やっぱり、こっちの方が手っ取り早いです
「世の男性は、こちらのお嬢さんみたいな方を、伴侶に望んでいるのではなくて?」
そう告げると、先ほどの妖艶な女性が、私の顔をじっと見る。ちょっと待ってください。そちらのように、世の男性の願望が詰まりまくった人に言われると、嫌味としか思えません。いえ、間違いなく嫌味ですよね?
「男の人って、騎士願望があるでしょう? だから、守ってあげたくなる女性に惹かれるのは当然よね。それに全てをつぎ込むなんて、ロマンそのものじゃない?」
あの~、私の事を人生の破壊者か何かと、勘違いしていませんか?
「カーティス殿……」
ゴライオン卿が困った顔をする。ほら、見てください。誰も何も言えなくなるじゃないですか? でも、「殿」ってどういう事だろう?
「こちらのお嬢さん方といい、静かに暮らしていた隠居爺の所へ、客が目白押しとは、どんな風の吹き回しなんだろうね」
そう言って肩をすくめて見せる。流石は年の功とでも言うべきでしょうか、さらりとこの場を流してくれました。
「ぜひ、その方たちと同じく、私たちにも、仕事のあっせんをお願いできませんでしょうか?」
ゴライオン卿がゆっくりと首を横に振る。
「申し訳ないが、お断りさせていただく」
ちょっと、あっさり過ぎませんか!? アンジェさんなんか、いきなり失業ですよ。もっとも、私たちと一緒にいるよりも、そっちの方が良さげな気もしますけどね。
「厄災相手であれば、何でもいいのです」
もう一度頭を下げる。ここで引き下がってしまっては、本当に裏通りで男性の袖を引くことになりかねません。それに人間相手、特に貴族相手はもうこりごりです。
「つい最近も、とある人たちに変なところを紹介してしまって、正直なところ、とても後悔していたところだ」
「本当にそうですよ。少しは反省してください」
ゴライオン卿に対し、女性が顔をしかめて見せる。さっき、「殿」をつけて呼んでいたし、この女性って、一体何者なんですかね?
「それに、ランドスルーさんって、この方の関係者じゃないの?」
女性がサラさんの方を指さした。それを聞いたゴライオン卿が、慌てた顔をする。
「カーティス殿、守秘義務と言う言葉を――」
「それに、こちらのパーティーは赤毛組なんでしょう? とってもかわいいお嬢さんも、そうじゃなかったかしら?」
ちょっと待ちなさい。ランドさんが連れている、とってもかわいいお嬢さん? それってまさか……。
「クラリスちゃん!」
「そんな名前だったと思うわ」
ゴライオン卿が必死に手を横に振るのを無視して、女性が私に頷く。どうして、ランドさんにクラリスちゃんがここに!?
「サラさん!」
「あり得ない。まだ春になっていないし、ハマスウェルからは出られないはずだ」
サラさんが首を横に振って見せる。どうして二人が、アビスゲイルにいるか考えるのは後でいい。それよりも、二人がどこへ行ったのかが問題です。この人は間違いなく、後悔していると言った。つまり、どこかやばい現場へ、ランドさんとクラリスさんが行ったと言う事だ。
「それで、二人はどこへ行ったんです?」
「流石にそれは、守秘義務と言うもので……」
無駄なおしゃべりをしている暇はない。私は腰の短剣を抜くと、その切っ先をゴライオン卿の喉元へ当てた。
「アイシャ!」
それを見たサラさんが声を上げる。文句があるのは分かりますが、こっちの方が間違いなく手っ取り早いです。
「二人がどこへ行ったか、今すぐ教えなさい」
「おいおい、年寄を驚かさないでおくれ。びっくりして、心臓が止まったらどうするんだい?」
「これは冗談じゃないの。それともしゃべる気になるまで、一本ずつ指を落とされたい?」
「分かった、降参だ。全部話す。サラ、この子に剣を下ろすよう、言ってくれないか?」
「知っていることを話すのが先よ」
「アイシャ、大丈夫だ。この爺さんは自分の言った事に責任は持つ」
「分かりました」
とりあえず喉元から剣は下ろすが、いつでも心臓を突き刺せる様に、剣を鞘に戻すのはやめておく。それに、ここに来た時から、首の後ろがピリピリする。どこか見えないところで、何か仕掛けを用意しているのかもしれない。
「ミストランドのハントマンギルド長が、人手を探していると言うのは、すでに話したと思うが――」
お前はまだ余計な事を言うのか?
「私が聞きたいのは、二人がどこへ行ったかよ」
「これは少し入り込んだ話でね。先ずは状況説明と言うやつを、やらせてもらえないだろうか?」
サラさんが私に頷いて見せる。仕方がありません。ちょっとだけ待ってやります。
「ハマスウェルからアビスゲイルにかけて、新規の迷宮が、それも突然に現れると言う事態が起きている」
「はぐれの間違いじゃないの?」
サラさんの問いかけに、くそじじいが首を横に振った。
「間違いなく迷宮だよ。それも、おそらくはAランク以上の迷宮だ。ミストランドでも冒険者を派遣して、封印柱を建てようとしているのだが、ともかく人手が足りない。ただし、問題の本質はそこじゃないんだ。どうもその迷宮の様子がおかしい」
「出てくるのが、変わったやつと言うこと?」
くそじじいが、再び首を横に振って見せる。
「そうじゃない。周辺にはほとんど被害が出ていない。いや、皆無と言ってもいいぐらいだ」
「単に、封印柱が効いているだけではなくて?」
「Aランク以上だぞ。簡易封印柱でどうにか出来ると思うか? その調査に、ランドスルー殿とクラリス嬢を推薦した」
今、さらりと推薦したと言いましたよね?
「ちょっと、それって処女探索じゃない!」
このくそじじい、なんてことをしてくれるんです! 喉元に剣を突き刺してやろうとした手を、サラさんに抑えられる。なんでサラさんが抑えるんです。こんなくそエロじじい、世にいるだけ迷惑ですから、さっさと遠いところへ送ってやるべきですよ!
「落ち着け、アイシャ。ランドがついているんだ。無茶をしたりは――」
確かに、あのランドさんが一緒にいるのだから……。
「でも、それが分かったのって、つい最近よね」
女性の声に、サラさんと顔を見合わせる。
「紹介したのはいつだい? それに場所は!?」
今度はサラさんが、くそじじいの胸倉をつかみながら怒鳴りつけた。
「ちょ、ちょっと、息ぐらいさせてくれ」
「遠いところへ行ったら、息なんて関係ないよ」
やっぱり、サラさんの方が、私なんかよりはるかに迫力があります。
「3、4日ほど前かな? 場所はアビスゲイルから北方、ハマスウェル方面へ、馬車で急いでも3日の距離だ。もし潜っているとすれば、丁度今日ぐらいだろう」
「アンジェさん、馬車でも何でも、馬以外で金目になるものは全部売って。それで馬をもう一頭確保よ。足りなさそうなら、この家からかっぱらって行く。それと馬を替えられる場所も聞いて頂戴」
「アイシャ、今さら焦っても、最初の潜りには間に合わない」
「間に合うとか、間に合わないとかの問題じゃありません!」
「そこへ行きたい訳?」
不意に女性が、私たちへ声を掛けてきた。
「あんたと話している暇はない」
「なんなら、そこへ送ってあげてもいいわよ」
「どう言う意味です?」
「転移魔法を使うの。座標は分かっているから、やってやれないことはないけど」
女性が口元に指を当てつつ、私の方をじっと見つめる。さっき首元がピリピリした理由が分かった。この人は魔法職なんだ。それも迷宮の外でも術が使える位に腕がいい。
「サラさん、それです!」
「アイシャ、転移魔法がどんな奴か知っているかい? 迷宮に潜ったやつが、死にそうになった時に、最後の最後にダメ元で使う賭けだ。それでも普通に死んだほうがいいと思うやつが、沢山いるぐらいだよ」
「あらあら、随分な言われようね。でもちょっぴり危険があるのはその通りよ。だから、ただでやってあげる訳にはいかないわ」
「いくら払えばやってくれます?」
金で解決できる問題なら、裏通りで男の袖を引いてもいいぐらいです。
「そうね……。これが終わった後で、アイシャさん、あなたが私の言う事を聞くと言うのではどうかしら?」
「アイシャ、だめだ!」
「分かりました」
あの子の為なら、どんな条件でも構わない。
「契約成立かしら? 本当にこのおじいさんって、とんでもない人よね。私の弟子まで送り込むんだもの」
それを聞いたサラさんが、女性の前へ進み出た。
「あんた、確か苗字はカーティスだったね」
「ええ、そうよ」
「下の名前はエレナじゃないのかい? 会った時から気に食わない女だと思っていたんだ。あんた、王立魔導院のエレナ・カーティスだろう?」
「あら、私の事を知って――」
女性はそこで言葉を飲み込んだ。その喉元には、サラさんの抜いた短剣がぴったりとつけられている。もう片手に握った短剣は、椅子に座るゴライオン卿の首元だ。
「それとくそじじい、あんたリアまでそこへ送り込んだね」
「本人の希望でね」
「そんなことは聞いちゃいない。それと、さっきの契約はなしだ。命が惜しかったら、さっさと転移魔法の準備をしな」
やっぱり、こっちの方が手っ取り早いですよね。




