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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

あなたの愛の追体験

作者: 石田空

「……大変申し訳ございません。結婚してくださったのに」


 新婚初夜の日、ベッドの上で謝られたことを、アメリーは今もよく覚えている。

 蜂蜜色のさらさらとした髪。新緑の緑を嵌め込んだ瞳。美丈夫というのはこういう人のことを言うのだろうという人が、伯爵であるクルトであり、アメリーの結婚相手であった。

 元々アメリーは別の貴族の元に嫁ぐ予定だったのだが、相手が流行り病で死んでしまい、結婚は頓挫。困り果てた先に舞い込んできた次の結婚の話は、難があるものであった。


「妻が亡くなり、一年経ちましたが。それでも彼女を忘れることができないんです……私と妻の間に子はできませんでしたため、世継ぎをつくるために再婚を勧められました……あなたも結婚相手が亡くなったばかりですのに、残酷なことを言い、申し訳ございません」


 そう深々と頭を下げられ、アメリーは困り果ててしまった。

 実のところ、アメリーは死んでしまった結婚相手がどういう人かすら知らない。悪い話を全く聞かない代わりにいい話も全く聞かない、釣書以外の情報をなにひとつ知らないまま結婚する予定だったので、いきなりクルトに謝罪をされたところで、される謂れがなかったのである。

 おまけにクルトは亡くなった前妻を忘れられないと言っているので、むしろ世継ぎのために再婚を急かされた彼のほうが気の毒ではないかとさえ思ったのである。


「あまり謝らないでください。奥方が亡くなって一年では、傷が癒えないのは当たり前じゃないですか。それに私も困っていたところを拾ってくださって感謝しているんです」


 そもそもアメリーの実家は、既に兄夫婦が家督を継いでいるため、彼女の結婚が頓挫してしまい、腫れもの扱いされ続けて家に居座るのは大変にいたたまれなかった。既に彼女の実家は彼女のものではなく、兄夫婦のものなのだから、妹にずっと家にいられてもふたりとも困ってしまうだろう。

 だからこそ、結婚相手が前妻のことを忘れられないというのは、アメリーからしても都合がよかった。


「気が向いたらでかまいませんよ。本当にどうしようもなければ、養子を取るという方法もございますし」


 前妻を忘れられない夫と、結婚前に結婚相手に先立たれてしまった妻。

 白い結婚になってしまうのも当然なふたりが結婚して、二年経った。


****


 ふたりが白い結婚を続けていて、周りも最初は困惑していた。

 時折執事から「お子は……」と尋ねられると、クルトは「自分が疲れているので、つくれなかった。申し訳ない」と言い、彼が執務で屋敷を出ているときはアメリーが「旦那様はお疲れですから」と言い訳する。

 本当になにもない代わりに、夜会に呼ばれた際はふたりで参加するものだから、ますますもって周りは困惑していた。

 諦めてくれたのはいつかはわからないが、二年もふたりでこういう生活を続けていたら、使用人たちはもうなにも言わなくなってしまった。

 アメリーは自分が陰口を叩かれるのではと危惧していたが、そんなことはなかった。むしろ侍女たちからはなぜか同情票を集めてしまっていた。


「結婚する前に相手に死別され、再婚先では放置だなんて……せめて子ができたら、離縁だってできますでしょうに」

「旦那様も前の奥様を深く愛しておられたから……」

「でも、放置されてもどうしようもないのではなくて?」


 アメリーはそれには閉口してしまっていた。


(旦那様はむしろ私にはもったいない方なのに。行く場所がない私に居場所をくださった方なのだから。でもそろそろ、伝手を使って養子縁組について考える頃かもしれない)


 さすがに二年もなにもなかったら、周りだって不安になる気持ちはよくわかる。

 妻としての義務として、世継ぎをどうにかしようとアメリーが夜会で知り合った貴族夫人の中で、次男三男のいる家庭をピックアップしていた矢先であった。


「奥様! 大変でございます!」


 アメリーの部屋の外で大きく叫ばれてしまった。


「旦那様の馬車が、落石事故に巻き込まれて……!」


 最初の結婚相手の時は、「可哀想に」としか思わなかったアメリーは、生まれて初めて血の気が引くという感覚を味わった。

 アメリーは馬車を走らせ、クルトが運ばれた病院へと向かった。薬の匂いが立ち込める廊下を通り抜け、彼の病室へと向かう。


「旦那様……!」


 倒れていると思っていた彼は、意外なことにベッドで上半身を起こして、窓辺を眺めていた。

 頭には包帯が巻かれ、薬の匂いを漂わせている。あちこち包帯が巻かれている割には、存外元気そうであった。

 アメリーの声に気付いたのか、クルトは振り返ると、滅多に見ない笑顔を向けてきた。


「やあ、心配かけてしまったね。エルナ」

「え……?」


 アメリーはその言葉に混乱した。

 エルナは、亡くなってしまったクルトの前妻の名前であった。

 彼の主治医は、アメリーと一対一で話をしてくれた。


「記憶の混濁が見られますね」

「記憶の混濁……ですか?」

「はい。頭を大きく打ち付けますと、記憶喪失になってしまうことがございます。しかし話をしましたが、一年間の記憶自体は失われている場所がございませんでした。おそらくは、亡くなられた奥様と今の奥様の記憶が置き換わってしまったのでしょう」

「そんな……これは元に戻るんでしょうか?」

「わかりません」


 主治医はきっぱりと言い切る。


「記憶の混濁は本来、頭を打ち付けた直後に起こっても、それが長いこと続くことはございません。しかし奥様が病院にいらっしゃるまでに元に戻ることがございませんでした。今はそのまま様子を見る以外にできることがございません」

「そうなん……ですか」

「しかしおふたりは夫婦ですから。よく話し合ってください。旦那様の話に合わせるか、奥様が記憶喪失を教えるか、お好きなように。どちらにしろ旦那様は混乱するでしょうから、支えてあげてください」


 そう言われてアメリーは困ったように俯いた。


(私のことを忘れて亡くなられた奥様とすり替わってしまったんだもの……本当のことを言う道理はないわね……でも。私、奥様のことなんてなにひとつ知らないわよ?)


 こうして、アメリーは執事長を呼び出して、クルトの記憶喪失について伝え、自分のことは前妻のエルナのように扱うようにと彼を通じて使用人たちに指示を飛ばすことになった。

 これでいいのだろうと思っていたが、アメリーは困ったことになるなんて、思いもしなかったのである。


****


「エルナ、ただいま帰ったよ!」

「……旦那様、お帰りなさいませ。今日は早いお帰りですね」

「早く君の顔が見たくてね。これは今日視察先でいただいたお菓子なのだけれど、よかったら一緒にいただかないかい?」


 今まで、夜会のとき以外は夫婦らしい生活なんてなかったものだから、クルトが人が変わったように態度が軟化したのに、アメリーは途方に暮れていた。

 夜会のときに腕を組んで歩くくらいしかスキンシップがなかったものだから、なにかの拍子に抱き締めてくる。キスを送ってくる。そのたびにアメリーが頬を赤らめさせるのだが、クルトは本気でわかっていないようだった。

 おまけに夜も寝室に入って来るようになった。夫婦の部屋すら分けていたものだから、アメリーはあまりにもの変わりように困り果てていた。

 こっそりと侍女を呼び出して話を聞いてみたら、侍女は大きく頷いた。


「本当に仲睦まじいご夫妻だったのです。亡くなられた奥様と旦那様は……」

「そう……もし私が奥様に成り代わっていたと知ったとき、旦那様の心身に負担はないかしら?」


 侍女は黙り込んでしまった。どうも大きく負担があると訴えたいらしいが、それをアメリーに言っていいかどうかを躊躇っているようだった。

 アメリーは溜息をついた。


「荷物だけは用意してもらってよろしいですか? 旦那様の記憶が元に戻った場合、私は旦那様を傷つけた以上一緒にはいられません。出ていきますから」

「そんな……奥様帰る場所は……」

「兄に頭を下げて、仕事をいただきますから。私のほうより旦那様のほうを気にしてあげてください」


 アメリーからしてみれば、帰るあてのない自分を二年以上も置いてくれ、ようやく妻の役割を果たしているのだ。それで彼に報いることができるだろう。

 だが、クルトが愛しているのはエルナである。エルナだと思って接してきた妻が別人だとしたら、彼は耐えられるのだろうか。


(今私に向けているものは、全て亡くなられた奥様のものだわ。私のものなんて思い上がって受け取っては駄目ね)


 アメリーはそう密やかに考えた。胸の痛みはあれども、それは今まで全くなかった夫婦の営みが生まれたことから、彼を愛していると錯覚してしまっているのだろうと誤魔化した。

 それにつけても、アメリーはクルトと出かけることが前よりもぐんと増えた。


「いい劇団の演目があるのだけれど、よかったら一緒に見に行かないかい?」

「……私が行ってよろしいんで?」

「君と一緒がいいんだよ」


 ふたりで舞台を見に行ったり、湖水の視察に出かけたり。周りからは「まことにおしどり夫婦で」と褒めそやされるたびに、アメリーの笑みの裏の顔が軋む。

 クルトに腰に手を回され、エスコートされるたびに、胸がざわつく。

 挙句の果てに、営みの際にクルトが「エルナ」と「アメリー」を混同することが増えてきたのである。

 いよいよアメリーは「まずい」と思い至った。


(私は亡くなられた奥様に向けられたものを欲している……駄目だわ。旦那様は記憶が戻りかけているのに)


 クルトに背中から抱きすくめられ、その温度を感じた。彼の体臭を吸い込んだ。その温度も匂いも好きだと悟ったところで、彼の気持ちは自分には向いていないのである。

 ある日、クルトが視察で出かけた際、とうとう彼女は侍女に話をした。


「お願い、荷物を出してちょうだい。私はすぐにでも出ていかなければならないのよ」

「奥様……考え直したほうがよろしいかと」

「どうして? 私は亡くなられた奥様にはなれないわ。私はアメリーであって、エルナ様ではないんだもの。あの方が後生大事に扱っていた方が、目が覚めたら全然別人だったなんて、そんな悪夢はあって?」

「奥様……旦那様は二年間も一緒に暮らしていた奥様に、そんなに薄情な扱いは致しませんよ?」


 侍女にそう説得されるものの、とうとうアメリーは我慢ならなくなり、無理矢理クローゼットの中身をぶちまけると、鞄の中にギューギューと押し込めはじめた。

 彼が記憶を取り戻す前にいなくならないと。彼が思い出す前にいなくならないと。彼に「エルナじゃない」と拒絶される前にいなくならないと。

 もうアメリーは、ただ一緒に住んでいただけの頃には戻れないとわかっていた。

 彼と一緒に出掛けるのが楽しかった。彼に抱き締められるのが嬉しかった。彼に求められるのが愛しかった。

 二年間も白い結婚を送っていたのだから、元に戻れると高を括っていたのに、寂しかったんだということを思い知らされてしまった。

 彼は居場所のない自分を置いてくれた恩人だというのに。未だに前妻のことを忘れられない人にそんな無体なことは、もうできなかった。


「うう……」


 とうとうアメリーは目尻から涙を溢した。どうしようもないとき、人は涙を流すらしい。

 鞄を閉め、そのまんまそれを持とうとしたとき。アメリーは目の前が真っ黒なことに気付いた。


(え…………?)


 頭がぐわんぐわんする上に、視界もぐにゃぐにゃに捻じ曲がる。そのまま倒れそうになったときだった。


「アメリー!!」


 開けっ放しだった彼女の部屋に、出かけていたはずのクルトが走り寄ってきて、そのまま彼女を抱きかかえたのだ。クルトは心底ほっとした顔をして、彼女に頬擦りした。


「旦那様……」

「こんな荷物を用意して、どうしたんだい? ひとりで旅行に行くなんてずるいよ」

「……出て行こうと思いまして……でも、今私の名前を……」

「……許しておくれ、アメリー。私はずっと君に甘えてばかりだった」


****


 伯爵家に世継ぎがいない。しかし妻が亡くなってしまった。

 クルトは嘆き悲しんでいたが、それでも周りは「次の奥方を」と一年の喪が明けた途端にさっさと次の妻を用意してしまった。

 話を聞いて愕然とした。結婚相手を流行り病で失くしたばかりの女性だったのだ。


「いくらなんでも、そんな方を後妻に招き入れるのは失礼ではないか」

「しかし相手も困ってらっしゃるようでしたよ。既に家督は父から兄に譲られていますから、端的に言って家に居場所がないんです」

「……子捨てじゃないか、これでは」


 貴族令嬢は結婚ができない場合、ほとんど家ではいないものとして扱われる。働く気概のある女性は大貴族の侍女として働きはじめたり、王城に出仕したりするが、結婚して女主人として夫を盛り立てろと教えられて育った女性は、それ以外の生き方がわからない。

 だからこそ、ほとんどの貴族令嬢は万が一行き遅れかけた場合は、後妻として無理に結婚をねじ込まれることが多く、そのほとんどの女性は心を病んでしまっている。

 夜会の話で聞いてはいたが、自分の元にそんな話が舞い込んでくるとは思わず、クルトは頭を抱えた。

 せめて二年ほどは彼女を家に置き、どうにかして次の結婚先を見繕わなければ。クルトはそう思い至って式に臨み、そこで初めて次の結婚相手と顔を合わせた。

 綺麗な亜麻色の長い髪を編み上げた、虚ろな瞳の少女の色が全く抜け切ってない人であった。

 家の都合や周りの都合に引きずり回され、すっかりと自己がなりを潜めてしまった少女。とてもじゃないが、世継ぎをつくるためとはいえど、クルトは手を出せずにいた。

 しかし。二年一緒に生活を営み、少しずつ変化が訪れた。


「おはようございます、旦那様」

「おはよう、アメリー」


 夜の営みこそないものの、彼女は少しずつクルトに歩み寄ってきたのである。

 ただ一緒に食卓を囲み、夜会に出かける。ふたりでしゃべるとなんとなく楽しい。

 エルナを狂おしいほど愛していたクルトは、ふたりでの夫婦生活はバラ色に感じ、それが失われた一年間の生活は色がすっかりと失われてしまっていた。

 アメリーとの夫婦生活はバラ色のような華やいだものではない。しかし陽だまりのようにポカポカと温かかったのである。

 虚無の瞳の少女は、二年も経ったらすっかりと淑女へと羽化していた。

 そんな中、彼は事故に遭った。領地が嵐で嬲られたため、復興の様子の視察に行った帰りに、落石事故に遭ったのである。

 幸い、馬車に乗っていた者たちも一命は取り留めたが、しばらくは担ぎ込まれた病院で安静にせねばならなかった。

 家にはなんと連絡すべきか。そう思いながら病室の窓を眺めているとき。大きな足音が響いた。


「旦那様……!」


 真っ黒な瞳に涙を浮かべ、走り寄ってきた妻の顔を見て、クルトは衝撃が走った。

 今まで彼女に向けていた感情は、愛玩だと思っていた。親戚の少女や視察先の子に向けた感情だと、そう思っていたのに。

 クルトはアメリーに対して、初めて愛しいと感じたのだ。すぐに安心させないと。自然と口をついて出た。


「やあ、エルナ」


 そこでクルトはようやく気付いた。自分の後遺症に。

 医者には「記憶の混濁により、言葉が入り乱れています」と説明を受けた。


「おそらくですが、亡くなられた奥様と今の奥様の記憶が混濁しておられるのです」


 実際に記憶を辿っても、エルナとの思い出とアメリーとの思い出が入り乱れて、どちらがどちらのものかが、今の自分では判別できないのである。


「どうすれば治りますか?」

「こればかりはなんとも。頭を打ちつけば場合、記憶が抜け落ちることがございますが、ここまで混濁してしまう例は稀でございます。こればかりは、時間薬でしか治しようがございません」

「そんな……それでは妻に失礼では」

「奥様も、あなたのことを心配しておられます。今は新婚に戻ったと割り切って、ゆっくり過ごすことを優先してください」


 結局医者にも「いつ治るかわからない」と投げ出されてしまった以上、そう割り切ることしかできなかった。

 幸か不幸か、妻のこと以外の記憶は混濁が見つからなかったため、怪我が治り次第すぐに執務に復帰することができたが。

 二年間も白い結婚だった上に、エルナなのかアメリーなのかわからなくなってしまった妻とどう接すればいいのかがわからなかった。

 結局はかつて親がしてくれた土産を渡すということを繰り返すことにした。まるで子供にするような扱いだったが、それをした途端に妻は視線を揺らすのだ。

 その視線の揺らぎが愛しくて、ある夜とうとう彼女の寝室を訪れた。彼女は驚いた顔をしていたものの、追い出されることはなかった。

 彼女の瑞々しい体臭、柔らかな肌。それはもうエルナのものとは明らかに違うものだった。しかし、クルトが愛しく名を呼ぼうとしても、記憶の混濁で違う名前を呼び出すのだ。それが彼を苦しめた。

 大切にしよう。大事にしよう。今度こそ夫婦になろう。

 思えば思うほど焦り、彼女を違う名前で呼ぶ。前妻はエルナ、後妻はアメリー。悲しんでいるのはどっち。

 だんだん妻がこちらを悲し気な目で見てくるようになったのは、これが繰り返されたからだろう。妻は自分ではなく別人を見ていると思っているのだ。

 医者には助言として「日記に毎日奥様ふたりの名前を書きなさい。昔の記憶は混濁しても、今の記憶は混ざらないはずです」と助言され、毎日必死に名前を書き連ねて、自分の記憶を補強していった。

 そんな中、執事から忠告を受けた。


「……奥様、懐妊されていませんか?」

「……えっ?」


 あれだけ彼女の寝室に押しかけていたのだから、いつ懐妊してもおかしくはなかった。しかし妻には脅えられているのだから、それを指摘したら彼女は錯乱するかもしれない。


「どうか彼女を見ていてあげて欲しい。私もなるべく今は執務を屋敷で行うから」


 そして。妻が倒れた。荷物をまとめていたのは、おそらくは妊娠初期症状の精神不安定が原因だろう。


「アメリー!!」


 そこでクルトはアメリーの元に走り寄っていた。

 アメリーはぐったりとしている。


「旦那様……」

「こんな荷物を用意して、どうしたんだい? ひとりで旅行に行くなんてずるいよ」

「……出て行こうと思いまして……でも、今私の名前を……」

「……許しておくれ、アメリー。私はずっと君に甘えてばかりだった」


 ふたりは話をした。初めてだった。互いのことをどう思っているかという話をするのは。


 ただ不幸な者同士が割れ鍋に綴じ蓋で結びついたものだった。

 夫婦を演じていた時間が長かったが、今は違う。

 時間はかかったが、今はふたりでエルナの墓参りに行こうと言えるほどには心を通い合わせることができた。

 不幸を喜ぶことなどできないが、会えたことには、ただ感謝を捧げる。


<了>

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