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君にはうちはまだ早い  作者: ハシモト
美少女冒険者アイシャ、売り飛ばされる(仮)
89/90

かわいいって、人によりますよね?

「おい、間違いなく赤毛の女だったんだな?」


 ロベルトの低い声が、アビスゲイルの城壁の下を通る秘密通路に響く。そのあまりの迫力に、マシューと一緒に女がらみのしのぎをしている、ガンゾとクラムは互いに顔を見合わせた。


「はい。確かに赤毛でした」


「見栄えはどうだった?」


 真顔で聞いてきたロベルトに、ガンゾとクラムは再び顔を見合わせる。どうして自分たちのような下っ端のしのぎに、ロベルトみたいな男が出てくるのか、さっぱり訳が分からない。


『もしかしたら、ロベルトの好みは赤毛なのだろうか?』


 たとえそうだとしても、他の上と違って、ロベルトは女がらみの話に口を挟んで来たことは一度もなかった。ガンゾとクラムはロベルトの背後に立つ、マシューへ助けを求めて視線を向ける。


 だが肝心のマシューはと言うと、まるで母親に怒鳴られた子供みたいに、しゃくりあげるだけで、こちらへ視線を合わせようともしない。


「さっさと答えろ!」


 痺れを切らしたロベルトが、二人を怒鳴りつけた。


「み、見かけは町娘みたいなんですが、冒険者だと言い張っていて……」


 ガンゾは慌てて答えたが、ロベルトがいきなりその胸倉を掴む。


「誰もそんなことは聞いちゃいない。かわいかったかどうか、それだけを答えろ!」


 ガンゾは目を白黒させつつ、暗がりだったとはいえ、何故か赤毛だったこと以外、はっきりとしない娘の姿を必死に思い出した。確かに言われてみれば、絶世の美人という訳ではないが、かわいいとは言えそうな容姿だった気がする。


「か、かわいかったと思います」


「姐さんが連れてこいと言った娘に違いない。誰かに後を追わせたんだろうな?」


 そう問いかけるロベルトの目は、すぐにでも誰かを遠いところへ送りそうなぐらいに真剣だ。


「は、はい。ジグルドのやつに追わせました。ダウン街の海鳥荘へ入ったそうです」


 息が出来ないらしく、顔を紫色にしたガンゾに代わって、クラムが答えた。それを聞いたロベルトは、ガンゾの体を床へ放り投げると、何かを考え込む仕草をする。


 ガンゾは荒い息をしながら、その姿を見上げた。どうやらすぐに消されることはなさそうだが、未だにロベルトがその娘にこだわる理由が、さっぱり分からない。


 ロベルトは元冒険者だ。もしかしたら、その娘か、その知り合いに遺恨があるのかもしれない。だとすれば、自分たちにとっては好都合だ。あの娘に存分に仕返しが出来る。


「ロベルトの兄貴、その娘を捕まえたら、私らにも回させてください。そうでもしないと、腹の虫が――」


 ドン!


 そう声を上げたガンゾの腹に、ロベルトの拳がめり込む。ロベルトは再びガンゾの襟首をつかむと、苦痛にゆがむその顔を、目の前へ引きずり上げた。その目は先ほどよりもさらに真剣で、殺気立っている。


「てめえ、何をふざけた事を言っているんだ?」


「す、すいません」


 ガンゾは壊れた首振り人形みたいに、ぺこぺこと頭を下げ続ける。ロベルトはガンゾの体を持ち上げたまま、今度はクラムの方へ視線を向けた。


「すぐに海鳥荘へ行け。あそこの支配人には、女遊びが過ぎた件で貸しがある。その()()()()をこちらへ引き渡すように言うんだ」


 それを聞いたクラムは当惑した。タウン街は自分たちのシマではないし、そのシマを仕切っている別の組がケツ持ちをしている。断りなしに横槍を入れたりすれば、ただ事では済まない。


「蒼生組の連中に泣きつかれたらどうします?」


「文句を言うやつは()()()()()。それよりも、そのお嬢さんの髪の毛一本、薄皮一枚だって傷をつけるな。お前たちの汚い手で、肌へ触れるのも禁止だ。もしやったやつがいたら、全員遠いところへ送られる」


 ロベルトはそう告げると、ガンゾとクラムを睨みつけた。


「分かったか!」


「は、はい!」


 ガンゾとクラムの二人は、ずっとすすり泣くマシューへ視線を向けたが、すぐに地下通路の奥へと、放たれた矢の如く走り出した。




「ハマスウェルの実験室だなんて、一体いつぶりかしら? こんな初期の試作品でも、まだ存在していたのね」


 エミリアはそう告げると、瓦礫の山に埋もれた周囲を見回した。エミリアの手の上で白い光を放つ球が、折れ曲がった黒い柱や、崩れた石壁の影を映し出している。


 その向こうで、ピンク色をした巨大な肉の塊、いや巨大な肉で出来た膜が、ゆっくりと脈動しているのが見えた。内部に何らかの発光体があるのか、膜の内側からぼんやりとした光を放っている。


 その淡い光が、内部にいる者の姿を、影絵のように映し出していた。エミリアの存在に気付いたのか、それがゆっくりと膜の表面へ近づいてくる。


 一見すると、それは人の様に思えたが、完全ではなかった。足の一部や腕の一部が欠けており、あちらこちらで白い骨や未発達の筋肉、血管などの体組織が露わになっている。そしてまぶたのない瞳で、膜の向こう側にいるエミリアを虚ろに眺めた。


「ここがまだ動くことは、十分に確かめられただろう?」


 エミリアの背後に立つ、黒い服を着た少女が声を上げた。そして小さく指を鳴らして見せる。その乾いた音と共に、膜の中にいた者の体が崩れ落ちた。最後はまるで砂糖が湯に溶けるみたいに、膜を満たす液体へと完全に消える。


「しかしまだ動くかどうかの確認に、アルとフリーダを使ったのは、流石にやりすぎじゃないのか?」


「あら、リリスちゃんの口から、やりすぎなんて言葉を聞くとはね……」


「我を何だと思っているのだ!?」


「アイシャお姉さんがとっても大好きな、いたいけな少女のリリスちゃんでしょう?」


 エミリアの答えに、リリスがフンと鼻を鳴らす。


「それにあの二人よ。新鮮な死体なんて話を、真に受けるぐらいだから何の問題もなしね」


「だが器の定着に、あの娘に憑りついていた魂の残滓(うらみつらみ)を使うのは、あまりいい趣味とは言えんぞ」


「そう? 個人的にああいうぶりっ子って大嫌いなの。何の罪もありませんと言う顔をして、アイシャへ近づくだなんて、絶対に許せないと思わない?」


「あの偽善者(パールバーネル)と同じだな。魂の創造の禁止などと言う、己に都合のいいルールだけを作って、後はほったらかしだ」


「でも、パールバーネル(創造神)とリリスちゃんって、実際は同じ……」


「何だと! 我があの役立たずと同じと言うつもりなら、エミリア、お前でも許さん!」


「ごめんなさい。つい口が滑っただけよ。でもアル君が手を出すなって言うから、これぐらいの嫌味は許してもらわないと……」


「そんな事より、問題はこっちだ」


 リリスが目の前にある肉の塊を指さす。


「まさかアイシャ自身が、結界を破りに来るだなんて、想像もしなかったわね。迷宮なんかに隠すより、完全に壊しておけば良かった。これも私の犯した過ちの一つよ」


 それを聞いたリリスが、エミリアへ首を横に振って見せる。


「お前の過ちではない。我らの過ちだ。過ちとは存在と同義なのだ。たとえ神でも、それから逃れる事は出来ない」


「でも私たち以外に、誰もここを使えるとは思えないのだけど、どうしてここが動いたのかしら?」


「考えるのは後でいい。ここを破壊するのが先だ」


「そうね。もうアイシャは取り戻したし……」


 エミリアがそうつぶやいた時だ。


 ガシャン!


 何かがはじけるような音が辺りに響いた。同時に床に描かれた魔法陣が、まるで生き物みたいに形を変える。それを見たエミリアが、素早く呪文を唱え始めた。


 しかしそれを唱え終える前に、床の魔法陣が先ほどとは全く違う模様へ書き変わってしまう。次の瞬間、辺りはピンク色に染まり、二人の足元が生暖かい液体によって満たされ始める。


「やられたな。我々の方が中へ捕らえられた」


 リリスの台詞に、呪文を唱えるのをやめたエミリアも頷く。周りは巨大な肉の膜に覆われ、瓦礫の山がその向こうに透けて見えている。


「反魂術ね。元になっているのは、私の術だけじゃないわよ」


「その通りだ。この迷宮を作る際に我の唱えた術も含めて、二重に張られている」


「つまりは……」


「互いの術を、それぞれ力技で抜かないとだめだな。それも我らが、これに吸収されない内にだ」


 エミリアとリリスは互いに肩をすくめると、腕を前に掲げて、次々と複雑な幾何学模様を空中に描き始めた。

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