まったく、どこにでもクズは居ますね!
「大の大人が二人がかりで、しかも子供に何の因縁をつけているのよ!」
いきなり飛び出してきた少女が声を上げた。相当に腹を立てているらしく、おさまりの悪い赤毛を振り乱しながら、まるで子供に説教するみたいに、人差し指を男たちへ向けている。
「てめえ、何者だ!」
「ちょっと、いきなり女性へ殴り掛かるつもり!?」
男の一人が問答無用でその人物へ殴り掛かろうとする。だが赤毛の少女は自分がいきなり蹴りを入れたのを棚に上げつつ、さっと背後へ飛びのいた。そして腰に差した短剣へ手をかける。
「これ以上やるつもりなら、これを抜くけど、その覚悟はあるのね」
そう告げると、左足を一歩後ろへ下げ、腰を低くして構えた。それを見たアルフレッドは焦った。
隠者の陰から覗く者はいない。それに肝心な時に、フリーダはどこかへ行って行方不明だ。アイシャに合わせて、斬撃や斬撃もどきを撃つ者は誰もいない。思わずアルフレッドが、「やめろ!」と叫ぼうとした時だ。突然アルフレッドの首筋に、得体のしれない悪寒が走った。
『何だこれは?』
狭い路地の中に、現世のものではない、真っ黒な何かが侵入してくる。それは渦を巻きつつ、剣を握るアイシャの元へと集まっていく。
「やばい、こいつ冒険者だ!」
男たちも、少女が纏う、ただならぬ気配に気づいたらしい。
「そうよ。今さら気づいたの」
アイシャの手に力がこもる。
『まずい!』
アルフレッドは足元に転がっていた木の板をけり上げると、呆然と立つ、男の側頭部めがけて振り下ろした。それを食らった男が、膝からがくんと崩れ落ちる。もう一人に一撃を食らわせるべく、背後を振り返った時だ。
バチャン!
背後にいた男の体が、糸の切れた操り人形みたいに、薄汚い水たまりへ落ちる。その背後で、侍従服姿の少女が、薪を手に立っているのが見えた。
次の瞬間、路地に漂う黒い気配が消える。アルフレッドが辺りを見回している間に、膝をついていた男は、水たまりに倒れた男を肩に抱くと、路地の奥へと駆け出して行く。
「お前たち、覚えていろよ!」
暗がりの向こうから、男の捨て台詞が聞こえてきた。それを耳にした赤毛の少女が、うんざりした顔で肩をすくめて見せる。
「どこにでも、やっぱりクズはいるのね」
「アイシャ様、ご無事でしたでしょうか!?」
「アンジェさん、馬車で待っているように言ったでしょう!」
アイシャの呆れ声を聞いたアンジェが、慌てて薪を放り投げる。
「申し訳ありません。お一人で何かあったらと思い、後を追わせていただきました」
「剣が使えれば、素人の二人ぐらい大丈夫よ。でも助かったわ。ありがとう」
アイシャはアンジェへにっこりと微笑むと、今度はアルフレッドの方へと歩み寄った。
「君、大丈夫だった?」
そう問いかけながら、アルフレッドの顔を覗き込む。吐息が感じられるぐらいの近さから、オレンジに近い黄色い瞳で見つめられ、アルフレッドはなぜか耳の後ろが熱くなるのを感じた。
思い返せば、ミストランドへこの娘がやってきて以来、こうして二人で顔を突き合わせるのは、初めてのことかもしれない。
「こ――」
小娘が何を偉そうに、と口から出そうになるが、その台詞を必死に飲み込んだ。
「怖かったよね。でも流石は男の子よ。さっきの一撃は中々だった」
アイシャはポケットから白い布を取り出すと、それをアルフレッドのほほへ当てた。布に赤い血がにじんでいくのが見える。先ほど地面を転がったときに、擦り傷を作ったらしい。
「痛む?」
アイシャの問いかけに、アルフレッドは首を横に振った。痛みを感じない体と言うのは、面倒な事この上ない。だがそんな事より、アイシャから子ども扱いされていることに、妙な違和感を感じてしまう。
「私はアイシャールと言う者で、これでも一応は冒険者よ。アイシャと呼んで頂戴」
『どうして自分から、一応はなんて言葉をつけるんだ?』
アルフレッドは心の中でため息をついた。組を首にした時から、この辺りは何も成長していないらしい。
「もしかして、怪しいとか思っている?」
アルフレッドの態度を見たアイシャが、首をひねって見せる。そしてつなぎの胸元へ手を入れると、そこから金属の紋章が張られた札、ギルド章を取り出した。
「ほら、ギルド章も持っているし、本物よ。あなたの名前は?」
「ア、アルフォンスです」
ギルド証なんて、その辺りの素人は見たことがないだろうと思いつつ、アルフレッドは適当な偽名を答えた。
「うん。かっこいい名前ね。ところでこの辺に住んでいるようにも見えないし、親御さんはどこかの宿にでもいるのかな?」
そう問いかけると、アイシャは辺りをきょろきょろと見回した。その態度は冒険者と言うより、その辺にいる町娘そのものだ。
「人を探してこちらまで来ましたが、その人はもうここにはいないらしくて……」
「それじゃ、何でこんな所にいた訳?」
「姉と来ましたが、姉ともはぐれてしまいました。この辻に居れば、アビスゲイルとの出入りは分かるので、見つけられるかと思って……」
「えっ、お姉さんも行方不明なの!」
アイシャが驚いた顔をする。
「女の子じゃなくても、十分に危険なぐらいだから、それは心配よね」
「アイシャ様、そろそろ行きませんと、城門が閉まる前に外へ出れなくなります」
アンジェの呼びかけに、アイシャは困った顔をした。
「でも、一人ぼっちの男の子を、ほったらかしには出来ないでしょう?」
「姉も私を探していると思うので、すぐに会えると思います」
そう答えたアルフレッドへ、アイシャが首を横に振る。
「私なんてすぐに迷うぐらい、アビスゲイルは大きな街なんだから」
アルフレッドは、胸を張って見せるアイシャを眺めながら、こいつは一体何を自慢しているんだと思う。
「もう日も暮れるし、私たちの馬車に乗って。お姉さんの件は、明日にでも、みんなで手分けして探しましょう」
「そんな、ご迷惑をおかけする訳には……」
「何を言っているのよ。困ったときにはお互い様でしょう!」
そう宣言すると、アイシャはアルフレッドへ手を差し伸べた。一瞬躊躇するが、思い返せば、もともとこの小娘を監視するのが目的だ。心の中でフリーダに山ほど悪態をつきつつも、アルフレッドはアイシャの手を握り締めた。




