第七話
[side.ルベルゼの新居]
ルベルゼは部屋の中央に立ち尽くしていた。
アイナは隣で段ボールを開けながら、ちらりとルベルゼの表情を窺う。
「どうですか?気に入りました?」
ルベルゼは部屋を見回す。白を基調とした清潔感のある内装に、大きな窓から光が差し込む明るい空間だった。
「……悪くない」
「でしょう?協会の予算で結構いい場所にしてもらったんですよ!」
アイナは誇らしげに胸を張ったが、ルベルゼは依然としてどこか不安げな様子だった。
「だが、これでは狭すぎる」
「えっ!?十分広いじゃないですか!キッチンもバスルームも完備ですよ!」
「僕は広く暗い空間に慣れている。光が多すぎて落ち着かぬ」
「あー……確かにダンジョン暮らしだったんですもんね……」
アイナは苦笑いしながらカーテンを閉めた。
「これでどうです?ちょっと暗くしてみました」
「うむ、多少は良い」
ルベルゼはソファに腰を下ろすと、アギトを肩に巻き付けた。
『主よ、悪くはない環境だ。空腹とも無縁になるだろう』
「食事は?」
「はいはい!もう準備してますよ!」
アイナはテーブルに食事を並べ始めた。サンドイッチにサラダ、フルーツにスープとバランスを考えたメニューだ。
「足りるかなぁ……?」
アイナはルベルゼの異常な食欲を思い出して、皿を追加する。
しかしルベルゼは料理を眺めながら眉をひそめた。
「これだけか?」
「えぇ!?これでも十分豪華じゃないですか!」
「僕の食欲を満たすには程遠い」
『主よ、抑えろ。ここは文明社会だ』
「……仕方あるまい」
ルベルゼは不満げにため息をつくと、ひとまずサンドイッチを手に取った。
§
[side.ダンジョン協会本部]
「ルベルゼが住居に落ち着いたとの報告が入りました」
報告を受けた管理部長は頷いた。
「よし、では次のステップに移る。彼女を配信者としてデビューさせる準備は整っているな?」
「はい。配信機材の設置も完了しました。アイナさんがサポートに回る予定です」
「視聴者の反応は?」
「既に期待が高まっています。での掲示板でも話題は尽きず、初回配信には相当な視聴者数が見込まれます」
「そうか……だが気を緩めるな。彼女の動向は常に監視する必要がある」
管理部長は念を押すように言った。
§
[side.ルベルゼの新居]
「これをこうやって……カメラの向きはこれで大丈夫ですか?」
アイナは配信機材を調整しながらルベルゼに説明を続ける。
「これで世界中の人が、ルベルゼさんの姿を見られるんですよ!」
「……本当に、そんなものに価値があるのか?」
ルベルゼは興味なさそうに画面を見つめる。
「ありますよ!むしろ今の時代は、配信でどれだけファンを増やせるかが重要なんですから!」
「ふむ……ならば、やってみるか」
ルベルゼは椅子に座り、カメラに視線を向ける。
「始めよう」
アイナは頷くと、配信開始ボタンを押した。
§
[配信開始:ダンジョン配信者ルベルゼ 第1回]
「こんにちは、視聴者の皆さん!今日はルベルゼさんの初配信です!」
アイナの元気な声が響くと、コメント欄が一気に流れ始めた。
**コメント欄:**
「待ってた!」
「ルベルゼ様降臨!!」
「やべぇ、実物の迫力すごい……」
「アギトもいる!カッコイイ!」
「どうも僕だ」
ルベルゼがカメラ越しに冷静に挨拶をすると、コメント欄がさらに盛り上がる。
**コメント欄:**
「喋ったーー!!」
「やっぱり魔王感あるwww」
「もっと喋って!」
アイナは緊張しながらも進行を続ける。
「今日はルベルゼさんの自己紹介と、今後の活動についてお話しします!」
「……食事はあるのか?」
「もう食べたでしょうが!!」
**コメント欄:**
「さすが暴喰www」
「飯テロ待ってました!」
こうしてルベルゼの配信者としての第一歩が始まったのだった――。
[side.ルベルゼの新居]
「さて、配信は続いていますが……ルベルゼさん?そろそろ自己紹介をちゃんとお願いします!」
アイナは焦り気味にルベルゼへ視線を送った。
「自己紹介?僕のことを知りたいのか?」
**コメント欄:**
「知りたい!!」
「どこから来たの!?」
「生まれ変わり説ガチ?」
ルベルゼはカメラに向き直り、堂々と話し始めた。
「僕はルベルゼ=グラトニール。ダンジョンにて生まれ育ち、そこを喰い破り地上へ出た者だ」
**コメント欄:**
「え、喰い破った!?」
「意味がわからんwww」
「やっぱ規格外すぎる……」
「力を得るためには喰らうことが必要だ。食事を怠れば弱くなり、死に至る。僕はその法則に従って生きてきた」
**コメント欄:**
「生存戦略カッコイイ!」
「ルベルゼ様の哲学が重いw」
「でも飯テロ枠でもあるの草」
アイナは汗を拭いながら、視聴者の反応を確認した。
「すごい……もうコメントが追いつかない……!」
ルベルゼは視線をカメラから外し、アイナへと目を向けた。
「これが配信というものか?」
「そうですよ!ルベルゼさんが話すたびに視聴者が盛り上がってます!」
『主よ、このまま良い流れを保て』
アギトが肩に巻きついたまま、冷静にアドバイスを送る。
「ふむ……ならば、これを続けてやろう」
§
[side.ダンジョン協会本部]
「ルベルゼの配信、視聴者数が急上昇しています!」
「初配信でこれほどとは……彼女の影響力は想像以上だな」
管理部長はモニターを見つめながら、複雑な表情を浮かべた。
「今は順調に進んでいるように見えるが、あの性格だ……制御を失えば即座に対応が必要になるぞ」
「監視班を増員して対応します!」
§
[side.ルベルゼの新居]
配信は盛り上がり続けていたが、アイナはふと気づいた。
「ルベルゼさん、そろそろ締めに入った方がいいですよ。あまり長すぎると視聴者も疲れちゃいますから」
「そうか?僕はまだ話せるが」
**コメント欄:**
「もっと話してほしい!!」
「まだ終わらないで!!」
アイナは苦笑しながら、ルベルゼをなだめるように声をかけた。
「初回ですし、続きは次回ということで!」
「ふむ……わかった」
ルベルゼはカメラを見つめ、最後に言葉を残した。
「また来る。次はもっと多く喰らう場面を見せよう」
**コメント欄:**
「次回予告きたーー!!」
「喰らうシーン確定www」
「暴喰教の信者がまた増えるなこれ……」
§
[配信終了後]
「ふぅ……終わりましたね……」
アイナは椅子にぐったりともたれかかった。
「どうだった?」
「どうだったって、すごい大反響でしたよ!ルベルゼさん、本当にすごいです!」
「当然だ僕は強者だからな」
ルベルゼは満足そうに頷き、テーブルの上にあったサンドイッチを手に取った。
「それにしても……また食べるんですか!?」
「当然だ」
『主よ、抑えろ』
アギトの苦言が響く中、ルベルゼの新たな生活と配信者としての第一歩が始まったのだった――。