのはいつもの事なのだろう。
もはや流れ作業である。
「おお、流石だねルキオラ」
「君のせいなんだから、ステラも戦って!」
「やれやれ、私はあまり戦闘はしたくないんだが……仕方ない、援護くらいはしようじゃないか」
ルキオラにどやされ、ステラも魔法で警備の動きを止めて援護を行う。
そして動けなくなった警備をルキオラは見事に爆破していった。
勿論殺してはいない。
気絶させているだけである。
間近であれだけの爆発を起こしつつ気絶で済ませていることからも、ルキオラが凄まじい練度を持っていることは明白だろう。
そんな彼女を止めるのは警備だけでは無理だと、彼らはそう判断したようだ。
少しして、明らかに警備とは違う恰好をした大男が現れた。
「おいおい、騒ぎが起こっているからと来てみりゃ……コイツはまた随分と派手にやられてんじゃねえか」
「あの人……!」
「ほう、面白いのを従えているじゃないか」
二人はその男に見覚えがあるのかそれぞれ反応を示す。
と言うのも、彼は裏社会では名の知れた用心棒なのである。
今回のように違法な何かを壊滅させることの多い彼女らは当然そう言った存在を認知していた。
「その剛腕でありとあらゆるものを破壊し尽くす、まさに暴力の化身。確か『剛腕のデザスター』だったかな?」
「俺の事を知ってるとは……てめえら、ただもんじゃねえな?」
ステラが彼の名を口にした瞬間、デザスターは雰囲気を変えながらそう言った。
彼が表の世界に出ることはほとんどないため、彼の名を知っている時点で言わば同業のようなものなのだ。
故に彼が二人を警戒するのも当然のことであった。
とは言え、彼がどれだけ強かろうがそれはあくまで人間の範疇である。
いくら彼が警戒したところで、もはや意味は無かった。
「俺の剛腕の前にひれ伏せやァ!!」
「ううん、悪いけれど……倒れるのは貴方のほう」
「……ッ!?」
デザスターが一歩踏み出した瞬間、彼は宙へ投げ飛ばされていた。
彼が一歩前に出る間にルキオラは彼へと肉薄し、その巨体を投げ飛ばしていたのだ。
「がはっ……!?」
何が起こったのか分からないまま受け身も取れずに地面へと強打されたデザスター。
それでも意識を保っているのは流石と言う他無いものの、ワイバーンすら素手で引きちぎれる程の怪力を持つ彼でさえルキオラには手も足も出ない。
それが世界の絶対的な理だった。
「うぐっ……!?」
結局、追撃を受けた彼は気絶してしまう。
今の戦闘だけでもいかに彼女が化け物であるかが分かると思うが、彼女の本気はこの程度では無い。
「依頼は違法カジノの壊滅だ。そろそろ客は逃げただろうし、もういっそ派手にやっちゃおう」
「そうだね。それじゃあ……」
ルキオラの鎧が変形し、あらゆる場所から攻撃用の銃口が飛び出す。
これこそが彼女の本気の形態であり、全てを燃やし尽くす最強の攻撃を放つための姿であった。
……さて、その後カジノがどうなったのか。
もはや説明するまでも無いだろう。
彼女たちのあまりにも常識外れな力を存分に振るわれたのだ。
カジノを建て直すのが難しいどころか、カジノを牛耳っていた要人をも巻き込んで派手に崩壊してしまっているのはもはや確定的に明らかである。
また、違法カジノの存在が明るみになったことで財閥もただでは済まなくなり、今後同じような事が起こる可能性は少なくなっていた。
つまり依頼は達成である。
結局はパワーで実力行使。
これが一番手っ取り早く、かつ確実であるとはステラの言葉だ。
こうして二人は無事に依頼を達成し、グリーンローズのなんでも屋の存在をまた強固なものとするのだった。
はたして今度はどんな依頼が舞い込むのか。
それは誰にも分からない。
しかし、彼女らであればどんな依頼でもきっと解決するだろう。
何故なら彼女たちは最強の万屋、グリーンローズのなんでも屋なのだから。