垂直な時間軸Sheet1:レコード
とある街の小さなスナック『エンター』。
何故かIT絡みの難事件が舞い込むが、馴染み客と結成したチーム『エクセレンター』が華麗に解決。
【登場人物】
アキラ:『エンター』の店主。性別不詳で通している。ショートヘアで丹精な顔立ち、Tシャツにレザージャケットが定番のスタイル。
客はマスターかママか分からないので、「アキラさん」と呼ぶようになる。
エル:『エンター』唯一の従業員。自称異世界から転移してきたエルフ。尖った耳がユニークな北欧系美人。魔法は使えないがPC、特にエクセルに精通している。"エル"はアキラの付けた愛称。
川口:チーム『エクセレンター』発起人。通称"グッさん"。ダジャレとオヤジギャグを好む会社経営者。
育美:『エクセレンター』命名者。サブカル好きな20代OL。マニアックな知識が問題解決の糸口になったりする。アキラとエルのカップリング推し。
薔薇筆:20代後半の技術系会社員。店のサイトにクイズを送り付けて来た。"薔薇筆"はその際のハンドルネーム。理数系が得意な事から『エクセレンター』のメンバーに加わる。現在育美と交際中。
とある街の小さなスナック『エンター』。
その二階は店主のアキラと従業員エルが暮らす居住スペースとなっている。
デスクの上に置かれた魔道具が目を引く。
それは先日の"競技プログラミング"でエルが獲得した戦利品だった。
近頃、エルはAIに夢中になっていた。特に作曲AIがお気に入りで、曲を作っては再生する日々を送っていた。
「俺もジャンルにはあまりこだわらない方だけど、エルも節操ねぇなw」とアキラが少し呆れ気味に言う。
エルは傍らに寄ってきた猫のオムを抱き上げながら、「うん。どの曲も好き」と答えた。オムはおとなしくエルに抱かれている。
実は、エルはジャンルにこだわらないというより、人間界の音楽カテゴリーをよく理解していないのだ。作曲AIのパラメーターで「ジャズ」や「ロック」など、手当たり次第に試しながら学んでいる段階といえるだろう。
この学習方法が効率的かどうかは定かではない。さらに言えば、人間とエルフの可聴域の違いや1/fゆらぎが心地よいかどうかなど、そういった細かな点も全く気にせずに暮らしてきたのだ。
「そういえば、この絵のコレは何?音楽関係の動画でよく見かけるんだけど」
エルが指差した動画のサムネイルには、漆黒の円盤のイラストが描かれていた。
「それはレコードといって、昔はそれで音楽を記録していたんだ」アキラは説明しながら、本棚の上段にディスプレイしてあったLPレコードのジャケットを取り出した。
赤ら顔の男性が描かれたイラスト。大きく開いた口と鼻孔、そして恐怖に怯えたかのように目を逸らしている表情が特徴的だ。プログレッシブ・ロックバンド、キング・クリムゾンのデビューアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』。
「ただの装飾用の絵だと思っていた?実は、この中にレコードが入っているんだよ」
アキラは丁寧な手つきでレコードを取り出した。
「これに音楽が入っているの?」
エルが好奇心旺盛に覗き込む。オムも興味深そうだ。
「そうだよ。表面に細かい溝が刻まれていて、その凹凸をプレイヤーが読み取って音に変換するんだ。残念ながら、もうプレイヤーが手元にないから再生はできないけどな」
「昔のテクノロジーなんだね…」エルは感慨深そうに呟いた。
アキラは頷きながら言った。「確かに。丁寧に扱っても雑音が入るし、今のネットで聴く方が何倍も便利だよな。でも」と、アキラは話を続けた。
「面倒くさいというデメリットが、逆に良いという意見もあるんだ。ちょっと儀式めいた感じがして、真剣に音楽を聴こうという気になるからな。それに、このサイズのおかげでジャケットアートが映えるだろ?CDをディスプレイするんじゃ物足りないと俺は思うんだ」