これが普通の冒険と言うものです
ランドたちが進む迷宮は、本物の神殿さながらに、立派な石の壁と天井で作られていた。何を模倣したのかは不明だが、女神像に男神像、それに竜や麒麟と言った、想像上の生き物の像まで飾られている。
見かけについて言えば、大きな街の神殿以上に豪華とも言えた。しかし、信者の祈りの声はどこにもない。冒険者たちの息遣と、それを狙う者たちの雄叫びだけが響いている。
「ミルコ、左へ行って!」
そう叫ぶと、リンダは石像の陰から飛び出した。目の前には通称ハダカ鼠と呼ばれる、子牛ほどの大きさをした、長い牙を生やした厄災がいる。単に毛がないのと、尻尾が短いから、そのあだ名で呼ばれているだけだ。その牙と爪の一撃を食らえば、内蔵ごと持っていかれる。
ミルコとリンダが柱の陰から、同時に飛び出したのを見て、裸ネズミは一瞬どっちを狙うべきかを躊躇した。その隙に、ミルコが投擲用のナイフを、その首元へぶち込む。ミルコへ飛びかかろうとしたハダカ鼠に対し、リンダが首元へ剣を振り下ろした。その鋭い一撃は、ハダカ鼠の首を跳ね飛ばすと、床へ赤黒い粘液をぶちまける。
「次だ!」
背後から聞こえた声に、リンダとミルコは互いの体を入れ替えた。それぞれに壁を蹴ったハダカ鼠が、両側から飛びかかってくる。その瞳に、背後から飛んできたナイフが突き刺さった。後衛にいるランドの支援だ。
リンダとミルコは床を滑る様にして、ハダカ鼠の下へ体を潜り込ませると、その無防備な腹へ剣を突き刺す。二人の顔へ生臭い粘液が、滝のごとくに降ってくる。しかしリンダもミルコも、それを気にすることなく、両腕に力を込め続けた。剣が脊髄に達し、ハダカ鼠の巨体が床へ崩れ落ちる。
「反応はなし。この層はこれでおしまいね」
顔にかかった粘液をぬぐいつつ、リンダは声の主を振り返った。そこにはまだ子供らしさを残した少女が、杖を手に立っている。もっとも、その瞳に宿る光は、子供の持つ無邪気さとはほど遠い物だ。その後ろでは、少し年下の少女が、小刻みに体を震わせつつ、辺りをおろおろと見回している。
「こっちは体を張っているんだから、手ぐらい差し出してもいいんじゃないの?」
「それが前衛と言うものでしょう」
「あら、ぶっ飛ばしてやるって、ずいぶんと鼻息が荒かったけど、やっている事は杖を掲げているだけじゃない」
「なんなら肩でもお揉みしましょうか? こっちが最後の保険なのは、よく分かっているでしょう?」
何かを言い返そうとしたリンダに、ミルコが割って入った。
「流石は鷹の目だな。向こうの動きが全部読めているし、的確なサポートだった」
「でも、そろそろ入れ替わってもらっても、いいんじゃないの?」
「いや、俺たちよりも、ランドスルーさんの方が経験が上だ。殿は任せたほうがいい。それに一応は、俺たちが先に潜っているしな」
「後ろは呪符を張ってきているじゃない。そちらのお嬢さんがまともなら、それが効いているはずよ」
「この迷宮はまともじゃないから、それが効くかなんて分からないぞ。俺たちが潜った時は静かだったのに、たった一晩でこの有様だ」
ミルコが床に転がる、ハダカ鼠たちを指さす。
「それより、後ろのお嬢ちゃんは大丈夫かい?」
ミルコがリアの背後に隠れるクラリスを、心配そうにのぞき込んだ。だが赤黒い粘液にまみれたミルコの姿に、クラリスは息を飲みつつ、さらに後ろへ下がろうとする。リアはその腕を掴むと、そのままクラリスの体を自分の方へ引き寄せた。
「最初の犠牲者になりたいの」
そう告げると、恐怖におびえたクラリスの瞳をじっと見つめる。
「こいつらは私たちをぶっ倒したいし、私たちもこいつらをぶっ倒しに来ている。とっても単純でしょう。一体何が怖いの?」
クラリスが口を動かしながら、必死に首を横に振って見せる。それを見たリアが、大きなため息をついた。
「あのね、こいつらは俺には妻子がいるとか言って、土下座したりしないし、泣き叫んだりもしない。何も面倒な事はないの」
「それで、こっちへ戻ってきたのか?」
背後から聞こえた声に、リアが肩をすくめて見せる。
「ランドさん、私はお姉さまと冒険をするために、魔法職になったんです。王都にいる連中の片棒を担ぐために、なったんじゃありません」
「だろうな。でもサラの真似をするのは感心しないぞ」
「どうしてです?」
「あれがぶっきらぼうなのは、誰かをほめたくても、ほめられないぐらいに、生き方が不器用なだけだ」
「違います。サラお姉さまは孤高の人なんです!」
「感じ方は人それぞれだな。だがリア、お前だって初めて潜った時はどうだったか覚えているだろう。サラの後ろで泣き叫んで、漏らした――」
「ラ、ランドさん、本気でぶっ飛ばしますよ!」
「あんたたち、今までよく生き残ってこれたね。本当に感心するよ」
今度はリンダが、剣の汚れを落としつつ、ランドたちへ肩をすくめて見せた。
「それよりも、ここからが第五層、本番よ」
「リア、核の気配は感じられるか?」
「残念ながら分かりません。ここは本当に成長期の迷宮なんですか? 封印済みの迷宮ぐらいに、静かな気がします」
「ちょっと、あんたこれが見えないの?」
リンダが呆れた顔をしながら、床に横たわるハダカ鼠を指さす。
「見えているわよ。でもいかにも用意しました、と言う感じがするの」
そうつぶやくと、辺りをゆっくりと見回す。
「リア、核の気配が感じられないと言う事は、お前とクラリスの出番はまだだ。出来れば核の封印まで、お前たちの力はとっておきたい。仮に守護者が出てきても、慌てて使うのは無しで行く」
「ランドさん、了解です」
「クラリス、お前はここまで来れただけで上出来だ。お前の大好きなアイシャは、常に前を向いているだろう? ここからも、絶対に目をつむったりするなよ」
「それって、単なる注意不足なだけじゃないの?」
そう言ってから、クラリスが必死に口を動かしているのを見て、うんざりした顔をする。
「はいはい、分かりました。あんたといると、私が悪者になった気分になるのはなぜかしら? それに目を開けていないと、私の活躍がよく見れないわよ」
「まだ、何もしていないじゃないか?」
「リンダさん、魔法職の出番はこれからですよ」
リアがリンダへ、片目をつむって見せた。




