垂直な時間軸Sheet2:クレンジング
某日金曜日。
薔薇筆と育美が珍客を連れて来店した。競技プログラミングが行われた展示会の後、東京の居酒屋で出会ったSE四人組の一人だ。
「お久しぶりです。中村です」
居酒屋で最初に声をかけてきた彼だった。今回の出張は上司と二人で日帰りの予定だったが、エンターに来たくて自費で一泊することにしたという。
「仕事の方は順調ですか?」アキラがハイボールを出しながら尋ねた。
「ええ、クライアントの支店がこちらにもあって、今日は顔合わせ程度の打ち合わせでした」
「彼からこちらに来るという連絡があったので、一緒にエンターへ行こうということになりまして」薔薇筆が続けた。「競技プログラミングの際、エルさんのプログラムを主催側が見直すきっかけを作ったのは彼なんです」
「それじゃあ、ウチらの恩人じゃないですか。今日は店の奢りにしましょう」アキラが言った。
「おかげでこんな素晴らしいものをいただきました」エルがカウンターの下から魔道具を取り出して見せた。
「おお、これはハイスペックですね」中村が身を乗り出した。
「搭載されているエクセルも最新版で、使える関数が増えたんです」エルはモニターの縁を人差し指で撫でながら、愛おしそうに言った。
「エルさんでも今まで使ってなかった関数があるんですか?」育美が驚いた。
「そうですね。私も意外です。我々の間ではエルさんのことを『エクセルの魔女』と呼んでいるくらいですから」中村が言った。
「競技の際、一瞬でデータの不備を発見し、それに対応するプログラムを作成されたと伺いました。まさに"魔女"と呼ぶにふさわしい活躍ですよ」と中村は言いながら、突然何かに気づいたような表情を見せた。
「あっ、もしかしてエルさんの元の世界では"魔女"が侮蔑的な言葉だったりしますか?」
この世界でさえ、その言葉は肯定的にも否定的にも解釈できる。中村は自分の軽率な発言を心配し始めた。
「いいえ、魔法が使えることは特別な能力だから、褒め言葉として適切ですよ」とエルは答えた。
「よかった。うっかり失礼な物言いをしてしまったかと焦りました」中村は額の汗をおしぼりで拭きながら、残りのハイボールを一気に飲み干した。
「実は今回の案件、先日のエルさんのプログラムと類似点があるんです…」中村はハイボールのおかわりを注文しながら話し始めた。
「クライアントの事業規模が拡大してきたため、これまでエクセルで管理していた顧客データベースをMySQLというデータベース管理ソフトウェアへ移行する計画なんです」
「エクセルのデータベースは、確かにレコード数が多くなると限界がありますからね」と薔薇筆が同意した。
「ええ、そこで移行にあたって最初に取り組まなければならないのが、データのクレンジングなんです」