雲魔法使いクラウは二度と流されない〜婚約破棄されたので、新天地で幸せを見つけます
「私、婚約破棄されるんですか? 殿下がそういうなら仕方ありません、わかりました」
「やけに潔いな」
王城へ呼び出されたと思ったら、婚約者の王子から突然の婚約破棄を叩きつけられました。
それはそれで受け入れるしかないんだけど、まったく心当たりがないんだけど。
私、なにかしましたっけ?
「従順な態度を取るのは良いことだ、クラウ・カームフロスト。だがお前が不貞不義を働いたことは無くならない。だから婚約は破棄させてもらうぞ」
もちろんそんな事実はありません。
濡れ衣なのはわかっているけど、表情から察するに王子は本気みたい。
なんでそうなったのかわからないけど、話が大きくなりすぎちゃってるね。
「ライディネル様、私にそのような事実はありません。それに私は別にいいのですけど、いきなり婚約破棄されたと知ったら両親が怒ります。まずはお父様におっしゃってください」
「カームフロスト侯爵には先に話を通してある。了承したと返答も受けたばかりだ」
お父様が認めたなら、私にはどうしようもないよね。
もうなるようにしかなりません。
それに、周りに集められた人の反応を見るに、この婚約破棄はすでに周知の事実という雰囲気。
そういうふうになっているなら、もうそれでもいい。
あとは身を任せるしかなさそう。
「喜べ。慈悲深い俺はお前を追放ではなく、修道院へ幽閉するにとどめてやった。感謝しろ」
「それは、明日から修道院で暮らせということですか?」
「明日ではなく今日からだ! しかも死ぬまでな」
それが決まりなら、私は受け入れるしかないじゃないですか。
命令なら、大人しく従いましょう。
でも修道院に幽閉されるってことは、自由に外には出られないってことですよね。
「幽閉先からも、いつでも空は見えますよね……?」
「独房だから無理に決まってるだろう。それに魔法の使用も禁止だ。あんな使えない雲魔法はどうでいいが、それでも魔法には変わりないからな」
空を見れない生活は、嫌だな……。
何も考えずに空を眺めるのが、私の唯一の趣味。
自分の力ではどこにも行けず、ただ風に流されていくだけの雲を観察しているのが好きだから。
まるでいまの私みたい。
このまま幽閉されたら、生きている意味がなくなっちゃう。
それに同調圧力で王子と婚約するのは苦じゃなかったけど、空が見られないのは耐えられない。
他になんの楽しみもないのに。
「修道院は嫌です。婚約破棄されて独房に幽閉されるようなこと、私なにかしたんですか?」
「黙れ! お前が昔から他の男をたぶらかして浮気していたことは、全部ドラテアが教えてくれた」
怒りをあらわにする王子の背後から、燃えるような赤髪の令嬢が現れました。
彼女は体を寄せながら王子の腕を組んで、自慢するように私を見下してきます。
なるほど、そういうことだったんだ。
昔からこのドラテア・クレイター伯爵令嬢は私にちょっかいをかけてきていました。
特に、私とライディネル王子との婚約が発表されてからは、執拗にいじめを繰り返してきた。
きっとこれは、その延長線上のことなんでしょう。
つまるところ、私は彼女にハメられたのだ。
「……こんなことなら、みんなに流されて婚約を受けるんじゃなかった」
私とライディネル王子は幼馴染だけど、特別に恋心を抱いていたわけではありませんでした。
一番、私に会いに来てくれる同年代の男の子。
その認識だったから、突然婚約してくれと言われても、いきなり王子に嫁入りをする気にはなれなかった。
我がカームフロスト家の爵位と権力、そして武力があれば、ライディネル王子からの婚約を断ることは不可能ではありません。
だから最初は丁重にお断りするはずでした。
けれども「初めて会った時から好きだった。君を愛している」と馬車一杯の花束が毎日家と教室に届けられてから流れが変わりました。
学校では「ライディネル王子はクラウ様のことが好きでたまならい様子で、学校ではいつも愛を語っていますよ」と私のお友達が王子に懐柔され、続いて両親が「王子と婚約すれば新しい領地が貰えると約束してくださった」と買収され、気がつけば周りのすべての人が「王子と結婚したほうがいい!」「王族になれば幸せになれる!」と熱心に勧めてくるようになった。
みんなの言葉にそそのかされてついその気になってしまった私は、最後には「じゃあ、別に、いいですよ」と承諾してしまったのです。
簡単にいうと、なんとなく周りの雰囲気に流されて婚約を受け入れてしまったのだ。
そんな空気だったものだから、私も王子のことが気になってしまい、舞い上がってしまった。
その結果が、これです。
「まさか本当に独房に入れられるなんて……」
修道院の独房というのは、牢屋のことでした。
しかも修道院の敷地内にある石造りの小屋。
壁の高い場所に鉄格子の小さな窓はあるけど、光があまり挿し込まないせいで室内は真っ暗。
ついでにお先も真っ暗なわけだけど、命だけは取られないのだけが良かった。
雲魔法は雲を生み出すだけで使えない魔法だけど珍しいから、念のためストックしておくというのがライディネル王子の考えみたいだね。
珍しいもの好きの王子らしいね。
価値がある物も無い物も、とりあえず自分の物にしたいという性格は子供の頃から変わっていない。
私は王子のコレクションか何か?
あの馬車一杯のラブレターはいったいなんだったんだ。
毎日「愛している」と声をかけに来てくれたあの日々もなんだったんだ。
「やっぱり、流されちゃいけなかったんだ……」
小さい頃に、王子にこんなことを言われたことがあった。
『クラウは流されやすい性格だな』
私のことをよく知っている王子は、婚約の話を外堀から埋めていって、結果として私を手に入れた。
だというのに、なぜ今頃になって私との婚約が嫌になったのか。
きっと王子も、雰囲気に流されていたんだろうね。
あの隣にいた女がその良い証拠です。
『たまには自分の意思で行動したらどうか?』
王子はそんなことも言っていたっけ。
私はずっと、家では両親の申し付け通りの行動をして、学校ではお友達や王子の言うことを参考にしてそのまま行動しながら生きて来た。
人の意見に影響されやすい性格だったのだ。
「その性格直したほうがいいよと言われたことがあったけど、本当だったなあ……」
そりゃ、やり直せることならやり直したい。
でも、時間だけは絶対に戻らないじゃん。
こんな人生で、本当にいいのか?
ただただ人の意見に左右され、言われたままに行動をし、自分の意思などない一生。
それは生きていると言えるのか。
そんな人生、いいわけがないでしょう。
「よし、決めた。もう二度と流されないぞ!」
そもそも、周囲に流されて婚約を受け入れていたのがまずかったのだ。
これからは自分の意見を持たないとね。
独房に入れられてからこのことに気が付くのは遅かったけど、このまま死ぬまで直さないよりはマシのはず。
「まずは独房生活を終わりにしよう」
命令だからと大人しく修道院の牢屋に入れられたけど、正直こんな生活は御免だよ。
床は冷たいしご飯はマズイ。
それに空を見上げながらの日向ぼっこやお昼寝もできない。
雲魔法があるから私を外に出したくないとはいえ、こんなの酷すぎる。
だから、鉄格子から外を眺める生活は終わりにしよう。
「出ていきますよ。探さないでくださいね、……っと」
暇つぶし用に渡されていた本に書き置きをする。
これで私がいなくなっても、問題ないでしょう。
それじゃ雲魔法──
「酸の雲」
鉄格子を雲で溶かします。
酸性雨を何百倍にも濃くしたような魔法の雲です。
鉄くらい簡単に溶かせるのだ。
「それじゃあ、さようなら」
鉄格子がなくなって空いた穴から、外へと脱出です。
この時ばかりは、凹凸のない体型だったことに感謝しました。
さて、外に出られたはいいけど、捕まってしまったら元も子もない。
安全策をとって、空へ逃げましょう。
「浮き雲」
魔法で作ったふわふわの白い雲に座る。
雲魔法は小さな雲を作ることしかできないと他人には説明していたけど、実はこうやって雲に乗って空を飛ぶこともできるのだ。
王子は雲魔法が珍しい魔法だという認識しかなかったけどね。
雲魔法の本当の能力を他人には絶対に話さないようにと、小さい頃に両親と約束したことを頑なに守っていた自分を褒めてあげたい。
利用価値がある魔法だと王族にバレたら、きっと酷使されるはずだという両親の優しさからの約束だったんだろうけど、家族は私を王族に売ったのだ。
そんな場所に戻れるはずないでしょう。
「とりあえず、ここではないどこかに」
国を出て、新天地を目指すのだ。
雲を空へと上昇させていると、下のほうがなにやら騒がしい。
私が逃げ出したことに気づいた見張りの人が、戻って来ないと大変なことになるぞと怒声を上げているけど、もうそんな言葉には流されません。
私は今日、生まれ変わった。
自分のことは、自分で決めるのだ。
「国を出るんだし、もう約束も守らなくていいよね」
両親との約束事は他にもあった。
でも、売られた身なのだし、破っても怒られないよね。
怒るなら、私を売った自分たちを恨んでください。
「こういうの、ずっと憧れてたんだ~」
ふわふわと浮き雲で移動しながら、空の旅です。
追っ手がつかないように、雲の上まで上昇しました。
雲を漂わせて、周囲の雲を浮き雲に吸収していきます。
「これだけ広ければ雲というよりは雲島だよ」
ふわふわとした雲の地面にダイブ!
トランポリンのようにポヨンポヨンする。
ついでに雲で建物も作っちゃいます。
これで住む家には困らない。
「雲魔法でここまでできるなんて知らなかった」
私、もしかして天才なんじゃない?
人間、やってみるものね。
「夜空が近い」
砂糖菓子を散りばめたような満天の星空。
空の上だから、手を伸ばせば星空に届きそう。
特等席だよ。
独房から逃げ出さなかったら、一生この光景を見ることはなかったんだろうね。
「なんだか眠くなってきた……」
いつものように雲でベッドを作ってみる。
やっぱりここ、寝心地良すぎだよう。
ふにゃあ……。
──。
「寝すぎた」
くもベッドが気持ち良すぎた。
あれからどれくらい経ったんだろう。
寝ている間にも雲島は移動していたみたいだし、現在地を確認しておこうかな。
小さな浮き雲に乗って、雲海の下にちょっと移動。
すると、どうでしょう。
「ここ、どこ?」
地上は辺り一面、水しかない。
大海原のど真ん中にいました。
どうやら風に流されて、知らないところにたどり着いちゃったみたい。
「いや、これは流されてない。計画通りだわ!」
なぜなら、私は二度と流されないと誓ったのだから。
これは流されたのではなく、予定通りのはず。
予定通りなんだけど、ここはどこ?
☁
一方、王国では。
新たな婚約者を手に入れ順風満帆といくはずだったライディネル王子が苛立ちをあらわにしていた。
クラウが修道院を脱走してから、数々の問題が起きている。
王国にまったく雨が降らなくなってしまったのだ。
異常気象といっていい。
外気が灼熱の温度に達し、川の水が干上がった。
農作物は育たずに野菜の値段は高騰し、水不足で人や家畜が倒れる。
それだけでなく、大嵐が国を蹂躙した。
多くの建物が壊され、備蓄されていた食料も消え去った。
王都は壊滅状態。
トドメを刺されたように、国は機能を失ってしまう。
おかげで国の内政はボロボロだ。
過去には日照りが国を襲って大飢饉が発生したこともあったらしいが、ここ十数年は一度も起きていない。
それなのに、どうしていきなりこんなことが起きてしまったのか。
新たな婚約者となったドラテアの実家から国に多額の寄付金をもらっていたが、それも限界だった。
これ以上は支援できないと伯爵から最後通告をされてしまったのだ。
本当は大貴族であるカームフロスト侯爵家からも寄付をもらいたかったが、クラウを婚約破棄して幽閉してしまったせいで、多くは望めない。
こんなことなら、ドラテアの言葉に流されて婚約破棄なんかするんじゃなかった。
クラウは、自分の意見を持たないつまらない女だが、実家は金持ちだ。
雲魔法だなんて変な魔法を使うけど、結婚するならクラウのほうが利用価値が高かったと今になって気が付いた。
「それに、あいつはどうやって修道院から抜け出したんだ?」
報告によると、鉄格子が破壊されていたという。
小さな雲を生み出してベッドを作ることしかできないあいつの魔法では、頑丈な鉄格子を壊すことなんかできるはずない。
しかも見張りの話によると、クラウは雲に乗って空を飛んで逃げたのだという。
そんな魔法は聞いたことがない。
「もしかして、俺になにか隠していたな?」
クラウの実家に行けば、なにかわかるかもしれない。
あいつの行方先も含めて、聞き出してやる。
「復縁の話をちらつかせて、金を巻き上げるのもいいな」
どうせあの女のことだ。
いつも流されて生きていたあいつは、一人で生きていけるような強い人間ではない。
逃亡したとしても、泣き言を吐きながらすぐ帰って来るはずだ。
だから、土下座させて謝らせてやろう。
そうすれば、金と引き換えに側室の立場くらいならあげてもいいかもしれないな。
☁
「死ぬかと思った」
海のど真ん中で生活とか無理です。
どこまで移動しても、陸は見つからなかった。
風に流されて遭難……じゃなくて、ちょっと海の観光をしすぎたね。
生活用水は雲魔法でなんとかなるけど、食料は雲からは作れない。
魚の獲り方なんて知らないし、そもそも泳げない。
母なる海は、私にとっては他人のお母さんでした。
「君と出会わなかったら、いまごろ空の上で飢え死にしてたよ」
「キャウキャウ!」
空の上を雲で漂流すること一週間。
そこで、この子と出会ったのだ。
スカイドラゴンのスーちゃんと勝手に名前を付けちゃったけどいいよね。
「というか、まさか雲の上にドラゴンが住んでるなんて知らなかったな~」
雲に乗ったまま漂流していたら、スカイドラゴンの雛と出会ったの。
文献によると、スカイドラゴンは雲の上を飛んでるため、地上の人間が目にすることは少ない。
だけど雲に住み始めた私にとっては、どうやらご近所さんだったみたい。
どこからともなくやって来たこの子が、私のために食料を運んできてくれた。
飢えて雲の上で動けなかった私にとっては命の恩人。
いや、命の恩ドラゴンだね。
ともかく、助かったよ。
それに、なんだか懐かれちゃったみたいで、私から離れてくれない。
雲の上に住んでる生き物は他にいないから、もしかしたら私をスカイドラゴンの家族と勘違いしているのかも。
「私もね、家族はもういないの。だからスーちゃんと一緒だね」
頭を撫でてあげるとキュルルルと鳴いてくれる。
兄というよりは弟みたいに可愛いけど、どうやらスーちゃんは私のことを妹だと思っているみたい。
僕は頼りになるんだぞというような顔をしてる気がする。
私の偏見だけどね。
「でもスーちゃんさ、これってどこで見つけてきたの。人間の食べ物だよね?」
スーちゃんがくれたのは、どう見ても加工した食べ物でした。
固くなったパンに干し肉。
携行食みたいだったけど、海の上でこんなものが手に入るとは思えない。
まるで人里から奪ってきたみたい。
「ということは、まさか……!」
雲島の高度を下げ、地上へと降ろします。
スカイドラゴンのスーちゃんに食料を恵んでもらって空を漂い始めてから、すでに一ヶ月は経っていました。
その間、雲は流されに流された。
おかげで、再び戻ってきたのだ。
父なる大地に!
「砂しかないじゃん……」
地上は一面の大砂漠。
見るからに、食べ物はなさそうです。
「いや、計画通り。私は海の上では生きていけないから、今日からは砂の上で生きていくよ」
でも、教えて欲しい。
ここはいったい、どこですか?
「せっかく陸に帰ってきたと思ったのに、砂も海も変わんないよ」
空から地上を見回しても、地平線の彼方まで砂だらけ。
完全に砂漠です。
いったいどれだけ流されたのか……いや、流されたんじゃなくてただ移動してきただけ。
あてもない流浪の旅なのです。
「あっ! あそこに緑を発見。砂しかないと思ったけど、木も生えてるじゃん」
噂に聞く、オアシスというやつかな。
浮き雲に乗って、オアシスに降りてみます。
でも近づいてみたら、緑だと思っていた木は枯れていました。
泉も干上がってる。
ここ十数年は、大陸のどの国でも天変地異が起きていたらしいから、その影響かな。
災害の影響を受けていないのは、うちの国くらいだったろうし。
「あそこに巨大サソリが……あ、人間も一緒にいる」
どうやらサソリモンスターがお食事をするところだったみたい。
ここは人間にとってのオアシスではなく、モンスターにとってのオアシスになっていたんだね。
「というか、どう見ても人が食べられそうになってるよね?」
サソリって人間を食べるんだ。
空腹だったら人間だって雲を食べようとしちゃうから、気持ちはわかるよ。
だから──
「サソリって食べられるのかな……雷雲!」
真っ黒な雷雲を生み出して、雷でサソリを丸焦げにします。
焦げ臭い匂いがするけど、空腹には変えられない。
でも、その前に人命救助しないと、
「……大丈夫ですか?」
浮き雲に乗ったまま、岩陰に倒れている人の上に移動します。
褐色で銀髪の青年です。
どうやら息はあるみたい。
「うぅ…………え?」
青年と目が合う。
思ったよりも若い。
私と同じくらいか、少し上くらいかな。
「あなたは……女神様ですか?」
「それって、私が綺麗って意味?」
クラウは女神のように美しいと、私のことを口説いていたのはどこの王子だったかな。
女神にたとえることは、私の国では女性を褒める時によく使われる口説き文句。
もしかして私、この行き倒れてる男の人にナンパされてる?
「たしかに君は綺麗だけど、雲に乗ってる人間なんて見たことないから……」
「それか!」
雲から降りて、男の人の介抱をしてあげます。
「水雲」
「雲から水が……」
「ほら、水ですよ」
「こんなの初めて見た……やはり女神か!」
やっぱり口説かれてるのかな、私。
でも、こんな言葉で喜んでいてはだめ。
流されてはいけません。
男の人の口車にその気になってしまった結果、捨てられたのを忘れたの?
「助けてくれてありがとうございます。僕のことはテッラと呼んでください。それで、女神様のお名前は?」
「クラウ・カームフロスト……いや、いまはただのクラウです」
「なるほど、女神クラウというのですね。美しい響きだ」
この感じ、まいったな。
ぐいぐい来られるの苦手なんだよね。
ついその気になって流されちゃうから。
「それで、テッラさんはなんでこんなところで倒れてたんですか?」
「国に帰ろうとしていたのですが、空からドラゴンがやって来て食料を奪われたんだ。残りの食料でなんとか旅を続けたけど、最後の頼みのオアシスは枯れていたせいで、もう死んだと思った」
「……もしかしてその食料って、干し肉とかパンとかですか?」
「旅人の基本ですから」
「ドラゴンってのは、白くて小さいくせに翼はすごく広かったり?」
「さすが女神様、よくわかりましたね。スカイドラゴンというのだろうか。文献に載っていたけど、初めてみたから驚きましたよ」
私もそのドラゴン、見たことあるかも……。
ということは、この人がいなかったら、私は飢えて死んでいたかもしれない。
恩は返さないとね。
「あなたの国はどちらですか?」
「あっちの方角ですが」
「それじゃ、ちょっと砂漠を一緒に遊覧飛行といきましょう」
浮き雲に男の人を乗せて、ひとっ飛び。
人助けは気分がいいなー。
「雲に乗って空を飛ぶなんて……やっぱり女神様!?」
と、テッラになぜか拝まれてしまった。
もしかしたら私の祖国と同じで、これがテッラの国流の口説き文句かもしれない。
気をつけないと。
☁
「クラウが天候を操作していただって!?」
ライディネル王子がクラウの実家に突撃して、カームフロスト侯爵が白状したことによって新事実が発覚していた。
なんと、クラウの雲魔法というのは、天候を操作できる超高位魔法だったらしい。
カームフロスト侯爵家の領地は、イルミネイト王国の食糧庫と呼ばれるほど農業が盛んだ。
そのため、クラウの雲魔法によって雲を操り、程よい気候を保っていたらしいのだ。
過去に何度も発生していた日照りがここ十数年一度も起きていなかったのは、すべてクラウの雲魔法で天候を安定させていたかららしい。
クラウの所業はそれだけではない。
雨が降らなくて水不足になれば、雲魔法で雨雲を作り出して恵みの雨を降らしていた。
逆に雨が降りすぎて農作物に被害が出そうになれば、雨雲を消し去って晴天を生み出していた。
冬には大雪になって死者が出ないように雲をコントロールしていた。
それだけでなく、嵐が王国に向かっていると知れば、雲魔法で雲を操って霧散させていた。
今現在、この国に起きている数々の天災は、クラウの雲魔法があればすべて解決できるようなものばかり。
なぜこれほどまでに優秀な魔法の使い手であるクラウを幽閉してしまったのだろうと、ライディネルは頭を抱える。
いや、そもそもの話だが、幼馴染であり婚約者である自分に雲魔法の本当の力を打ち明けてくれなかったクラウが悪い。
雲のハンモックを作って昼寝することくらいしか使い道がない、珍しいけどダメ魔法だと思っていた。
それが今や、国の命運を左右するほどの特級魔法だ。
クラウの雲魔法に匹敵する魔法使いは、この国にいったい何人いるだろう。
ライディネルはこれまで一度たりともクラウから何か相談されたこともなければ、秘密を打ち明けられたことがない。
それもそのはず。
これほどの力を持っていたのだがら、きっと他の者のことを密かに蔑んでいたに違いない。
「俺をここまで愚弄した借りは高くつくぞ」
クラウだけでなく、彼女の実家であるカームフロスト侯爵家にも腹が立つ。
だがカームフロスト侯爵家には、クラウとの婚約時に領地を与えてしまった。
それに婚約破棄時にも恩賞を渡すはずだったが、なぜか今度は拒否されてしまったのだ。
「カームフロスト侯爵は、俺がクラウと勝手に婚約破棄したことを根に持っているようだな。あんな使えない女を修道院に入れるだけで恩賞がもらえたのだから別にいいだろう。それとも、クラウにはカームフロスト侯爵に先に婚約破棄の話を通したと嘘をついたことに腹を立てているのか?」
まあ別にいい。
クラウが出奔したことの責任を取らせない代わりに、交換条件でこの情報を手に入れたのだからな。
さて、これからどうしてやろうか。
「やはり責任はすべてあの女に取ってもらわないとな」
雲に乗った女など、世界広しとはいえクラウしかいないはず。
探せばすぐに見つかるはずだ。
そうして国に連れ戻して、一生を国のために捧げさせてやる。
そうしないと、次期国王の座すら、弟たちに奪われてしまう。
むしろ、この天災に乗じてライディネルの勢力は日陰に追いやられつつあった。
クラウを婚約破棄したことで、仁義がないと中立派がすべて弟たちに寝返ったからだ。
それに、父上もクラウのことを気に入っていたらしく、婚約破棄してから口をきいてくれなくなった。
風当たりは日に日に強くなり、しまいには王城から追い出されてしまった。
そのため、婚約者であるドラテアの実家に厄介になっている始末だ。
王子であるのにも関わらず、一貴族である伯爵家で生活しなければならないなど屈辱極まりない。
「あいつさえいれば!」
そうだ。
クラウさえ連れ戻せば、すべては丸く収まる。
次期王座争いも、国を襲う天災も、すべてが片付く。
だが、一度勝手に婚約破棄をして幽閉までしてしまった。
いまさら、自分に心を開いてくれるとは思えない。
「いや、大丈夫だ。だって、あのクラウだぞ? 俺が言ったことはすべて喜んでやっていた女だ。むしろまた俺とよりを戻せることに感謝するだろう」
それに、クラウは流されやすい女だ。
そうしなければならないという雰囲気さえ作り出せば、断ることはできないはず。
きっとすべてが上手くいく。
未来は明るい。
そう口にしながら、ライディネルは配下にクラウを探し出すよう命令を下すのだった。
☁
「まさかテッラが王子様だったなんてね」
テッラを故郷の国に送り届けたら、なぜか王宮に招待されてしまいました。
どうやらテッラはこの砂漠の国ワースティタースの王様の一人息子だったみたい。
国を長年襲う天災をどうにかしようと調査に出かけていたら、遭難してしまったそうだ。
迷子になるなんて、テッラは利口そうな顔をして抜けているところがあるね。
私を見習ってほしいよ。
え、私も現在進行形で遭難しているですって?
いいえ、違いますよ。
迷子になっていたのは昔の話。
ここは砂漠の国ワースティタース。
私の生まれ故郷である王国の、お隣の国なのです。
海に流された時には心臓が止まるかと思ったけど、風に導かれて結局地元近辺に戻ってきたみたい。
うん、計画通りです。
「僕の本名はアルネステッラ・ワースティタース。女神様は変わらずテッラとお呼びください」
「女神じゃないけど、わかりました」
一ヶ月ぶりのまともな食事は、私の感情を揺さぶるには十分なものでした。
それに、なによりも嬉しいのが、このお風呂!
雲に乗ったままでも熱湯は作れたから、雲風呂には入れたけどそれだけだったからね。
空の上にはシャンプーもなければ石鹸もなかったのです。
だから、地上最高!
「女神様にお喜びいただけて嬉しいです。水不足に嘆くこの王都最後の水でしたが、女神様のためなら喜んで捧げましょう」
「そんな事実は聞きたくなかった……」
私のために命に等しい水をお風呂にしちゃうなんて、馬鹿げてるよ。
まだ飲めるかな、あのお風呂。
私の出汁が出てるから、できれば辞めてほしいけど。
「水不足っていうけど、あとどれくらいもちそうなの?」
「昨日、王都の井戸が干上がりました。最後の頼みだったオアシスも枯れていたので、来週には国中の人間が干上がって砂サソリの餌になることでしょう」
と、テッラが乾いた笑みを浮かべる。
「いやいや、亡国の危機じゃん」
「僕が悪いんです。新しいオアシスを見つけさえすれば、作物も育てられるというのに……」
悔し泣きをする男の子って初めて見た。
国のために命をかけていたんだ。
ちょっと前まで私も国のために無償奉仕をしていたから、その気持ちはわかる。
「水があればいいんですよね」
テッラを置いて、窓へと歩みます。
開かれた窓から街を見下ろすと、この国の現状が改めてよくわかった。
大人は水不足にあえぎ、その表情からは生気を感じさせない。
子供は逆に、空腹のせいで頭を垂れている。
テッラが言っていたように、水不足のせいで食料も不足しているという話だ。
街のみんなはやせ細っていた。
「クラウ様。いったいなにを?」
「私がこの国を救います」
「水を出す雲のことは覚えておりますが、いくら女神様とはいえ人の身ではできないこともあります」
「私は女神ではありませんよ。でも、できることはあります」
「国民全員に水を配ることは不可能です。ですが、お願いできるのであれば、あの水の雲で、子供たちだけでも助けてほしい。それだけで十分なのです」
「私は十分じゃないです」
それに、これはいつもやってたことですし。
さあ、おいで──雲魔法、
「──雨雲」
王都の上空に薄暗い雲が埋め尽くす。
そこからさらに広く伸び、みるみるうちにこのワースティタース王国全土を雨雲で覆った。
「なにか降ってきた……?」
ポツ、ポツと、地面に小さな染みが生まれる。
その小さな染みは、少しずつ広がり、瞬く間に地面を一色に染めあげて水飛沫をあげる。
「雨だ!」
誰かがそう言うと、住人たちが勢いよく外に出てくる。
みんなが口を開けて、嬉しそうに雨水を飲んでいた。
あるいは涙を流し、あるいは喜びに顔を崩し、誰もが子供のようにはしゃいでいた。
膝をついて空を拝んでいる人までいる。
私の雲魔法が、人の役に立ったんだ。
やっぱりみんな笑顔が一番だよね。
「すごい……まさに神の御業だ」
テッラが私の手を取りました。
そうして騎士のポーズを取りながら、真面目な顔で口を開きます。
「これで国は救われます。女神クラウ様……僕、アルネステッラ・ワースティタースは、あなたに生涯の忠誠を誓うと約束いたします」
それって、もしかして告白ですか?
こんな言葉、ライディネル王子にも言われたことなかったのに……。
「……だめです。認めません」
「な、なぜですか!?」
「私はチョロイ女ではないからです」
そう言わないと、我慢できそうになかったから。
流されやすい自分が、やっぱり嫌いだ。
「おはようございます女神クラウ様。本日もご機嫌うるわしゅう。夜空に輝く星空が霞むくらいお美しいですよ」
「女神じゃないですが、おはようテッラ」
ワースティタース王国に住み着いてから、一ヶ月が経ちました。
水不足の危機を救ったら、また旅に出ようと思っていたのに、いつの間にか居着いてしまったの。
けっしてここに残ってくれとみんなに熱望されたから、雰囲気に流されて留まったのではありません。
気が付いたら一ヶ月経っていただけです!
それに今や、私は迷子の逃亡令嬢ではない。
なにせ、この街にれっきとした家を建ててもらったのだから!
「神殿の住み心地はいかがですか?」
「神殿? ここ、家じゃないの?」
「女神様にとっての家といえば、神殿ですから」
なぜか私は王国中の人間に拝まれていました。
他の街から私に会いに巡礼に来る人もいるくらい。
さすがの私でもここまでされればわかる。
もしかしなくても、なんか勘違いされてるよね。
「それにしても、あの食料泥棒のスカイドラゴンを手懐けてしまうなんて、さすがはクラウ様ですね」
「そ、それほどでも……」
雲島で留守番をさせていたスーちゃんが私に会いに来てしまったので、退治して配下にしたと説明したの。
いまでは砂サソリを駆除する良い子として認識されています。
「というか、そろそろクラウ様というのはやめてください。クラウでいいですから」
「あなたは僕の女神です。あなたが望むなら、クラウと呼ばせていただきますね」
「私は女神じゃないので、敬語もいらないですからね」
「はい、もちろんですよ。そうそう、クラウに手紙が届きましたよ」
「敬語のままじゃん……って、私に手紙?」
手紙はまさかの実家の両親からでした。
簡単にいうと私が幽閉されたあとに助け出そうとしていた、王子からは守るから国に帰ってこいという内容です。
婚約破棄されたことについても、ライディネル王子が悪いのはわかっていると書かれている。
これはきっとあれだ。
物心ついた時から故郷の農地の天候をずっと操作していたから、そんな私がいなくなって両親も困っているんだろうね。
でも、それならすぐに助けに来てほしかった。
一度捨てられたいまとなっては、まだ実家に帰る心の整理はついていない。
というか、なんで私がここにいることがバレてるんだろう。
「それに出奔したんだから、気まずくていまさら帰れないよ……」
「……安心してください、クラウのことは必ず守ります。僕があなたの支えとなりましょう」
テッラなりに、私の反応を見て察してくれたみたい。
私の正体を知りもしないのにね。
「クラウは僕にとってもこの国にとっても女神のように大切な存在です。まるで夜空を明るく照らすお月様のよう……だから、僕があなたを支える星になりましょう」
日中は灼熱の暑さに襲われる砂漠の国では、太陽よりも夜の月のほうが好まれる。
そんな夜空に例えられて褒められるのは、悪い気はしない。
私は空が好きだから。
「女神クラウ、あなたの隣に僕はいたい。これからも一緒にいてはくれませんか?」
やっぱりこれ、口説かれてるの?
それともただ崇められているだけ?
悪い気分ではないし告白されているように感じるのは、私の思い上がりなのかな。
だめ、私にはわからない。
このまま流されて「はい」と手を取ってしまうことは簡単だ。
けれども、そんな生き方は二度としないと誓った。
きちんと考えてから答えるんだ。
「……女神ではないですが、考えておきます」
☁
「クラウがワースティタース王国にいるだと!?」
ライディネルは部下の報告を聞きながら、考える。
遠くまで逃走したのだと思っていたが、意外に近場だった。
雲に乗っていたというが、やはり遠くまでは移動できないのだろう。
天候は操作できても、雲魔法はそこまで有能な能力ではないはずだからだ。
「しかも、あの砂漠のワースティタース王国にいるとは、運が悪い」
あの国は、水不足で深刻な食糧難に陥っている。
そろそろ限界だという噂だから、今頃は国中の民が餓死している頃合いだろう。
クラウも腹を空かして苦しんでいたに違いない。
なにせ、水不足で苦しんでいるからと何度もワースティタース王国から支援要請があったが、我が国はすべて断っているからな。
隣の国が亡べば、あの広大な土地は我が国のものになる。
知らない国の人間がいくら餓死しようが知ったことではない。
その分、奪い取った土地と財を利用して、我がイルミネイト王国が繁栄するのだから、それで良いじゃないか。
「ちょうどいい。我が国から逃げ出した国民もろとも捕まえてやる!」
イルミネイト王国を襲う天災は月日が経つにつれて激しくなっていた。
今では隣のワースティタース王国に亡命する民が増えていると聞く。
クラウと一緒に国を捨てた不届き者たちにも後悔させてやろう。
「それで、兵隊はこれで全員か? 金なら俺が王になった時にいくらでも払ってやるから、もっと呼んでこい」
国境の街の外れにある小さな家に、百人程のゴロツキが集まっていた。
なぜ王子がこんないわくつきの男たちと肩を並べているのか。
それは先日、ライディネルが婚約者の実家であるクレイター伯爵家からも追い出されてしまったからだ。
ライディネル王子に未来はないというのが、国民のほとんどの見解だという。
それについても腹が立つが、王子である自分がこんなあばら家で暮らさなければならないことがおかしい。
食事も不味いし、水も汚い。
夜はネズミが屋根裏を走る音でぐっすり寝ることもできない。
しかもベッドの布団はどれも薄いうえに虫が湧いている。
そして翌朝目覚めてみれば、貴重な食料が害獣どもに食い荒らされてなくなっていた。
王子である俺が、なぜ貧民のように暮らさなければならないのだと怒りが収まらない。
「よし。出兵するぞ!」
ゴロツキを除いても、王子とはいえライディネルの私兵はそう多くない。
自分を次期国王にするために支援してくれる貴族の後ろ盾がなければ、大軍を動かすことはできないのだ。
「ドラテアに命令して、クレイター伯爵家の軍を動員すれば問題ないだろう。それくらいなら協力してくれるはずだ。大きな貸しになってしまうが、クラウを取り戻すためなら仕方あるまい」
クラウが雲魔法でイルミネイト王国の天候を操作し恵みをもたらしていたことは、いまや国王陛下だけでなく、国民の耳にも入っている。
おそらく、我が子可愛さでカームフロスト侯爵が情報を漏らしたに違いない。
そのせいもあって、ライディネルの立場は揺らいでいる。
クラウと婚約していた頃は王太子として次期国王の座は間違いないと言われていた。
それなのに、このままでは王位の第一継承者である王太子を廃位されて、廃太子となるのも時間の問題だ。
「全部クラウが悪い」
婚約者として、あの女は自分に何もしなかった。
侯爵家や国のために雲魔法で天候を操作していたのにだ。
「あの女さえ取り戻せれば、まだ取り返しは付く!」
国民は、雲魔法で雨をもたらしていたクラウを聖女と呼び始めた。
そんな聖女を幽閉して国外へと逃がしてしまったライディネルは、逆に疫病神のように後ろ指をさされている。
信じられないことに、クラウが帰って来ることを国中の人間が願っていた。
「俺はクラウの婚約者だったんだぞ。口説くのにどれだけ労力を使ったと思っている」
好きでもない女を女神だと、毎日愛を囁いたのは俺だ。
あの女が聖女と称えられるなら、未来の夫であった俺も賞賛されるべきだろう。
「忘れるなクラウ……お前は俺のものだ。二度と自由になんかさせてたまるか!」
☁
「なんか外が騒がしいような?」
そういえば今日はテッラの顔を見ていない。
テッラのおはようの挨拶で目覚めなかったのは何日ぶりだろう。
「暇だし、ちょっと様子を見てこようかな」
浮き雲を作って、空の散歩です。
すると、どうでしょう。
数百人程の兵士たちが、砂漠に大挙していました。
あの旗は、私の故郷であるイルミネイト王国のものだ。
なんでこんなところに祖国の兵隊が?
いや、それだけじゃない。
祖国の兵士たちが、みんな蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っている。
「おや、クラウではないですか」
「テッラ……それ、どうしたの?」
涼しい顔をしながらテッラが捕虜を縄で縛っていました。
しかもこの捕虜は、ライディネル王子に似てる。
こんなそっくりさん初めて見た。
ここまで似ていたら影武者として城で雇ってもらえるよ。
「離せ! 俺を誰だと思っている? イルミネイト王国の王子だぞ!」
似てる人じゃなくてご本人だったー!
なんでここにライディネル王子が!?
「僕が捕まえたのさ。敵軍の総大将だったみたいだからね」
「攻めてきちゃったんだ……」
しかも撃退されちゃってるし。
宣戦布告の話は聞いていないし、きっと婚約破棄をした時みたいに独断行動に出たんでしょう。
愚かだとは思っていたけど、ここまで頭が足りない王子だったとは。
「貴様クラウだな! やっと見つけたぞ! 許してやるから戻ってこい。喜べ、俺の側室にしてやろう」
捕まっているのに、ここまで堂々とできるのは一種の才能かもしれない。
でも、王子がそんなことを言うってことは、お父様の手紙と同じで私を連れ戻しにきたんだ。
こんな強情な男、一時とはいえなんで良いと思ったんだろう。
やっぱり雰囲気に流されたのが悪いんだ。
だから──
「お断りですよ。私は自由になったんです。もう元の生活には戻りません」
誰の指図を受けない気ままな雲旅が楽しかった。
それにテッラを始めとしたこの国の人たちもみんな良い人だ。
なにせ雲魔法を認めてくれて、女神扱いまでしちゃうくらいだから。
「ここまで俺がへりくだっているのにお前はどういうつもりだ! なにが自由だ、お前みたいに自分の意思のない人形はおとなしく俺の言うことを聞いていれば――」
ライディネルの言葉をさえぎるように、テッラが彼の顔を殴り飛ばした。
「捕虜は黙っていろ」
テッラがライディネル王子を衛兵に引き渡す。
「雲のようにつかみどころのない自由さこそ、クラウの魅力だろう」
――テッラ、あなたは……。
そんなことを言う変わり者は、あなたぐらいのものですよ。
でも、ありがとう。
衛兵に連行されるをライディネル王子を見送る。
王位継承者である王子がよもや隣国の捕虜になってしまったとあれば、ライディネルは次期国王争いから脱落は免れないだろうね。
私と婚約したままなら、カームフロスト侯爵家の後ろ盾を得られたから、王にだってなれただろうに。
「それでテッラ。いったい何があったんですか?」
「さきほどの捕虜がクラウを渡せと武力行使してきたんですよ。嫌だといくら言ってもダメだったんで、その場の兵で反撃させてもらいました」
「結構な数いたと思うんだけど、よく勝てたね」
「我がワースティタース王国の兵は一人一人が精兵ですからね」
無駄に土地と人口が多いのに国家規模の水不足のせいで食糧難になってしまいましたと彼は言い、
「──それさえ元に戻れば敵などいませんよ」
鋭い眼光をたたえ、小さく笑った。
さすがは大陸一の大国のワースティタース王国の第一王子。
なんで水不足になっているんだろうと不思議に思っていたけど、天災に弱かった以外は優秀な国であったのは、彼の手腕によるところも大きいのかもしれない。
「それで、捕虜からクラウのことをいろいろと聞きました」
テッラの重い顔を見ればわかります。
そうか……全部知っちゃったんだね。
ということは、私がイルミネイト王国の侯爵令嬢だったことも、幽閉先の修道院から逃げ出したことも知られちゃったんだ。
さぞガッカリしたことだろうね。
「だから私は女神ではないとあれほど言ったではないですか」
「……実は、幽閉された侯爵令嬢だということは知っていました」
「え」
「クラウがイルミネイト王国のカームフロスト侯爵令嬢であることはすぐにわかりました。初めて会った時に家名を名乗っていたからピンときていたし、後で我が国の諜報機関に調べさせて裏も取れました」
「それじゃあ、私が婚約破棄された理由も知っているんでしょ?」
「知っていますが、破棄された理由も、それが嘘だということも知っていますよ。そうそう、クラウを追い落としたクレイター伯爵令嬢は、修道院送りになったらしいです。クラウに偽の罪を被せたと、カームフロスト侯爵が激怒して、王城で暴れまわったあげく、国王に直談判したようですね」
「お父様が!?」
あの手紙に書かれていたことは本当だったんだ。
ということは、婚約破棄された時にお父様には先に話を通しているというライディネル王子のあの言葉は嘘だったんだ!
私、家族に見捨てられてたんだと思ってたよ……。
あんなダメ王子はいるし、いじわるな女もいるけど、家族が困っているのを助けるのは当たり前だよね。
あとでイルミネイト王国にも雨を降らせないと。
「あれだけのことをした祖国を救おうとするなんて、慈悲深い女神であるクラウはやはりお優しいですね」
「それでテッラ。私がただの脱走令嬢だと知ってたのに、なんでまだ私のことを女神だっていうのかしら?」
「それは、わかりやすいようにクラウの国流に話したまでです」
「というと……?」
「クラウの国では、女性に告白する際は女神にたとえるようですね。だから伝わるように真似てみたのですが、不発だったようでした」
あれ、私の思い上がりじゃなかったー!
告白されてる気持ちにはなっていたけど、神殿造られちゃったから本当に女神だと勘違いしてる説もあったよ。
冗談にしてはやりすぎでしょう。
「でも、国民から女神のように崇められているのは本当ですよ。だからクラウのその雲魔法で、これからも僕と一緒に国を盛り上げて欲しいんです」
「私にこの国に永住しろと?」
「ええ。だから僕の妻になって欲しいんです。星空を照らす月のように、ここに留まって欲しい」
「……前から気になっていたんですけど、私が空を眺めるのが好きだから、そんな変なたとえ方をするんですか?」
「知らなかったですか? この国では、女性を月にたとえることが告白の決まり文句なのですよ」
「つまり……?」
テッラは頭をガシガシと掻いて、私の目をまっすぐに見た。
「君が好きだ、僕と結婚してくれ!」
私の自惚れだと思ってた。
ライディネル王子の時みたいに、持ち上げられて気分が良くなってしまって、好意を抱いてしまっているだけだと。
でも、違ったんだ。
まさか神殿を建ててしまう程、求められていたとはね。
テッラのことは嫌いじゃない。
むしろ好意のほうが勝っている。
だから彼の手を握り返せば、すべてが丸く収まる気がする。
うん、決めた。
にっこりと笑みを作りながら、女神のように微笑んで彼に返事をしよう。
「お断りします!」
もう私は、その場の雰囲気では二度と流されない。
一時の感情に流されて人生の大切な決断をしてしまうような、同じ轍は踏まないからね。
自分のことは、自分の意思で決めるのだ。
夜空に手を差し伸べるように、テッラの手を握り返します。
「でも、テッラが許してくれるなら、まずはお友達から始めませんか?」
これは告白の言葉に流されたからじゃない。
私自身の意思の、初めの第一歩なのだ。
お読みいただきありがとうございました!
ふわふわの雲に乗って空を漂ってみたい!
そんなことを考えながら書いた作品になります。
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