これって、絶対にハブられていますよね?
「アイシャ!」
私の視線の先に、サラさんの顔が一杯に広がった。
「アイシャ様!」
その隣ではアンジェさんが、私の視界の半分を占領しつつこちらを見つめている。そう言えば、これと同じ状況は前にも会った気がしますが、一体どこだったでしょうか?
『そうだ、あの時と同じだ……』
絶対に思い出したくもない、アズール城です。
「や、厄災はどうなりました?」
「自分の目で確かめな」
そう言うと、サラさんが私に手を差し出してくる。その手を掴むが、体が全く言う事を聞かない。それどころか、体中から悲鳴を上げたくなる痛みが襲ってくる。
「い、痛いです。めちゃくちゃ痛いです!」
「甘えたことを言っているんじゃない。さっさと立ちな」
「アイシャ様、お手伝いさせて頂きます」
二人によって無理くり立たせられる。まるで腰が曲がった、おばあさんそのものの姿で道の先を眺めた。
『あれ?』
それを見た瞬間、背筋を冷たいものが流れていく。そこにあるのは、迷宮の一部だったらしい瓦礫の山だけだ。道の先にあったはずの林は全く見えない。
「もしかして、気合を入れ過ぎました?」
体中の痛みを無視して、迷宮の入り口だったところを目指す。
「いきなりぶっ飛ばすだなんて、一体誰の仕業よ!」
地面の下から、埃をかぶって真っ白になった人影が姿を現した。その後ろから、もう少し小柄な人影も顔を出す。
「クラリスちゃん!」「リア!」
私たちに気づいた二人が、互いに顔を見合わせると、こちらへ向かって駆け出した。その後ろで、地表へ登ってきたランドさんが、私たちへ手を振ってくれる。
『みんな無事だった!』
サラさんがリアちゃんを、私がクラリスちゃんを抱きしめた。世界の全てが、涙で曇りそうになる。
「お姉さま!」
リアさんが、サラさんの胸に顔を埋めて、声を上げて泣いている。私の腕の中では、クラリスちゃんが体を震わせつつ、私を見上げながら、必死に口を動かした。
私はジェニファーさんみたいに、唇を読むことは出来ない。でも彼女が何を言いたいかはよく分かる。
「うん。私もクラリスちゃんに、とっても会いたかった!」
もう一度、ギュッとその小さな体を抱きしめる。そして埃だらけの彼女の頬を、人差し指でつついた。
「それに、探索お疲れ様!」
クラリスちゃんが、涙を流しながら、にっこりと微笑んでくれる。彼女のことだ。精一杯、頑張った事だろう。
『そうだ!』
これは彼女の初めての潜りだ。私の時は単にお姉さまの後ろにくっついていただけだが、クラリスちゃんは自分の力で、しかも処女探索の迷宮を潜り抜けてきた。
「全員傾注、これより冒険者クラリスの初環の儀を始めます!」
それを聞いたサラさんが、リアちゃんが、そしてランドさんが胸に手を当てる。みんなも私が何をやろうとしているのか、分かってくれたらしい。
「冒険者クラリスの前途に、常に幸運があらんことを!」
そう宣言すると、村を出た時からずっと使っていた髪留めを外した。私のただでさえ収まりの悪い赤毛が跳ねまくるが、そんなのはどうでもいい。それをクラリスちゃんの髪に止める。
続けて、サラさんが自分のしていたネックレスを、リアさんが手にしていた指輪の一つを、ランドさんが腰から抜いた短剣をクラリスちゃんへ渡す。
「最初の迷宮から無事に戻ってこれた。これであなたも、私たちと同じ冒険者よ。ようこそ赤毛組へ!」
クラリスちゃんは、私の胸へぎゅっと顔を押し付けると、声を上げずに泣き続けた。
「酒はまだあるかい!」
「はい、サラ様!」
迷宮から戻ってきた私たちが、一体何をしているかと言うと、例の宿屋で勝手に酒盛りをしています。もっとも、リアちゃんとクラリスちゃんの二人は酒なしですが、盛り上がっている点については、目の前にいる酔っぱらいたちと大差はありません。
もっとも、避難して人がいないところで、勝手に酒盛りをして許されるのか、と言う問題はあるのですが……。
「迷宮をぶっ飛ばしてやったんだよ。感謝されても、文句を言われる訳ないじゃないか!」
と言うサラさんの台詞と、ランドさんの、とりあえず金を置いて行けばいいだろうと言う発言により、ここに至るです。
もっとも、こちらへ転送される際に食料など持ってきていないですし、ランドさんたちがキャンプにおいていた物はすべて、私が吹き飛ばしてしまったらしいので、何も反論は出来ません。
「めんどくさいから、ボトルごとこっちにくれないか!」
サラさんが、アンジェさんの手から強奪するみたいに酒瓶を奪うと、それを隣にいるランドさんの杯へ注いでいく。しかもちゃっかり肩に手を回した挙句に、ランドさんの二の腕に胸を押し付けています。あのですね、ちょっと積極的すぎやしませんか?
まあ、やっと再会できたうえに、あの修羅場から戻ってきたわけですから、仕方ありませんかね。これぞ、つり橋効果と言うものです。
「ちょっと、サラお姉さまの方が、素敵に決まっているじゃない!」
その隣ではリアちゃんとクラリスちゃんが、二人で何か言い合いを続けている。クラリスちゃんはかなり高速に口を動かしているはずですが、リアちゃんは何を言っているのか、完璧に理解しています。流石は天才少女、恐るべし。
でもその中身はと言うと、私とサラさんのどちらが、より魅力的か語っているらしい。そんな不毛な論争はやめましょう。全くの無意味です。
「あ、あの……」
私はランドさんと乳繰り合おうとしているサラさんと、何を基準に議論しているのか、さっぱり分からないリアちゃんとクラリスちゃんに声を掛けてみた。だけど、4人に真っ向無視される。神話同盟を追い出された時と、同じ気分になってくるのはなぜでしょう?
よく考えれば、冒険者の腕と言う点では、サラさんやランドさんには到底敵いませんし、可愛さ勝負ではクラリスちゃんの敵ではありません。
それに私の唯一の立ち位置だった突っ込み役も、とっても頭のいいリアさんに取られています。しかもリアちゃんは、種類こそ違いますが、クラリスちゃんと同じくらいの美少女なんです。
「あ……」
もう一度声を掛けようとして諦めた。これって、絶対にハブられてますよね? とりあえず、手にした杯の中身を一気に喉の奥へ流し込む。
「アイシャ様、お代わりをお持ちします」
すぐに空になった杯が酒で満たされた。気づけば、アンジェさんが私の横に立っている。
「アイシャ様、何か心配事でもありますでしょうか?」
そう告げると、少し腰を屈めるようにしながら、私の顔をじっと見つめた。もしかして、私がハブられていると思っているのに、気づいてしまいました?
「アンジェは、いつでもアイシャ様のお側におります」
彼女の吐息が私の頬をくすぐる。ちょっと近すぎやしませんか? 思わず腰が引けそうになった私の手に、彼女が真っ白な手を添えた。そしてそのまま自分の頬へと持って行く。
「えっ!?」
ちょっと待ってください。何で私の手で頬をすりすりするんですか! 確かに気持ちいいですけど、癖になるから止めてください!
ギィ――。
誰もいない屋敷の中に床の軋む音が響いた。辺りは壊れた家具が散乱し、床には大きな穴が開いている。廃屋としか思えないありさまだが、同時についさっきまで人が住んでいた気配も漂っていた。
「流石はオン爺だな」
そうつぶやくと、アルフレッドは風が通り抜けるだけの屋敷跡を見渡した。辺りに人の気配は感じられない。アルフレッドは抜いていた剣を鞘に戻すと、そこだけ瓦礫が何もない、ぽっかりと床が見えている場所へ視線を向けた。
外から吹き込む風でも巻くのか、天井から落ちて来た黒いすすが吹き溜まっている。それはまるで誰かが手で描いたみたいに、ある紋様を描いていた。
「薔薇か……」
アルフレッドの口から言葉が漏れる。次の瞬間、吹き抜ける風に、床の塵はどこか遠くへと消えて行った。
これにて、第6章「美少女冒険者アイシャ、ヒロインを首になる」は終了になります。次回から、第7章「(仮)美少女冒険者アイシャ、売り飛ばされる」をお送りいたします。どうか引き続きご愛読のほどよろしくお願い致します。




