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君にはうちはまだ早い  作者: ハシモト
美少女冒険者アイシャ、売り飛ばされる(仮)
90/90

人を勝手に売り飛ばさないでください!

「へぇー、お姉さんとずっと二人きりだったの?」


 そう言って、御者台からこちらをのぞき込んでくるアイシャに、アルフレッドは思わずのけぞった。


「そのお姉さんの行方が分からないのだから、とっても心配よね。きっと向こうも、アル君の事を心配しているだろうし……」


「アル君?」


 アイシャの呼びかけに、アルフレッドは思わず聞き返してしまう。


「ごめんなさい。アルフォンス君だから、ついそう呼んじゃった」


「あっ、別に大丈夫です」


 慌てて答えたアルフレッドへ、アイシャがにっこりと微笑んで見せる。


「似た名前の人がいて、どうも呼びやすいのよね。それにアルフォンス君って、とってもかわいらしいから、そう呼びたくなっちゃうのよ」


 その屈託のない笑顔を前に、アルフレッドは中身が自分だと分かったら、一体どんな顔をするのだろうと考えた。その後に口から出てくるのは、()()()に、罵詈雑言の類に違いない。


「さっさと野暮用を終わらせて、お姉さんを探す相談をしないと。アンジェさん、アル君のお姉さんがどこにいそうか、心当たりはある?」


 そう言いながら、背後を振り返ったアイシャが怪訝そうな顔をした。


「アンジェさん、顔色が悪いわよ。もしかして、馬車に酔った?」


 アルフレッドは顔を伏せながら、背後へと視線を向けた。そこでは侍従服に身を包んだ少女が、驚いた顔をしながら、首を横にふっている。それを横目で見ながら、アルフレッドは袖に忍ばせていたナイフから指を離した。


 路地で会って以来、この娘からはずっと殺気を感じ続けている。小娘(アイシャ)は気づいていないが、この娘の腕はかなりのものだ。それも普通の剣ではない。暗殺者のたぐいに近かった。


 相手がフリーダなら、問答無用で切り倒していることだろう。アルフレッドとしても、そうしておきたいところだったが、この娘の背後にいる者が分からないうちに、排除するのも問題があった。何より人を疑うことを知らないアイシャが、この娘を信用してしまっている。


「クラリスちゃんたちを助けに行って以来、ずっと休みなしだったから、疲れもするわね」


 アイシャがアンジェへ向かって、うんうんと頷いて見せる。


「いびきをかいて、十分に寝ただろう……」


「何か言った?」


「何でもありません!」


「やっぱり心配よね。お待たせ、やっと着いたわよ!」


 そう言うと、アイシャは立派な玄関を持つ建物の前へ馬車を進めた。馬車係が昇降台を手に、アイシャの元へ駆け寄ってくる。


「当館へご宿泊のお客様でしょうか?」


「アイシャール・カーバインと言うものです。宿泊費の残額を払いに来ました」


「案内役の方で、会計へご案内させて頂きます。馬車はこちらにて、馬車だまりへ動かしますので、手綱をお預かり致します」


「アイシャ様」


 案内役へ馬の手綱を渡そうとしたアイシャへ、アンジェが声を掛けてくる。


「私の方で、こちらへ預けてある荷物を、馬車へ乗せておきます」


「城門が閉まるまで時間もないし、そうしてもらった方が、すぐに出られるわね。でも一人で大丈夫?」


「宿の方に手伝ってもらいますので、大丈夫です」


「うん、分かった。こっちはさっさとお金を払ってくるから、よろしくね」


 そう告げると、今度はアルフレッドの方へ視線を向ける。


「アル君は私と一緒に来て。お姉さんらしい人を見たら、教えてもらうようお願いしましょう」


 保護者気分なのか、アイシャはアルフレッドの手を引いて馬車を降りると、その手を引きずりつつ、案内役の後ろをついていく。


 収まりの悪い赤毛を揺らして歩くアイシャの背後で、アルフレッドは前を行く案内役に違和感を感じた。大した客でもないのに、やたらと緊張している。


「それと、お忙しい所すいませんが、ご相談したいことがあるのですけど……」


 アイシャの呼びかけに、細身の体をした案内役が背後を振り返った。そしてなぜか、ほっとした顔をして見せる。


「では支配人の方で承りますので、こちらへどうぞ」


 そう答えると、立派なシャンデリアに照らされた受付の脇を通り過ぎ、人気のない裏手の方へと進んでいく。それを見て足を止めたアルフレッドへ、アイシャが不思議そうな顔をした。


「どうかした?」


「こんな立派な場所へは来たことがないので、とても緊張します」


「分かる~。でもとって食べられたりはしないから大丈夫よ」


 そう告げると、無防備に案内役の後についていくアイシャへ、アルフレッドは小さくため息をついた。アルフレッドからすれば、こちらをとって食べる気満々としか思えない。


「こちらでお待ちください」


 案内役が通路の先にある扉を開けて、二人へ頭を下げた。中には小さな油灯が一つあるだけで、テーブルと長椅子こそ置かれてはいるが、客用とは思えない殺風景な部屋だ。


 やがてトントンと扉をたたく音と共に、仕立てのいい紺色の服をまとった、恰幅のいい男性が部屋へ入ってくる。


「お待たせして申し訳ありません、海鳥荘の支配人を仰せつかっております、モルトと申します」


 背後からは先ほどの案内役が、銀色の盆に白磁のティーセットを乗せて部屋へと入ってくる。


「お急ぎの事とは思いますが、まずは喉をうるおしてください」


 モルトはそう告げると、二人へ椅子に座るよう即した。ティーカップへ暖かい茶が注がれ、柑橘系を思わせるさわやかな香りが辺りに広がる。


「お心遣い感謝します。実はこちらのアルフォンス君のお姉さんの行方が分からず、探しております。どちらへ相談に行ったらいいか、助言を頂きたいと思いまして」


「こちらのお姉様と言うと、まだ若い女性の方でしょうか?」


「はい」


「それはさぞご心配のことだと思います。アビスゲイルでは、若い女性がかどわされる事件が、まれにありまして……」


「そうなんですか! アンジェさんがここへ泊まるように言ったのは、正しかったのね」


 モルトの返事に、アイシャが驚いた顔をしてアルフレッドの方を見る。アルフレッドは心配そうな顔をして頷きつつ、フリーダを連れて行った男の顔を思い出した。


 もし誰かがフリーダをかどわかそうなどとすれば、間違いなくその報いを受けることになるだろう。


「港町故に、ここアビスゲイルには色々な人間が入り込みます。先ずは警備署へ届けられるのが一番かと思います。それと、実は当館からも、アイシャール様へご相談がございまして……」


 そう告げると、モルトはまだ冷えるというのに、手にしたハンカチで汗を拭って見せる。


「何でしょうか?」


「書類を持ってきますので、少々お待ちください」


 モルトの申し出に、アイシャは首をひねりつつ、出されたティーカップへ口をつけた。それを見ながら、アルフレッドは心の中で舌打ちをする。


 こんな時には、何か飲んだり口に入れたりしてはいけない。だが、この小娘はその辺の大事なことを、全く分かっていないらしい。


 こちらをじっと見つめる支配人に、アルフレッドも仕方なく、ティーカップへ口をつけるふりをした。やがて数枚の書類を手に、先ほどの細身の男性が部屋へ戻ってくる。


「こちらなのですが……」


 モルトはそれを受け取ると、アイシャの前へ差し出した。


「請求書? ちょ、ちょっと待って……」


 それを見たアイシャの口から、当惑の声が漏れる。


「何で一泊分が、金貨30枚なんて金額になるのよ!」


 アイシャはそう叫ぶと、その紙を目の前に座るモルトへ突きつけた。


「はい。本日を含めまして、三名様、6泊分の宿泊料になります」


「泊まっていないのに、何で6泊分になるんです!」


 相当に驚いているらしく、その顔はピンク色に染まっている。


「当館ではお荷物を預けておいでのお客様について、特にお申し出がない限り、いつでも当館にて宿泊していただけるよう、最上級のお部屋を準備してございます。その分の宿泊代になります」


「な、ななな……」


 それを聞いたアイシャの口から、言葉にならない声が漏れる。


「お金が足りないのですか?」


 アルフレッドの問いかけに、アイシャは頷いた。


「今手元にあるのは、ランドさんから借りてきた金貨5枚分ほどなの。それでも多すぎるぐらいだと思っていたんだけど……。でも大丈夫よ」


 そう告げると、アイシャはポケットからギルド証を取り出し、それをモルトの前へ差し出した。


「ギルド証です。こちらを預けていきます。明日には知り合いから借りて、お支払いさせていただきます」


「こちらのお支払いですが……」


「まだ何か?」


 それを聞いたアイシャが当惑した顔をする。同時にその体がぐらりと揺れた。


「とある方が、代わりに当館へお支払い頂いており、債権はすでにその方へ移っております」


「な、なんなの……」


 テーブルにうっぷしたアイシャの口から、つぶやきが漏れる。それを見下ろしつつ、モルトは言葉を続けた。


「大変心苦しくはございますが、そちらへお客様の身柄を移させていただきます」


 そう告げると、モルトはアイシャへ丁寧に一礼して見せた。

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