そうですよ、土下座して謝ってください!
「アル、探したぞ。どこへバックレていたんだ!」
隠者の陰に、フリーダの不満げな声が響いた。
「後始末に行っていただけだ。もっとも、こっちもバックられたがな……」
「オン爺か。どうせ先は長くないのだから、どうでもいいだろう。それよりもあれを見ろ!」
フリーダはアルフレッドへ、隠者の陰の先に見える映像を指さした。そこには宿屋の食堂で酔っぱらう、アイシャの姿がある。どうも悪酔いしているらしく、テーブルの反対側に座る冒険者の男女へ、盛んに絡んでいるのが見えた。
その横では、疲れ果てた少女たちが、テーブルに伏せながら寝ている。
「少し酔っぱらい過ぎだとは思うが、何も危険はないだろう?」
「そう言う問題じゃない。とっても、とっても楽しそうじゃないか!」
そう叫ぶと、フリーダはアルフレッドの腕を掴んで、映像の近くへと引きずって行った。
「アル、今すぐアイシャの所へ謝りに行け!」
「どうして俺が小娘の所へ、謝りに行かなければならないんだ!」
「お前はあれがうらやましくはないのか? 土下座して、戻ってきてくれとお願いするんだ。一人で出来ないのなら、私も一緒にいって土下座してやる。今すぐ行くぞ!」
「フリーダ、何度言ったら分かるんだ。あれは首にしたの!」
「絶対に違う。どう考えても、首になったのは私たちの方だ。だから、土下座して戻って来てもらうんだ!」
そう真顔で告げると、フリーダは所在なげに立つ、エミリアとリリスの方を振り返った。
「エミリア、どこかに迷宮を見つけろ。すぐにアイシャと一緒に潜るぞ。そして酒を飲むんだ。もし適当なのがなかったら、リリス、目玉でも何でも使って、お前がでっち上げろ」
「フリーダ、そんな冗談は誰も笑えないぞ。それよりも、あの小娘が目覚めかけているのを、何とかする方が先だ!」
「そうかしら?」
アルフレッドの言葉に、エミリアが首を傾げて見せた。
「それはアイシャ自身の問題じゃないかしら?」
「何を言っているんだ? あれが目覚めたいと思う訳が――」
そこまで告げてから、アルフレッドが口を閉じる。
「アル君、あなたも分かっているはずよ。アイシャ自身が目覚めたいと思わない限り、それを解くことは出来ない。たとえ私たちでもね」
リリスもアルフレッドへ頷いて見せる。
「そうだ。我々がアイシャの意志に、全てを任せると決めた時点で、それもアイシャの手にゆだねたのだ」
だがアルフレッドは、二人へ首を横に振って見せた。
「それが起きない様、あれに害を及ぼす可能性のある者を、全て排除してきた」
そう告げると、アルフレッドはそこに集う全員の顔を見回す。
「今回はオン爺に逃げられたが、あの爺さんなら、アイシャへの意趣返しなど考えもしないだろう。だが前回のアズール城の件といい、今回の迷宮の件といい、どうしてあれが目覚めるような事ばかりが起きるんだ!」
「誰が引き起こしているかと聞かれれば、それは私たち自身よ。それでも私たちは、アイシャが好きな様に、人生を楽しんで欲しいと心から願っている」
エミリアの台詞に、アルフレッドは大きなため息をついた。
「因果相応か……」
「でも今回の迷宮はちょっと変なのよね。だから、リリスちゃんにも手伝ってもらって、昔の実験室で、少し調べ物をしようと思うの」
それを聞いたフリーダの顔色が変わる。
「その間、隠者の影はどうなるのだ?」
「そんなに長くはかからないと思うけど……」
「アイシャが見れなくなるじゃないか! アイシャが足りなくて死ぬ、絶対に死ぬ!」
フリーダは毒でも飲んだみたいに蒼白な顔をすると、地団駄を踏んで見せた。その度に隠者の影が大きく揺れる。エミリアは慌てて術式を唱えると、うんざりした顔をした。
「だったら、二人で後をつけたら? それなら生アイシャが見られるわよ」
エミリアの台詞に、フリーダが目を輝かせた。
「生アイシャ! アル、それだ!」
「何を馬鹿な事を言っているんだ。そんなもの、すぐにばれるに決まっているだろう!」
「では我が、別の何かに変わる呪いをかけてやろう」
リリスの杖の先に、怪しげな光が浮かび上がる。
「確かに、ネズミに変身したアル君もかわいいかも」
そう告げたエミリアが、リリスへ首を横に振った。
「でもリリスちゃんの強力な奴だと、元にもどれなくなっちゃうじゃない。そこまでしなくてもいいわ。ちょっと変装すれば十分よ」
「変装? こんなに目立つ奴だぞ!」
アルフレッドが、フリーダの戦乙女の衣装を指さす。
「フリーダと言えば、金髪で三つ編みの長い髪に、戦乙女の衣装と大剣って、相場が決まっているじゃない。だから違う格好になれば、絶対にばれないと思うのよね」
「これを脱いで、髪を切ればいいんだな」
「そうね。切らなくても、髪型と色を変えれば十分かな。後は目の色を変えれば完璧よ!」
それを聞いたフリーダが、アルフレッドの横で、いきなり衣装を脱ぎ始める。
「フリーダ、常識はさておき、恥じらいぐらいは持て。それにお前には、先祖代々の伝統に対する敬意はないのか?」
「はあ? そんなもの無いに決まっているだろう。昔からこのかっこうだったから、そのままだっただけだ。アイシャの為なら、どんな姿でも構わない。髪だって別に坊主でもいいぞ。そうだアル、お前は坊主にしろ。そうすれば、間違いなく気付かれない」
そう言うと、床に置いた大剣へ手を伸ばす。
「おい、その剣はなんだ。もしかして、それで俺の髪を切るつもりじゃないだろうな……」
「動くなアル、すぐに終わる」




