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君にはうちはまだ早い  作者: ハシモト
美少女冒険者アイシャ、売り飛ばされる(仮)
88/90

あの〜、酔っぱらいすぎじゃありませんか?

「ロベルトの兄貴、こ、こちらです」


 赤いマフラーを首に巻き、いつも軽薄な薄ら笑いを浮かべているマシューが、真っ青な顔をしながら、地下室への入り口を指さす。元冒険者で、今はやくざの用心棒に身を崩しているロベルトは、その姿をうんざりした顔で眺めた。


 女相手には強気だが、相手が男、こと腕っぷしの強い相手を前にすると、媚びへつらう事しか出来ない男だ。


「相手はまだ小娘で、しかも一人だけなんだろう?」


「そ、それはそうなんですが……」


 ロベルトの問いかけに、マシューがしどろもどろに答える。ともかく、何を言っているのかはっきりしない。普段はこんな小物の相手などしている暇はないのだが、裏社会を仕切る顔役たちの会合で、何かの不手際があったとすれば話は別だ。こいつの腕の一本ぐらいでは、とても収まらない。


「覚悟しとけよ。上の虫の居所が悪かったら、お前は魚のえさになる」


 マシューの顔が、青を通り越して、かまどの灰より白くなる。それを横目で見ながら、ロベルトは地下室への階段を降りた。だがすぐに異変に気付く。本来ならここに立っているはずの男たちが、誰もいない。確かに、マシューの言う通り何かがおかしい。


 中にいる者たちの機嫌を損ねぬよう、ロベルトは階段の先にある重厚な扉をそっと開けた。その先から漏れてくるシャンデリアの明りに、一瞬目が眩みそうになる。昼のように明るい光を手で遮ると、ロベルトはそっと部屋の様子を伺った。


 この地下室は、アビスゲイルの裏を取り仕切る顔役たちの社交場、とでも言うべき場所で、内装はとても豪華だ。部屋にはいくつもの立派な詰め物のされた長椅子があり、そのサイドテーブルには、果物とワインのボトルがおかれている。


 そのいずれにも荒らされた様子はないが、そこに座って、談笑しているはずの男たちの姿がない。その代わりに、奥のカウンターの床に、貴族風の衣装を着た男たちが、まるで丸太の如く転がっている。それを見たロベルトは、慌てて背後にいるマシューの方を振り返った。


「どういうことだ?」


「は、はい、新鮮な入荷物が入ったと申し上げたら、皆さん興味を持たれまして――」


「入荷物?」


 入荷物は、ロベルトたちの隠語で女性を指す。新鮮な入荷物とは、まだ嫁入り前の若い女性の事だ。


 腰に差した剣を抜くと、ロベルトは重い扉を蹴飛ばして、部屋の中へ踏み込んだ。中に入った瞬間、黒い服を着た護衛役の男たちが、部屋の隅で物言わぬ姿になっているのが見える。ロベルトは不意打ちを避けるべく、体を投げ出して床へ身を伏せた。


「うぅぅうううぅぅ……」


 様子を伺うロベルトの耳に、小さなうめき声が聞こえてくる。よく見れば、床に転がる男たちにはまだ息があった。何かから逃げようと、必死に体を動かしていた。その一番奥、カウンターの椅子に小さな人影が見える。


 商家の娘が着るような、こざっぱりした服に身を包み、腰まで届く長い黒髪を持つ後ろ姿は、まだ穢れを知らぬ少女のように思えた。


「マフラー男、今度は役に立つ者を連れて来たんだろうな?」


 ロベルトたちへ背中を向けたまま、少女が声をあげた。


「胸はないが、この体も悪くはない。久しぶりに、酔っぱらうのがどんなものかを思い出した」


 少女はロベルトたちの方を振り返ると、手にした赤ワインのボトルを、水の如くラッパ飲みをする。その態度は、先ほど感じた穢れなき姿とは真逆だ。


 それを見たマシューが、「ひっ!」と小さく悲鳴を上げつつ、背後の扉へ向かって駆けだそうとする。だが何かに弾き飛ばされると、床へ這いつくばった。ロベルトの足元へ、マシューの背中を撃った物が転がってくる。それはどう見ても、ワインのコルク栓にしか見えない。


「マフラー男、どこへ行く? お前にはまだお使いに行ってもらう用事がある。それと貴様は何者だ?」


 そう告げると、黒髪の少女は小首を傾げて見せた。その仕草に、ロベルトはミストランドで会った冒険者を思い出した。見かけは幼女の様にしか見えないが、その中身は全くの別物。目の前にいる娘は、あのリ・リスと同じ類の存在なのだ。ロベルトは床へ手をつくと、額をそこへこすりつけた。


「ロベルトと申します」


「あ、兄貴――」


 マシューが当惑の声を上げる。この男は相手が何者なのか、全く分かっていないらしい。ロベルトはマシューの体を、床へ引きずり倒した。


「お前も頭をこすりつけろ!」


「マフラー男、やればできるじゃないか。ちゃんと挨拶も出来るし、少しは役に立つ男を連れて来た。お前、冒険者だな。ミストランドにいたか?」


「は、はい。ほんの少し間だけ、ミストランドにおりました。迷宮で死にかけて、それ以来潜るのが出来なくなったクズです」


「迷宮で死ぬ覚悟がなかったのだな。だが死にぞこないだと分かっているだけましだ。本当のクズとは、こういう奴らの事をいう」


 ゴキ!


 鈍い音が辺りに響く。少女の足元で、床に転がる男の首が、あり得ない方向へ曲がった。


 ゴキ、ゴキ、ゴキ――。


 少女はおもむろに足を下す度に、床に転がる男たちからうめき声が消えていく。ロベルトとマシューは、その音を聞きながら、床を舐めんばかりに頭を下げ続けた。


「お前たちみたいなものでも、いないと困ることだってあるんだろう? お前がここをまとめろ。ただし、女の子をかどわかすのは、今後一切認めない。やったやつは、私が世界の果てまでぶっ飛ばす」


「は、はい!」


「それとこの近くにいる、赤毛のかわいい女の子をここへ連れてこい。ただし、髪の毛一本、薄皮一つ傷をつけたりするな」


「あの~、先ほどかどわかしは……」


「お前は黙っていろ!」


 ゴン!


 マシューの頭が、ロベルトによって再び床にうちつけられた。ロベルトはすすり泣くマシューを無視すると、さらに頭を床へこすりつける。


「はい。丁重にご招待させて頂きます」


「見つけたら、表通りにいる私の連れもここへ連れてこい。それと、生ごみの掃除を頼む。匂うものなど、とってもかわいい女の子の側には置いておけないだろう?」


 そう告げると、少女はそのまだ幼さを残す顔でニヤリと笑って見せた。

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