第四話
[side.ダンジョン協会本部]
ダンジョン協会本部は、騒然としていた。
「緊急連絡!古龍討伐の映像が拡散され、すでに世界各国のメディアが問い合わせを寄せています!」
「未登録の探索者が、下層から突如現れた?しかも、その場で古龍を単独で討伐しただと?」
職員たちは電話対応に追われ、モニター室では映像が繰り返し再生されていた。
巨大な古龍を一撃で仕留める銀髪の少女――ルベルゼ=グラトニール。
彼女の映像がダンジョン配信を通じてリアルタイムで全世界に放送されたことで、協会内部は大混乱に陥っていた。
「アイナの映像は確認したのか?例の少女は探索者データベースに存在するのか?」
「いえ、該当する人物は登録されていません。それどころか、魔力識別コードが未登録で、身元も不明です!」
「未登録だと?なら、どうやって下層に辿り着いたんだ!?」
「魔法による転移痕跡も確認されていません。まるで……あの場所から湧いて出たかのように……」
部屋がざわつく中、一人の研究員が慌てて駆け込んできた。
「報告します!映像を解析した結果、彼女が使用した武器――"アギト"と呼ばれる鎌について、エネルギー波動が通常の魔力とは異なる反応を示しました!」
「異なる?どういうことだ?」
「魔力の性質が極端に偏っていて……まるで"生物"のようなエネルギー反応です!」
「生物?まさか、生きた武器か?」
「それだけではありません。古龍討伐の際、魔物の肉体が通常の物理破壊ではなく、消滅するように吸収されているようです……」
会議室内は一気に静まり返った。
「まるで、魔物そのものを“喰った”とでも言うのか?」
重々しい声が響くと、室内に緊迫した空気が漂った。
「何にせよ、あの少女の力は異常だ……。下手をすれば、人類全体を脅かす存在になるかもしれん」
誰かがそう呟いた瞬間、場の空気が一変する。
「待て、彼女は敵対者だと決まったわけではない!」
管理部長が声を張り上げた。
「アイナの映像では、少女は彼女を攻撃していない。それどころか、一緒に行動しているように見える。今は接触し、状況を確認するのが先決だ!」
「しかし……彼女が制御不能な存在だった場合は?」
その問いに管理部長は険しい表情を浮かべた。
「最悪の場合は……排除も視野に入れるしかない」
その場に重苦しい沈黙が流れた。
§
[side.ダンジョン内]
「(早く地上に戻らないと……)」
アイナは心の中で焦りながらも、ルベルゼの後を追いかける。
「まだまだ腹が減っている、アギト」
「主よ、少しは加減を覚えろ」
翼蛇が呆れ混じりに呟くと、ルベルゼは面白そうに笑った。
「このままでは、協会に囲まれるかもしれない……」
「囲まれる?何故だ?」
「……ルベルゼさんが、あまりにも規格外だからですよ!」
「ふむ……ならば喰らえば良いだけだ」
「そういう問題じゃないんですってば!」
§
[side.ダンジョン協会本部]
重苦しい空気の中、一人の職員が口を開いた。
「ですが、あの少女――ルベルゼが下層で古龍を討伐したのは事実です。現段階で彼女は協会に対して明確な敵意を示していません」
「だからこそ危険なんだ」
別の職員が食い気味に返す。
「人類の脅威になり得る力を持ちながら、その動機も目的も不明。今は協会が動きを監視しつつ慎重に判断するべきだ」
「接触班を編成しておきますか?」
「いや、下手に刺激するな。まずはダンジョン内の監視を強化し、彼女の行動パターンを分析しろ。それから、アイナには直接接触して情報を聞き出す必要がある」
管理部長は深く息を吐いた。
「アイナがこの少女をどう扱うかによって、事態は大きく変わるかもしれない……」
§
[side.ダンジョン内]
「はぁ……もう疲れました……」
アイナは息を切らしながら階段を登っていた。
「何を言っている?まだ半分も進んでいないぞ」
「ルベルゼさん、どれだけ体力あるんですか……私もう足が棒みたい……」
ルベルゼは呆れ顔で立ち止まり、アイナを振り返った。
「情けない奴だな。これでは地上に出る前に力尽きるぞ」
「普通はこうなるんですってば!」
そう言いながらも、アイナはルベルゼの背中を見上げると、再び歩き出した。
「それにしても……本当に平和ですね、この辺り」
周囲には小型の魔物がちらほらと姿を見せる程度で、先程までの下層の危険さは影も形もなかった。
「うん、こういう場所なら……ほら!こうやって素材もサクッと集められるんです!」
アイナは地面に落ちていた魔物の牙を拾い上げ、嬉しそうに笑った。
「そんなもので満足するのか?」
「そりゃしますよ!素材を売れば結構稼げるんですから!」
ルベルゼは呆れつつも、アイナの様子を眺めながら歩みを進める。
『主よ、これでは進むのが遅くなる』
「まあ良い。少しぐらいは待ってやるさ」
「おおっ!ルベルゼさんって意外と優しい!」
「ふん。勘違いするな。ただ、狩り場が近くにないだけだ」
アイナはルベルゼの言葉に苦笑しながらも、少しだけ気が楽になった。
§
[side.ダンジョン協会本部]
「アイナとルベルゼの現在位置、確認しました!」
監視員が声を上げ、モニターには二人がのんびりと階段を登る様子が映し出される。
「……なんだ、思ったより落ち着いてるじゃないか」
「ですが、このまま放っておくわけにはいきません。地上に到達するまでに、こちらの対応を決める必要があります」
管理部長はモニターを睨みつけたまま、腕を組んで考え込んだ。
「接触班の準備を進めろ。到達した瞬間に迎え入れ、まずはアイナから状況を詳しく聞き取る」
「了解しました!」
職員たちは次々と指示を受け、慌ただしく動き出した。
その中で、管理部長はただ一つの懸念を拭いきれずにいた。
(あの少女――ルベルゼが本当に人間なら良いのだが……)
そう小さく呟くと、彼は再びモニターに目を向けた。
§
[side.ダンジョン内]
「やっと……やっと地上が見えたぁ……」
アイナは最後の階段を登り切り、視界に広がる明るい光に顔をほころばせた。
「はぁ……長かった……もう二度と下層なんか行きたくない……」
アイナはへたり込みそうになるが、すぐ後ろからルベルゼの冷ややかな声が響く。
「立て。情けない姿を見せるな」
「いやいや、あなたが規格外すぎるんですよ!普通はこんな長距離移動、そう簡単にできませんからね!?」
「ならば鍛えろ」
ルベルゼは階段の最上段に立ち、まるで新たな狩り場を見下ろすように広場を見渡す。
「これが地上か……思ったより空が広いものだな」
「空が広いって……そりゃ地上ですもん……」
アイナは呆れつつも、ルベルゼが本当に地上を初めて見るような反応を示していることに驚いた。
「えっ、もしかして地上に出るの初めてなんですか?」
「ああ」
ルベルゼは当然のように答える。
「この空も風も、初めての感覚だ」
「……ホントに何者なんだろう、この人……」
アイナはため息をつきつつ、ルベルゼの背中を見上げる。
§
[side.ダンジョン協会本部]
「アイナとルベルゼが地上に出ました!」
監視員の報告に、部屋中が一瞬静まり返った。
「よし!接触班を配置につかせろ!現場周辺の警戒も強化しろ!」
管理部長の声が響き渡り、職員たちは一斉に動き始める。
「……あの少女をどう迎えるかで、我々の対応が決まる」
部長はモニターに映るルベルゼの姿を見つめながら小さく呟いた。
§
[side.地上:ダンジョン出口付近]
ダンジョンの出口は広場のようになっており、多くの探索者や観光客で賑わっていた。
「うわぁ……人がいっぱいいる……」
アイナは人混みに圧倒されながらも、ホッとしたように息をついた。
「あれ?あれってアイナじゃね?」
「アイナちゃん!?おかえりー!」
「あの子、ダンジョン配信者のアイナだよな!?リアルで見るの初めて!」
群衆がざわつき始め、すぐにアイナとルベルゼは注目の的となった。
「ちょっと待って!なんでこんなに目立つの!?いや、そりゃダンジョン配信してたけど……」
「騒がしいな」
ルベルゼは人々の視線を全く気にせず、堂々と前に進む。
「ルベルゼさん!ちょっと待ってください!」
アイナが慌てて後を追うと、人混みをかき分けて協会の制服を着た数名の男女が近づいてきた。
「アイナさんですね?」
「えっ……はい?」
「ダンジョン協会です。お話をお聞きしたいので、こちらに来ていただけますか?」
「え?ちょっと待ってください、これってどういう……」
「ついて行くしかなさそうだな」
ルベルゼはアイナの肩をぽんと叩き、静かに笑った。
「ここから先は、お前の役目だ」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
アイナの叫び声が人混みに響き渡った。