天才少女来たる!?
ランドたちが背後を振り返ると、昇り始めた朝日を浴びながら、杖を手にした冒険者姿の人物が、こちらへ走ってくるのが見える。
「や、やっと見つけた」
その人物、クラリスとさほど年が離れていない少女は、栗毛のポニーテールを揺らしつつ、そこに集う人たちを見回す。
「リア?」
それを見たランドの口から、驚きの声が漏れた。
「ランドさん、お久しぶりです!」
リアがランドへ、ペコリと頭を下げる。
「この子もあんたと同じ、その赤毛組とかへの参加希望者なの?」
「どうして私が、あんな女のパーティーに入らないといけないんです!」
リンダの台詞を聞いたリアが、クラリスとは真逆の反応を返す。
「確かオールドストンで、ギルドの事務をやっていると、サラから聞いたが……」
「はい。でもサラお姉さまが現役引退して、ギルドの事務になったと聞いたからです。お姉さまが復帰するのであれば、私も冒険者へ戻るに、決まっているじゃないですか!」
リアがランドへ、胸を張って見せた。
「そんなことより、サラお姉さまはどこですか?」
「サラ? ここにはいないぞ」
ランドの答えに、リアが面食らった顔をする。
「だって、アビスゲイルでランドさんが復帰したという話が流れて来たから、てっきりサラお姉さまと組んだと思って、はせ参じたんですけど!」
「いや、サラたちがどこにいるかは、俺の方でも分からない」
「それって、サラお姉さまは、まだあの疫病神のところにいるということですか!」
リアが絶対にあり得ないという顔をする。
「せっかくサラお姉さまがオールドストンへ戻ってきたのに、あの女が色々とやらかしたせいで、また出ていくことになったんですよ!」
「その件は、彼女たちのせいではないと思うが……」
「はい。あんな案件を紹介してしまったのを、心から後悔しています。なので、すぐに戻ってこれるよう、依頼者のポンコツ貴族の所へ、殴り込みをかけてやりました。でもどう言うわけか、みんな行方不明だったんですよね……」
そう告げると、大きく肩をすくめて見せる。
「あの女と居るとやばいって、サラお姉さまに警告しようと、あれこれ手を尽くして探しているのに、全然見つからないし……。そう言えば、ランドさんはどうやって、冬季のハマスウェルからここへ?」
「それも色々とあってな」
「やっぱり。あの女と関わると、ろくなことがないんです!」
大きくため息をついたリアの前へ、クラリスが進み出た。そしてリアに向かって、涙目で首を横に振って見せる。
「もしかして、ランドさんの隠し子ですか?」
リアがジト目でランドを見た。
「俺の隠し子ではない。この子はクラリスだ。なりたてほやほやの冒険者だよ」
「冒険者? このお子ちゃまがですか!?」
ランドの言葉に、今度はリアが驚いた顔をする。もっとも、クラリスとリアとの間で、それほど年が離れているわけではない。
「この子はアイシャの大ファンでね」
「ふ~ん。確かに変な感じがする子ですね」
そう告げると、今度はリンダとミルコの方へ顔を向ける。
「もしかして、この方たちとも一緒に潜るつもりですか?」
「そのつもりだ。彼らは『暁の閃光』の、リンダさんとミルコさんだ。迷宮に忘れ物をしているらしくてね。それを一緒に取りへ行く」
「訳ありですね。ランドさんが分かっているのなら、私は何も言いません。それよりも、この子は本当に大丈夫なんですか?」
リアが少し真剣な顔をして問いかける。その前でクラリスが、子供みたいに地団太を踏んで見せた。
「クラリス、落ち着け。リア、お前が来てくれてよかった。正直なところ、魔法職が居なくて困っていたところだ」
「本当はサラお姉さまと同じ、両刀使いの前衛になりたかったんですけど、魔法の点数を取り過ぎました。でも、同じだと被りますからね。今ではこれでよかったと思っています」
そう告げて、鼻を鳴らして見せたリアに対し、クラリスがランドの袖を引っ張って猛抗議をする。
「クラリス、お前がアイシャにあこがれて冒険者を目指すように、リアもサラにあこがれて冒険者を目指した。だから、リアとお前は似た者同士と言える。それに俺たちは冒険者だ。冒険者が、迷宮を前にしてやることは一つだろう?」
それを聞いたクラリスが、あきらめたように黙り込んだ。そしてリアを見ながら、小さくうなずく。
「リア、どうやらクラリスが何者かは分かっているな。お前なら、クラリスの力をうまく引き出せるはずだ。それと気を付けてくれ。この子は口がきけない」
「やっぱりそうなんですね。仕方がありません。おこちゃまの子守は任せてください」
クラリスの前で、リアがわざとらしく胸をたたいて見せる。
「そうと決まれば、ちょっと変わったやつですけど、さっさとぶっとばしましょう。それよりも、サラお姉さまの捜索と救出の方が余程に大事です。そこの新人、何をぼっとしているの。さっさとこっちへ来なさい!」
そう声を張り上げると、クラリスの腕を引っ張って、迷宮の入口へ引きずっていく。
「ちょっと、大丈夫なの!」
二人が離れるなり、リンダがランドへ声を掛けた。
「リアか、それともクラリスか?」
「両方よ。まるで村の寺子屋にいる、ガキみたいじゃない」
リンダが迷宮の入口で、互いに舌を出し合う二人を見て、呆れた顔をする。
「リアについては心配無用だ。おしめの時から、冒険者に囲まれて育ってきているからな。それに才能も努力も、俺なんかとは比べ物にならない」
「若いころの自分と比べてなんて、何の意味もないよ」
それを聞いたランドが、リンダへ首を横に振って見せる。
「そうじゃない。あの子が冒険者になってからずっとだ。いや、そのはるか手前からかな。だから、ちゃんとクラリスの面倒も見ている。あの態度だって、半分はクラリスがビビらないようにしているんだよ」
「一体何者なの?」
「王立魔導院を最年少かつ、首席で卒業した逸材だ」
「冒険者なんて、やる必要ある?」
「先ほど当人が言っていた通り、王都で魔法職なんてやる気は全くないらしい。オールドストンに戻ってきて、厄災を片っ端からぶっ飛ばしていた。陰ではリ・リスの再来と呼ばれていたぐらいだよ。ただ……」
「ランドさん、何をしているんです。日が暮れますよ!」
「俺の知り合いの真似を、やり過ぎるところが玉の傷だな」
ランドはリアに手を振って見せると、リンダとミルコへ、小さく肩をすくめて見せた。
真っ黒な空間の中に、まるで陽炎みたいにぼんやりとした風景が浮かんでいる。そこには冒険者たちが迷宮を前にして、最後の相談をしている姿が映っていた。
「フフフ、釣れた、釣れた、撒き餌で釣れた――」
一人の真っ白な姿をした少女が、その映像を前に、うれし気な声を上げている。
「これって、なんの術?」
その姿を眺めながら、タニアは背後に立つアンチェラへ問いかけた。
「隠者の影です。あのエミリア・フリーマンが編み出した術式で、見えないところから、誰かをこっそり覗くための物です」
「いかにも、あの陰険が好みそうな術式ね。それとアリスは随分と浮かれているけど、あまり意味がないんじゃないの? 処女探索に派遣したパーティーが全滅したら、今度はミストランドのベテラン連中が、総出でつぶしに来るわよ」
「全滅などしません。あくまで見かけ上はですけど」
アンチェラの言葉に、タニアは慌てて迷宮へ降りていく冒険者たちを眺めた。そして釣れた、釣れたと調子はずれの鼻歌を歌い続ける、アリスの方へ視線を向ける。
「アンチェラ……、これって」
「はい。これがアリスの世界を滅ぼす力です」
アンチェラはそう答えると、一部の隙も無い侍従姿で、タニアへ深々と頭を下げた。




