垂直な時間軸Sheet5:エピローグ
『エンター』が定休の月曜日。
アキラは長年先延ばしにしていた二階居住スペースの片付け、いわゆる『断捨離』に着手することにした。
クローゼットの床や上段の棚には、エルが一緒に暮らすようになってから一度も開いたことのない段ボール箱がいくつか置かれていた。『何とか引越社』と書かれたそれらは、もしかするとアキラがここへ引っ越してきて以来、そのまま放置されていたのかもしれない。
「さて、まずはこいつから…」アキラは床の段ボールを引っ張り出すと、劣化したガムテープを無造作に引き剥がした。
「思った以上にガラクタだらけだな」と呟きながら、次々と中身を取り出していく。傷んだ延長コード、黄ばんだリモコン収納スタンド、吸盤が機能しなくなった石鹸置き、電池が液漏れした携帯ラジオなど。年賀状をまとめていた輪ゴムは劣化してバラバラになり、葉書にこびりついていた。
箱からガラクタを半分ほど出したところで、猫のオムが中に入り込んだ。
「オム〜、アキラの邪魔しちゃダメよ」エルが言うが、引っ張り出そうとはしない。エルも見たことのないものに興味津々だった。
そんな中、細長く平たい長方形のケースが目に止まった。布製のケースには側面にファスナーが付いている。
「アキラ、これ何?開けていい?」返事を待たずにエルはファスナーを開けた。
「それは『そろばん』だよ」アキラは説明する。
「PCや電卓がなかった頃は、それで計算をしていたんだ」
しばし眺めていたエルは、突然大きな声を上げた。
「あぁ!『ラピュタ』でドーラが使ってたやつ!トーヨーの計算機!」
ジブリアニメ『天空の城ラピュタ』の一場面を思い出したのだ。育美さんの影響だろう。
アキラは続ける。「これもレコードと同じで、今は日常的に使う人はほとんどいないだろうね。でも今でも小学校では教えているらしい」
「何かメリットがあるのね」エルが尋ねる。
「うん、集中力や記憶力、忍耐力なんかが身につくらしくて、主に小さい子供に適しているそうだ。基礎体力をつけるためにジョギングするようなものかな」アキラはそう言いながら、1から10までの足し算をデモンストレーションした。
「ちなみに…そろばんの達人になると、電卓やPCより計算が速くなるんだ」アキラは自身の拙いデモを誤魔化すかのように付け加えた。「エクセルだってSUM関数で一瞬に合計を出せるとはいえ、セルに数字を入力しなければならない。だからそろばんのほうが速く結果を出せる可能性もある」
「こないだのVLOOKUP関数もXLOOKUP関数より古いけど、処理速度は速いもんね」エルはアキラの言いたいことをよく理解した。
アキラは締めくくる。
「だから、古いからといってすぐに捨ててしまうのではなく、新しいものにない良さを見出すことが大切なんじゃないかと俺は思う…」
結局、この日の『断捨離』は一向に進まなかった。
〈完〉