どこかに偽物がいるって、本当ですか?
床には大穴が開いており、家中の家具と言う家具は、暴風雨が吹き荒れた後みたいに、部屋中へ散らばっている。ゴライオンは大きなため息を吐きながら、かろうじて破壊を免れた藤の椅子へ、ゆっくりと腰をおろした。
「あの子たちは、無事にたどり着けたかな?」
「誰が術を唱えたと思っているの?」
エレナの台詞に、ゴライオンが両手を上げて答える。
「ならば、後はあの子たちが、なんとかしてくれるだろう」
「力無きものを送り込んでも意味はないが、使わない力にも意味がない。たとえそれが失われても、英雄として記憶に残る」
突然のエレナの言葉に、ゴライオンは首を傾げて見せた。
「誰の台詞だね?」
「もうぼけているの? あなたから聞いたのよ」
「おやおや、そんなことを言ったかな?」
「現役を引退しても、やっていることは同じね。とぼけ方も何も、全く変わっていない。本当に始末に負えない人」
そう告げると、エレナは寝間着の襟元を手繰り寄せた。もっとも、寝間着はビリビリに破けており、その姿は半裸にしか見えない。
「それで、あなたの椅子は二人について、なんて言っていたの?」
「三人だよ」
ゴライオンがエレナへ、指を三つ立てた。
「侍女の子も、見かけ通りではないと言う事?」
エレナの問いかけに、ゴライオンが頷いて見せる。
「どこの手の者かは分からないが、相当な使い手だ。それにあんたの目を、ごまかせるぐらいの演技力もある」
「単なるつなぎではないのね。あの両刀遣いのお嬢さんは、見かけ通りと言う事でいいのかしら?」
「サラはグレイが大事に育て過ぎたせいか、本来の能力を出し切れていなかったが、今は違うな。ミストランドでも十分にやっていける」
「魔法もそこそこ使えるし、まさに何でも出来る前衛ね」
「しかし、わしの所へあの子を連れて来たのといい、例の若造経由で、便利に使い過ぎじゃないのか?」
「私に言われても困るわ。その保険で侍女さんと言う事か……。上もぬかりないわね」
「連中の辞書には、引退という言葉もないらしい。わしのお目付け役で、あんたまで来るぐらいだ」
「愚痴なら、後で寝台の上で聞いてあげる。それよりも三人目、本命はどうなの?」
エレナが目を輝かせた。
「分からん?」
「どういう事よ!?」
「わしの椅子ぐらいでは、あの子は測れんと言う事だ」
「ここまで来たのも、ここまで連れてきたのも、全部無駄だったと言う事?」
エレナが呆気に取られた顔で、穴だらけになった天井を仰ぐ。
「まじめにやったの?」
「おい、わしがさぼったと思っているのか? 相手がエミリア・フリーマンだろうが、リ・リスだろうが、どんな種類の力かくらい、わしの椅子でも分かる。だがあの子相手には、それすらも分からなかった」
それを聞いたエレナが、大きくため息をついた。
「やっぱり、あの子も化け物の一味なのかしら?」
ゴライオンが顎に手を当てつつ、考え込む表情をする。
「一時期とはいえ、神話同盟にいたのだから、ただ者ではないだろうな。しかもあの子が離れてから、神話同盟自体が行方不明になっている。それに最近は薔薇の騎士までが、行方知らずらしいじゃないか」
「そっちはそっちで、色々とやばいのよね」
「ハントマンが、真顔で厄災そのものだとぼやいていたぞ」
「そんな事より、今一番大事なのは、厄災以上に厄災を引き起こしている、あの赤毛さんの正体よ。色々と骨を折ったのに、結局のところ、正体不明と言う事でしょう? 上へどんな報告を上げればいいの!」
エレナがいかにも困ったと言う顔をしながら、親指の爪を噛んでみせる。その仕草の一つ一つが、やはり妙に艶めかしい。
「正体不明と言うより、まだ何も力を出していないのかもしれないな。そう思えば納得できるが、流石にそんなことはないか……。いずれにせよ、先ずは引っ越しの準備だ」
「引っ越し?」
エレナが、単なるゴミ屋敷となった部屋を見回す。
「ゴミの片付けの間違いじゃなくて?」
「彼女に関わった人物が、その後どうなっているかぐらい、知っているだろう。それとも、わしも一緒に始末して来いと、上から言われてきたのか?」
そうぼやいて見せたゴライオンへ、エレナが杖を上げて見せる。
「違うわよ。だからとってもめんどくさい、紛れの術式を唱え続けているんじゃない。あんたとの寝台の上でのあれやこれやを、誰かに覗かれないためじゃないわ!」
「エミリア、なんだあのお邪魔虫は?」
隠者の陰の安定しない映像に、リリスが不満げな声を上げた。
「王立魔導院のエレナ・カーティス。ちょっとやっかいな奴よ。あれが出張ってきたと言う事は、王都の連中が何かかぎつけたと言う事ね」
「おい、アル。ゴライオンのおっさんまで一枚噛んでいるぞ。どうするのだ?」
そう声を上げたリリスが、辺りをきょろきょろと見回す。
「そう言えば今日は随分と静かだが、アルはどうした?」
「この前、アイシャの自由にさせると言った結末が、アレだったじゃない。だから、少し落ち込んでいるみたい」
「アルが!」「アルがか?」
エミリアの答えに、リリスとフリーダが、同時に驚きの声を上げた。
「私たちにアイシャの事を覗くのは許したけど、しばらくアイシャの顔は見たくないと言って、すねているの。ほらあれよ、あれ、あおはると言うやつね。それか、甘いものが足りないのかしら?」
「本当にめんどくさい奴だな。エミリア、二人をまぐわないと出られない空間へ押し込めろ。そうすれば万事解決だ」
リリスの言葉に、エミリアが首を横に振った。
「それだと簡単すぎて、私たちがつまらないじゃない」
「それはそうだ」
「それよりも、アイシャが見れないのを、なんとかしてくれ!」
フリーダの叫びに、エミリアが少し首を傾げて見せた。
「それが、そう簡単にはいかないのよね」
「アイシャの邪魔をしにきているのだろ。そんなの、吹っ飛ばしてやればいいじゃないか」
「フリーダの言う通りだ。王都の連中が邪魔するつもりなら、我が全て滅ぼしてやる。アルがうるさいのなら、こちらに手を出せないよう、こっそり空間を閉じてしまってもよい」
「さあどうかしら。色々とバランスと言うものがあるじゃない。それよりも、ハマスウェル以来、何かがおかしいのよ」
「そのバランスと言うやつか?」
リリスがエミリアへ、よく分からんと言う顔をして見せる。
「違うわ。どうも私たちと、同じ手を使っている者がいるらしいの」
「私たちの偽物という事か?」
エミリアの台詞に、フリーダが怪訝そうな顔をする。
「それがはっきりしないのよ。アイシャが向かった迷宮もそうだけど、私たちと似た力で出来ているみたい」
「ブリジットハウスの時と、同じということだな」
フリーダの問いかけに、エミリアが頷く。
「そう。あの時はリリスちゃんが作った迷宮だったけど、これも同じ。鍵が分からないと手が出せないやつよ。力押しでは出来るけど、時間がかかる。だから今回みたいに、あちらこちらへ一斉に撒かれると、対処が難しいの。それでアル君も頭を抱えている」
「なんだ、あおはるではないのか?」
リリスがつまらなさそうに、鼻を鳴らして見せた。
「どっちもよ」
「片方は簡単だ。元を見つけて断てばいい」
「問題はその元がどこかね」
そう告げると、エミリアはリリスの方へ、何かを問いかける視線を向けた。
「エミリア、お前はあれだと思っているのだな」
「可能性の一つよ。それと、私たちの偽物ぐらいならどうでもいいけど、もしかしたら、アイシャの偽物もいるのかもしれない」
それを聞いたフリーダが、思いっきり嫌そうな顔をする。
「そんな神をも恐れぬ冒涜者どもは、全て私がぶっ飛ばしてやる」




