第六話
[side.ダンジョン協会本部]
ダンジョン協会本部の会議室では、緊張した空気が漂っていた。
「最新の報告は?」
管理部長が書類に目を通しながら、担当職員に視線を向ける。
「ルベルゼ=グラトニール、および高梨愛菜は現在地上にて行動中。監視班が追跡を続けていますが、彼女たちは特に怪しい動きは見せていません」
「怪しい動きがなくても、奴らは危険そのものだ。特にルベルゼ……あの存在は規格外だ」
「ですが、現段階では友好的であるように見えます。アイナさんもルベルゼの行動を抑える役割を果たしていますし……」
「友好的かどうかは二の次だ。問題は制御できるかどうかだろう」
管理部長はため息をつき、窓の外を見た。
「このままでは国からも突き上げられる……最悪の事態を想定して動くべきだ。監視を強化しろ」
「承知しました!」
§
[side.街の広場]
「だから、落ち着いてくださいってば!」
アイナは額に汗を浮かべながら、目の前の食べ物を物色するルベルゼを引き止めていた。
「僕は空腹なのだ。喰わねば力が出ぬ」
「もうお腹いっぱいって言ってませんでした!?」
「満たされることなどない」
ルベルゼはキョロキョロと辺りを見回し、目を輝かせて次の食事に狙いを定める。
「この屋台の焼き鳥とやらはどうだ?」
「ダメです!また目立ちますって!」
アイナは周囲の視線に気づいていた。通行人たちはルベルゼの異質な容姿――銀髪に赤いインナーカラー、真っ赤な瞳と黒い爪――に釘付けになっていた。
「お前が何を言おうと、僕は喰う」
「もう!協会の人がまた来ちゃいますよ!」
「来たところでどうする?」
ルベルゼはアギトを呼び出し、翼を広げた蛇の姿で肩に巻きつける。
『主よ、あまり目立つとまた騒ぎになるぞ』
「構わぬ」
「構います!」
アイナは必死に叫んだ。
§
[side.ダンジョン協会本部]
「報告です!ルベルゼがまた食事を続けています!しかも、アギトまで出して!」
「バカな……公衆の面前であの鎌を……!」
管理部長は机を叩いた。
「対応班を派遣しろ!ただし、刺激するな!アイナ経由で抑えるんだ!」
「了解!」
§
[side.街の広場]
「ほら!だから言ったじゃないですか!」
アイナは協会の職員たちが近づくのを見て、頭を抱えた。
「やれやれ、また面倒なことになったな」
ルベルゼはアギトを翼蛇の姿に戻すと、無表情で職員たちを見つめた。
「ルベルゼ=グラトニールさん、少しお話を……」
「僕は食事中だ」
「話を聞いてくださいってばー!!!」
[side.街の広場]
「ルベルゼさん、いい加減にしてくださいってば!」
アイナは声を張り上げながら、目の前で焼き鳥を頬張るルベルゼを止めようと奮闘していた。
「僕は喰らうだけだ。止める理由がない」
「理由しかありません!協会の人がもう来てるんですよ!?」
周囲には協会の職員らしき人影がちらほらと集まりつつあった。
「お話を……と言ってるでしょうが!」
協会の担当者が丁寧に声をかけるが、ルベルゼは気にした様子もなく次の串を手に取る。
「僕は食事中だ。後にせよ」
「後にしません!今すぐ対応してください!」
アイナが必死に詰め寄ると、ルベルゼはため息をついた。
「面倒な奴だな」
『主よ、少しは空気を読んでやれ』
アギトが翼を震わせながら小声で囁くと、ルベルゼは少しだけ腕を組んで考え込んだ。
「……では、短く済ませるのなら聞こう」
その一言にアイナと協会職員は一斉に安堵の息を漏らす。
§
[side.ダンジョン協会本部]
「進展は?」
管理部長は焦りの色を見せながらモニターに映る映像を睨んでいた。
「ルベルゼが応じる姿勢を見せていますが……会話がどこまで通じるかは不明です」
「無理に抑えようとするな。下手に刺激すれば暴走の危険もある……」
管理部長は苦い表情を浮かべた。
「アイナには引き続き通訳兼抑止役を任せろ。それが最も穏便な手段だ」
「承知しました!」
§
[side.街の広場]
「それで?何を話すつもりだ」
ルベルゼは腕を組み、協会職員を見下ろすように問い詰める。
「まず、あなたの身元と目的について……」
「身元は既に話したはずだ。僕はダンジョンにて生まれ育った者である」
「それについてさらに詳しい調査が必要でして……」
「余計な詮索はするな」
ルベルゼの声色が少しだけ低くなり、職員は一瞬身構える。
「ルベルゼさん!もう少し柔らかくお願いします!」
アイナが慌てて間に入るが、ルベルゼは気にも留めず続ける。
「協会がどう動こうと、僕には関係ない。食事を邪魔されぬ限りな」
『主よ、少し抑えろ。無駄な敵を作っても益はない』
「ふむ……仕方あるまい」
ルベルゼはアギトの言葉を受け入れ、一歩引く姿勢を見せた。
「しばらくは様子を見るがいい。ただし、僕に手を出せば喰らうだけだ」
「脅しじゃないですか!」
アイナの叫び声が広場に響き渡った。
[side.ダンジョン協会本部]
「つまり、彼女には地上での住居が存在しないということですね?」
協会の管理部長は書類を片手に、職員からの報告を受けていた。
「はい。ルベルゼ=グラトニールはダンジョン内で半分野宿のような生活を送っていたと推測されます。服も魔物の皮を利用して自作しており、生活基盤は完全にダンジョンに依存していた模様です」
「それで今は?」
「地上では宿泊施設などに滞在することなく、アイナさんと共に動いています。しかしこのまま放置するのは危険です。彼女の能力と影響力を考えれば、安定した管理体制が必要かと」
「……提案は?」
「住居と食事の提供を条件に、彼女を協会公認のダンジョン配信者として登録する案が有力です。配信活動を通じて彼女の動向を監視しつつ、協会の管理下に置くことが可能になります」
管理部長は顎に手を当て、しばらく考え込む。
「確かにそれなら、表向きは自由に行動しているように見せかけつつ、こちらの監視も続けられるな……」
書類を閉じ、管理部長は決断を下した。
「その案で進めろ。ただし、本人の了承を得るための交渉は慎重に行え。ルベルゼ=グラトニールは規格外だ。一歩間違えれば取り返しがつかん」
「了解しました!」
§
[side.街の広場]
「住む場所?」
ルベルゼは首を傾げながら、協会の職員を見下ろした。
「はい。地上での生活基盤を整えるため、協会が住居と安定した食事を提供いたします。あなたにはその代わりに、ダンジョン配信者として活動していただきたいのです」
「ダンジョン配信者……?」
ルベルゼは視線をアイナに向けた。
「お前がやっている、あの箱を通じて喋るものか?」
「はい、それです!ダンジョンの探索や戦いの様子を世界中に届ける仕事ですよ!」
「……僕に、それをやれと言うのか」
ルベルゼは腕を組み、少し考え込む仕草を見せる。
『主よ、悪くない話だぞ』
アギトが低い声で囁く。
『食料も住居も保証されるのなら、空腹に悩まされることもなくなる』
「む……」
ルベルゼは少しだけ考えた後、口を開いた。
「その条件、受けよう」
アイナはほっと胸をなでおろした。
「よかった!これで少しは落ち着いて生活できるようになりますよ!」
「だが、一つ条件を付ける」
「条件?」
「食事は制限されないものとする」
協会の職員たちは顔を見合わせた後、すぐに頷いた。
「……わかりました。その条件は受け入れます」
§
[side.ダンジョン協会本部]
「交渉成立との報告が入りました!」
管理部長は椅子に深く腰掛け、安堵の息を漏らした。
「これで少しは動きが制御できる……あとは、どれだけアイナが抑え役になれるかだな」
「アイナさんも責任重大ですね」
「彼女には悪いが、頼るしかない。ルベルゼが配信者として表舞台に立つことで、我々も彼女を管理しやすくなるはずだ」
管理部長は窓の外を見ながら、呟いた。
「問題は、いつまでこの均衡が保てるかだ……」