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君にはうちはまだ早い  作者: ハシモト
美少女冒険者アイシャ、迷宮を駆ける
8/90

説明は簡潔に、要点だけで願いします

 前衛のトニオさん、後衛のアルバートさんが手にする松明の明かりが、迷宮の通路を明るく照らしている。なので坂を下って歩くのも今のところは何の問題もない。


「ここはアイシャさんがいたミストランドとは違いますから、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」


 いつの間にか固く手を握りしめていた私に対して、アルバートさんが声を掛けてきた。


「上階層は下にもぐる際のキャンプに使っても何の問題もない所です。家の寝台で寝るのと同じですよ」


 アルバートさんはそう告げたものの、正直なところそんな気分にはなれそうにない。どこかから何かの鳴き声みたいなものは聞こえてくるし、何かが動く、ギィ――という音も響いている。


 ミストランドで単にグレートと呼ばれる、一番大きな生きている迷宮に潜ったこともあるけど、こんな感じは全くしなかった。おそらくお姉さまたちが強すぎて、厄災も何も、向こうから逃げて行ったに違いない。


「ここから通路が別れていきます。本来の入り口という所ですね」


 そう言うと、アルバートさんが前へ松明を差し出した。そこには鉄の大きな扉がある。前衛のトニオさんが体重を掛けると、それは小さな軋み音を立てながらゆっくりと左右へ開いた。


 念の為か、トニオさんが扉の先へ松明の灯を差し出して問題がないか確認している。そして小さく手を回すと扉の先へと体を差し込んだ。


「この先に休息用の小部屋があります。そこで朝食をとることにしましょう。赤ワインもありますよ」


 恐る恐る扉を潜り抜けた私の顔を見ながら、アルバートさんが腰につるした革袋をポンと叩いて見せた。


 赤ワイン? いくら案内ついででも、気を許しすぎじゃないだろうか?


「今日の為に酒蔵から出してもらいました」


 相変わらずのイケメンに笑みを浮べて見せる。まあ、フリーダお姉さまも普通に飲んでいましたから、これぐらいが当たり前なのかも?。もっとも酒を飲むたびに、あの嫌み男に怒鳴りつけられていましたけど……。


 バタン!


 その時だ。背後で大きな音が響いた。見るとあの大きな鉄の扉が閉まっている。


『えっ!』


 もしかして、閉じ込められたりしていませんか?


「アルバートさん!」


 そう叫んだ私に向かって、アルバートさんが苦笑して見せた。


「大丈夫ですよ。仕組みはよく分かりませんが、あの扉はパーティーが通り抜けると自動的に閉まるんです。いつもの事ですよ」


 あの~~。それって、生きている迷宮って言いませんかね?


「それよりも、そちらの休憩部屋で朝食がてらこの迷宮の概要を説明します」


 そう言うと、私の借りている部屋の数倍はありそうな場所を指さした。そこには大きなテーブルや椅子までが置かれている。確かにそれだけ見れば、ここは家の寝台で寝るのと大して違わない場所に思える。


 トニオさんはまめな性格なのか、濡らした布でテーブルを拭くとその上に白い布を広げている。そこにアルバートさんが赤ワインが入った皮の袋と固焼きのパン、それにチーズをのせていく。まるでどこかの街のレストランにでも来たみたいだ。


「アイシャさんもどうぞ」


 準備が終わると、アルバートさんは相変わらずのイケメンな顔に笑みを浮かべて見せた。だが松明の灯のせいだろうか? そこには出会った時ほどの朗らかさは感じられない。それに例のやばい感じも、ますます強くなっている気がする


「あの〜、昨日はかなり飲み過ぎてしまいまして……」


 エミリアさんからもらった薬がなかったら、本当にやばい所でした。なのでせっかくではありますが、ワインは遠慮させて頂きます。


「では、先に迷宮の説明をすることにしましょう」


 そう言うと、相変わらず無口なギリアムさんの方を振り返った。ギリアムさんがテーブルの上に迷宮の地図らしきものを広げていく。そして背筋を伸ばすと私の方へ視線を向けた。


「この迷宮の存在が文献に現れたのは、新王国第三期のワム教の司祭の記録が最初と言われている。だが私が下層で石組みに使われている技術や、その組成を調べた限りではそれよりもはるかに古い時代のものに間違いない。見たまえ、君も気が付いたと思うが……」


 そう言うと、ギリアムさんは私に対して天井にある黒い石を指さした。とりあえずは、愛想笑いで頷いて見せる。あの~、普通は迷宮の説明と言えば、通路とかトラップとか、そういう話をしますよね?


 それにギリアムさんを寡黙な人だと思ったのは私の間違いだった。地図を前に私に迷宮の説明を始めてからこの方、ひと時も止まることなく私には全く理解不能な何かをしゃべり続けています。


 ある意味、あの嫌み男に少し通じるところがあるかもしれませんが、それが私への小言ではないという点においては、こちらの方がまだましな気もします。


「――であり、この組成の石は、ここでは全く産出されないものだ。間違いなくこの迷宮は何処からか、丸ごとここに転送されてきた。それがどれほどの魔力量を消費するのか想像もつかない。おそらくは相当な術者が集団催眠技法を使いかつ、相当に練り上げた多重魔法陣で――」


「あ――、ギリアムさん。この迷宮の基本的な説明としては、そのぐらいで十分だと思いますよ」


 アルバートさんがギリアムさんに固焼きのパンを渡しながらそう告げた。助かりました。これを後一分でも聞いていたら、私の脳みそが爆発したか、海より深い眠りに落ちたかのどちらかです。


「アイシャさんも、まずは朝食をとってください。その後、この第一階層を案内します。ここは何か出てくることはありませんが、下層へのショートカットがいくつかあって、少し注意が必要なんです」


「はい、アルバートさん。了解です」


 やはりイケメンは言うことが違います。これがあの嫌み男なら、単に自分で考えろの一言で終わりです。私は前に置かれた冷えたお茶に手を伸ばそうとした。だがその手が止まる。


 まずいです。迷宮に潜ると言うのに、朝からあのまずい薬の為に水差しの水を一気飲みしたので、水分を取りすぎてしまったようです。


「あの?」


「なんでしょうか?」


 アルバートさんが、イケメンなお顔に優し気な笑みを浮かべて私を見つめます。


「あ、あのですね――」


 だめです。無理です。こんなイケメンな方にお手洗いに使えそうな場所はどこでしょうかなんて、絶対に聞けません!


「い、いえ、なんでもありません」


 私は回れ右をすると、地図を前に未だにぶつぶつと何かを呟いていたギリアムさんの方へ向かった。


「何か質問でも?」


「あ、はい。あのですね、水はけが良くてですね、それでいて人目につかない様な場所は近くにありますでしょうか?」


「他のパーティーを奇襲するのに最適な場所としては、ここよりも一つ下の階層の、虎の咢と呼ばれる――」


 誰もここで追いはぎをしようなんて思っていません!


「この階層でお願いします!」


「それならここを出て、最初の曲がり角を南西方向へ向かった先にある小部屋がいい。そこは排水設備があって――」


「ありがとうございます!」


 私は速攻でギリアムさんの話を打ち切った。いまこの先まで聞いてしまうと、間違いなく非常事態になってしまいます。


「すいませ~~ん! ちょっと野暮用に行ってきます」


 そう言った私に、アルバートさんが小さく首を傾げたが、すぐに納得した顔をする。察しが良くて本当に助かります。


「明かりがないと困ると思いますので、こちらをお持ちください」


 アルバートさんは上着のポケットから小さな石を取り出すと、二言三言何かを告げた。その手の中で、石がぼんやりとした光を放ち始める。照明の魔石だ。


「助かります!」


 私はアルバートさんから石を受け取ると、部屋を飛び出して通路の奥へと向かった。





「エミリア、少しは反省したのか?」


 アルフレッドの呼びかけに、エミリアが怪訝そうな顔をして見せた。


「アル君、何で私が何かを反省しないといけないのかしら?」


「死霊術だ」


 アルフレッドは隠者の影の先に見える、ワインを手にくつろぐ男たちを指さした。


「もうかけてあるわよ」


 エミリアの言葉に今度はアルフレッドが怪訝そうな顔をする。


「はあ? やつらの意識が飛んでいる様には見えないぞ」


「あのね、私をその辺にいるまじない師もどき達と一緒にしていない?」


 アルフレッドが何かを答える前に、リリスが二人の前へと進み出た。


「うむ。なかなかのものだな」


 男たちを眺めながらうんうんと頷いて見せる。


「リリスちゃん、分かる?」


「意識ではなく、無意識を繋いだのか……」


「ちょっと待て、お前は人の無意識を支配出来たのか?」


 そう呟くと、アルフレッドは慌てて自分の頭に手を当てた。


「アル君。もしかして、自分も操られていないかとか心配しているの? 私があなたにそんな事をする訳ないでしょう?」


「そ、そうだな。俺たちは仲間――」


「そんなつまらない事なんかしないわよ。だって、素のアル君が一番面白いじゃない」


「確かにそうだ。アルは結構面白い」


 フリーダもエミリアに同意する。


「お、お前達な……」


「それよりも仕掛けはまだか?」


 何かを口にしかけたアルフレッドを無視すると、リリスが焦れた様に声を上げた。


「もうちょっとかしら。やっぱり自然な演出って大事じゃない?」


「それはそうだな。だがここは狭くて次元の隙間に隠しておかねばならぬから、色々と面倒だ。それになにか忘れている気もするが……、まあいいだろう。ともかくアクションシーンは派手に行くぞ!」


「派手なだけじゃなくて、展開も大事よ」


「それに間合いだな」


「エミリア、リリス。どうやら奴らが動き出したぞ」


 丸めた台本で、何やらチャンバラごっこみたいなことを始めた二人に対して、フリーダが声を上げた。


 その視線の先ではアイシャが部屋を出たとたん、男たちが額を突き合わせると、何かの相談を始めようとしていた。

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