超絶美少女マナ使い、クラリスちゃんデビューです!
朝焼けの空が周囲を真っ赤に染めていた。その中をリンダとミルコは装備を担ぎながら、黙々と駆け足で進んでいる。謎の二人組から分かれた後で、リンダとミルコはすぐに宿舎へと戻った。そこで体を動かして酒を抜き、装備の準備をしてここに来ている。
僅かに仮眠をとっただけで、休息はほとんどとれていない。あの悲惨な潜りから戻ってきたばかりでもある。だが、決して体を重く感じたりはしなかった。それどころか、言葉に出来ないほどの高揚感まである。
二人の前には枯れ草の畑が広がっており、その中に、いきなり神殿らしき建物が姿を現す。それが発している何かは、参拝者が首をたれたくなる神聖さとは違った。心臓を鷲掴みにする恐怖そのものだ。
その神殿を取り囲むように設置された、切った竹に呪符をしただけの簡易封印柱の手前から、白い煙が上がっていた。リンダもミルコも、そこにいるのが誰か分かっている。自暴自棄になった自分たちを訪ねて来た、あの二人組。未だに生きてここにいると言う事は、この巨大な神殿から這い出ようとした厄災たちを、たった二人で抑え込んでいる。
「ミルコ……」
普通の人間なら、そのまま倒れこみそうなほどの荷物を担いで走りつつ、リンダは隣を進むミルコへ声を掛けた。
「ああ、リンダ」
ミルコがリンダに相槌を打つ。 二人の視線の先で、焚火の前から立ち上がった少女が、大きく手を振るのが見えた。そこからは焼き立てのパンの香りも漂ってくる。
「グラディオたちの仇を、取ってやれるかもしれないね……」
「俺たちは冒険者だ。取るのは仇じゃない。厄災の首だ。そいつらを居るべきところへ送り返す」
リンダはミルコへ頷くと、迷宮の前に張られた野営地へ荷物を置いた。二人の前に、薬缶で入れたお茶が差し出される。
「ありがとう」
リンダの台詞に、クラリスがにっこりと笑って見せた。
「口がきけないと言うのは、本当なんだね?」
焚き火の始末をするランドが、二人へ頷く。
「ああ。だが唇は読めるから、よほど早口でまくしたてない限り、言葉は通じる」
「でもまだ子供を迷宮に、しかもこのやばい奴へ、連れてくるというのはありなの?」
「本人の希望でね。俺の言うことなど、全く聞く耳を持たない」
「でもマナが切れることだって、使いすぎる時だってある。その後は地の体力勝負よ。それに荷物はどうするの?」
「荷物は俺が持つ。それにマナについては心配無用だ。こいつの面倒を一晩見ても、本人曰く、大したことはないらしい」
そう告げると、ランドはリンダ達が張った簡易封印柱を、ポンポンとたたいて見せる。
「見かけはさておき、中身はSランクと言う訳ね」
「そちらも単独パーティーで、処女迷宮に封印柱を設置できるとは、流石はミストランドの冒険者だ」
「こっちは逃げ帰ってきたのよ。褒め殺しはやめて頂戴」
リンダの答えに、ランドは肩をすくめつつ、大きな祭壇の向こうに見える迷宮の入口を指さした。
「正直な感想だよ。でもこんなものが、何の予兆もなく、いきなり現れたと言うのは信じられないな。そもそもこのレベルだと、いくらミストランドの冒険者でも、単独パーティーでは無理だろう」
「俺たちも、こんなものがあるとは思っても見なかった。とても封印柱を持たせることは出来ない。だから、イチかバチかで核を取りに行った結果が、この体たらくだ。俺とリンダだけが生き残った」
「ここを見捨てて、報告へは戻らなかった訳だ」
ランドの問いかけに、ミルコが頷く。
「俺たちはミストランドに入りたての下っ端でね。その辺りが俺たちと、あそこにいる一流との違いなんだろうな」
「いや、暁の閃光に感謝する。そのおかげで、クラリスがここへ間に合った。俺は自分の両親も妹も、厄災のせいで無くしていてね。それで冒険者になった口さ。だからギルドがなんて言おうが、何かを見捨てて逃げるという選択肢はない」
「あんたも同じなんだね。私もミルコも、厄災で家族を失った。この子も?」
「クラリスは違う。だけど、この子のあこがれている冒険者は、絶対に誰かを見捨てて逃げたりはしない。とは言え、楽な仕事ではないな。下の様子は?」
「それが妙なところでね。最初は何も出て来ない。でも常時何かに見張られている感じはあった。なので、相当に注意深く降りたつもりだったんだ」
「つもり?」
「気が付いた時には完全に囲まれていた。ゴースト系のやつだよ。魔法職が二人も居たと言うのに、張っていた結界が吹き飛ばされて、新しく結界を張る前にやられた。前衛だった俺たちは逃げられたが……」
リンダの台詞を引き継いだミルコが、そこで言葉につまる。
「ゴースト系以外は?」
「少なくとも、こちらがやられるまでは何も」
「やはり厄介なやつか……。魔法職抜きでは厳しいな」
ランドのつぶやきに、リンダが不思議そうな顔をしてクラリスを見る。
「そっちのお嬢さんは、魔法職じゃないの?」
「この子はマナ使いであって、魔法職ではない」
「マナ使い?」
リンダがさらに当惑した顔をする。
「今は封印しているが、この子の力はマナの制御だ。つまり他の者にマナを供給できる」
「それって、まるで――」
リンダは宝具と言う言葉を飲み込んだ。その言葉を使ってしまうと、まるで物みたいな言い方になる。
「つまり、ここには魔法職はいないということだな」
ミルコの言葉に、ランドがうなずく。
「速攻魔法なら、俺の方でいくつか使えるが、核を封印するのは無理だ」
「会った時から気になっていたんだけど……」
リンダが首を傾げつつ、ランドへ問いかけた。
「あんたたちのパーティーって、二人だけなの? それにパーティー名は?」
「とりあえずは二人だけだ。パーティー名は特にないが――」
ランドがそう答えたところで、クラリスが大きく首を横に振る。さらには声が出なくても、必死に口を動かして、何かを訴えかけた。
「クラリス、俺が悪かった」
両手を上げて謝ると、ランドは呆気に取られるリンダとミルコへ、苦笑いをして見せた。それがさらにクラリスの機嫌を悪化させたらしく、子供みたいに頬を膨らませている。
「すまない。この子にとっては、とても大事なことなのを忘れていた。俺たちのパーティー名は『赤毛組予備軍』だ」
「予備軍? どういう事?」
「赤毛組に入りたいパーティーと言う所だな」
ランドの台詞に、クラリスがうんうんと頭を上下に動かした。そしていかにも頑張りますとでも言う様に、両手で握りこぶしを作って見せる。
「そこのリーダーが、さっき言ったこの子のあこがれの相手でね。クラリスはその人の役に立ちたくて、冒険者になったばかりだ」
「処女探索だよ!」「処女探索だぞ!」
リンダとミルコが同時に声を上げる。
「変に遠慮がいるやつよりいいと思ったんだが、まさかこんな状況になっているとは思わなかった。でも今更逃げるわけにもいかないし、この子も逃げる気はないそうだ」
「ミストランドへ行ってよく分かったけど、上には上がいるもんだね」
リンダの台詞に、ランドが再び苦笑いをして見せた。
「その通りだな。この子のあこがれの相手なんて、まさにぶっ飛んでいる」
それを聞いたクラリスが、不満げに口を動かす。
「クラリス、今のは誉め言葉だよ。それよりも、ないものねだりをしても仕方がない。逆に斥候役が二人もいるんだ。問題の階層までは、蛙飛びで進むことにしよう。そこから先はクラリス、お前の出番だ」
そう言って、ランドがクラリスを指さした時だ。
「ちょっといいですか!」
不意に背後から声が上がった。
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